── アラマタ先生、本日は、たくさんの希少な本を
見せていただき、
本当に、ありがとうございました。

そろそろ、約束のお時間が迫ってきたようです。
荒俣 そうですか。ありがとうございました。
── ほとんど何の知識も持ち合わせないまま
この場にやってまいりましたが、
愛書家の世界とは
こうも「めくるめく世界」であるのかと
たいへん勉強になりました。

そして何より、本が素晴らしかったです。
荒俣 わたくしも、自分の本を久々に見ましたが
やっぱり素晴らしいものでした。
── アラマタ先生には
まだ欲しい本が、あるんですか?
荒俣 いや、もう、手に入れたいと思う本は
一回は買いましたね。
── 一回は買われましたか!
荒俣 ただね、
本日、ご紹介さし上げた愛書家向けの本は、
ふつうの本とちがって
次の誰かに渡さなければならないから‥‥。
── そういうものですか。
荒俣 これは、繋げていくべきものなんです。

たまたま、わたしのところに回ってきたけど、
今は仮に置いてあるだけ。
── なるほど。
荒俣 かならず、次の誰かに、渡さなければならない。
なぜなら
もうつくれないからです。こんなものは。
── そうか‥‥たしかに、そうですよね。
荒俣 だからわたくしも
「つなぎ」のコマのひとつとして
保管しているだけなのです。

いくら何十万も出して買った
大切な本だからといっても
死んだら火葬場でいっしょに焼いてくれ
などということは、
絶対にやってはいけないのです。
── 愛書家として。
荒俣 あるまじき行為です。
── はーーーーっ‥‥。
荒俣 そうですね‥‥いうなれば
「今、ちょっと私が預かっている」
という感じかもしれません。
── アラマタ先生のお話を聞いていると
愛書家とは
ものすごくお金のかかるボランティア
であるかのようです。
荒俣 ははは、そうかもしれないですね。

本人のモノであって、本人のモノじゃない。

そんな代物を相手にしておるものですから
幸せになれるわけがない。
結婚なんかとんでもないことです。

── その点、奥様‥‥?
奥様 たいへん、勉強になります。
荒俣 ためしにこの本などを、ご覧ください。

『ポエム・アン・プローズ(POEMES EN PROSE )』
つまり『散文詩』といって
先ほどのジョルジュ・バルビエが手がけた、
150部限定の本ですけれども、
これなど、買った当時は◯◯◯万円もしました。

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── このようにコンパクトな本が、そんなに!

ただやはり、中身も、すばらしいですね。
‥‥文字が金色です。
荒俣 これも「木版カラー印刷」によるものですが
つくらせた人が、指定したんでしょう。

「ここの文字は、金で刷れ」と。
── ええ。
荒俣 徹底して豪勢、ぜいたく、まさに愛書家の本。

出版された年は1928年ですから、
愛書家向け本としては、ほとんど最後の時期。
── はい。
荒俣 で、ヤケクソで出してみたものの、
買い手がいなかった
んでしょう、さすがに。
── なるほど‥‥。
荒俣 ‥‥などとね、まぁ、ふだんから
そのようなことばかり、考えているのですから。
── ご本人は幸せそうですけど(笑)。
荒俣 ま、道楽息子を持った母親の心境ですね。

今なお人気の衰えない「バルビエ本」は
お値段も高くなっていますが、
見てください、ここ、ここ。ここです。

最初の文字の装飾を、ぜひご覧いただきたい。

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── えーと‥‥つまりこれ「U」ですか?
荒俣 ご名答。こっちは「J」です。

※クリックすると拡大します。
── ははー、文字というより「絵」ですね‥‥。

ちなみにお聞きしたいのですが、
このように表現に凝った本の内容というのは、
読んでみると
おもしろいものなのでしょうか‥‥?
荒俣 そりゃ、いろいろですよ。

ただ、現代人が読んでつまらない内容でも
当時の原本で読むと、
なんだか当時の人になったような感覚になって、
ふいにおもしろくなる、
なんてこともありますけれどね。
── なるほど、深い楽しみかたですね。
荒俣 ただし、この本では読みません。
読むなら文庫本です。
── そうか、そりゃそうですよね。

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荒俣 ホラ、いま見ても、イラストが本当に鮮やか。
まったく色が落ちていないんですよ。

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── この本の凝ったつくり、豪華さ、美しさを
拝見していると、
愛書家の世界の奥深さを見るようです。
荒俣 他にも、本の「小口」の部分に「隠し絵」を描く
フォア・エッジ・ブックという
愛書家のあいだでの「本の遊び」もありましてね‥‥
ああ、いいのが出てきましたね。

さすが雄松堂。雄松堂はあるなあ!
── ぜひ、拝見させてください!
荒俣 この本の側面には、金が塗ってありますね。
これを「三方金」というのですが‥‥。

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── はい、さんぽうきん。
荒俣 こうして、ぐぐーっとずらしていくと‥‥。

※クリックすると拡大します。
── おわ! 絵が出てきた!
荒俣 フォア・エッジ・ブックと申しまして、
これこそ、本の遊びの極致です。
── すごーい!
荒俣 宝の地図なども隠されていたりね。
── うわーっ‥‥。
荒俣 愛書家でないとできない遊びです。
── 先生、おもしろいです!
荒俣 反対側にずらしていくと
また別の絵が出てくる‥‥なんてのもあります。
── 開いた口がふさがりません。
荒俣 莫大なお金がかかったことでしょう。
── そうなのでしょうね。

ポンペイへの旅行記、J.W.HUBER『DE POMPEI』より。
※クリックすると拡大します。
荒俣 愛書家の世界とはこういうものなんです。

本を読んで
人格を磨き知識を蓄えようというような、
前向きで健康的な世界では、決してない。
── そのようですね‥‥。
荒俣 徹底的にすごいものをつくるぞという
そのようなモチベーションですから
本の中身は
エロ本であろうが何でもいいんです。
── アラマタ先生が、これからの
愛書家の世界に、
はたらきかけたいことは、何かございますか。
荒俣 理想的には、こうした本を
多くの人が「個人所有」できる環境が
整っていけばいいなと思います。

つまり、こういった本というのは、
個人から個人へ
引き継がれていってこそ、
素晴らしさが伝わっていくと思うからです。

大学や図書館の本として所蔵されちゃうと、
気軽に触ることのできない
宝物のような扱いになってしまいますので。
── たしかに、そうですね。

ポンペイへの旅行記、J.W.HUBER『DE POMPEI』より。
※クリックすると拡大します。
荒俣 今みたいに、気軽に手にとり、
「フォア・エッジ・ブックという遊びがあって、
 ホラ、ここに絵が隠されているんだよ」
みたいなことって
個人所有の本じゃないと、なかなかできない。
── ええ、ええ。
荒俣 そのためには、
あるていど、個人が買える環境がないと。

もともと庶民の絵だった浮世絵と同じで
あまり高くなりすぎると
美術館に飾っておくだけの本に
なってしまいますから。
── それは、何か「もったいない」ですね。
そういう表現が適当かわかりませんが。
荒俣 だからこそ、雄松堂さんのような場所が
とても貴重なんですよ。

ここに来れば、レア・ブックを見ることができ、
値段は高いけれども
少し頑張れば、買ったりもできます。
── バトンを受けることができる、と。
荒俣 「嫁の代わりに本1冊」という選択だって、
大いにアリだと思うんですよ。
── よ、嫁の代わりに‥‥。

ポンペイへの旅行記、J.W.HUBER『DE POMPEI』より。
※クリックすると拡大します。
荒俣 私も、ここ雄松堂さんに本を預けておりますが、
もし、どうしても売ってくれという
若いかたが来たときには
どんどん譲ってくださいと、お伝えしております。
── そうなんですね。
荒俣 もちろん、若いかたに限らず、
好きな人の手にきちんと渡るのであれば
お年寄りでもかまいません。
── 重要なのは「次の人に渡す」ということ。
荒俣 どんなに気に入っている本でも
墓場までは持って行くことはできません。

ひとたび買ってしまったのが運のツキで
誰かに渡さなきゃならない。
まったく、情けない世界なんです(笑)。
── いや、でも、この1冊1冊の本に
誰かから誰かへと
ずーっと繋いできた人たちの苦労やドラマが
込められているのかと思ったら‥‥。
壮大なロマンを感じます。
荒俣 ぜひとも、読者のみなさんにも
愛書家の世界に触れてみていただきたいです。
── 本日は、ありがとうございました。

‥‥アラマタ先生、
取材の最初から気になっていたモノがあって
最後に、お聞きしてもいいでしょうか。
荒俣 どうぞ。
── これは何でしょうか。

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荒俣 ‥‥わたくしがサラリーマンをやっていた
水産食品会社・ニチロさん
特別につくってくれた
カラフトマスのサケ缶
アラマタ特別バージョンですね。
── ‥‥。
荒俣 子どものころに食べた味そのままで
たいへん感動いたしました。非売品です。
── ‥‥ありがとうございました。
荒俣 ありがとうございました。

<おわります>




2011-02-14-MON