HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
台湾のまど 青木由香の台湾一人観光局 ほぼ日支所
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馬祖
わたしの好きな絵になる離島。

 


北竿の芹壁村。
海辺にはエーゲ海を思わせる岩造りの建物。
変わった形の廟と軍事施設も多く
兵隊さんをあちこちで見かけます。

初めて行ったのは14年前。
当時はコンビニもなく、
特においしいものにありつけたわけでもなく、
やっとカフェが数件立ち始めた頃でした。
11月で風も強くて寒かったし
観光スポット的なところは何もなかったけど
どこを切り取っても絵になって
淡いトーンの景色の中に浸るだけの、
そんな旅が忘れられず
ずっとまたいつかと思っていた離島です。





14年前の馬祖芹壁村。綺麗に建てられた石造りの家がないのが今との違い。

近頃は比較的気候のいい夏には
観光客で賑わうようですが、
わたしにとって
寒かろうが天気が不安定だろうが
14年前に初めて見た、あの人気のない
映画のワンシーンみたいな島が馬祖のイメージです。

台湾で絶大な人気(?)を誇る、
海の女神「媽祖」の遺体が漂着したと島と言われ、
馬祖の名前もそこから来ています。
人口より神様の数の方が多い村があったりと
神様思いの島です。


媽祖の遺体が祀られている廟からは、大きな媽祖の像が見える。

馬祖を語るには外せない、
歴史的な話をまず少し。

馬祖の9.5キロメートル先は中国の福建省があります。
近すぎるので、わたしの携帯も
しょっちゅう中国の携帯会社の電波を捕まえていました。


小島の向こうに中国が見えます。
写真ではわかりにくいですが肉眼ではしっかりと見えました。

1992年に戦地任務が解除されるまで、
島のほとんどは軍事施設と兵隊さん。
島で知り合った王さんは、私より二つ年下でしたが
子供の頃、我らが普通にガンガン見ていたテレビもなく
軍事的な事情から、島中の家が夜8時には消灯。
夜は誰も外を歩かなかったと言います。
あと、その頃、島はボール禁止。
ボールを浮き輪がわりにして海を渡った亡命兵がいたから
という理由で、全島ボール禁止。
王さんは小学校5年生まで、ボール知らずの子供でした。


中国の方を向く、蒋介石の銅像。故郷を思っているようにも見えます。

当時は、馬祖限定の通貨というものを使っていたそうです。
台湾元に、ただ、どんと『馬祖』と印字されたものですが、
戦地であった馬祖に大量のお金の出入りがないよう、
馬祖内ではこれを使い、よそではそれは使えないんでした。

今は、何もかも全く自由ですが
冬は風が強く、春は霧が立ちやすいので
船も飛行機もすぐに欠航します。
島で野菜は作っているし、豚もいるし、
海産物は豊富で高粱酒も有名です。
生きるには問題なし。
ただ、欠航が三日も続くと
コンビニからサンドウィッチやおむすびは消える。
ショッピングセンターは未だにないので、
服はネットで買います。


屋根の上は石だらけ。風が強くて瓦が飛んじゃうからです。

約14年後に再訪した馬祖は、
当時の面影をしっかり残しつつ
緩やかに新しく、便利になっていました。
スタバもできて、新しい宿泊施設が増え、
宿には暖房も。
美味しいものにもありつけました。

町の変化は虫食い的でツッコミどころもあって、
例えば、
立派に建てられた馬祖の連江縣政府庁舎の目の前に
家庭菜園が広がっていて
それがイギリスの宮殿と庭園を思わせる配置に見えたり……。

台湾の離島で一番好きな島。
今回の前振り回を含め、5回(予定)に分けて書きます。


芹壁の亀島。台湾人は島や岩を何かに例えるのが好き。
無理やり例えてることが多いけど、これは亀に似てる。

馬祖インフォ。

馬祖は列島です。無人島もあります。
現在、人が住んでいる島は5つ。
台北から飛行機で行けるのは、
病院・役所がある比較的栄えている
南竿(ナンガン)と
病院すらない北竿(ベイガン)。
どちらも台北から50分。
基隆から船というルートもあるけど
8時間以上かかるのと
風が強く天候が崩れやすい島なので
無理すべからず。

飛行機はUNI AIR https://www.uniair.com.tw/uniweb/index.aspx

その他、人の住んでいる莒光(ジューグァン)、
東引(ドンイン)、
西莒(シージュー)の島へは船が運行。

島は坂ばかり。
それもアキレス腱が伸びきるほど
かなり急なところも。
レンタカー屋さんはないし、
流しのタクシーもないけど、
島内は路線バスあり。
交通手段に関しては、民宿で相談すると
なんとかしてくれるそうです(王さん)。

軍事施設は、写真撮影禁止。

2018-04-04-WED