TV
テレビという神の老後。
電波少年T部長と青臭く話した。

第5回 「嫌な感じ」が、開放感を生む


糸井 土屋さん、あのビデオ見た?
マドンナがコンサートをやる様子を
ドキュメンタリーで追ったビデオ作品。
土屋 いや、まだ見てないです。
糸井 これね、しびれますよ。
どこまで演出か、今も見当つかない。
確か、スペインの監督が撮ったと思うけど、
マドンナツアーをドキュメンタリーで追ったんです。

マドンナって、事業家なんです。
この事業体をどう動かしていくかという
「あゆ」な部分をいちはやく持った人なんです。
浜崎あゆみさんをおもしろがっている人たちって、
その事業家の部分をおもしろがっているところが、
すごく、あるじゃないですか。
その前例とも言えるものがマドンナで……。
土屋 うん。
糸井 ツアーをふつうに追っているだけで、
その迫力に、気おされるんですよ。
ところが、それだけじゃなくて、
細かいところで別れた男だとかが混じる。
長いツアーのドキュメンタリーだからね。

ぼくがいちばんドキドキしたのは、
「昔のマドンナを知っていた」
という人があらわれる時でした。

有名じゃなかった時のマドンナを知ってて
「ねぇわたし、ナンシーよ、憶えてる?」
って来た時に、マドンナが、
ものすごく距離をはかりながら、
クールに扱うんですよ。
土屋 おぉ。内心の狼狽を隠して。
糸井 うん。
どう扱ったらいいかわからない、
というのが、前提のはずなんです。

マドンナは「あぁ、そう」って言うんだけど、
ほんとには親しくないに決まってるんです。
ほんとに親しそうではないというのは、
表情を見ているとわかるんです。

マドンナくらいのスーパースターだと、
素直さまでもスーパースターだから、
ほんとに親しかったら、飛びつきますよね。
だけど、その時には、
「これ以上近づいてきたら、やっかいだな」
っていう気持ちと、カメラの前だから
「知らないわよ!」と言うこともできないという、
頭のいい人なりのすごい揺れ
が、ある。

なおかつ、映画の編集に
彼女がクチを出さなかったはずがないので、
そのシーンを削除することができたのに、
ビデオの中に、入れている
んですよね。
そのマドンナのスケールの大きさって、
ものすごいと思った……。
監督もすごいんです。
あの映画、こわいから二度見れないぐらいです。
土屋 まさにその一般客とのやりとりは、
「濡れ」の部分でもあり、それを見せることによって
「マドンナ」という事業体をキープする上では
どういう風にプラスになるのかの計算をやったと。
糸井 そう。
あと、自分がラクになるというのもあるでしょうね。
自分が思ってもみなかった弱いところを
混ぜて出さないと追いつかないぐらいに
まわりの人よりも
高いところに行ってしまっている
という……。

松本人志さんも、うまいですよね。
センスのない服を、どう上手に着るか、とか。
土屋 ええ。たけしさんも、そうですね。
糸井 そうですね、上手ですね。
たけしさんのほうが、方法論として持っていて、
松本さんのほうが、いろいろ試しますよね。
土屋 そうですね。
糸井 そのあたりの、あのマドンナの映画には
いちばんよく表現されているんですよ。
それを、桃井かおりさんが絶賛してたんですよ。
桃井さんも、その「あわい」にいる人じゃないですか。
ほんとかよ、うそかよ、というところで。
トータルにはウソなんだけど、やっぱり出し方がうまい。

そのうまさの流れにやっぱり室井滋さんもいて、
あの種族が、ずっといるんですよねぇ。
いっぱいいるんだけど、それはそれで
ある種の行き詰まりがあって、
「ほんとかよ、うそかよ」
というものが様式化されているから、
突破口が見えてこない。
そのあたりが、ちょっと気になるところですね。
土屋 そのマドンナのドキュメンタリーを
おもしろがっているイトイさんなり桃井さんなりは、
かなり、見る側のプロじゃないですか。
見る側のプロは、いろいろなものを見てきた上で
それを「おもしろい!」と思うわけですよね。
糸井 マドンナのビデオを見て、こう思ったんですよ。
ぼくが見ていたように、
「マドンナの心の動きを逐一知りたい!」
と思いながら見ていた人は
そんなにいないのかもしれないけど、
でも、あの映画全体に混ざっている
「よくわからない嫌な感じ」というものは
みんな、堪能しただろうなぁと思います。

嫌な感じを混ぜこむことで、
ほかの場面に、ものすごい開放感があるんですよ。
それが、表現のひとつの完成型なのかなぁ。

土屋さんがあのビデオ見たら、
オレに電話しちゃうかもしれない。
「イトイさん、見ましたよ!」って。
土屋 あぁ……あ、
いまぼく、ちょっと、
言うこと忘れました(笑)。
糸井 この会話、おもしろいのは、
お互いに、転がらない難しい話ばっかり
しようとしてるんですよ。
土屋 (笑)
糸井 展開しきれないから、
話がぜんぶ、章立てになっていて、
それで終わるんですよ(笑)。
土屋 なるほどね。
糸井 答え、ないんですよ。
ふたりが、
「その後は捜せないですねぇ」
って言って、次の話題に進んでいるんです。
ぜんぶ、宿題として残るんでしょうね。
土屋 なんかねぇ、でも……あ、また忘れた。
いいですよね?忘れても。
糸井 いいですよ。
土屋 そういうところを、テレビは切るじゃないですか。
それは、どうかなぁと思うんですよ。
今までだったら、この「忘れた」のところは
ぜったいに電波にのることはない。
でも、この「忘れました」こそが
おもしろいんじゃないか、と思ったんです。

だから今は、イトイさんと話している姿を
ぜんぶ最初からテープエンドまで
ノーカットみたいな感じのことをやっていて。

一時の、ウォーホールの
「眠る人」とかみたいなもので、
「どこがおもしろいんだよ?」
みたいなところでしょうか。
糸井 いま、ぼくはその方法論の次のことが
できるような気がしているんです。

(つづきます)

2002-06-14-FRI

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