OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.192
- Kankinouta 2


餃子がタイヘンなことに‥‥
──『歓喜の歌』その2



©2008「歓喜の歌」パートナーズ; シネカノン有楽町1丁目
渋谷アミューズCQN、新宿ガー デンシネマほか全国一斉ロードショー♪


□松岡錠司監督の後編です。

ひさしぶりの映画出演となった安田成美さん
ですが、元小学校の音楽の先生で、
夢見るタクシー運転手(光石研)の妻で、
現在コーラスガールズの指揮者でリーダー、
という役どころ。
リーダーとはいうものの、
なんともぽわんと、ふわんとしてて、
「だ、大丈夫?」という雰囲気を醸し出しつつ、
ニコリと笑って(監督曰く)“悪魔のささやき”
もやってのける、魔性の女(?)。
(ここは観てお確かめください)
いや〜、女はコワイですよね〜(笑)。

そして、この写真のとおり、
颯爽とタクトを振る姿がため息が出るほど美しい!

この安田さんの役どころについて、
監督と脚本家の真辺克彦さんは、
ちょっと悩んだらしいのです。
そこのところも伺いました。
群像劇の脚本を作るときの苦しみも、
ポロリと吐露していただいたり、
この映画に込めた監督の想いと“歓喜”を
みなさんに受けとっていただければ幸いです。

(インタビューの後半には
 ストーリーについて少し触れている部分があります。
 映画を観るまで楽しみにしたいという方は
 鑑賞後にお読みいただくことをおすすめします。)



□脚本書くのって難しいですよ‥‥。

── 監督のさじ加減というか、
   これまでの松岡監督の作品を観ても、
   無理強いが無いというか、
   自然に出てくる役者さんの持ち味が
   とても生かされているように感じます。
   それは松岡監督独特の味のように思うんです。


松岡 その人を選んだ瞬間に、
   役にその個性が生まれますね。
   それをこちらがあえて制して、
   無理なことをさせるのは、
   ボクみたいな性格の監督だと
   出来ないのかもしれない‥‥。


── たとえば、安田成美さんの役は、
   最初は違う感じの設定を思ってらしたけど、
   安田さんの持ち味で、
   ものごとにこだわらない感じを出した
   というのは、そうなんですか?


松岡 あれはね、じつはちょっと違うんです。
   映画で、あまりものごとにこだわらない
   タクシー運転手の妻という役になってますが、
   これは、彼女にオファーするはずだった
   元々のシナリオの通りだったんです。
   明るくて優しくて少しだけ抜けたところがあって、
   でもそのことが逆に求心力を生む、
   そんなリーダー役。
   もう一方の由紀さおりさんは、
   言わばわかりやすいリーダーシップでしょう。
   だから、それとは違うリーダーを作ってみよう、
   というのはボクと脚本家の中にあったんです。
   それを書いて依頼したときに、
   安田さんは「これはすばらしい」と
   言ってくださったんです。

   ところが群像劇というのは、
   書いている本人たちも、
   やっているうちにわからなくなるんです。
   安田さんのキャラクターが弱いんじゃないか、
   社会性が足りないんじゃないか、
   彼女が演じるリーダーのノーテンキさというのを
   過度にやっちゃうと、ウソっぽくならないか、
   という危惧が生まれてきたんです。
   で、ちょっと書き直して、それを安田さんに
   渡したら、安田さんからは、
   「元のほうがよかった」と‥‥。


── はいはいはい。

松岡 「元のほうで十分成り立っていると思う」と。
   主役の小林さんと、次に来る安田さん、
   まだ2人しかオファーしてなかったときで、
   「小林さんは決まってます」と伝えていて。
   そのときに安田さんが
   「妙な気を遣っていらっしゃいませんか」と
   おっしゃって‥‥。
   出番を多くしてみたり、
   そこに心理的な葛藤を付け加えてみたり。
   書いているほうも無理があるかなと
   思いながらも書き直して、
   それを渡したところが、
   彼女から不満の反応がすぐ返ってきたので、
   「あ〜、そうだよな」と。
   ちょっとした社会性を注入しようとして
   じつはそのことが過剰であったり、
   バランスを崩すようなことになっていた
   のは薄々わかっていたんです。
   だからうまいこと、
   安田さんが指摘してくれてよかったし、
   助かったんじゃないかと思いました。


── では安田さんは、当初の脚本と、
   軌道修正したものと、
   両方を見られたんですね。


松岡 そう、最初のと、軌道修正版と。
   で、戻したほうがいいと思うって。
   明快でしたね。


── では、撮影は戻した脚本で‥‥?

松岡 まあ、そのまま戻すのは、
   こちらもプライドがあるから、
   それはまた書き直しましたよ(笑)。


── あ〜、むつかしいですね〜(笑)。

松岡 そりゃ、いちばん最初に書いたものが、
   完全だとは思っていないので、
   それで寄り道をしたわけです。
   で、また戻れてよかったんだけど、
   それをもっと積極的に、
   そのキャラを明確化していこうと。
   いかにノーテンキさを、行動とセリフで表すか、
   ですよね。


── ほ〜ぉ。

松岡 いやあ、脚本書くのって難しいですよ。
   根本的な話ですけど。


── ひとりずつキャラクターを作り上げるのって
   大変なのでしょうね。


松岡 これだけ登場人物がいるとね。
   どれだけのキャラでいくのかの難しさと、
   人生の背景をどれだけ見せるかもね。
   背景を見せ過ぎると、その人の話になっちゃうから。
   やっぱり「主軸は主任である」と。
   何度も何度もそうやって揺り戻しと
   葛藤があるんです。
   で、まあ、こう延々とやるなかで、
   落としどころというのが出てくる、
   という感じなんですね。


□『歓喜の歌』の醍醐味とは‥‥。

── なるほど〜。
   監督はこういう喜劇は初めてやられたと
   いうことですけど、お笑いはお好きなんですか。


松岡 『歓喜の歌』をやってみて、この路線を
   もう少しやったほうがいいんじゃないかって。
   意外に自分に合ってんのかなって、
   思いましたね。

   今回も脚本家(真辺さん)や
   プロデューサーの李(鳳宇)さんと、
   ほんとに頭つきあわせて、
   細かいところまで描いていたんですけど、
   計算に裏打ちされたものをやりたかったんです。
   それがいまの日本映画界においては、
   あまりないなという思いがあったんです。
   その裏打ちされた思考によって
   生み出されたキャラクターを、
   それをわかってくれる人たちが、
   自分たちの技術でどれくらい演じてくれるのか、
   というのが『歓喜の歌』の醍醐味だと思います。

   見事にそれを、引き出しのたくさんある、
   芸達者な人たちがやってくれたんです。


── ジグゾーパズルのピースのように‥‥

松岡 うん。全部、ぴたりとはまったなと。

── 監督がお好きだと言われてた、
   『幕末太陽傳』(1957)の川島雄三監督の
   緻密さに、通じるものありますね。


松岡 川島さんもそうだし、森繁久彌の社長シリーズも、
   自分のなかでいろいろ蘇ってきたんですが。
   登場人物たちが生き生きとしてて、
   描写に無駄が無く進んでいく。
   軽妙洒脱というか、そういうタッチが、
   現代においてどこまで出来るだろうかと、
   やってみたかった。

   昔の作品はすばらしいというふうに、
   ボクらは普通に話すけど、
   それはこういう世界にいるから、
   よけいそう思うわけで。
   一般の、たとえば若い人たち、
   映画マニアでもなんでもない人たちが、
   そんなに昔の映画を観るとは思えない。
   そうすると、その醍醐味をもう一度、
   復活させるためには、
   現代劇で、しかも現代に生きるボクらが
   挑戦して、それを提出する。
   そういうことを‥‥オレ、しゃべってて、
   話は小さいけど志は大きいですね‥‥(笑)。

   最初は、だって、
   スクリューボール・コメディやるんだって
   勝手に宣言してましたから。
   ハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』やるって。
   あれもかなりおもしろいんですけど。
   (エルンスト)ルビッチとか、
   ビリー・ワイルダーとか、
   人間ドラマなんだけど、
   笑えるのに、人生の真実を感じるというか、
   そういうところがおもしろい。
   深みがあるんですよね。
   そういうのを作るのはおもしろい作業ですよ、
   大変だけど。


   
   ©2008「歓喜の歌」パートナーズ;

── やたら教訓めいたことを意識しないで、
   ひとりひとりの生活を描くことで、
   何かが心に残るという描き方が好きです。


松岡 官民という対立構造が
   現代社会に確かにあるだろうし、
   でも描かなきゃいけないのは、
   対立の様ではなくて、
   そこからこぼれ落ちていく疑問だったり、
   マスメディアの報道だけでは見えてこないもの、
   そこにじつは人間ドラマがあるんですね。


── はい。

松岡 ボクもそうだけど、
   みんな頭でわかったつもりでいるだけだから、
   何かひとつ腰を据えて物語を書こうとしたときに
   初めて、いろんなことが考えられる。
   ほんとに、普段はみんな他人事ですからね、
   自分のこと以外は。
   だから小林薫さんも、地方キャンペーンのときに、
   自分も話しながらやっとわかってきたと。

   「この中年男はやっぱり性格は変わらないし、
    また女房に離婚だと言われるだろうと。
    ところが“餃子の瞬間”に、
    なんか動いてみようと、突き動かされて、
    人のために動き出したときに、
    自分がそういうことをすべきだという、
    その言葉で動いているんじゃなくて、
    動いてみたら気持ちよかった、
    人のために奔走することが、こんなに
    我を忘れておもしろいのかということに、
    一瞬気づいた。だから、こいつの
    “歓喜の歌”なんだよ、って今思える」
   って小林さんがおっしゃってました。


── ふ〜む、実感ですね〜、小林さんの。

松岡 それは今やっとわかったって。
   「現場は?」聞いたら、
   「うん、現場のことは忘れたけど」って。
   何をやったかを正確に憶えていないって。


── ふふふ。暑かったのでしょうね。

   おわり。

前回のはじめにもちょっと
「餃子が絡む」って触れましたが、
小林薫さんの話のなかの“餃子”。
まさに餃子がキーワードになっているんです。
いまニュースの話題になってる餃子ですが‥‥。
こっちは手作りのおいしい(だろう)餃子です。

あと立川談志、立川志の輔の両師匠が
出演しているところも心ニクいですし、
松岡監督が「最近クセになってる」という、
劇団系の役者さんたち、
毛皮族の江本純子さん、
ナイロン100℃の峯村リエさん、
大人計画の猫背椿さん、等々の
シュアな演技もクールですし、
まあ、なんといっても
あの漢方好きの某作家さんの登場の仕方は、
めちゃくちゃツボです。

ほかにも細かいツボが満載なので、
ぜひ劇場でチェックしてみてください。

次回は、
一度はお話を聞いてみたいと思っていた、
シネマトグラファーのたむらまさきさん。
たむらさんが8mmで全編を撮影した、
甲斐田祐輔監督の『砂の影』のことや、
数々の凄い映画を撮ってきたたむらさんにとって
「映画とは何なのか」ということも。
ディープで興味深いお話になるはず‥‥。

お楽しみに。

『歓喜の歌』


Special thanks to director Joji Matsuoka and
Takashi Oka(Fresco). All rights reserved.
Written and photo by(福嶋真砂代)

ご近所のOL・まーしゃさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「まーしゃさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2008-02-07-THU

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