OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.182
- The Go Master 1


心の宇宙を描く人
──『呉清源 極みの棋譜』その1



©2006,Century Hero,Yeoman Bulky Co
11/17〜シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館 ほか全国ロードショー


『呉清源とその兄弟 呉家の百年』(桐山桂一著/岩波書店)
にこうあります。

 「黒石と白石を交互に盤上に並べていくだけだが、
  変化の数たるや無数、無限といえる。
  ひとたび石を置いたその形は
  まさに一期一会といってよく、
  同じ石の形が二度と盤上に現れることはない。
  打ち手は無限の宇宙のなかをさまよう
  旅人のような存在である。
  世界でもっとも複雑なゲーム
  といわれるゆえんである。」


囲碁は、私にとって未知の世界。
いや世界じゃなくて「宇宙」。
碁を打つ父の隣でみていたことはあったけれど、
私がやるのはもっぱら五目ならべ(笑)。
でも石の冷たくてツルリとした感触や、
碁盤に石を並べる瞬間の緊張とか、
なんとなく指が憶えている気がします。

1914年に中国で生まれた呉清源は、
わずか8歳で囲碁をはじめた天才棋士。
14歳のとき日本に囲碁留学し、
「新布石」という新しい戦法を生み出し、
以降、数々の伝説の名勝負を残した。
川端康成や坂口安吾も夢中になった人であり、
47歳で事故が原因で勝負できなくなるまで、
囲碁の王座に君臨したカリスマ棋士。
現在は93歳になられて、
小田原に奥様と暮していらっしゃるそうです。

『呉清源とその兄弟』は、呉家の家系を溯り、
中国の高級官吏の家が政局の変化で没落し、
なぜ三男の呉泉(清源の本名)が
囲碁を打つようになったのか、
清源の天才少年ぶりとか、
日本留学への経緯や、
戦争が起こる直前のキナ臭い時代に
中国からの日本留学がいかに不安なことだったか、
また、関係が危うくなっている日中の親善を
囲碁で試みていた人々がいたこと、
そんなバックグラウンドが、
呉三兄弟を通してとてもわかりやすく
美しい文体で書かれていて惹きつけられます。

さて映画、『呉清源 極みの棋譜』で
美しき天才棋士を演じたのは、
台湾俳優の張震(チャン・チェン)さん。
ワダエミさんの衣装に身を包んだ美しい青年が
現す呉清源の孤独や、
映画全体にかかる神秘的な青い色調の意味など、
この本を読むことで、
ますます深いところで映画を感じることが
できるのではと思います。


(記者会見で、張震さん、呉清源さん、田壮壮監督)

□張震(チャン・チェン)さんに会いました。

エドワード・ヤン監督作品での衝撃のデビュー以来、
ずっと見続けてきた人ですが、
幼さの残る少年の面影が、
すっかり大人の色気漂う男になっていくのを
いまはドキドキして見ています。
ウォン・カーウァイ、アン・リー、
ホウ・シャオシェンなど、すごい監督に愛されてきた
チェン・チェンさんにとって、
この作品は、大陸の監督との初仕事。
私が中国映画でもっとも好きな『青い凧』の
田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督のもとで
ますますその魅力を広げて見せてくれました。

これまでとはまったく違う世界を演じて、
棋士の「心の宇宙」を静の演技で表現するのは、
ものすごく難しいことだったのではと想像します。

役作りのことや、
日本に長期滞在して撮影した話、
それから役者としての自分のことも、
とても誠実に、気さくに語ってくれました。
今日はその前編になります。



── おはようございます。
   朝早いのは平気ですか?


張震 (日本語で)大丈夫です、全然!

─── わぁ、日本語上手ですね!

張震 まあ、ふつうです(笑)。

── チャン・チェンさんは、
   今回、天才棋士であり、
   しかもご存命の呉さんを演じるということで、
   なにか大切にした“心”みたいなものはありますか。


張震 (以下、中国語で)おっしゃるとおり、
   呉先生はリアルな人ですから、
   呉先生をよく知っている人も多いです。
   なので、どういうふうに演じたらいいかと
   とてもプレッシャーを感じました。
   いちばん大切にしたのは、
   僕の演技が少しでも呉先生に近づくように、
   ということだと思いました。
   田壮壮監督は、その点をすごく助けてくれて、
   衣装を本物に近づけたり、
   呉先生は寡黙な方だけど、
   じつは親しみやすい方だということや、
   彼の立ち方や歩き方に近づけようということを
   監督と話しました。


── この役をやる前は囲碁の経験が無くて、
   呉さんのこともご存じなかったということですが、
   この役をやろうと思った決め手は
   なんだったのでしょう?


張震 僕はいまも囲碁ができません(笑)。
   呉先生の自伝を読んでとても感動したんです。
   当時、彼にとっては
   生きる環境が厳しかったんですね。
   いまの時代でも彼のようなピュアな人を
   見つけるのはなかなか難しい。
   それを読んでとても影響を受けて、
   もし彼を僕がやるとなるとおもしろいんじゃないか
   という“なにか”を感じたので引き受けたんです。


   
   ©2006,Century Hero,Yeoman Bulky Co

── さっき衣装のことを話されましたけど、
   ワダエミさんが担当された衣装でしたが、
   いまの日本からみてもかなり特徴的な感じ
   なのですが、その衣装を身につけたときの
   ご感想はどんなでしたか?


張震 いい感じです!(笑)
   ワダ先生とも衣装についていろいろ話をしました。
   和服を着るシーンがけっこう多いので、
   とても新鮮な感じがしました。
   とても特別な感じです。
   それでワダさんがおっしゃるには、
   映画の物語の展開にしたがって
   心情的な変化に合わせて、
   衣装のカラーやトーンに
   微妙に変化をつけていくわけです。
   そんなふうに細かいところに拘っていて、
   完成したものを観ると、
   まるで詩のような雰囲気を持つようになってる
   と思いましたね。
   和服以外の人民服に関しても、
   いろんなリサーチが行なわれて、
   聞くと、呉先生が自分でデザインした服を
   着ていらしたらしいんです。
   和服についている家紋も自分の手書きらしい
   という話も聞いて、僕にとっては、
   それがとてもおもしろいと思いました。


   つづく。

ほんとうに姿かたちを限りなく近づけて
本物の呉清源さんと瓜二つだったのですが、
姿かたちだけではなく、
チャン・チェンさんのすべてが呉清源に
なりきっていたところに、
ある種の壮絶さを感じます。

実際のチャン・チェンさんは、
とてもお茶目な少年の部分と、
静かな大人の部分と、
ドキっとするほど色っぽい仕草をする部分と、
まさに多面的で、表情豊かで、
とても透明感を感じる澄んだ瞳に
見つめれてノックアウトでした(笑)。


(映画で使用された1億円相当の碁盤)

まだまだチャン・チェンさんの魅力、つづきます。
お楽しみに。

『呉清源 極みの棋譜』
『呉清源とその兄弟 呉家の百年』


Special thanks to actor Chang Chen
and SPO. Photo: marsha. All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

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2007-11-18-SUN

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