OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.145
- Koishikute 1-


失ってはじめてわかる大切なもの
──『恋しくて』その1



© 2007「恋しくて」製作委員会
4/14テアトル新宿、4/28銀座テアトルシネマ他、全国ロードショー


八重山諸島、石垣島は、
わたしにとって思い出深い場所です。
「死んだ人を思い出すのに、いい場所だよ」と
中江裕司監督は教えてくれました。

映画の『恋しくて』は、
石垣島のバンドBEGINのエッセイ、
「さとうきび畑の風に乗って」に触発されて、
『ナビィの恋』、『ホテル・ハイビスカス』の
中江監督が脚本を書いたオリジナル作品です。

中心には高校生のエイジュンとカナコの恋。
そして、カナコの兄のセイリョウの物語。
さらに、カナコとセイリョウの父と母の物語
があります。

高校生になった加那子は幼なじみの栄順と再会。
加那子の兄セイリョウの「バンドやっどー」
の一言で、仲間とバンドの練習を始めます。
音楽の先生や街の先輩たちの応援を受けて、
懸命に練習を続けるさなか、
セイリョウは行方不明になったままの
父の消息を辿りに旅立ってしまう。
はて、バンドはどうなってしまうのでしょう‥‥。


© 2007「恋しくて」製作委員会

栄順役の東里翔斗(あいざとしょうと)さん、
加那子役の山入端佳美(やまのはよしみ)さん、
マコト役の宜保秀明(ぎぼひであき)さん、
浩役の大嶺健一(おおみねけんいち)さん。
みんな何百倍もの倍率のオーディションで選ばれた、
俳優初挑戦の沖縄の現役高校生たち。
スクリーンの中には、
彼らのはじけるようなエネルギーと
“時間”がしっかりと刻まれています。

もちろん『ナビィの恋』から欠かせない
「おばあ」の平良とみさんも出演してます。
それから、『カナリア』で、
カルト教団の子供役だった、
鋭い眼差しが印象深い石田法嗣くんが、
こんなにかっこいいセイリョウになって登場。
彼の成長ぶりもとても眩しいです。

いまの命が脈々と時代を越えて繋がっているのだ
という、あたりまえだけどなかなか気づけない
「キズナ」感覚を、
中江監督の映画の中では自然に感じられます。
自分だけが、突然生まれてきたわけではない、
自分の親、その親、そのまた親‥‥がいるからこそ、
いまここに私がいるんだなあという、
存在の不思議な糸を手繰っている感覚がします。

『恋しくて』にまつわるいろんな話を、
あったかい沖縄イントネーションで
話してくれる中江監督に、伺ってきました。
どれも興味深いことばかりです。
プチ連載でお楽しみください。

   

□永遠に続く想いっていうことは、大事かなあと‥‥。

── 監督と石垣島の関係というか、
   『白百合クラブ 東京へ行く』のときは、
   石垣島でしたよね。


中江 『白百合クラブ』のときは、あれは、
   ドキュメンタリーですから、
   1ヵ月以上住んでました。
   家を借りてスタッフと一緒に住んでましたから、
   知り合いは多いですよ。
   石垣島は好きで、僕が沖縄に住んだ頃から、
   けっこう何度も行っていて、
   ホームグラウンドみたいなところは
   あるんですよ。


── いま住んでいらっしゃるのは?

中江 本島の南風原(はえばる)町です。
   那覇のすぐ南の。


── 私の父が亡くなった直後のお正月、
   家に居たくなくて、家族で沖縄で過ごしたんです。
   そのとき石垣島に行って、
   「来てよかった〜」と思いました。


中江 いいかもしれませんね。
   逆に石垣とか行ったほうが、
   ちゃんとお父さんに手を合わせますよね。


── 父は海が好きだったので、
   一緒に来てる感じ、してました。


中江 死んですぐだと、この辺に居ますからね〜。
   石垣島に行ったときに、
   白百合クラブのメンバーと話してると、
   しょっちゅう「あの人は死んだよ」とか、
   「去年死んだよ」とか、そういう話が多いんです。
   こっち(本土)だと、あんまり「死んだ」とか、
   言わないじゃない?
   ちょっと声を下げて「亡くなったんですよ」とか、
   言うじゃないですか。
   でも違うんですね。
   「(明るく)あの人は去年死んだよ」言うんですね。
   まるでトナリ村に遊びに行ってる
   みたいなんですよ。
   感覚がそうなんですね。
   僕にはそれがすごくリアルでしたね。


── 普通に日常的にそんな感じなんですね。

中江 バンバン、バンバン、
   死んだよ、死んだよって話がね、
   ま、年寄りたちばかり(『白百合クラブ』は)
   撮ってたっていうのもあるんだけど(笑)。


── 時間的には身近かな話題で(笑)。
   そうでなくても、子供たちにとっても身近で、
   お盆の行事とか、ちゃんと参加しますね。

   『恋しくて』の印象的なシーンで、
   “アンガマ”のシーンがあるんですが。
   お盆の儀式ですよね。
   そのときのセイリョウがかっこよくて、
   ちょっと前までは少年の面持ちだったのに、
   アンガマの時は、いきなり大人に見えて。
   ああいう、あちらとこちらの「境界線」
   というのを、監督は3作品とも描いていらして、
   いつもおもしろいなと思ってるんです。


中江 あそこの(アンガマの)セリフは、
   自分でも気に入ってます。
   「愛し合ってる人がいるでしょう。
    一生一緒にいようねって
    約束した人がいるでしょう。
    でもどんなに愛している人でも、あの世には
    ひとつだけルールがあるんですよ。
    あの世には、独りで必ず来なさい」という。
   これは実際に、アンガマの行事の中で
   言うセリフなんです。
   それを映画の中に応用させてもらったんですけど。
   この映画は、そういう映画だなあと思いましたね。

   (アンガマのサイトがありました。)

   

── はい、そうなんですよね。

中江 ええ。独りでやっぱり生きなきゃいけないし、
   独りで死んでいかなきゃいけないんですね。
   だから、愛し合ってる人とちゃんといる
   ということが、大事な気がしますね。


── 生きている、この世にいる間に、ですね。
   だとすると、あの世に独りで旅立ったとしても、
   繋がっている、という。


中江 そうそうそう。しかもトナリ村ぐらいなので(笑)。

── 近い!

中江 もう、すぐ帰って来るんですよね、石垣なんかでは。
   月に2回は帰ってきます。1日と15日ね。
   しょっちゅう帰ってきてるわけですよ。


── 悲しむというよりは。

中江 この世にいないのは、もちろん悲しいんだけど。
   大事なことは、“感じていられる”ってことが、
   大事なことかなあと思いますね。
   それはこの映画のテーマみたいなところもあって、
   2人はたとえ別れても、
   別々のところで生きていって、
   お互いのことを思い合う仲なんだろうと
   そういうことが大事だろうなと思います。


── はい。

中江 必ずしも恋が成就することが
   大事なことではないんで。
   僕は『ナビィの恋』で恋が成就する話を書いたので、
   そのあと、ちょっと反省もあって。
   必ず恋が成就することが大事なのかって
   思ったんですね。
   思うことのほうが大事だし、成就しちゃうと、
   逆に言えば思いが途切れてしまう可能性も
   あるわけじゃないですか。
   そんなふうに思いましたね。


── 永々に続く想い‥‥。

中江 永遠に続く想いっていうことは、大事かなあと。
   あとエイジュンとカナコの
   “恋しくて”だけじゃなくて、
   セイリョウも含めて、
   あらゆるものに“恋しい”。
   東京に出てきて、石垣島にも恋しいし、
   あらゆるものに恋しいだろうなと、
   思ってましたね。


── それは、未練がましい“恋しさ”じゃなく‥‥。

中江 そうですね。ノスタルジーじゃないんですね。
   ふと、なにかの時に感じることなんでしょうね。


── その「核」があるからこそ、
   厳しい現実にも立ち向かう強さになるんでしょうね。


中江 そうですね。ふるさとのある人間は、
   僕はすごく強いと思ってるんですよ。
   絶対的に帰る場所がある。
   どんなにダメになっても、
   とりあえず受け入れてもらえる土地が
   ある人っていうのは、強いと思うんですよ。
   どんなふうにも生きていけるというか、
   とりあえず、帰っちゃえばいいわけだから。
   それはすごく強いことだなと思っていて。
   ‥‥僕はふるさとが無い人間なんですね。


── そうなんですか。

中江 だから、一生懸命生きなきゃいけない(笑)。
   すごくうらやましくて、
   だから僕が描いている人は、いつも
   “ふるさと感”が強い人なんです。


── 監督の憧れなんでしょうか‥‥。

中江 そうなんでしょうね‥‥。
   僕は京都で生まれたんですが、
   両親は滋賀県なんです。
   で、両親はいつも、京都の人とは、
   うまくいかないと言い続けていたので、
   僕は京都で生まれ育ったけど、
   京都に愛着が持てないんですね。


── どこか違うと‥‥。

中江 そう。違うって感じをずっと持っていて。
   僕の兄貴は北海道に行ったんです。
   僕は沖縄で。両親も北海道に行っちゃって。
   京都の家は売ってしまって、家は無いんです。


── 帰るところは無い。
   沖縄はどうですか。もう長いですよね。
   それでもヤマトンチュ(本土の人)?


中江 はい、もちろんそうです。永久に。
   僕の息子でもヤマトンチュです。
   うちの奥さんは東京の人なので。


── 沖縄生まれでもヤマトンチュなんですね、息子さん。

中江 ヤマトンチュです。血の問題だと思うんですよね。
   血が半分を越えないと、
   ウチナンチュ(沖縄の人)にならない。
   75%を越えて、初めて‥‥。


── 審査、厳しい‥‥。

中江 うちの子供は100%(ヤマトンチュ)だから、
   次が50%で、その次ですよね、
   ウチナンチュになれるのは。

   うちの息子は少しは沖縄にふるさと感は
   持てるかもしれないですけど。


── 友達とか、近所のおじい、おばあとかに、

中江 可愛がってもらってるし。
   そこが京都とちょっと違うので。


── 垣根が低いですよね。

中江 京都はハードル高いんですね。
   300年住んでないと京都の人じゃない(笑)、
   っていうところですから。


── 京都はさらに厳しい。

中江 沖縄は、べつにウチナンチュに
   させてくれるわけではないけれども、
   だからと言って排他的ではないので。
   ヤマトンチュとしてすごく引き受けてくれるので。
   それですごく、全然大丈夫ですよね。


   つづく。

思わず「死ぬこと」から話が始まってしまいましたが、
いつかは人間は死んでいく、それは変えられない。
だけど、その死は生の地続きにあって、
「ちょっとトナリ村まで行ってくるよ」的な感覚。
死がそれほど遠くて恐いものじゃない‥‥。
そんな感覚も、
『恋しくて』から伝わってくるような気がします。

ウチナンチュとヤマトンチュの話も
おもしろいですね。
「血の問題」なんだなあ。
でもそんなことは関係なく受け入れる広い懐。
あの光の強さ、人懐っこさ、海のやさしさ。
のんびりした時間に身を委ねている心地よさ。
なんという“チカラ”のある土地なのだろうと、
石垣島のエネルギーを思い出して、
また元気が湧いてきました。

次回もどうぞお楽しみに!

『恋しくて』


Special thanks to director Yuji Nakae and
alcine terran. All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

ご近所のOL・まーしゃさんへの激励や感想などは、
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2007-04-15-SUN

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