OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.117
- Big River 1 -



「孤独」からはじまる世界、
---- 『ビッグ・リバー』



『ビッグ・リバー』5/27より新宿テアトルほかでロードショー

□舩橋淳監督に会いました。

オダギリジョーさんが、
単身アメリカで、全編英語で演じ、
その作品力がベルリン国際映画祭でも
大きな話題になった『ビッグ・リバー』。

NY(ニューヨーク)に住んで
10年近くになる舩橋淳監督が、
9.11のテロ以来、
アメリカの変化を肌で感じてきた中で、
いま一度、映画にできることの意義とは何か、
ということを世に問う映画です。

このコラムでも9.11直後に、
感じたことを少し書かせてもらいましたが、
まさに、その瞬間にマンハッタンを歩いていた
舩橋監督は、いったいどういう行動をとったか。
そういうとき人間はどうするか‥‥。
興味深いお話を聞きました。

この『ビッグ・リバー』で、
とにかく印象に残るのは、
アリゾナの渇いた砂漠、
モニュメントバレーの荒涼とした風景。
人間の存在などちっぽけで、自然の前には、
大したことのないものに思えてしまうような、
広大な砂漠の真ん中で出会う国籍の違う3人。
アメリカ人の女、パキスタン人の男、
そして日本人バックパッカーの男。



砂漠の中に置かれた孤独な人間には、
どこの国の人か、なんて問題にならない。
なにを考え、なにをしたいか。
人間としての価値は、
国籍でも、ステータスでも、学歴でもなく、
生きることに懸命かどうか、
ギリギリのところでどれだけ人を思い遣れるのか。
自分の自由を守ることと、人の自由を守ること。
この同等性に気づくことが大切なのではないだろうか。

この映画のおもしろさのひとつは、
いろんな「問題提起」だと思う。
いろんな質問を、テッペイ(オダギリジョー)が、
アリ(カヴィ・ラズ)が、
サラ(クロエ・スナイダー)が、
そして、モニュメントバレーが、
観客に投げかけてきます。
それをうまくキャッチして、「考える」。
自分はどうなのかをもう一度考えることが、
とてもおもしろいのではないかと思います。

では、そこらへんとか、ここらへんとか、
舩橋監督にもっと詳しく伺いましょう。
またプチ連載におつきあい下さい。

□9.11の瞬間‥‥。

── 監督は、9.11の瞬間はNYでしたね。
   どこにいらっしゃったんですか。


舩橋 マンハッタンのダウンタウンを、
   会社に行こうと歩いていました。
   道に人がどーっと溢れてきていて、
   車道はシャットダウンされていました。

   一体どういうことかと、
   近所の電器屋みたいなところでラジオを
   聞いたら、どうやらテロらしいと。
   地下鉄が完全に止まっていたので、
   30分くらい歩いて‥‥。

   おもしろいですよね、大事件のときって、
   人間ってどうしていいかわかんないですよね。


── どうしました?

舩橋 どうしていいかわかんないときに、
   人間はどうするかと言ったら、
   「いつものとおりやる」んですね。
   考えたら、別に会社に行かなくてもいいんです。
   そんなときに。それどころじゃないですから。
   だけど、とりあえず行ってみようと。
   そしたら何かわかるだろうと思って。
   会社に着くと、やっぱりみんな来てるんですね。
   ドキュメンタリーの製作プロダクションなので、
   その日は仕事にならないわけですよ。
   それどころじゃない、というので。
   なのに、みんなとりあえず出社しました。

   で、じつはNHKのNY総局が、
   邦人安否確認センターのような役割を果たして、
   本来なら日本領事館でやる仕事なのですが、
   人手が足りずNHKでやっていたんですね。
   それで会社では仕事にならないので
   オフィスのみんながボランティアで、
   そのセンターの電話番とかをやったんです。


── そうなんですか! 何日間くらい‥‥?。

舩橋 3日間です。夜中とかも、徹夜で。
   WTC(ワールド・トレードセンター)に入っている
   日系の銀行の人の安否確認とか、
   テレビで流れていましたよね。
   あれの調査の仕事をやっていたんです。

   それからユナイテッド航空ですね。
   テロが起きた瞬間っていうのは、
   いろんな噂が錯綜してましたよね。
   他の12機の飛行機がどこかに突入するとか。
   その12機に誰が乗っているか、
   邦人を全部調べろとか言われて、調べました。


── あのときは、日本では中継されてましたけど、
   会社から帰宅したころちょうどTVをつけた人も
   多くて。だからしょっぱなを見ていなくて、
   途中から見て「いやにリアルな映画だな」
   なんて、映画感覚を一瞬持ったという人が
   多かったんです。私もそうでした。


舩橋 わからなかったですか。

── ええ。最初わからなかったです。
   どこのチャンネルもそれだったので、
   これは非常事態だと。
   見てるうちに2機目が突入して。


舩橋 見たんですか。

── 見ました。
   戦慄しました。人生最大の戦慄でした。
   世界はどうなってしまうんだろうって、
   すごく怖かったです。
   いまからどうしようって‥‥。


舩橋 そういうときって、
   人間、どうするかというと、
   お風呂に入って寝るんですよね。
   何を具体的にしていいかわかんないですよね。
   僕もどうしていいかわかんないから、
   とりあえずいつもどおりしました。


── ヴィム・ヴェンダースは、
   「9.11の後に人生が変わった」と、
   『ランド・オブ・プレンティ』のときに
   言ってましたけど‥‥。


舩橋 それ、本当なんですかねー。
   僕は変わりませんでした。


   

□“映像のファシズム化”に対抗したい‥‥。

── たしかあの映画のテーマは、
   「貧困とパラノイアと愛国心」で、
   ナショナリズムの台頭と、
   それを国家や民衆に悪用される
   ことを危惧していたわけですけど、
   ニュースではなかなか伝わってこない
   日常レベルの変化にフォーカスして
   描いていたと思うんです。
   舩橋監督も『ビッグ・リバー』を作る
   きっかけになったのは、
   9.11以降の社会の変化なのでしょうか。


舩橋 『ビッグ・リバー』は
   愛国心がテーマではありませんが、
   ギスギスした社会というか、
   偏見が渦巻いている中で、
   それを助長するような言説が
   どんどん送り出される状況があって。
   それは、メディア‥‥映画も含めてですね。
   そういう中で、映画にできることは、
   それだけじゃないはずだ、というのが
   いちばん根底にあったんです。

   『シリアナ』とか『クラッシュ』もそうですけど、
   現実のテロとか戦争をなぞらえるだけ
   というのは、映画として浅はかすぎるよ、と。
   浅はかに対抗する手段は何だろうかと、
   ステレオタイプを助長するのではなくて、
   それを覆していく、
   単純さを阻み、反抗していく、
   そういう声を、映画は代弁しなきゃいけない
   のではないかと。

   スーザン・ソンダグは、
   「文学は、単純化された声に対抗する、
    ニュアンスと矛盾の住処である」
   と言ったのですが、僕は映画も
   そのとおりだと思うんですよね。
   矛盾と現実のニュアンスを、
   そのまま全て包み込む場所です。

   何か一つのメッセージやイデオロギーに
   回収されると、映画は
   プロパガンダになってしまうんですね、極端な話。
   そういった、“映像のファシズム化”に
   対抗していきたい、と思うんです。


   つづく。

ついつい、5年前の9.11を思い出し、
「あーだ、こーだ」と考えることが多くなり、
なんかインタビューというよりは、
私の意見を聞いてもらってしまった‥‥という感じに
なってしまい、すごく楽しかった反面、
映画の話が少なくなってしまいました。
なんか、すいません。

だけど、監督の言葉の端々には、
この映画のスピリットが明らかに伺えます。
確かに、見てすぐわかる、答えがある、みたいな
いわゆる「わかりやすい」映画ではないです。
でも、シーンの美しさ、風景が語るもの、
そこにいる人間の尊くて哀しい存在。
すべてが叙情詩のように流れ、
ヴェンダースやジャームッシュの作品にある
ような感性も感じて、
もちろん、オダギリさんはしなやかに美しく、
私はすごくすごく好きな映画です。

次回は、お待ちかね、オダギリさんのお話などを。

『ビック・リバー』ホームページ
お! 舩橋監督と黒澤清監督の
トークショーがありますね。
行きたい〜。


Special thanks to Director Atsushi Funahashi
and Phantom Film.All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

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2006-05-23-TUE

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