OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.90
- Last Life in the Universe -


タイ映画『地球で最後のふたり』の裏話


©KlockWorx Co. Ltd.

「この映画を“好き”だと言う人は
  変わっている人だと思います。
 “嫌い”という思う人が普通だと思います。」

これは公開初日の挨拶のとき、今回来日出来なかった
ペンエーグ・ラッタナルアーン監督に代わって、
脚本のプラープダー・ユンさんが紹介してくれた
メッセージなんですけど。ふふふ。おもしろいですねえ。
奥ゆかしいというか、やっぱり変わってるというか、
なんでもとてもユーモアのある監督らしいんです。
それは映画を観ればわかりますが、
シニカルなユーモアが散りばめられています。

そして監督はこう付け加えました。
「ハリウッド映画のようにエキサイティングではなく、
 地味ではありますが、もう一度観ていただいたときに
 心に残る作品だと思います。」

うまい!
まんまと私は2回目の観賞に行きました。
そうするとまさに、
監督が言うように“地味”なんだけど、
そこここにグッと来る“仕掛け”が隠れてて、
1回目には見落としてしまった大事なシーンを
2回目には、「ふむふむ、ここかー!」
と楽しめました。

そして、私はこの映画がとても好きになったので、
監督の言葉によれば“変わった人”ですね。
まあよく言われるけどさ(笑)。

この映画は、タイ人の監督、脚本で、
香港に住むオーストラリア人の撮影で
日本の俳優の主演で、という
アジアンコラボレーションの結実です。

いわゆるタイ映画っぽい味の濃さ(『マッハ』みたいな)
が無くて、洗練されたスッキリ感があります。
元々グラフィックデザイナーで、数々の賞に輝く
広告を制作してきた監督の映画だけあって、
どこを切り取ってもかっこよく、遊び心いっぱいです。
あのクリストファー・ドイル撮影の映像は、
趣きを変えて静寂を映してると思うし、
もちろん浅野忠信さんの限りなく自然な存在が
なんともいいんですね〜(実物がまた素敵!)。

−−−というわけで今日は、夏休み特別企画、
タイ映画『地球で最後のふたり』をもっと楽しむための
ここでしか聞けない、とっておきの内緒の話を
大公開(笑)しま〜す。

それもこれも、なんと、浅野忠信さんが演じている
主人公“ケンジ”のキャラクターモデルになった
という人が近くにいて、びっくり!!!
興味深々で、映画の裏話を聞かせてもらいました。
一体どういうふうに映画のモデルになったの〜??
なんで日本人が登場したのだろう?
気になりますね〜。

『地球で最後のふたり』(2003)
タイ、日本、オランダ、フランス、シンガポールの
5カ国合作のタイ映画です。
監督はペンエーグ・ラッタナルアーン。
脚本はペンエーグ・ラッタナルアーンと
プラープダー・ユンの共同脚本。
撮影はクリストファー・ドイル。
出演は浅野忠信、
シニター・ブンヤサック、ライラ・ブンヤサック姉妹。
松重豊、竹内力、三池崇史、他。

ストーリー(といってもそれほど展開しない
ストーリーなのですが…)は、
自殺願望のある主人公ケンジがある事件の後、
ノイというタイ女性と出会い、
不思議な関係を持ちつつ、
お互いの心の微妙な変化を描く という感じの映画です。

●吉岡さんとプラープダー・ユンさんとの出逢い



ケンジのキャラクターモデル、
独立行政法人 国際交流基金(*)の
吉岡憲彦さんです。
お〜繊細で優しい雰囲気が浅野さんに似ているかも。
実は吉岡さんは、タイのテレビドラマに出演したり、
雑誌の表紙を飾ったり、
タイメディアにとても精通している人なのです。

さて、その吉岡さんがこの映画の脚本家
プラープダー・ユンさんと
出逢ったところから話が始まります。

それは、吉岡さんがタイのバンコクオフィスに
駐在していた4年くらい前です。
アメリカ滞在から帰国したプラープダーさんが、
英字新聞に映画のコラムを寄稿していて、
そのコラムを吉岡さんが英語の勉強にと
切り抜いて読んでいました。
まだお互い全然知らない人同志だったころです。

「あれがタイ語で書かれていたら、
 始まらなかったでしょうね(笑)。
 それにプラープダーさんの
 ちょっと変わった映画のチョイスが
 おもしろいな〜と思って。」

そうこうしているうちに、
国際交流基金が関係する映画祭があり、
そこに出演していた女優のボーイフレンドだった
(それがマスコミ的に話題だったとか)
プラープダー・ユンさんがいらしてて、
(その女優さんがかなり可愛いらしい)
ついに知り合ったのだそうです。
ん?プラープダーさんと?その女優さんと?
両方でした。運命的ですね〜。


公開挨拶の浅野さんとプラープダーさん
©KlockWorx Co. Ltd.


プラープダーさんは、アーティスト、
ミュージシャン、小説家、コラムニスト、等々
多才な“タイの若者の知的なカリスマ”的存在の人
なのですが、思考やチョイスがとてもおもしろく、
国際交流基金が主催した、わりに地味な
「宮沢賢治研究会」みたいな
イベントにもおもしろいからと来てくれたりして、
交流が始まったそうです。

プラープダーさんと吉岡さんは同学年だったので、
読んできた漫画が同じだったりして、すぐに意気投合、
メールも密にやりとりし、来日のときは一緒に
帰国したりどんどん仲良くなっていったんだそう。

本が好きな公務員



で、話は映画に戻りますが、
浅野忠信演じるケンジは
国際交流基金の職員の役です。
バンコクオフィスの場面があるのですが、
ケンジの仕事場です。そこには図書館があって、
本を読んだり、自習のできるコーナーもあります。
吉岡さんと知り合ってから、
プラープダーさんは実際そこによくやってきて
パソコンでなにやら書いていたそうです。
どうやらそれが映画の脚本だったらしいんですね。

恐らくそのとき、
ごっつぅ吉岡さんは観察されてたんでしょうね〜。

ただペンエーグ監督もプラープダーさんも
以前から日本人の知り合いが多くいて、
日本人が主役になる構想はなんとなく
あったらしいんですが、それが決定的になるのは
「図書館(基金)に勤めている公務員」という
吉岡さんに出会ったからみたいです。

「僕もいつからそうなったのかわからないんですけど、
 “本を読む人”にしたいと思っていたようです。
 それからオープン図書館を備えているオフィスが
 街の中にある、ということがタイでは珍しいので、
 そこを舞台にと思ったんでしょう。
 でも僕は自殺願望もないし、ケンジみたいに
 潔癖な部屋にも住んでいませんでしたけど(笑)。」

これと言った深刻な理由はないけど自殺願望がある男
というのは、実は監督自身の話で、
監督の頭の中に最初からあったテーマだそうです。
でも浅野さんは、ケンジの自殺を
「自殺をするところまで自分を追い込むことで
 生きていることを確認するための前向きな自殺行動」
と捉えて、あくまでもポジティブに演じたいと言ったとか。

確かにケンジの自殺は成功しない自殺なんだけど
死ぬことをいつも考えながら生きている男の行動は
それがけっこう滑稽になってきます。
たとえば「車の下に寝ているケンジ」は最高だったし。
首の吊り方も、川に飛び込もうとして欄干に座る格好も
なんだか暗くはなくて、可笑しくなるし。
で、涼しい顔して殺人もやっちゃうし。
浅野さんらしさ、全開です。



それからもうひとつ、「制服」のことを。

図書館にセーラー服の女の子が出てくるのですが、
彼女は“プロ”の女性で、学生ではない設定です。
セーラー服はタイにはないそうので、
これは日本の制服なのですが、
実際、タイの女子大生の制服はセクシーで、
タイトで、ミニで、もう目のやり場に困るくらい(笑)
と吉岡さんが言うのだけど、
タイの制服を出すと倫理的に問題になるかもしれず、
日本のセーラー服になったらしいとか。
タイには日本人御用達の“制服パブ”があって
タイ人だけだと入れないそうです。
監督としては特に社会問題には関心があるわけじゃなく
そこで酔っ払ってる日本人に興味があるみたいです。
でも「制服」人気は万国共通?

タイの人が大爆笑のツボ的シーン

では長くなりましたが、吉岡さんお薦めの、
タイの映画館では大爆笑というシーンを
サラっとご紹介して終りにしましょう。

−その1:
病院シーンで小さく映ってるパンクヘッドの人に注目!
彼女はタイメディアで有名な検死官で、タイで大受け。

−その2:
ガソリンスタンドシーンで出てくるサングラスの人。
実はペンエーグ監督の映画に必ず出てくるコメディアン。
急にスローなテンポになるシーンは必ず仕掛けがある
ところなので要注意だそうです。

−その3:
ケンジがノイに向かってタイ語を話すシーン。
典型的初心者日本人らしい話し方で大爆笑なんだって。

その他にもツボはたくさんあるそうです。
見つけた人はお知らせください。
ペンエーグ監督もこっそり出演しています。
私としては、三池崇史カントクのインパクトが
すごくて、大爆笑でした(シリアスに撮ってますけど)。
それからなんといってもノイの家と
ケンジの部屋がすごく好きです。

でもペンエーグ監督はこの映画を作るときに
1.劇中にジョークが出ないこと
2.ケン・ローチ作品みたいに厳格であること
という条件で始めたと言ってるんですよ。
それくらいジョーク好きなのですね(笑)。

最後にもうひとつ見るべきところは、
日本人の描き方です。
同時期に公開された『ロスト・イン・トランスレーション』
に出てくる日本人との違いも、とても興味深いのです。
「タイでは日本文化を、日本だからというよりも、
 おもしろいから、いいものだからという理由で、
 すごいパワーで吸収しています。
 等身大の日本理解には、こういう文化交流の努力が
 あったからこそと言えるでしょう。」
と文化交流に力を尽くす吉岡さんは教えてくれました。

みなさん、
ぜひ『地球で最後のふたり』を
よく噛んでお楽しみください。

こちらは、吉岡さん翻訳の
『地球で最後のふたり』小説本です。


ではまたね。
次は「会議力」というITの話の予定です。
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(*)独立行政法人 国際交流基金(The Japan Foundation)
国際文化交流事業を進めるための専門機関。
「文化芸術交流の促進」
「海外における日本語教育・学習支援」
「海外における日本研究・知的交流の促進」
「情報提供を通じた国際交流支援」
の4つを事業の柱としている。

★浅野忠信さんはこの映画で、
第60回ベネチア国際映画祭の“コントロコレンテ部門”
主演男優賞を受賞しました。

marsha,
Special thanks to Norihiko Yoshioka, Kieko Hattori (photo)
and KlockWorks Co. Ltd. (information and photo)

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2004-08-24-TUE

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