OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.44
- a music talk -


コンピュータ音楽のお話
--「創る、考える、音に遊ぶ 」って?


●バカなんですよ…。

「コンピュータ音楽の研究を始めた理由は?」
とたずねると
「バカなんですよ(笑)。」
と答える、2人の愉快な科学者たちを
ゲストにお迎えしました。

ええ?どんな人たちなの〜?と
思っちゃいますねー。
誤解を招くとまずいんですけど
本人たちが言うから仕方ないなぁ。
でも、その意味は深いみたいです。

あー、今回も長くなりそう…。
それではまず、ご紹介します。

NTT に数多くある研究所の中でも、
「コミュニケーション科学基礎研究所」
に遠距離通勤していらっしゃる
小坂直敏さんと平田圭二さんです。

「こんにちは、“音職人”小坂(おさか)です。」


「どうも、“ハービー君”平田です。初めまして。」

ちょっと写真がちぐはぐですが、
ま、気にしないでいきましょう(笑)。

このおふたりはミュージシャン、ではなくて
工学系の博士で、コンピュータの研究を生業
としているのですが、並々ならぬ音楽好きという
強烈な共通点があり、その音楽魂を惜しみなく
研究に注ぎ込んでいるという人たちなのです。
そういう意味ではそのソウルはアーティストだなと
私は思います。

さっきの「バカなんですよ」の話に戻ると、
実は、コンピュータの研究の世界、
しかも通信会社の研究所で、
「音楽」を研究対象として選ぶということは
いろんな理由でなかなかに”チャレンジ”なこと
なんだそうです。
これが「音声」だったりすれば「あっそうねー」と
周囲の理解も得やすいのですが、
「音楽」となると「なんで?」の声が多いのが
実情なんだそうです。

今すぐ使えるものや、利益に結びつくものに
投資をするのがやはり現実ですからね。
でも「夢のような話」が、のちのち、
おおお!という「大発明」につながるという
歴史的発明で人類の科学の進歩があったのも事実。

「バカだから」の意味は「それほど好きだから」。
どんなに難しい状況の中でも
「音楽を愛してやまない」という研究者の情熱が
「コンピュータ音楽」に結びついているわけです。
好きだからこそ冴えるカンや、対象がよく見えると
いうメリットを最大に活かせるというわけです。

創る、考える、音に遊ぶ

さてさて、この悩み多き(?)
「コンピュータ音楽」研究というものが
どんな研究で、何を目指すのかを
みなさんにご紹介できる素晴らしい機会が
あります!!!!

『NTTコンピュータ音楽シンポジウム II』
3月8日(木) 東京千駄ヶ谷 津田ホール


というイベントです。
テーマは「創る、考える、音に遊ぶ」

第1部で、コンピュータ音楽における技術に関する講演
第2部で、ライブ演奏もあるコンピュータ音楽コンサート

という2部構成になっていて、
研究のことを知ることができてしかも音楽を楽しめる!
という楽しみなイベントのようです。
(イベントの詳細についてはリンク先をご参照ください)

講演では、今日のゲストおふたりの研究も紹介されるし
コンサートは、「尺八とコンピュータ、声の力、
クラリネットとコンピュータ…」
と、なんだか
どんなんだろう?と興味が湧いてくるラインナップです。

日頃、グルーヴィな音楽を愛する私ですけど
この新鮮な素材のコンサートも、
かなり待ち遠しくなってきました。

テーマの「創る、考える、音に遊ぶ」というのは
これから話してもらう、小坂さんや平田さんの
研究の中にいろいろ出てくる要素なのですが、

「創る」は、未知の音を創るといった
コンピュータを活用して音楽を創造すること。

「考える」は、音楽を「記号化し、プログラムし、
表現をする」というような知的な行為のこと。
つまり、演奏したり作曲したり鑑賞したり、
日常私たちが音楽に関係するいろいろなことを
やっている最中に、頭の中ではどんな思考が
働いているのかをコンピュータで実現すること。

「音に遊ぶ」のは古語の「あそぶ」を連想していて
つまり、これも音楽をもっと「知的に楽しむ」ことを
提案しているということです。
これまでは聴く一方の人が多かったと思うのですが、
コンピュータに助けてもらうことで、
誰もがもっともっと音楽を身近な存在として
使い倒すくらいに、世の中を変えて行きたい!
ということ。

ところで、小坂さんと平田さんはそれぞれ
「コンピュータ音楽」へ違うアプローチをしています。
何をやっているのかを簡単にご紹介しますね。

●未知の音を創造する

小坂さんは、クラシックがベースの人。
また、現代音楽の作曲も沢山手がけています。
音楽の中でも徹底的に「音」にこだわる
研究をしています。

研究テーマは「音を創る」。

未知の音を創るということですが
どういう音なんでしょう?

「生身の人間が楽器から出せない音、しかも
耳になじむアコースティックな印象をもつ音
を創りたいんです。そんな音は現実にはナイと
わかっていても、聴いて”いいなあ”と
思える音をね。」

お話を聞きながら、BGMに小坂さんの
『おっきんしゃい』作品集のCD(非売品)を
流しているのですが、これが気持ちいいんです。
耳に心地よくて心が落ち着くような
まさに「癒される」音なんです。
自然な音が表現されているというのが
よくわかるし、コンピュータが創り出す音に対して
もっとマシンライクな音を想像していたのですが
みごとに裏切られました。

小坂さんが研究している主な技術は

  • 「音のモーフィング」
  • 「サウンドハイブリッド(混成音)」
    という音合成技術
そして『おっきんしゃい』(Otkinshi)という
おもしろい名前の「音づくりシステム」を開発。
(Oto to koega isshoni naru shisutemu)

このシステムにはある主張が込められて
いるのだとか…。
「楽音=楽器業界、音声=通信業界」
これまでは、そんな区分がされてきたのですが、
もう新しい音楽を作る上で、
そんな区分は要らない!!!という主張です。

マルチメディア時代の今なら、
そんなことは当たり前のように思えますが
このシステムを作り出した1991年頃には
そんなふうに感じていたそうなのです。

このシステムを使って作曲した曲が
3月のコンサートで演奏されますので
それを聴くのも楽しみなのですが
ここで、研究のほんの触りを
ちょっと聴いてみてください。
これが「音のモーフィング」です。
フルートの音から女声に変わっていくのが
聴こえてきます。(聴こえる?)
これは「音のハイブリッド(混成音)」の一つです。
「ソプラノのビブラートを雅楽の楽器である
笙(しょう)の音に加えたもの」。
笙は機構上、ビブラートができないんだそうです。
そこで、「接ぎ木のように、
ソプラノからこの情報をちゃっかり頂戴して
本来の音に乗せたものだ」ということです。

混成音は「音のサイボーグ」と呼ばれることもあり、
いろんな音の特徴を持ち寄って合成して、
「しゃべるクラリネット」とか
「東京弁の人の声質をそのままにして
大阪弁をしゃべらせる」
なんていうことができる技術だそうです。

この技術は、ほかの研究員の方と一緒にやっていて
このデモのように、ビブラートをつけたり取ったりの
混成音は榊原健一さんの研究です。

笙といえば、この不思議な楽器の音から出る
からくりをあばくように挑戦しているのが
引地孝文さんです。

榊原さんと引地さんのお話も
シンポジウムで聞けるそうです。

●計算機による音楽知(Machine Musician Project)

平田さんはジャズがベースの人です。

小坂さんの研究が
音楽の中でも、「音、音色」という狭い領域、
つまり、楽譜に書きづらい、オーディオ信号に
近い領域を攻め込んで行くのに対して、

平田さんの研究は、
もっと「音楽」全体を科学する、つまり、
「メロディ、コード進行、リズム」といった
楽譜に書かれた情報を相手に、
計算機の助けを借りて
音楽をもっと簡単に操作できるようになろう、
というもの。

もっと難しく(?)平田さんに説明してもらうと、
「音そのものの成り立ちや音色には立ち入らず、
それらを 1 つの音として記号化した上で、
楽譜に書かれたメロディ、コード進行、リズムなどを、
計算機を使って分析したり合成したりすること」
だそうです。

平田さんが今取り組んでいるテーマは、
「計算機による音楽知の表現と操作」。

ライフワークは、「Machine Musician Project」。

「音楽という曖昧なものを
何とか科学してみよう。
音楽を解剖する、という感じかな。
音楽を”音楽学”をベースに記号に置き換え、
数学的な方法で、
現実の音楽世界のシミュレーションを行う。
それは計算機の中だけの空虚な世界ではなくて、
現実の音楽世界とぴったり一致して対応する
鏡の世界なんだ。
計算機科学のキモは
『現実世界の形式化やモデル化にある』
と思っているのですが、要するに、
音楽を対象にしてそれをやってみようということです。」

ごくん。

「自然言語を処理するのと同じことなんだ。
自然言語の持つ、主語、述語、目的語というような
構造やルールを記号化して、計算することによって
翻訳や要約という処理ができるわけでしょ?
同じように、音楽の持つ、
メロディ、リズム、和声を記号化して
計算することによって、楽曲を操作しよう
ということなんですね。」

ごくん。

平田さんの研究のポリシーは

「譜面の音符には、見える情報のほかに
隠された情報が沢山埋め込まれている。
その、表層の裏側にあるより豊かな情報こそ、
賢くて柔らかくて気の利いた処理には必要なのだ。
だから、表層にあるものだけではなく、
裏に貼り付いていて
普段あまり意識しないような情報も
一緒に処理しましょうということ。
だって、実際に人間はそうやっているんだものね。」

あ、あの、スルドイよね。

平田さんの作ってきたシステムを時間順で並べると

ハービー君→パーピープン→バービーブン→ハーヒーフン


もちろん、平田さんが敬愛するジャズ・ピアニスト、
ハービー・ハンコックにちなんでつけられ
そして活用形にしちゃった、システム名です。

1996年から研究を始めて6年目。
現在、「ハーヒーフン」の段階に来ました。

「近い内に、これまで作って来たシステムを
統合して、演奏表情の付いたアドリブを
しちゃったりするようなマシン・ピアニストに
仕上げてみたいなと、不遜にも考えております。」

と平田さんは急に謙虚になって言ってます。

これは、言葉で説明されてもとても難しいです。
なにしろ、音楽が相手ですものね。

というわけで、百聞は一見にしかず、
と言っても聴きに行くのですけど(笑)
ぜひ、次のシンポジウムで、
平田さんの「ハービー君」を体験してみてください。

では、ちょっとまとめてみましょう。

これまでにマルチメディアなどと
一般に呼ばれてきたものって、
例えば自然言語やビデオ画像や
オーディオ CD などに入っている音でしたよね。

でも、NTT が取り組んでいる「音楽」は
こういう「データ的」マルチメディアとは、
性質が大きく異なっています。

人と人とのコミュニケーション、
人が人に伝えたいけどなかなか伝わらない意志や意図、
そういう柔らかい部分まで含んだ
マルチメディアなんですね。
人間の主観とか曖昧さとかセンスとかに
モロに関連しているところです。

これからのマルチメディアというのは、
従来のマルチメディアとは全然違うものというか
コミュニケーションのためのメディアが
研究開発の対象になって来ていると感じます。

NTT の言う音楽の他にも、
前回にもちょっと書いたけど
ロボットに感性を埋め込もうとか、
五感全てを忠実にあるいは
強調して伝える研究とか
これからは、そういう IT 時代に
なって行くということなのですね。

それから「コンピュータ音楽」を知るための
よい本がグッドタイミングで出来上がりました!!!
小坂さんと平田さんも翻訳に参加した
『コンピュータ音楽 - 歴史、テクノロジー、アート』
(Curtis Roads著、東京電機大学出版、12,800円)
これから勉強する人は必見ですねー。
早速の方はこちらへ。

小坂さんと平田さんには
また登場していただいて、それぞれの「音楽」の話を
ゆっくりフューチャーしてみたいと思っています。
(そうしないと、とても1回では書ききれないのです)

長い原稿におつきあい、ありがとうございました。
ぜひ、シンポジウムでお会いしましょう!


インタビュアーでした(バイバイ)。

marsha

2001-02-15-THU

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