あなたの、
『MOTHER』の気持ち。

こんにちは。
たくさんのメールをありがとうございます。

みなさまの「気持ち」を紹介していくこのコーナーも、
とりあえず今回でひと区切りです。
またなにか始めると思いますので、
そのときにはぜひご協力くださいね!

すべてのメールを掲載できなくてごめんなさい。
今日はできるだけたくさんのメールを紹介します。
素敵なメールを、めいっぱいどうぞ!



糸井さんありがとう!
私は小学6年生の女の子です!
アドバンスのソフトの発売とても嬉しいです!
毎年、夏休みになると新作のゲームを買うんですが、
結局飽きて、スーパーファミコンをひっぱり出して
MOTHER2をやり始めます。
やり始めると夏休みが終わっても止まらなかったです。
もともとMOTHER2は、
高1のお姉ちゃんが持っていました。
なので、私がやっているとお姉ちゃんやりたがって
1本のソフトを二人で取り合う事になりました。
他のゲーム、ゲーム機もあるのに
何でけんかになるの!と、ママに怒られます。
そもそも、私がMOTHER2を好きなのは、
面白いし、ちょっと怖い所もあるし、
なんってたって疑問がおおいからです!!!。
特に、ブンブーンのあの情けない死に方や
トレーシーがまだ子供なのに
エスカルゴ運送でアルバイトをしてる事、そして、
一番の疑問は図書館のトイレに入れない事です!
わざと入らせないのか、偶然なのか、、、、、。
まだまだ、疑問はいっっっっっっっぱいあります、
きっとそれは、何回プレイしても解けないと思います。
「MOTHER1+2」、「MOTHER3」にも、
きっと、疑問があると思います。でも、それが、
MOTHERシリーズの良い所なんだと思います。
これからも、疑問を増やしていってください。
楽しみーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!。
(大島悠子)

マザー2で印象に残っているのは、
電話をかけずに長い間冒険
(冒険って言葉が本当にピッタリ!!)
しているとホームシック(!!)になることでした。
「すごい・・生きてる・・・」
普通の生活していて、
ある日突然冒険に出ることになったら、
きっとマザー2みたいにコンビニ寄ったり、
たまに家に電話かけたり、
デパートで最上階まで行っちゃったり、
するよな・・・普通。
なんか得体の知れない危険なモノにあったら、
取りあえず握ってるバットを振ってみたり、
普段は信じてないけど神様に祈ってみたり、
大きなヌイグルミに「ゴメンね・・!」って
呟きながら身代わりにしちゃったり、
するよね・・・普通。
普通だった。でも、普通が一番楽しかった。
なんだか、特別な人に成りたくて
一生懸命変な事をしていた中学生の自分が
「普通が一番楽しいじゃん!!」っと思った瞬間でした。
高校生になってから仲のいい友達が3人出来て、
まるでマザー2のメンバーにそっくりな
4人組が偶然、出来ました。
ちょっと無口でクールなネス(?)、
ベトナム風美少女の理系ポーラ(あれ?)、
眼鏡がポイント雑学マニアの文系ジェフ(あれれ?)、
真面目でキュートな剣道2段(!)のプー。
GBAを買って、久々初プレイの時は彼女達の
(実は私を含め、みんな女子高生☆)
あだ名をつけます。
「OKすか?」・・・・オッケーっっす!!
(ときお)

変な話なんですが、
僕は『MOTHER』と聞くと父親を思い出します。
というのも、僕は父親がプレイする
『MOTHER』を見つづけていたからです。
しかし、幼かったので、
内容までは把握できていませんし、
父親は僕に説明などは一切してくれなかったので、
『MOTHER』がどういうお話なのかは知りません。
それから4年後、
両親は離婚して父親には会えなくなりました。
『MOTHER2』の発売少し前、
ファミコンソフトの中から
『MOTHER』を見つけました。
懐かしさから何となくプレイしてみました。
主人公の男の子の名前は僕の名前でした。
女の子の名前は妹、
ともだちの名前は父親の名前でした。
何か、すごい気持ちというか想いが伝わって来ました。
離婚する親のことは僕は理解出来ませんでしたが、
自分の名前が使われていた事で少し安心しました。
ほんの少しですけど。僕は普段、
ゲーム中の名前には自分の名前は使いません。
だけど6月20日は自分の分身に
冒険に出てもらおうと思っています。
糸井さん、スタッフさんありがとうございます。
(こうた)

先日テニスに行った時。たまたまテレビを見た瞬間。
いきなりどせいさんがテレビに登場!!
「はぁうわぁ!!」と叫んでしまいました。
しかもそこには「MOTHER1+2」発売。
そして「3」作成中の文字が。。。
思わず嬉しさで走り出してしまいました。
それでころんで頭打ちました(苦笑)。
でも、全然痛くなかったです。だって嬉しさが
それを超えてましたから。
(GT)

僕も皆さんのようになにか伝えたくて
キーボードに向かってみましたが、
もう皆さんのいろんな思いを読むだけで、
胸がいっぱいになってしまって
なかなか書くことが…出てこないんです。
ただ、自分が「良い」と感じたものを、
同じように「良い」と感じていた人が、
こんなにたくさんいたんだ、
という喜びと感動があります。
「MOTHER」をプレイした当時、
僕の周りに「MOTHER」をプレイしていた人は
ほとんどいませんでした。僕自身、まだ中学生で
「おもしろかった。
 そしてなんとなく心に残るゲームだった」
くらいの感想しかありませんでした。
「もっとなにか…感じるけど…分からないなあ」
という気分でした。そして「MOTHER2」。
高校を卒業した直後、「1」の楽しさ、
なんとも言えない雰囲気を
まだ奇跡的に覚えていた僕は、
「買った」と言うと家族に
なにを言われるか分からないと思い、
「友達に借りてきた」ことにして密かに購入。
「ドラクエ」以外にまともにRPGを
最後までプレイしたことのない僕にとって、
辛い思いの連続でした。でもそれは、
ただRPGをプレイすることの辛さだけではなく、
この物語から伝わる
「いろんな想いを持つことの辛さ」だったと、
気づいたのはクリアした後でした。
ただただのほほんとは生きていけないんだなあ…と
なんだか妙な感想を持ちました。
あんなに、人間のイヤなところを含めた、
それでも素晴らしいものを伝えてくる作品には、
あれからほとんど出会えてません。
「MOTHER1+2」が発売される日は、
偶然にも僕の誕生日です。
当時、唯一僕以上に「MOTHER2」に
はまってしまった妹と久しぶりに会いました。あの頃、
「友達から借りた」ことにしているのを知らずに、
あまりの感動に、
新しく自分用にもう一本買ってきてしまった妹。
彼女に今回の大ニュースを伝えたら、大喜びで、
その場で携帯電話のスケジュール帳の
「6月20日」の欄に、
「大ニュース!」と書き込んでいました。
それじゃ後でなんのことか分からんだろう…と
少し心配しています。
それではもう少しの間、「ほぼ日」を楽しみながら、
「大ニュース」の日を待ちたいと思います。
(TAKA)

ぼくがファミコンで最後に遊んだゲームが
「MOTHER」でした。
ゲームはそんなに買うことはなかったのですが
(そんなにたくさんお金がありません)
CMを観た瞬間「なんか匂う!」と
心が反応してしまいました。一目惚れでした。
なけなしの小遣いを持ってお店へ自転車を走らせ、
赤い箱を目の前に、「これが最後のゲームだぞ」と
言い聞かせて買って来ました。
母親の浮気が発覚し、
家の中がしっちゃかめっちゃかだった中学生の時です。
父は仕事が忙しくて
あまり家に居ることがなかったので、
「MOTHER」の中での「パパからの電話」が
すごく親近感があってムズムズしたのを覚えてます。
家の中がそんなだったので、なかなか
ガッツリとゲームができるような状況ではなく(笑)
気もそぞろに、ちょっとした時間を見つけては
コソコソとプレイしていました。
エンディングではゲームではじめて泣きました。
その横で母が父との電話で泣いていました。
当時、そんな状況に
親友3人が気晴らしに「歩こうぜ!」と、
千葉から浦安のディズニーランドへ
夜中から明け方までかけて、延々と
海沿いの工場地帯を抜けて歩いたことがあります。
夜中の閑散とした国道を、
バカ話しで盛り上がりながら歩いている時、
自分の中では「MOTHER」の
主人公の気分になって、
「まあなんとかなる。どんとこい将来!!」と
心の中でつぶやいた情景は、
今でも時々自分を助けてくれます。
ありがとう。
ピッピちゃんからもらったフランクリンバッジ、
まだ大切に持ってますよ。
(ハヤト)

私にとって『MOTHER2』は、
新婚時代の思い出がたっぷり思い出されるゲームです。
大学を卒業してすぐに私は結婚しました。
非常にビンボー夫婦で
物が無い無いずくしの生活でしたが、
スーパーファミコンだけはありました。
何故かというと、結婚のお祝いに
何かほしいものをみんなで買ってあげるよと
友人達が言ってくれたので、私達は
「ガスコンロとスーファミが欲しい」
とリクエストしたのでした。
結婚してからしばらく毎日、
私達は夕食後に必ず二人でゲームをしていました。
大変楽しく、かなり燃えてハマりました。
私達は学生時代、
結婚資金をためるためにゲーム機も買えずにおり、
たまに友人宅でさせてもらえる
TVゲームというものに非常にあこがれていたのです。
しかもその友人宅では
短い時間で出来るアクションゲームしか
やったことがなかったので、
自宅でロール・プレイング・ゲームが
出来るというのは感動的なことでした。
私達は数々のRPGをしました。
コントローラーをかわりばんこに操作して、
あっちに行ったらいいんじゃないかとか
この謎はきっとあそこで解けるに違いないとか、
ワイワイ言いながらやっていました。
あの当時、名作と呼ばれる
RPGをかなり色々やりましたが、
中でも強く印象に残っているのは
やはり『MOTHER2』です。
新婚時代の楽しい雰囲気、
未来に向けて希望たっぷりの想い、
そんな感じが『MOTHER2』と
すごくピッタリだったのです。
あれから何年も経ちます。今でも夫婦仲は良いです。
でも残念なことに、
年を経るにつれ旦那さんの仕事が非常に忙しくなって
今ではなかなか二人でゲームをする時間がありません。
新婚時代はビンボーだったけど
時間は贅沢にあって良かったよね
という話をよくしますが、
そんな思い出話の時に必ず登場するのが
『MOTHER2』面白かったね!という話なんです。
『MOTHER2』に出てきた
様々な登場人物のことなどは二人とも何故か細部まで
よく覚えており、今でもその話で盛り上がります。
私は今現在もよくTVゲームをやっておりますが、
やっぱり一人じゃ寂しいな、と思う瞬間があります。
そんな時はやっぱり『MOTHER2』をやっていた
あの楽しい新婚時代を懐かしく思いだすのでした。
ゲームボーイの『MOTHER』シリーズ、
必ずプレイするつもりです。そしてその内容を、
日々旦那さんに報告するつもりです。
時々は旦那さんも一緒に
画面を覗く日があったりするのではないかな、と
今からとても楽しみです。
(カナ)

それは、僕が小学2年生だった頃。
普段ゲームを全くと言っていい程にやらないおやじが、
毎晩面白そうに「MOTHER2」をプレイするのを
横で見るのが、いつしか日課になっていました。
そして、遂におやじがクリアをした時の興奮は、
今でも覚えています。一緒に風呂に入って、
尽きる事のない思い出を語り続けました。
面白かったなぁ。
今、僕は高校2年生です。自分でも何度もプレイし、
「MOTHER2」の全てに感動しました。
ゲーム中の、窓から見える景色に
手を止める事もありました。
1+2、そして3が出ると知った時は、
真っ先におやじに報告しました。
親子揃って、発売を心待ちにしています!
「MOTHER」はまだやった事が無いので、
本当に楽しみです! ありがとう!!!
(樫村)

MOTHER1・2が出るらしいよ、
と息子(中2)にいったら、
MOTHER1やってみたかったんだ、
楽しみだなぁ、といっていました。
MOTHER2は、私も息子も本当に大好きなゲームです。
いろいろな思い出があります。
「かっこいいもの」という質問に、
幼稚園の息子が「おとうさん」と答えたこと。
夜寝る前に絵本を読んでいましたが、
「ひみつのたからばこ」を読んでくれとせがまれて、
ずいぶん何日も読んだこと・・・・・・・・。
MOTHER3が発売されないと知ったとき、
本当に残念でした。そしてまた、
MOTHER3 に会えるんだと思って楽しみでなりません。
(shibata)

私がMOTHERシリーズに出会ったきっかけは、
8年と少し前、
兄がMOTHER2を買ってきたことでした。その当時は、
兄がプレイするのを横で見てるだけでしたが、
物語やキャラクター、音楽が凄く印象的で
心に残りました。その後、姉がプレイして、
さらにその後、私もプレイしました。
その数年後にMOTHER1もプレイしました。
現在、兄弟とは別々に暮らしているけれど
今でもたまに会うとMOTHERの話をします。
キャラクターの名前や台詞がぽんぽん出てきたり
友達がMOTHERをやってるよって話してくれたり…。
兄弟みんなMOTHERが大好きで、私たちはMOTHERで
繋がっているんだと思えるくらいです。
MOTHERは台詞の1つ1つが心に染みる
とても暖かいお話でした。
キャラクターが生き生きしていて
私もその中に入り込んでいました。
そして冒険の中で考えたり、
感動したりして成長していけました。
その後もずっと心の中にあって、
ずっと共に歩んで来た気がします。
SMILES and TEARSの歌詞で
優しい気持ちにさせられました。
つらいときもMOTHERのことを思い出すと
元気になれました。私は今年20歳になりましたが、
成人になって再びこの物語に逢えることを
嬉しく思います。今このことが
一番楽しみなことだって思えるのが幸せです。
MOTHERには色々な思い出が詰まっているけれど、
また新しい冒険でいい思い出を作りたいです。
最後になりましたが、糸井さん本当にありがとう!
(sachimo)

はじめまして。
私はMOTHER2→MOTHER、の順
で大人になりました一人です。
4人きょうだいの末っ子なので
セーブデータが(強制的に)無く、
お姉ちゃんたちがプレイする横で
ドキドキしたのを覚えています。
(二丁目)

わたしがはじめてMOTHERに出会ったのは、
中学2年生のころです。
ともだちにすすめられて、真っ赤な箱に入った
「MOTHER2」を買いにいきました。決め手は、
ともだちの「エスカレーターに乗れるよ!」
というひと言だったのを覚えています。
夏休みに、しらないところへ1人で旅に出るような、
少し不安で、でもすごくわくわくするような
不思議な感じの旅。新しい町に着いた時は、
これからどんなことがおこるかな、と
ほんとにドキドキしました。
ゲームを進めるにつれて、
エンディングが近付いてくるのがとても怖くて、
心から「まだ終わってほしくない!」と
思ったゲームでした。
スタッフロールを見ていると、
ほんとうにこの旅が終わってしまうんだなあ、
ということがはっきりと分かって、
涙がとまりませんでした。
台所にいる母に気付かれないように、
声を押し殺して泣いたのをおぼえています。
MOTHERはほんとうに、わたしにとって宝物のような、
たいせつなゲームです。
あったかくって、やさしくて、
近くにいるだけでしあわせな気持ちになれるような、
たいせつなことをたくさんたくさん教えてくれた、
もう1人のおかあさんのようなゲームでした。
すてきなゲームを、
ほんとうにほんとうに、ありがとう。
またもう1人のおかあさんに会える日を、
とてもたのしみにしています。
(アカ)

今までマザーはとにかく大好き!
最高とばかり思って過ごしてきましたが
何故そこまで思いを入れれる事が出来たのか
MOTHER1+2の発表により
また多くの思い出を振り返ることが出来ました。
当時私は姉が買ってきたマザー2を
冒険するような気持ちで隣に座り
エンディングには姉と説明書を見ながら
一緒に歌ったことが何より思い出深くて
一番私の大好きなときでした。
その翌年に震災にあい、
家だって電気だって水だってないなか
サターンバレーの曲を
(当時は「どせいさんの歌」って言ってました)
鼻歌で歌って、この曲大好きなんだよ、
またマザーやりたいねって言ってた時を思い出します。
色んな思い出を沢山詰め込んで
好きなゲームがより好きになって
私はこのゲームに出会えて
幸せだったなって一心に思います。
当時の気持ちを込めてホント有難うという
気持ちをお伝えしたいです。
発売日踊る気持ちで待っております!
(ぐらい)

MOTHER2を買ったのは小5でした。
ゲップーが好きであのゲップを
どこまで真似できるかというのを
テープに録音してまで友達と競っていました(笑)
結局カビクサイマン程度しかできなかったんですが。
久々にMOTHER2を引っ張り出してやりたいのを
抑えつつ発売日まで楽しみに待っています。
(ATS)

あの頃…(そ〜か〜もう14年も昔かぁ)
子供が生まれるわ、旦那が転職するわで金が無くって、
Motherはおろか、本体もすぐに買うことができず
ソフトは発売から1年以上経ってから
手に入れましたっけ。エンディングで、
どんなにレベルアップしてもどーしても倒せないので
どーしてなんだぁ〜〜!と煮詰まっていたら
先に終わった旦那にあっさり教えられ
すごくくやしかった。今も忘れられない。。。
Mother2は勢い込んで発売してすぐに買いに走った。
(我が家の経済状態も向上したわけですね)
ワシの勢いに押されて
旦那はワシがハマっている姿を傍観。
Mother2…
一番のお気に入りのセリフは、どせいさんの
「なにかむつかしいことをかんがえよう、
 これからのぼくは。」
エンディングで泣いたゲームソフトは
未だにこれだけです。
その翌日、まだ達成感と喪失感でぼうっとしている中、
本屋さんに攻略本を買いに行きました。
登場する全ての人と話をして、
全ての場所でできることは全部したと思ってはいたが
エンドタイトルで出てきた登場人物で、槍を持った人。
それが何処の場面で出会った人だったか思い出せず
それを確認する為に。そこの本屋のバイトらしき
19〜20くらいののお兄ちゃんに
「Mother2の攻略本が欲しいんだけど。」
すると えっ?という嬉しそうな顔。
「やってるんですか?」
「いや、昨日の夜終わってね。かくかくしかじかで」
…ここまででもう、すでに戦友の会話よ。
でも多くを語りたくなかった。
まだ内容に酔ってたもんで。
気持ちを汲むかのように、バイトの兄ちゃん
「(遠慮がちに)…よかったですよね、あれ。」
「う〜ん、感動したよ…だから、
 攻略本も買うの迷っちゃうよね
 読むとしらけちゃうような気もするし。」
「それなら、これがいいですよ。」
といって勧められたのは「ひみつのたからばこ」。
darlingの野球の硬球にからめた
コメントが載ってる、あの本です。
帰ってそれを読んで、また涙ぐんでしまった。
同じ感動をあの子も味わったのだとわかった。
無機質な攻略本じゃない、この本を選んでくれた
あのバイトの兄ちゃんの心意気が、
むしょうに嬉しかった。どうしてるかなぁ。
どっかでこのコラム、読んでるかなぁ。
喜んでるだろうなぁ〜きっと。
そうだといいなぁ。
ワシもおばさんになってしまったけど。
でも感動する心はいつまでも年とらないと思うので。
ゲーム待ってます。ありがとう。
あの、パパの電話がそういう意味だったと知った今
ますますMotherが好きになりました。
ちなみにあの頃赤ん坊だったうちの娘は今中2です。
小さいときにMotherやらせてました。
一応エンディングまでいった、戦友です。
どせいさんのセリフを言えばすぐわかるくらいには。
だから今度の発売の話をしたら、彼女も大喜びでした。
今は娘のGBアドバンスを奪ってやるか、
それとももう一台買うか、検討ちうです。
(Dollier2000)

私がマザーシリーズを初めてプレイしたのは
中学一年生のとき、マザー2からでした。
中学入学後まだ、お互いそれほど仲良くなかった友達、
きっかけはマザー2のなかの言葉を
私がなんとなくノートに書いたことから始まりました。
その言葉をみた友達は
「いくちゃん、マザー2を知ってるの?」
そのひとことからもう9年経った今でも
マザーの話題で盛りあがったりしています
彼女はこれからもずっと一番の友達です!
マザーは私にこんなに素敵な友達をくれました。
ゆかちゃんいつも仲良くしてくれてありがとう!!
いつかお嫁に行っても、おばあちゃんになっても
二人でマザーをプレイしようね!!
大人になった今でもマザーには
大切な事を教えてもらっています。
これからもたくさんお世話になりますね。
マザーはずっとわたしの心のくすりです。
(育世)

今でもファミコン版のMOTHER、
スーパーファミコン版のMOTHER2が
大切に保管されてます。
本体はどこにいったかわからないけど
いつの時代でも遊べるゲームなので手放せない。
なんか知らないけど、箱と説明書をなくしてないのが
MOTHERだけなんだよね。とても不思議。
(せんま)

生まれてはじめて書いたラブレター、
それが宛先、任天堂の『MOTHER2』への
ラブレターでした。
どせいさんからお返事が帰ってきたとき、
好きな人から声を掛けられた時の様に
胸がキュンとしました。
ネスとおんなじぐらいの歳だった私は、
もう「オトナのおねーさん」になってしまいました。
確かラブレターには
「大きくなったらMOTHERのようなお話が
 書ける童話作家になりたい」と書いたのですが、
その夢に近いお仕事をしています。
あの「初恋の季節」が、もうすぐ蘇りそうです。
そして、初恋の人の面影を残した新しい恋人も、
きっと私が「おばさん」ならないうちには
やってくるのです。私の浮気なこころは、
もちろん、主人には内緒です。
(がの)

MOTHER1+2発売!?!?!?
それを友達から聞いてすごくすごく嬉しくって
おもわず涙を流してしまいました。
ずっとずっとまっていたんだよ〜っ!!
ぜんぜん涙が止まらなくて、
2時間目の体育を休んだほどです。
(ちょっとラッキー)
さすがに3時間目には止まりました。
よ〜しっ!ぜったいMOTHER1+2の
CMみるぞ〜っ!
これからも楽しいゲーム作っていってくださいね!
(吉谷)

さっきCMを見て、明るい気持ちになりました!
実は卵巣腫瘍が見つかり、
来月か再来月に手術をすることになりました。
仕事のこと、結婚・出産のこと
(全く予定はないけど・・・)など、
色々なことを混ぜ込んだ漠然と抱いていた
将来への不安感でかなり落ち込んでいました。
(とくに仕事のことです。
 保育士をしているのですが体力がどこまでもつのか、
 辞めたほうがいいんじゃないのか・・・)
それでも、入院生活だけは少しでも楽しくしようと思い、
ゲームボーイアドバンスSPを買ったばかりなのです。
(ゲーム大好き♪なので)
でも欲しいゲームがあまりないなぁ・・・
そう思っていたときです!
「MOTHER1+2」が出るなんて
思ってもいませんでした。今からとても楽しみです。
当時自分で「MOTHER1,2」を買った記憶がなく
いつも友達から借りていたような・・・
しかも返していないような・・・
なんて考えていると
その頃の思い出がどんどん出てきて
懐かしくて泣けてきます。「好きな食べ物」とか
入力するところありましたよね?
何て入力したか今でも覚えてるんです。
(はっか)

マザー復活!うれしいなぁ!
1が出たとき10歳だったのですが、
ホーリーローリーマウンテンで
男の子と女の子が踊るところが、
今まで見てきたどんなラブストーリーより
なんだかエッチで、素敵で、
すっごくドキドキしました。
何だかすっごく恥ずかしくて、
親に隠れてプレイしたのを覚えています
(当時我が家には茶の間にしか
 ファミコンがなかったのですが)。
あの甘酸っぱい感じを、
ゼヒゼヒ残しておいてく〜ださいねっ☆  
(やっつー)

……言葉にならない。
テレビの前の小学生の自分と、
何度も泣いたネスたちの世界と、
もう一度会えるこれからのMOTHER2、
そして。初めて、でもやっと会えるMOTHER1。
会えるチャンスを、ありがとう。
85年生まれの私はMOTHER2の発売当時は
まだ一人でRPGはできなくって
いつも父がやっているのを隣で見ていました。
夜遅くに進める時はビデオを撮ってもらって
昼間ひとりで見ていたり。
時がたって一人でRPGが出来るようになって、
MOTHER2の世界に触れていって、
……いつのまにか入っていて。
終わってしまうことがさびしくてどうしようもない
ゲームなんていまだ他に出会えていません。
本当に、本当に、ありがとうございます。
(ひかり)

家にネット環境がないので反応遅いのですが…。
どうしても情報が見たくて
車とばして離れて住む兄の家に来ました。
ゲームショップであの真っ赤なポスターと
どせいさんを発見して全身鳥肌たちましたよ!
出るんだ〜!!ってすっごく嬉しくなって
にやけながら店内に入ったので
店員さんには不信がられたかも。
(そしてその足で予約しましたV)
MOTHERの為ならキューブの購入も考えたのですが
アドバンスはちょっと前に買ってたので
もうこれは神様の思し召しとしか思えません!
発売日が私の誕生日に近いので
自分へのプレゼントということで
日々心待ちにしています。
また暖かい気持ちにさせて下さい。
(mana)

思えば、初めてほぼ日へのリンクをクリックしたのは、
「MOTHER3開発中止」のニュースからでした。
それから毎日のようにほぼ日へ通って、
だんだんほぼ日とMOTHERが
別物になってきたこのごろだったのですが、
また「MOTHER」に戻ってきました。
とっても嬉しくて、あまりに嬉しくて、
他の皆さんのように泣いたり踊ったり
走ったりしたのですが、
メールは書くととまらなそうなので、
落ち着くまで我慢してました。
ようやく落ち着きました。多分。
はやく6月20日になれ!
「時間を飛ばす秘密道具(ドラえもんの)使って、
 明日を6月20日にしたい」とか毎日考えてしまって、
 どうにも他のことが手につきません。
そこで、100円玉を毎日貯金することにしました。
もう大人な私、5000円ぐらい
いつでもポンと出せますが、あと2ヶ月、
毎日100円ずつ溜めていこうと思ってます。
攻略本も買おう。サントラも出たら買おう。
前作の攻略本は眠れない夜に必要なので、
枕もとに常備してあります。
サントラは絵を書くときなどによく聴くので、
すぐ取り出せるところにあります。ずっと現役です。
でも、最近買った未使用の新品MOTHER2は、
テレビが無い我が家では飾り物になってます。
ああ、やっぱり、早く6月20日が来ないかな!
それまでGBAを磨いたりしちゃおうかな。
(あち)

私が「MOTHE2」と出会ったのは中学生のときです。
家から一番近いお店までは車で20分ほどかかるため、
両親に駄々をこねて連れて行ってもらいました。
今回、「MOTHER1+2」が発売される6月20日は、
私の教育実習が終了する日です。
あの時中学生だった私が、今度は中学生を教えます。
今度は駄々をこねず、
自分ひとりで買いに行くつもりです。
今から発売日が待ち遠しくてたまりませんが、
「楽しみに何かを待つ」ことも
久しぶりのような気がします。
なので、わくわくする自分を
じっくり楽しみながら待つことにしますね。
(けいこ)

この日を待ってました…!
仕事で終電が続いていた疲れが、ふっとびました。
大学から一人暮らしを始め、以来、就職や転勤で
4回引越しをしましたが、何を売っても、
ファミコンとスーファミを持っていったのは、
MOTHER1と2をやるためです。
頭の固い両親に
「いい歳して女の子が、
 まだゲームばかりやっているのか」
とよく言われますが、
「ファミコンとスーファミと
 MOTHER1と2は捨てられない」
と思っていました。音楽も大好きで、
ピアノ楽譜を買って全曲マスターしたり、
アレンジしたりしてました。
5年の間に携帯を5回変えましたが、毎回かならず
エイトメロディーズを含め数曲を、
単音、和音で打ち込んでいました。
自分が結婚して子供が生まれて大きくなったら、
いっしょにMOTHERをやろう、と思っていました。
この先、続編が出なかったらとても残念だけど、
それでも1と2は大切にして、
いつか子供にやらせよう、
これだけ好きなゲームなので、知らない今時の子供に、
ぜひプレイして欲しいと常々思っていました。
そして、あの感動を味わって欲しい。
優しい気持ちになれる、涙が出るゲームが
あるんだってことを知って欲しい。
そんな長年の夢が、現実となるんです。
こんなにうれしいことはありません。
(まっき〜)

マザー1+2、そして3が発表されて一週間。
ふとマザー2がやりたくなり、
スーファミ一式を探しました。
カセットを挿して、電源を入れて、
コントローラーを持つ。
スーファミでこの行為をする事自体が
ものすごく懐かしい感じがしました。
町を歩いて、お金を下ろして、買い物をして、
いろんな所に電話をかけて…
ママに電話をかけてみると
「じゃ、アンディのノミを取ってるところだから。」
実際に飼っていて、
2年前に死んでしまった犬の名前が出てきて、
ハッとしたんです。
あぁ、もう2年になるんだ…
マザー2の世界の中では、
まだ犬は生きていた頃のまま。
逃避みたいな感じもしますが、
GBAの世界にも、犬を住まわせてあげたいです。
1+2でも、また一緒に歩きたいな。
(序盤だけですけどね)
(織)

おはようございます。朝のひとときiモードからです。
ほぼ日のMOTHERのところに行って
ダーリンの話を読んでしまって、
今こころがうるうるとしてしまっています。
私はゲームボーイやる時間ないんですけど
大きくなってゆく娘のために買っておきます。
産まれてくれたことへの愛が伝わるように。
(あいだ)

誰だかのメールであった
「すべてのイヌに話しかけよう」というフレーズに
涙がでました。
ああ、そういうゲームだったなぁ。
何で、忘れていたんだろう。
そして、思い出しただけで、何で、こんなに、
気持ちがいいのだろう。
1も2も3も楽しみで仕方ないです。
家でやるのは勿体無いから、
コーヒーのおいしい喫茶店でやろうかな、とか。
糸井さん。いつか、きっと、
あなたに出会いたいと思います。
(TETUROW)

まえに遊んだ時は、
おとこのこの名前は「たろ」ってつけてました。
単純に、カワイイと思って。今だと、たぶん、
アノ人の名前と自分の名前にしちゃうんだろうなぁ。
今回ゲームボーイアドバンスになるおかげで、
MOTHERの大きな世界と
そこで冒険の旅をするアノ人と、
いつでも手の中に、ポッケの中に、
かばんの中に、いっしょにいられるって、
ものすごくうれしいなぁ・・・と、
ゆうべ布団の中でしみじみ思いました。
今日、『MOTHER』の気持ち。を読みながら、
今夜ソフトを引っぱりだして遊ぶことに決めました。
待ちきれないんだもん・・・(笑)
(はな)

マザーは1と2ともリアルタイムでプレイしました。
2は19歳の時に初めてプレイしました。
マザーが大好きだった僕にとって、
それはとても素晴らしいマザーの続編でした。
コーヒーブレイクのメッセージとBGMが
とても心に残り、その場面見たさに
何度もプレイしたのを覚えています。
その他のBGMもとても素晴らしくて、
サントラCDも買ったのですが
入ってないBGMもあり満足いかず、
自分でサントラテープを作ったりもしました。
(そのテープはCDとなり、
 彼女に怪しまれながらも今でもよく聞きます)
その後、就職し、挫折して、
無職でダラダラ過ごしていた23歳の時
再びマザー2をプレイしましたが、
19歳のときにプレイしたマザー2とは
まったく別の物のように感じ驚きました。
マジカントの真理の中心
(って表現だったような)で
マニマニの悪魔を打ち砕いた時の主人公の成長。
19歳の時は意味不明でしたが、
23歳の時はその表現にすごく感動しました!
マザーの事は今でもよく考えます。
マザーの中には自分自身が
生きて死んでいくうえでの課題が
たくさん詰まっているように思えるからです。
僕の心によい意味での大きな爪痕を残したマザー。
プレイした人ばかりでなく、
初めてマザーシリーズをプレイする人たちにとっても
素晴らしいゲームであることを期待しています!
(メロジー)

毎日更新されるたびに、
ものすごい熱さをかんじています。
本当にすっごいですね。わたしは、
こんなみなさんの熱い気持ちに押されるように
MOTHER2をやり始めたばかりです。
日曜日におとーちゃんが新宿の
ゲーム店を4件回って捜してきてくれました。
まだ、でっかいもぐらと戦っています。
家事の合間みながらのゲームで
しかも、初めてのRPGなので
いろいろ戸惑いながらやっている所です。
こんなわたしも、
MOTHERの話を熱く語る日が来るかなぁ。
でも、セーブする時にお父さんと電話で話すところで
キュンとしてしまう日々です。
そろそろ、また旅にでかけようかな?
(ふじた よしこ)

近頃あまり会話をしていなかった高3の弟に、
チラッと「MOTHER1+2』が出るよ」と言ったら、
間髪入れずに目を輝かせて
「買う!!」と叫んで喜んでました。
もうゲームなんて興味ないだろうなと思っていたので、
この反応には正直びっくりしました。
ちょっとこれは本気で嬉しかったです。
(弟には言わないけど)
MOTHER、やっぱりすごいなあ…!
(N,N)

私のマザーと言えば、やっぱりマザー2です。
小学生当時、ファミコン世代真っ只中だった私は、
友達の家でスーパーマリオをさせてもらうことになり、
しょっぱなでいきなり
クリボーに当たって死んでしまうという
あまりのお馬鹿っぷりにあきれられてからというもの
まったくといっていいほど興味が沸かず、
ゲームにはまったく縁の無い少女時代を生きてました。
なのに、CMで『大人も子供もおねいさんも!』と
画面で見た瞬間! やってみたい!と思ったんです。
でも高校生だった私は、買えるほどお金も無く、
ただただやってみたいと願うばかりで…。
その後働くようになってから、
初めてもらったお給料でスーパーファミコンと
マザー2を買ってしまいました。私にとって
初めて家でやったゲームがマザー2なんです!
ただただ熱中して気がつくと朝になってしまい
何度徹夜を繰り返したことか…。
そして最後にクリアしたときは泣きました。
マジ泣きです。感動して叫びました…
親に怒られました; ちなみにその日も徹夜明け。
その日の朝聞いた、
鳥の鳴き声も思い出せるくらいです。
今も時々無性にマザー2をしたくなって
ゲームのスイッチを入れています。
(かよこ)

先日、改めてMOTHER1をクリア致しました。
灯りも点けずに、
流れた涙を拭くこともせず、
反芻する様に旅を思い出しながら、
音と映像を感じていました。
MOTHERのお蔭で泣き虫になりそうです(笑)。
泣き笑いで、『ありがとう!』
(TL2V/GV)

深夜番組をビデオ録画したものを見ていました。
CMを早送りでとばしていると
一瞬眼に飛び込んできたものがありました。
それがMOTHERのCMでした。赤一色で
早送りの最中でもはっきりわかりやすいですね。
早送りを途中でやめて巻き戻してしっかりCMを確認。
小学生だった頃、
ファミコンすら触れたことのない母親が
なぜかMOTHERを買ってきたこと(今でも不明)や
「MOTHERなんて聞いたことがねーし、
 俺はドラゴンボールのゲームがしたい」
と思っていた自分がいつのまにか
MOTHERにはまっていた事、
最後は親友に貸したとたんに
セーブを消されてショックを受けた事など、
色々なエピソードを思い出しました。
(B柔術紫帯)

当時、「すきなたべもの」を
「しゃぶしゃぶ」と入力してしまい、家に帰るたびに
「だいすきなしゃぶしゃぶをつくっておいたわよ」
と言われ続け、本当に「もうおなかいっぱい」という
気分になったことを懐かしく思い出しました。
どんなに好きでも毎日食べれるようなもんじゃない、
とホント思いましたよ。
友人も「かきごおり」と入力してしまい、
家に帰るたびに寒い思いをしていたらしい。
ゲーマーな別の友人が
「めだまやきハンバーグ」と入力したと聞き、
「さすがゲーマーは押さえどころが違う」
と感心したものです。
「おとこのこ」の名前も「おんなのこ」の名前も
自分の名前にしたあげく、
当時の彼氏(現在の夫)の名前を
「ともだち」にしたら、
ゴミ箱の中でふるえてたので笑っちゃいました。
今回プレイするときには「おとこのこ」には息子の、
「おんなのこ」には娘の名前をつけるつもりです。
(いととはり)

当時もそう思ったし、
今改めてやってもそうなのですが、
とにかく街の人との会話が屈辱的なんですよ。
町長に「キミにはムリ」とか言われるし、
とぼけた顔だとか、はなたらしとか、
挙げ句の果てに「うすのろ豚」呼ばわり。
初めて会った人にそこまで言われる筋合いはないよ、
と幼心に悔しかった覚えがあります(笑)。
中でも、確か2だったと思いますが、
「帽子をかぶってるけど、野球が好きなの?」
と聞いてくる人に、「はい」と答えると確か
「野球ばかりやってないで…」と説教されます。
いきなり説教じゃ悔しいので、
「いいえ」と答えてみると…
「ヘタクソそうだもんな。」
私の覚えている限り、これ以上に
「やられたっ!!」と思ったことも、
これ以上に屈辱的なセリフもありません。
大魔王のセリフなんかよりずっと悔しく、
今でもこの言葉だけは胸に刻まれています。
そのくらい、セリフに対する
「はい」「いいえ」の選択が練られたゲームである、
とも言えますが(笑)。
(しまみゅーら)

僕がマザー2に出会ったのは、確か小6のときでした。
当時は2回ほどクリアしただけで、
終わってしまったのですが、数年後、なぜか、
ネスが自転車に乗ってるときの曲とか、
おとのいしの曲を鼻歌で歌ってる自分に気付き、
マザー2の物語と曲は、子供心に
相当深く刻まれていたんだなとしみじみ思いました。
今では僕も大学生になり、親元を離れました。
日々の心労からホームシックになっていたとき、
ふとネスのことを思い出しました。
12歳の子供が勇敢に旅に出る姿を思い浮かべたら、
涙が流れました。勇気づけられました。
(クマ)

先日、『MOTHER』の気持ちで掲載されていた内容で
タコケシマシーンが出ていたんですが、
タケコシマシーンと読んでしまいます。
そういえば、自分が小さかったときも
タケコシマシーンと読んでいた記憶が・・・
なんだか、妙におかしかったので
メールしました。
(to-ma)

今振り返って思う事。
マザー1を自力でクリアしたあの頃の自分って
天才だったなあ、と(笑)。
当時まわりでマザープレイしてる子が皆無だったので
情報も回ってこなかった。
今の世の中はネットもあるし、
自分自身でかせいだお金で攻略本だって
カンタンに買えてしまう。
何も知らずにがむしゃらにプレイしていたあの頃と、
疑問点があったら情報を簡単に得てしまえる今現代。
それぞれ置かれている環境は違うけれど、
今も昔もあのわくわく感は変わりません。
変なこだわりとかがあるんです!
デパートの曲のラスト部の
ちゃんちゃんちゃっちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ♪
ってとこの終わり部分ちょうどの所でデパートから
出るとかそういう阿呆な事を
たくさんして遊んでいました!
(2でも曲が同じで感動しました)
6月までの間に辛いことがあっても
泣かないようにして発売日には
思いっきり涙したいと思います。
(おしたり)

私がマザー2をプレイしたのは小学生のころ。
RPGをちゃんとやったことがなくて、
Bボタンがキャンセルの役割をするなんて
しらなかったのです。だから、トレーシーに
「ほかに用は?」と聞かれたときに、選ぶコマンドが
「あずける」と「もちだす」しかなくて、30分ぐらい、
この子との会話はどうやって終わればいいんだろう、
と悩んでいました。
はじめてスリークに行ったとき、
音楽とハロウィーン野郎と
サムくんとオバケとゴミばことハエが怖くて、
一週間はドラッグストアに引きこもっていました。
初めてゲップーの声を聞いたとき、
あまりにも気持ち悪い声なので、
のどの奥が酸っぱくなっていました。
はじめて魔境に行ったとき、
沼に入ったら体力が減っていくので、保険のために、
干し肉を持てるだけ持っていきました。
はじめてトンズラブラザーズのライブを聞いたとき、
その時のノリが忘れられなくて、
トポロ劇場に入り浸って、話を進められませんでした。
はじめて「おとのいし」のメロディを
全てそろえたとき、胸がいっぱいになって、
せつなくて、でもママとパパの愛を一心に受けました。
マザー2は、いろんな楽しいこと、
大切なことを教えてくれました。9年経った今だから、
やっと意味が分かったこともあります。
小さな一つの楽しさが、たくさん詰まり過ぎたら、
こんなにすごいゲームになってしまうんですね。
私の中で、一番のゲームはマザー2です。
マザーはやったことがなかったけど、
アドバンスで出来るなんて本当に嬉しいです。
姉ちゃんと取り合いになっちゃうから、
ソフトもゲーム機も2つ買おうかなぁ。
(原田真由美)

好きな食べ物「ぷっちんプリン」を
母ちゃんにコシラエテもらうたんびに
ニヤニヤニタニタ身悶えしてた俺。
(のぶかず)

ここに送ったらいいのでしょうか?
間違ってたらすいませんね。
マザー1+2発売、うれしくてうれしくて
聞いたときに姉と一緒に叫んでしまいました。
初めてマザー2をやりだしたとき、
なぜか心臓が破裂しそうなくらい
はやくなっていた事を思い出します。
それまでもゲームはやっていたのですが、
こんな雰囲気のRPGはやったことがありませんでした。
あんなに楽しめたゲームも
数えるほどもないような気がします。
そのときは今よりもっと小さかった僕も
少し大人になったかな?
と思いたいですが、マザーのことは何から何まで、
何よりも頭の中に残っています。
思い浮かべると涙が出るほどに好きだったマザー。
とにかく感謝感激してもしきれないほどです。
ほんとにありがとうございます。
こどももおとなもおねーさんも、
ほんとに家族全員ではまり込んでました。
あぁっとなにがいいたいんだろう。
ネスもポーラもジェフもプーもみんなだいすきでした。
もう一度会えるんだってことで
むねがいっぱいいっぱいで、
ほんとに何が言いたいのか、
どう言ったらいいのかまとめられません、すいません。
とにかくマザーからいっぱい、
いろんなことを学んだと思うし、
同じくらいのことをマザーに対して思っているけど、
言葉にできないのがもどかしいです。
何が言いたいのかよくわからないような文ですが、
とにかくひとつでもいいから
気持ちが伝えられたらいいなと思って書きました。
それでは、ほんとうにありがとうです。
(結城)

僕は、まだ13歳だけど、小さい頃に
兄が持っていたマザ−2をやったことがあります。
6年ほど前の話だけど、
今でもまだスーパーファミコンを引っ張り出してきて、
たまにやります。当時、7歳の僕は、
ひとりで感動して泣いてました。
トイレに駆け込み20分近くないてました。
なぜだかわからないけど、涙がでてきました。
そんな、ゲームにまた、あえると思うとうれしいです。
今度は、マザー1もできるので、
2倍の40分は泣くとおもいます。
メールのことはよくわからないので心配です。
(tanaka)

3児の母です。ゲームは生まれてこのかた一度も
やったことがありません。
どうもあまり良いイメージがなく、
ゲームばかりしているとロクな人間にならんぞー、と
子どもたちにいつも言っている母です。
でも、でも、でも、
「MOTHER」に関する、糸井さんのお話、
「MOTHER」ファンの
たくさんの人たちのメールを
読んでいるうちに・・・・・。
うちの子たちがこれをやったらどんな感じかなあ、
と思うようになりました。
ゲームを認めたわけじゃないけれど、
発売日はしっかりチェック。
わたしよりずっとゲームに寛容な夫に
「MOTHER」発売の話をしたら、
妙に嬉しそうでした・・・。
我が家にも「MOTHER」が来るかも知れません。
(Y)

拝啓フライングマン様。
お元気ですか? とは口が裂けても訊けません。
またお会いできそうで、嬉しく思っています。
あの頃の俺はRPGといえば「レベル上げ」。
それが一番クリアに近づける方法だと
信じて疑わなかった。
そんな俺が君達のような仲間に出会ったら…、
ああなる事は必然だったのかもしれない…。
「こいつぁ〜便利じゃん!!
 ここでなるたけレベル上げなきゃ!!」
皆死なせてしまいましたね。
墓標がいくつも建ってしまいましたね。
ありがとう、クリアできたのは君たちのお陰です。
当時小学生だった俺。こどもというのは無垢で残酷。
今は立派なおとなになりました。
でも多分、今度も宜しく。
親愛なるフライングマン様。
(たかふみ)

すごい強い フライングマン
頼りになる フライングマン
僕を庇い続けてくれた フライングマン
そして力尽き 倒れた フライングマン
二度と戻らない フライングマン
その忠誠心と覚悟が怖くて
二度と話し掛けなかった フライングマン
今度はうまく、話し掛けられたらいいな。
(DADADIDI)

泣くんじゃない!と言われても無理!!!
ガンガン泣いてました。
私は「2」をやらせていただきました。
最初はちょっと期待はしていなかったのです。
そんなに面白いのかな?やってもいいかな?
くらいの気持ちだったのに・・・。
あのほのぼのとしたキャラにこれでもか!
と色々つめ込まれていましたっけねぇ。
今思うと糸井さんの
色んな部分が入ってたわけなんですね。
あの表情だからよけい、切なかったり、
嬉しかったり、悲しかったりして、
ゲームをやるたびに気持ちがふくらんでいきました。
未来永劫、娘、息子、孫、曾孫と
伝えていきたいゲームです。
(miku)

みんなのMOTHERの気持ちをよんでいて
とても切ないようなあったかい気持ちになりました。
私はMOTHERもMOTHER2も
リアルタイムでプレイしたため、
やっぱり思い出がたくさんよみがえります。
「おれの目を見ろ!」って言うノラ犬や、
ガリクソンさんちの赤ちゃん、
フライングマンの墓、
MOTHER2に残されていた昔の彼女のデータ、
いまだに口ずさむドコドコ砂漠のBGM。
唯一MOTHERの話ができた同僚は退職し、
自分と周囲の変化に改めてきがつきました。
今度やるときはいろんな気持ちを
たくさん抱えて冒険したいです。
(白ゴマ)

ゲームは中学のときにやめて以来、
ほとんどやることはなくなりました。
小学生時代、どれほどの時間をゲームに
つぎ込んだかを考えると、うんざりしてきます。
でも、MOTHERはやったことないんですよね。
CMなんかで、名前は知っていましたが。。
それほど面白いなら、やっとけばよかったかな。
今はゲームとの縁は断ち切ったつもりですが、
というのも、一度やると止まらなくなりそうな、
中毒性があるからです。
MOTHERなんか、面白そうだから、なおさらです。
でも、連載を読んでいると、
ちょっとだけやってみても
いいかなって気になりました。
スーファミもまだ捨ててなかったし。
(J.U)

きゃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
って、叫んだ。(笑)
だって嬉しかったですよ、CMを見たときは。
でも一回目は見逃しました。
画面に『どせいさん』って出た瞬間、
母がチャンネルかえたんですっっ
戻したときにはもう遅かった・・・
でも2回目で見て、もう叫んだし、
顔はニヤニヤがとまらん状態だったです、ハイ。
MOTHER2しか、ワタシはプレイしてないんです。
MOTHERもやろうやろうと思って、
結局買っていないところでこの情報は最高でした。
絶対買うんだっっっ
小学生の頃、親戚のコがやっているのを見て
驚いたのを覚えています。
「こんなゲームだったんだぁ!!」って、とっても。
ゲームは大スキで、RPGは決まったシリーズしか
してなかった私にはすごい衝撃だったんです。
「こんなにかわいいゲームがあるなんて!!
 しかも見てるだけでもおもしろいし!!!」
って、買ってもらいました☆
やってみたらやっぱりおもしろかったです。
もうトリコでした。どせいさんなんか感動でした。
「文字が違う!!すごい!!」(笑)
学校でMOTHER2を知っているコと
「ぽえ〜ん」とか言ったりして。
どせいさんをあらゆるところに描きました。
図工の作品でもなにかとどせいさんを
活用したことを覚えています(笑)。
今私はフリーターで、
結構遠いところまでバイトしにいっているので、
電車の中とかもう最高の
MOTHERタイムぢゃないですかっっ!!!(笑)
1時間は乗ってるんで、
6月20日からは通勤時間はMOTHERタイムです。
お給料はMOTHER1+2と、
ゲームボーイアドバンスSP
購入のために確保しますっ
待ちきれずに次のお給料で
GBSPかっちゃうよ、アタシっっ!!!
シャーーーーーーーーーーー!!!!!(気合)
イトイさんってば、ステキすぎ!!!
(あましー)

忘れられないゲームです。『MOTHER』は。
結婚して妊娠し、仕事をやめて
暇つぶしに買ったのがファミコンでした。
ドラクエには乗り遅れてたし、
ワタシにも楽しめるソフトを探していたときに
出会ってしまいました。
あれから随分たちました。生まれた息子も中学生です。
今ではファミコンもスーファミも
出番が無くなりましたが、
大切に『MOTHER』・『MOTHER2』と
一緒にしまってあります。
(もうファミコンもスーファミも
 他のソフトはありません)
ワタシの宝物となっています。
4年くらい前に息子が見つけて、
スマブラのネスだと喜んでプレイし始めました。
見事にハマってました。
そのとき、しばらく
母と子の会話は『MOTHER』でした。
何年たっても世代が変わっても、
やっぱりイイって思うのねっ。
『MOTHER3』が出ると信じ、待ってました。
親子で楽しみにしてます。
まずは、今度出る『MOTHER1・2』を
『MOTHER』をやっていない下のおちびさんに
買ってあげると約束をしたので
一緒にプレイするつもりです。
また、しばらく
母と子の会話は『MOTHER』かも。。。
(今では2人のMOTHER)

小さい頃、マザーをやって
ゲームの音ってすごいなぁて思った。
こんなの作ってみたいなぁと夢を抱いて
気がついたらゲームの音を作る仕事をしてました。
マザーありがとう。
逆に、自分の作った音が
小さな子供に影響を与えるようにがんばります。
発売日になったら、子供に戻ってあそぼーっと!
そんな自分はまだまだお子様のようです。(笑)
(むう)

好きな食べ物はオムライスだったから
オムライスを食べるたびに思い出してたの。
あの、メロディーと一緒に。
小学校の先生になって3年目かな、
音楽の教科書に
「エイトメロディーズ」が載っていたときは興奮した。
リコーダーや鉄琴、木琴、ピアニカ、エレクトーン、
トライアングルなどを使った
シンプルながら美しい楽譜だった。
始めはリコーダーのみ、
繰り返すうちに楽器が増えていくの。
8回目の繰り返しで
全部の楽器が美しいハーモニーとなる。
授業参観で、保護者の皆さんに披露したもんね。
6年生だったあの子たち、今年成人式を迎えました。
あのとき、この曲はマザーっていうゲームの
キーになってる曲なんだって教えたら
男の子達「マーザーツー」って歌っていたっけなあ。
何だかいろんなことが蘇ってきて興奮する。
サントラのカセット、どこへ行っちゃったんだろう。
ゲームの内容、いっぱい忘れちゃってるな。
でも、オムライスとエイトメロディーズ、
今でも胸がキュンとします。
(佳代)

当時1&2を発売と同時にプレイしてきた私。
これ以上のゲームは無いとまで思いました。
本当に本当に心の宝物でした。
今回のGBAでの発売を信じられないくらい、
嬉しく思ってます!
私も母となり、そして色んな事情から、
娘を父親から引き離して
暮らすことになってしまいました。
糸井さんのインタビューを読んで、
いつか娘が大きくなったとき、
このゲームを渡してあげたいなと思います。
(manami)

MOTHER1+2の発売を知ったのは夜中のCMでした。
実は翌日が就職試験の一次選考で、
緊張しつつ同行の友達と面接の練習とかしてたんです。
ちょっと疲れて息抜きにつけたテレビ。
すると突然画面が真っ赤になって
どせいさんがトコトコ歩いてるじゃないですか!?
思わず友達とMOTHER思い出大会(笑)
ワクワクが消えないまま選考に望みました。
結果は無事一次通過。
どせいさんが緊張をどこかに持っていったようです。
「ぽえ〜〜ん」
(うに)

あのラストの感動。
ボタンを押しながら、
「もうわかったから、
 俺はこんなに感動してるじゃないか、
 そろそろ勘弁してくれよ」と思って、
半泣きになりながらクリアしたのを覚えています。
感動の駄目押しで苦しくなったのは、
MOTHERだけだと思います。あまりの苦しさに、
コントローラを投げ捨てたくなりましたけど、
どうしても最後が見たくてやりとおしました。
いつもは会話のシーンなんて
ボタン連打で流してたのに、
ボタンが重くて重くて。
しかも、押すたびにジワッと何かが込み上げてきて。
でも、もうボタンを押す以外の事ができなくて。
あれ、ほんとうに苦しかったです。
いっそ、逃げ場のないところに閉じこめられて
いじめられてるくらいのものでした。
でもやっぱりまた買うと思います。
ぼくはオレンジが好きなので、
黄色かオレンジのゲームボーイアドバンスSPが
出たら買おうと思ってましたが。待ってられません。
だってMOTHERだもん。
(でじ)

私の友人は
「かっこいいと思うものは?」に、
「がいじん」と答えていました。
私が貸したゲーム・MOTER2だったので、
こっそりのぞいてみて爆笑でした。
ちなみに私は
「まほう」でしたね。
だって、かっこいいもん。
(谷村彩)

夜中にCMでどせいさんを見たときには思わず
からだがかたまって、手に持ったドライヤーを
ひざに落としてしまいました。
熱さと痛さとともに感動の涙。
うううっ。ずっと待っていたんですよー(涙)
MOTHER1+2は大事な大事な私の心のたからものです。
なんかもう「ふるさと」同様と言いますか。
あったかくてこわくって、大泣きしてやりこんで、
登場する人(犬とか戦う相手も)一人ひとり
そのセリフとともに素敵な個性を持った大切な存在で
アイテムもイベントもみんな愛しくて。
そして自分の人生のシーンとともにあります。
元だんなさんが絶対私に合うと思う、と強く主張して
攻略本も一生懸命探して買ってくれたこととか。
(いろいろあったけど、
 今思うと彼もそれなりに私を理解して
 くれていたのかなあ、と思ったりもします)
その後彼とは別れて、子どもにとって
パパは遠くなってしまいましたが、
MOTHER大好きの子どもは離れていることも、
「電話の中のネスのパパ」みたいな感じで
どこかあったかく自然に受け止めているような…
あの、私、仕事でいろんなところのいろんな子どもと
お話しすることがあるんですが、
今、こういう子どもはほんとにいっぱいいる。
いろんな思いを抱いている、
親と離れている子どもたちにもこうやって
あったかい思いを伝えられるようなMOTHERって
ほんとにすごいなーいいなーって思ってます。
糸井さん、スタッフの方々、ありがとう。
あ、そんなこんなで「『MOTHER』の気持ち。」の
第2回の「それがないと、最後までつくれなかった」
を読んだときは、もう涙が止まらなかったです。
(ほぼ毎日読み返しているんですが)
親の思い。そして、ほんとに親は大いにまちがうけど、
「大いにまちがったことも含めて関係をつくって、
 なんだろう、
 暗くならずに解決したいじゃないですか」
という言葉、本当にそう思う!
そういえば、学校で
「自分の顔をかきましょう」と先生に言われて
うちの子どもはなぜかどせいさんを描いていました。
担任の先生はむっとしてましたけど、すごい言えてる。
彼はどこかどせいさんに似ている
(集団になじめないところとか?)
今もどせいさん街道まっしぐらです。
人生の紆余曲折を経て、いろんな思いを胸に、
またMOTHER1+2(3も)と会える日を
子どもと楽しみに待っています。
(もなちゃん)

糸井さんへ
僕はあなたが埋蔵金を掘っている時の
ジャンパーの文字を思い出しました。
「MOTHER2 COMING SOON.」
あの時の興奮が
妙に落ち着いた感じで押し寄せてきています。
僕も歳をとったせいなんでしょうか。
『MOTHER』の気持ち。を読んでると
なんか大袈裟ですけど生きてて良かったなって
素直に思えるような気がします。
こんな僕みたいな感情を抱いてる人たちが
日本中に沢山居て、
そんなみんなの気持ちが叶ったような感じがして
嬉しくてそしてなんだか恥ずかしいです。
携帯を開くとどせいさんの壁紙、
それを見て初夏の小学生の授業中、
夏休みを待っててワクワクするような
そんな感じの日常が帰ってきました
楽しいです。
(kussyi)

中学1年生の頃母親に「大切にするのよ」と
買ってもらったマザー2、
当時両親が共働きだった私は寂しさを紛らわす為、
よく家の中で一人ゲームをしていました。
いつしかマザーは私の心と繋がって、
日常の寂しさを忘れ「楽しくなる」
ちょっとしたコツを優しく教えてくれていた事、
今でも忘れません。
プレイ中、画面の向こうから作った人
「イトイさん」(当時はまだ知りませんでした)
の顔がいつもフワフワ浮かんできて、
ゲームという教科書を読む様に
「おいっ楽しくやってるか!」という授業を
「俺は楽しいぞ!」と、私より少しお兄さんの教師が
元気に教えてくれている様な、そんな世界。
だからエンディングが近付いている事に気付いた時、
私はしばらくプレイが出来ませんでした。
期間にして一月程。
このゲームが何処かに行ってしまう様な気がしたから。
そして私はこの授業で教えてもらった
勇気を振り絞ってコントローラーを握り、
クリアして泣き崩れたのを覚えています。
授業が終って少し寂しくなった
94年のあの日から9年目。
この教科書を読みに「イトイさん」という恩師が
またGBAに戻ってきてくれるんですね。
私に勇気をくれた大きな「マザー」という先生、
貴方がまた戻ってきてくれるのを
生徒として元気に待ってます。
(連射太郎)

一番好きなゲームが「MOTHER」だと、
海外赴任中のオットが
まだオットじゃない頃、言っていました。
いつか「MOTHER3」が出るのを信じて、
任天堂の新しいハードが出る度、
買っていたんだと言っていました。
実は、私は、「MOTHER」というゲームの存在を
オットから聞くまで知りませんでした。
熱く「MOTHER論」を語っていたオットに、
「たかがゲームなのに。」とも思っていました。
でも、ほぼ日読者の
「MOTHER」に対する想いを読んで、
この熱さはオットだけじゃなかったんだ!
ということを知りました。そして、
ゲームをやったことの無い自分は、少しだけ
「いいでしょ?」という気持ちにもなりました。
ゲームの内容もストーリーも
これからハジメテ知るのです。
オットはまだ「MOTHER1+2」と
「MOTHER3」が発売になることを知りません。
内緒にしておこうと思います。
そして、ゲームキューブで
アドバンスのソフトが出来る機械?と
MOTHERを手に入れて、渡米しようと思っています。
オットの顔が早く見たい今日この頃です。
(オットとかれこれ3ヶ月顔を合わせてないツマ)

赤いテレビ画面にどせいさん。
「???」
頭の中に三つくらいの「?」が浮かびました。
中学一年生のとき、
友達からかしてもらってはじめて
「MOTHER2」をプレーしました。
私が今も鮮明に覚えているものは、
砂漠とどせいさんとなんだか切ないメロディ。
そしてギーグの倒し方がわからなくて、
当時好きだった後ろの席の男の子に
勇気を出して聞いたこと。
なんだかいろいろ思い出して、
胸が苦しくなって、涙が出そうになって、
この気持ちを誰かに聞いて欲しい…。
そう思ってともだちに電話。すると彼女は
つい先日「MOTHER2」をクリアしたらしく、
ご丁寧にもオープニングからエンディングまで
私が止めるひまもなく、詳しく教えてくれました。
話を素直に聞いた後、
なんて言っていいかわからず電話を切ったのですが、
その日から、あの日の電話の内容を
忘れろ忘れろと自分に暗示をかける日々です。
そんな不運な私にもひとつ楽しみなことがあります。
今、付き合っている彼氏に
「MOTHER1+2」を貸してあげることです。
「RPGはめんどくさくて嫌い」と言っている彼に
RPGの楽しさを知ってもらいたい。
というか、私の好きなものを知ってもらいたい。
そして、欲張るならば私の好きなものを
彼にも好きになって欲しい。それが純粋な気持ちです。
そんな彼とも、家の事情で
5月いっぱいで別れることになっています。
「MOTHER1+2」の発売日へのカウントダウンは、
彼との別れのカウントダウンです。
発売日が近づいてきてうれしい反面、
ちょっとかなしいです。
いいえ、とってもかなしいです。
なんだかともだちからかりた「MOTHER2」を
しぶしぶ返したあの日のよう。
大好きで、ずっとそばにおいておきたいのに、
私のものじゃないからずっと一緒にはいられない。
あの時は、「MOTHER2」を買うお金もなく、
両親にねだる勇気もなくて
離れ離れになってしまったけど、
今なら勇気を出して言えるかもしれない。
彼といつまでも一緒にいたい。
もうあの日みたいに、大好きなものと
離れ離れになるのはかなしすぎます。
両親に勇気を出して言ってみます。
「MOTHER」、私に勇気をありがとう。
いつか、彼と私の子供の
「MOTHER」になれる日がきますように…。
(あます)

生まれて初めて泣きながら
がんばれがんばれとつぶやきながら
ゲームをしたのは
後にも先にもMOTHER2だけでした。
今年三十路を迎えますので、
大人ぶって涙をこらえてゲームしたいです。
(t)

スタッフの方々、糸井さま、ほぼにちわ。
もう嬉しくて、泣けて、言葉が巧く作れません。
MOTHER1&2復活おめでとう!
そして一度あきらめかけた
MOTHER3に出会える喜び。ありがとう!
なんていうかこう・・・
電車に乗ってて、
もしかしたらこの車両にMOTHERファンが居たりして。
ほぼ日を読んで
なんとも言えない気持ちになっていたりして。
道行く人のなかに、コーヒーショップの店員さんに、
ほんわりとした、でも確固たる、心にあふれる
「あの」気持ちを思いだしてる人が居たりして。
そんな事考えたり。
ありがとう、糸井さん、任天堂さん!
そしてきっともっとたくさんの、
「MOTHER」復活に関わっているひとたち。
1&2に関わったひとたち。3を作っているひとたち。
今でも時折聴いているサントラ
(このニュース後また聴きましたとも!)、
音楽のひとたち。透明カバーを掛けて現役、
書棚に収まっている小説(また読みましたとも!)や、
ゲーム雑誌のMOTHER特集記事を書いたひとたち。
幾度引っ越ししても
「MOTHER2があるから」と持ってきたSFC。
配線が焼けこげて使えなくなったFC。
今でも「おまえに勧められた事を感謝だ!」
と言ってくれた友人。
そして名も知らない、MOTHERファンのみんな。
よかったよね! 私たち、今とても嬉しいよね!
と、誰彼かまわず、気分は、「おめでとう」なんです。
きっと、誰もが嬉しくてしょうがないと思うのです。
関わった人たち、私を含めて、超お祝いなのです。
ゲームなんだけど、
とっても面白いゲームもほかにあるんだけど、
MOTHERはゲームでしか表現できないんだけど、
でも、ゲームじゃなくて、
MOTHERっていうひとつの分野なんです。
ああ、本当にありがとう!
喜べる私がここにいること、
また出会えることを感謝!!!!
(なおき)

本日ネット開通したばかりです。
ブラインドタッチとはほど遠い一本指打法で、
このメールを書いてます。
テレビであのCMを見たとき、深夜だったのですが、
ホントにびっくりしてしまったのと嬉しさで、
「うふぉえあぁー!!」などと
おもいっきり大声で叫んでしまい、
隣の部屋で寝ていた両親を起こしてしまいました。
心配してやって来た母に私は言いました。
「9年間待ってたゲームが、とうとう出るんだよ!」
私のココロの、
わりと重要な部分に「MOTHER」はいつも在りました。
また私を冒険の旅に出させてくれて、
本当にありがとうございます!!
今は胸がいっぱいで言葉が見つかりません。
なかなか気のきいた言葉って出てこないものですねぇ。
パソコンまったくの初心者なので
お見苦しい点多々あるかと思いますが、
許してくださいっ。
実はこのメール書くのに、
40分も時間を費やしてしまいました…。
(くるみ)

MOTHER1+2発売を耳にして、
喜びと同時に使命感に燃えています。
MOTHER1プレイ当時まだ子供だった僕は、
次から次へと現れる敵が怖くなってしまい、
途中でプレイを投げ出してしまいました。
実に情けない子供でした。
今度はきっと大丈夫。
子供のころの僕と、
大人になりちょっと強くなった僕が、
6月、リベンジのために立ち上がります。
少年時代のつっかかりをぶっ飛ばす旅に出ます。
心配すんな、オレ。今度はオレがついてるから。
(KE-KING)

2003-05-16-FRI

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