あなたの、
『MOTHER』の気持ち。

こんにちは。
メールを読んでいて感じるのですけど、
みなさんの記憶の鮮明なこと!

『MOTHER2』ですら9年前で、
『MOTHER』にいたっては14年前なのに。

きっと、ちょっとやそっとの年月では
揺らいだりしないくらい、
強く深く刻み込まれているんでしょうね。

素敵なメールをほんとうにありがとうございます。
さあ、はじめましょう。




MOTHER2の発売当時、私はまだ小学生で
タイトルの英語の意味も分かりませんでした。
「『MOTHER』ってどう言う意味?」と母に聞いて、
「『お母さん』って意味よ」と教えてもらったのを
今でもよく覚えています。
(中学生になってこの単語を習った時は
 無性に嬉しかったです。)
思えば、それまでは弟がプレイしているのを
見てるだけだった私が、
初めて自力でクリアしたのが
この作品だったと思います。
クリアして以来、色々なゲームをやってきましたが、
今年成人した今でも、
このMOTHER2だけは心のベスト1です。
音楽(サントラは宝物です)もグラフィックも
キャラクターもお話も、
これ以上、私の心に響いたものはありません。
常日頃から『携帯ゲーム機で出てくれたら…』と
心から思っていたので、もう幸せで幸せで、
言葉にならない気持ちです。糸井さん大好き!
本当にありがとう。
今なら何でも出来そうな気がする程、
元気がでました。
がんばって、下さい。
(のりえ)

89年夏、生まれて初めて海外へ行きました。
仕事で米国西部の田舎に数ヶ月滞在したのですが、
そこの雰囲気と言うか光景というか、
「あ、これMotherみたいじゃん」と
何度も感じたことを思い出します。
手軽にまた遊べる様になるのは、うれしい!です。
(Masa)

MOTHER2の思い出 
数え上げたらキリがありません。
当時私たちの学校でのMOTHER2プレー率は
5割はいってたんじゃないかと
おもわせるほどの大ブームでした。
MOTHER2でいいなぁと思ったことを
あえて挙げるとするなら、
私はキャラクターの味わいと、
シーンにマッチした抜群のBGM、まずこの2点
を最初に言いたいですね。
キャラクターたちについては、
説明するのが難しくて
頭の中をコピーできたらいいなぁと思うような
すっごく微妙な良さがあるのです。
プレーしたことのない人たちには
ちょっとわかりづらくて申し訳ないのですが、
ゲームの要所ででてくる
サブキャラたちに特に愛着を感じます。
フランクさま、ストロング署長、ピカール市長、
トンズラブラザーズ、トニー、バルーンモンキー、
ライスボールさん、エツコさん、アンドーナッツ博士、
カーペインター、ショージ・モッチー、
グミ族、フライングマン…
全クリアから5年近くたった今でも、
彼らのことはまだしっかりと頭の中に残っています。
ゲームの中のキャラクターひとりひとりが、
それぞれのヒストリーを持っているように感じられて、
すごくリアルで親近感のある感じがするんですよ。
次に、BGMのことですが、
こいつもまたすンごいんですね。
私の一番はムーンサイド(幻影の世界)です。
まっ暗い、奇妙な世界の独特の雰囲気を、
BGMが何倍にも高めてくれています。
今考えると不思議でしょうがないのですが、
あんなに夜中にひとりでプレイするのが怖かった事は
今まで生きてきて他に一度もありませんでしたよ。
ここに書いた事は私のMOTHER2の思い出のなかの
1割にも満たないものです。それだけ、深いんですね。
(パム)

姉から携帯にメールが来た時、会社なのに
「うそ〜〜〜〜〜っ!!!」と大絶叫してしまいました!
あんなに思い入れのあるゲームはありません。
もう一度手に取るのが怖い気もします。
でも懐かしい人々にまた会える
ワクワク感には勝てません。
あのメロディーを求めて、また歩きたいです。
(ふうあ)

エンディングまで泣くんじゃない。
懐かしいです。うれしいです。
小学生の頃CM見て泣いてました。
作っている人が楽しんで作っているということを、
感じられるところが好きです。
自分の幸せが、
みんなの幸せになっているんですよね。
すばらしい仕事だと思います。
ありがとうございます。
(にんじん)

やった−!!
出るんですね、MOTHER!
もうね、思い出深いんですよ−。
ここ数年、私はPCでは、いちごとうふ 
と名乗っていたんですよ−。
誰もその存在を知らなくて(すみませんっ)
どういう意味か聞かれるばかりでした。
すっごい、すっごい、うれし−です−。
私は発売直後とかのリアルタイムではなく
成人になってからやったのですが
これで、やっとホントの大人になれた気がした
ゲームですからね−。
かなり前の話ですが
当時付き合っていた彼と別れた時
彼の家にMOTHERを置き忘れてしまい
でも、どうしても、どうしても手元に欲しくて
別れた後
「あのソフト、私のなんだから返してよ」と
連絡し、宅急便で送ってもらったのも
なんだかすごく、思い出深い出来事です。
なので「2」は今も手元にあります。
も−待ち遠しいです。
あの彼に連絡したくなっちゃうくらいです。
(いちごとうふ)

MOTHERは家族の大切さを教えてくれた、
とても大切なゲームです。
こんなゲーム、初めてでした。
いつもは喧嘩などしているけれども、
本当は大切なんだなぁ、と。
2でネスがホームシックになってしまった時に
気づきました。自分の中での事ですが、
冒険から帰った主人公(ネス、マイク)は多分、
涙を出していたと思います。
男の子だから泣かないだろうけれども、
その日は特別だったと思います。
MOTHERシリーズは忘れていたような事を
思い出させてくださいました。
今回、MOTHER1+2が出た事によって、
その感動がもう一度味わえたらいいなぁ、と
思います。
MOTHER2での、この言葉。
「こどもはおとなに、
 おとなはこどもになっていきます」
それは「成長」を現している言葉、と思いました。
子供は、いつか大人になる。
大人は、誰だって子供だった。
心だって、一緒に成長してゆく。
思いやりや心の強さ、
そして家族がささえになっているからこそ、
成長できたんだろうなぁ、と思いました。
(aoi)

三人目の女の子を仲間にする前に
砂漠へ行ってしまい、
なんてハードなゲームなんだ!
と勝手に思い込んでました。
何度も死に、ついでにレベルも死ぬほど上がり、
女の子は余裕で仲間に出来ました。
二度目のプレイは
先に女の子を迎えに行きましたが、
バランスがきちんと取れてました(笑)。
(k)

MOTHER1、2のリメイクの話を聞けて
とってもうれしいです。
私がMOTHERにであったのは、小学校二年生です。
MOTHER2がほしくてほしくて、
サンタクロースに頼んだのです。
そのときは週に1回、
30分のゲームの時間にわくわくしながら
プレイしたのをおぼえています。
あれから9年、私はすっかり「おねーさん」です。
9年間ずっと待っていたMOTHERに
再開できるのがとてもうれしいです。
復活の話を聞いて、
家族で一番うれしい!といって叫んでいたのが、
ゲームを全くといってもいいほどやらない母でした。
家族みんなで再開を楽しみにしています。
(アキヨ)

今日の朝バイトに行く前に
「MOTHER1&2」と「MOTHER3」の
ニュースに仰天してしまいました。
そっか…あのゲームがまた遊べるだけじゃなくて
3まで出るんですね…
思えば2のフォーサイドの街の
「MOTHER3開発中」から
ずっっっっと待ってて、
もう9年が経ったんですね。
あんまり待ちすぎて実はまだ
実感が無かったりしますが(笑)
これからじわじわ嬉しくなるんだと思います。
2はたぶん3回か4回はクリアしてるんですが、
たまーに思い出したように
またプレイしたくなるんですよね。
やっぱり、色々RPGをやったんですが、
あそこまで作り手さんの愛が感じられるソフトは
ないんじゃないかな…と思います。
弟と一緒に、
狭いところでテレポートα合戦をしたなーとか
(グミ族の入り口付近や
 地下の恐竜世界が難しくてオススメ)
写真屋さんに撮ってもらうときはなるだけ
パーティ全員ちゃんと写るようにしたなーとか
色々思い出が蘇ります。
とりあえず6月が楽しみです!!
(かいむん)

つい先日、引っ越し荷物の片付けしながら
つい歌ってた鼻歌の一曲が
ラストに皆が歌うあの歌だったりしてました。
本棚の整理してたら、久美沙織さんのノベライズが
二冊とも出てきて懐かしく読み返したりしてました。
「MOTHER」でRPGにハマって、
大人になった今でもRPGをやっていますが。
他のゲームもそれなりの良さがあって、
楽しいし、面白いんですが。
「誰も死なないRPG」という
なかなかないコンセプトでありつつ、
ドキドキワクワクハラハラの大冒険が楽しめ、
かつ何となく甘くてキビシイ
「子どもの世界」の雰囲気が感じられたゲームは
「MOTHER」だけだったなあと思っていたりします。
あの頃「MOTHER」をやるために
「大人」にファミコンを買って貰った口ですが。
今度は「MOTHER」をやるために
「大人」の自分にゲームボーイアドバンスを
買ってあげたいと思います。
(はとり)

わたしもこの日をまだかまだかと
心待ちにしていた者の一人です。
MOTHER2をプレイした後、
中古ゲーム店を必死にかけずりまわりましたが、
どうしてもMOTHERを見つける事はできませんでした。
ですから今回の移植、2はもちろんの事
1もプレイできるのは本当にうれしい!
もういい大人なので
ゲームからは遠ざかっていましたが、
これは絶対、手にとってしまうでしょう。
やっと会えたなぁという気分になると思います。
本当にこの企画をすすめて下さった皆さん
ひとりひとりにお礼を言いたいです。
ゲームから遠ざかっていたと書きましたが、
スーパーファミコンとMOTHER2はまだ持っています。
わたしの「嫁入り道具」のひとつだったんですよ(笑)
(ゆみこ)

思えば僕がmotherを初めて手にしたのは、
小学生の時、
おばあちゃんからの最後のプレゼントでした。
おばあちゃんはもう何年も病院に入院していて、
週に1回ぐらいはお見舞いに行っていましたが、
僕の目的は月に1回ぐらいのプレゼントでした。
僕はおばあちゃんに
『ファミコンのソフトが欲しい!』と言い、
お金をもらい、母といっしょにおもちゃ屋さんへ。
そこでなぜかやけに目についた
赤いパッケージがmotherでした。
その頃、motherは話題になっていたらしいですが、
僕はそんなこととは知らず、motherを買いました。
そのゲームのキャラクターの言葉の温かさに、
僕はおばあちゃんのやさしさを
感じていたかもしれません。
その後、数日しておばあちゃんは亡くなりました。
僕にとってmotherはおばあちゃんの思い出として、
ずっとずっと、心の中に残っているんです。
もちろん2も買いました。
だから、今回mother1+2発売、mother3開発再開は
本当にうれしいです!僕の勝手な思い入れですが、
おばあちゃんとの思い出を風化させないために、
motherシリーズをずっと続けて欲しいと思ってます。
でも、そう思わせてくれるmotherと糸井さんって
素敵ですね!ゲームだって人が作るものだから、
きっと作った人の人格って出てると思います。
(きん)

BGMをサントラに、
小学生の頃いっしょにプレーしていた妹と
皆さんのメールを読んでいます。
「サマーズ大好きだったなー」
「ひしょちのジェラードには
マジでよだれがたれたよね」
などと思い出話をしつつ、
みんなにこんなに幸せをふりまいているこのゲームに
出会えて、ホントよかったなー!
って感謝のきもちです。
今かかってるエンディングの曲とか
もう泣きそう・・・。
マザー3の音楽もものすごくものすごく楽しみですね!
今度はCD予約しちゃうもんね!
(21歳学生、みたま)

MOTHER2ダイスキです。
MOTHERはやってないからぜひやりたいな。
MOTHER3もGBAってことで
僕ドット好きなんですよー。
だから嬉しい。
ドットのやわらかさってありますよね。
MOTHER2はヒントを全部見てやろうとやってた
記憶があります、ホテルの新聞とかね。
ヒント屋さん好きだー、
看板とかもおもしろかったなー。
そうそう、みんなが喋れるようになって
どくじせいがなくなったグミぞくの人とかいましたね。
「むずかしいことを考えていこう、これからの僕は」
このどせいさんのセリフ好きだー。
(d)


私は、SFCからしかゲームはやったことがなくって、
『MOTHER2』しかプレイしたことがなかったので、
どうしてもどうしても『MOTHER』をクリアしたいと
ゆう願望がずーーーっとありました。
勤め先の後輩から、FCと『MOTHER』を借りて
プレイしてみようと後輩の協力も得ましたが、
既にFCがテレビに接続すらできないような状況で、
これはもう泣く泣くあきらめなきゃならないのか?
そして、私にはもう一生『MOTHER』をプレイする
機会がないのかなぁ?
と、ぼんやり気味に落胆しかけてたんです。
こうした試みを実行したのが、
つい先々月くらいのことでした。
しかし、出るとなれば、
小2と小3になった私の姪たちにもすすめられる!
この姪たちにすすめられるっていうところが
また嬉しい!
私はずっと、私のとてもいい子な姪たちに
『MOTHER2』みたいなゲームを楽しんで
貰いたいなーって、
押し着せがましい思いをいだいていたのですが、
そーんなささやかな夢もこれでかなうわけです。
プレイできて、自分が嬉しい。
ささやか過ぎる夢もかなって、なお嬉しい。
すすめて喜んでくれる人もいて、更に嬉しい。
『MOTHER3』まで出ると決まって、激嬉しい!
こんな嬉しいことって
ほんとうに何年ぶりのことかわからないほどです。
(C)

ほぼにちわ。
もう嬉しくて嬉しくて手が震える中で送ります。
今では常備薬のように欠かさず見ている「ほぼ日」に、
私が流れついたそもそものきっかけは
「MOTHER」でした。
小・中学生時代をファミコン全盛と
期を同じくする私としては、この「MOTHER」
「MOTHER2」というゲームそのもの。。。
ゲーム中の主人公と仲間たちの成長そのものが、
私の成長であり
歴史の一部のような気がしてしまうのです。
『マイホームに帰ると、
 ママがチーズパンを作ってくれる』
数年後、ふとした懐かしさにかられ
再度辿ったゲームの中。
そこには、確かに“ぼく”のママが
帰りを待っていました。
幼い頃は単純に体力回復の意味にしか
考えなかったのですが、
大人と呼ばれるに近い年齢になって
初めて分かったこと。
それが、ママ…帰る場所の大切さです。
きっと、冒険している“ぼく”は
そこまで深く感じないかもしれない。
けれど、いつもどこかで見守ってくれる大きな存在に、
いつか自分もなれたらいい。
そう思わせてくれた、
私にとって大切な作品がMOTHERです。
この魅力を「ほぼ日」の読者さんをはじめ、
ゲームを知らないもっと多くの人に
伝えられたらいいですね。
(る・れくま)

そういえば、私がほぼ日を見はじめたのは、
MOTHER3が作られるのかどうかが
気になったから、でした。
そのうち、ほぼ日自体の面白さに引き込まれて
そんなきっかけのことはすっかり忘れていました。
でも昨日、ほぼにちを開いて、バナーのところの
どせいさんを見た瞬間、そんなきっかけのことや、
どせいさんを授業中に毎日書いていたこと、
BGMが物凄く好きだったこと、
ブルースブラザース(だったかな?)の
イベントが特に好きだったこと、
涙をぼろぼろ流して泣きながらクリアしたこと、
そんなたくさんのことをいっぺんに思い出しました!
私は、3年前、実はどうしてもMOTHERがやりたくて、
ファミコンのハードを神戸で買ったんです。
そのとき、久々にファミコンをしてみて
ファミコンの平坦で少ないビット画面の世界を
物凄くリアルに感じたんです。
見てる画面は平面なのに、心の中で感じる風景は
立体になったゲームの世界だったんです。
私が、赤い帽子をかぶってハンバーガーを食べたり、
疲れてパパに電話をかけたりしてたのです。
(なっかん)


MOTHERの再発売、ずっと待っておりました。
本当に有り難く思います。
「MOTHER」にはカセット(懐かしい響き!)を
手に入れたところから、小さな思い出があります。
ファミコン版「MOTHER」の発売当時、
僕はまだ小学生でした。
発売日に近くのショッピングセンターの
おもちゃ売り場にひとりで行って、
「MOTHERください」と言った僕に、
「お母さんは売ってないよ」
と言い放った店員のおじさん。
大金握りしめてカセットを買いに行った当時の僕には、
そんなおじさんのジョークに
つきあうほどの余裕もなく、
おじさんがショーケースから出して
お店の袋に入れるのが、
間違いなくMOTHERのカセットかどうかを、
無言でみつめていた僕。
当時いろんなカセットを買ったけど、
そんな思い出、ほかのソフトにはありません。
急いで家に帰って、箱から出して、
はじめの一日は名前を考えて終わりました。
おかしくなっちゃったお兄さんや動物が
敵として現れて、
ひっぱたいて正気に戻したら帰っていく。
誰も死なない。
当時小学生の僕にも、なんだか全部新鮮でした。
再発売のニュースを聞き、
フライングマンをひとりも死なせたくなくて、
決して一緒につれていかなかったことや、
山頂の山小屋で女の子とダンスを踊って、
なんだか照れくさかったことなどを思い出しました。
懐かしくて、うれしくて、自然とほくそ笑む自分。
スーパーファミコンを持っていなかった僕は、
その後発売された「MOTHER2」は、
一度も遊んだことがありません。
「どせいさん」とは2のキャラクターでしょうか。
それくらいの無知なのです。
改めてMOTHERで遊べるだけでももう十分、
しかも夢のMOTHER2も遊べる。
さらに幻のMOTHER3がその後に控えているなんて、
バカみたいですが「うれしい!」としか
言いようがありません。
今回の件で、
糸井さんたちの「MOTHER」を待ち望んでいた人、
10年以上前から自分と同じ気持ちでいた人が、
こんなにたくさんいたことを知れたのも、
いちファンとして、本当にうれしく感じています。
ありがとうございます。
(タヌマ タカシ)

MOTHER1+2開発おめでとうございます♪
始めてそれを聞いた時には涙が出ました
僕が始めてマザー系をやったのは
9年ほど前の雨の日でした
その日は別のゲームを姉が買うので
母と4歳だった僕が近くのお店にいったら
お目当ての品はなくてガッカリしていた時に、
フッと見てみると「MOTHER2」の
赤いパッケージがあり、
印象的なあの喫茶店のCMが出てきて
「お母さん MOTHER2買って!」って、
オネダリしたのが始まりでした
けど、小さい僕はそれがどんなゲームで
どんなジャンルで何をするのかは
考えていませんでした
やはり、そんな小さな僕はMOTHER2の
進め方なんかに迷って真の面白さを知る前に
あきらめてしまいました・・・
しかし、それから数年後に
僕は真の面白さを知りました!
久々にスーパーファミコンをやろうかなぁ〜?
と思っていろんなソフトをやっていると、
MOTHER2が出てきてプレイしました
すると、僕は夢中になってしまいました
オープニングのUFO、赤い帽子の主人公、
簡単ながら奥深い戦闘シーン、
そして、彼らキャラの成長・・・
その成長を優しくプレーヤーが親のように見守る
だから「MOTHER」なんだと強く感じました
今回のMOTHER1+2は僕みたいに
1をやってない人にも、2をやってない人にも、
懐かしくてプレーする人など
色々な方がプレーしてくれると思います
発売をとても楽しくまっています
(パンプキン 13歳)

私は、すごいゲームがヘタです。
今までクリアできたゲームは、
お母さんがパチンコで交換して来てくれた
なぞのゲーム、「サーカスチャーリー」だけです。
あと、「さんまの名探偵」は
途中まで友達にやってもらって、
さらにそこからの進み方を全部メモして
そのとおりにやってクリアしました。
でも、ファミコンは好きでした。
おばあちゃんが時代劇を見れなくなるのを嫌がるので、
居間のテレビではなく、
ちいさいテレビにつなげていました。
お父さんと毎日一時間、
一緒に「スーパーマリオ」をやるのです。
それが、最初のクリボー。いますよね。
♪ででっでっででっで!でん!のとこで出てくるやつ。
あれ、あれをクリアするのに、
本当に三日ぐらいかけて。
1-1を終わるのに、何週間かかったか知れません。
いまだに、スーパーマリオの記録は、
1-2でワープを使って、4-2、とかですもん。
本当に才能がないというか…
表現のしようがありません。
RPGなんて、まったくわからないのです。
進むコツとかが、ぜんぜんわからない。
ずーっと、おんなじ場所でおんなじ人に話を聞いて
途方にくれている感じです。
そんな私だから、「MOTHER」は
「楽しそうだなー」とは思ったけど
手を出しませんでした。CMはものすごく覚えてるし、
「MOTHER」の話がほぼ日に載ってからというもの、
「♪まーざーつー!まーざつー!」っていう、
あの歌がずっと回ってます。
わたしには少ないけれど大切な友達がいて、
そのひとりから、
「ほぼ日見た?MOTHER3出るって!!
 涙が止まらない!」
と興奮のメールが来ました。
急いで別のともだちにそのことを伝えたら
「ああ、最近悪いことばかりでふさぎこんでたけど、
 久々にすごくうれしいニュースを聞いた」
と言っていました。
その子も、MOTHERについて知りたくて、
今頃ほぼ日をおとずれていることでしょう。
とにかく、もんのすごいことみたいなのです。
私にはそれがぼんやりと、雰囲気だけでしかわからず、
それが残念でなりません。友達が
「出たらぜったいやってみて!
 貸すから!ぜったいに!」
と興奮冷めやらぬまま、薦めてくれました。
その子は今日の昼休みにも
「MOTHERの気持ちを読んで涙が止まらないよう、
 昼休みなのに!」とメールをくれました。
ゲームをやるのなんて、8年ぶりぐらいです。
楽しみにしています。
(釣木)

糸井さんへ
どうしても「ありがとう」が言いたくて
メールを書いています。
私は「ツー・ワン」の順でMOTHERをプレイしました。
MOTHER2のクライマックスシーン、
あの感動は今でも鮮明に覚えています。
プレイの中で私は自分の名前を訪ねられた時、
ちょうど亡くしたばかりの
愛するペットの名前を名乗ったのです。
だからもう、最後は泣けて泣けて、
涙が止まらなかった・・・。
その後「ワン」をプレイしたいと思った時
「ワン」はもう既に店頭から消えていて、
やむなく、
箱も説明書もない良品とは言い難い中古品を、
決して安くはない値段で購入し、そのためだけに
ニューファミコンを買ってプレイしました。
それで、私は思い込むことにしたんです、
これが一番の方法、これで満足って、
それが最善の選択だって。
でも、本当は、ずっとずっと思っていた。
こんなに回り道しなくても
MOTHERをプレイできるようになればいいのに、って。
そして、あの物語りの続きはどうなるんだろうって。
だから、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、
本当にありがとう。
(りこりん)

寝ようと思った矢先、彼女から電話。
「MOTHERのCMしてるよ!」
それはまるで、MOTHER2のオープニング。
近所に隕石が落ちた様な衝撃でした。
素敵なゲームにもう一度出会えるなんて、
しかも、1+2!
1はやったことが無いので、今から楽しみだし、
2は彼女と二人でわいわいプレイした
思い出のゲーム。
本当に6月が待ち遠しい!
「OKですか?」と糸井さん、
また言ってくれるかな?
(池田)

つい2ヶ月ほど前でしょうか?
いきなり私の中でMOTHER熱が再発火し、
いままでダウンロードしたこともなかった
着メロを変え、
待ちうけまですべてMOTHER一色にしました。
自分でもなぜ今になって・・・とは思いましたが、
ずっとずっと待っていたんです。
このゲームだけは別格なんですよね。
私の家は母子家庭で、
このゲームを買ってきたのは母でした。
今から思えば、父親が家庭にいないのは
私にとっては本当に自然なことで、
主人公の父親がいつも家にいないことも、
まったく違和感がありませんでした。
子供って実は結構頑丈なんですよ。(笑)
ただ、いつも父から心配されている彼のことを
少し羨ましく、
そしてあこがれていたんだと思います。
糸井さんがおっしゃっていた
「電話のお父さん」は今でも私の憧れです。
(なっち)

またあの懐かしいMOTHERに会えるなんて
まだ信じられません…。この知らせを聞いた時、
あまりの嬉しさから思わず涙ぐんでしまいました。
初めてMOTHER2をやった時、
私は中学生で妹は小学生でした。
今では二人とも大学生です。
あれからもう9年も経つんですね。
妹と二人で、わいわい言いながら
プレイしたのを覚えています。
大学から帰ってきた妹に
MOTHER3のことを知らせたら、
開口一番「良かったねぇ!!」と
返事が返ってきました。
妹は当時下校時に友達にしつこく
「PKサヨナラ!」と言い続けていたそうです(笑)
私と妹の携帯には
各々自作のエイトメロディーズの着メロが入っており、
いまだなお現役です。
発売当時はSMAPのメンバー名さえ解からずに、
「もりそばがさぁ〜」とか「まさひろりん可愛い!」
などと言っていたのが本当に懐かしいです。
もう興奮でいてもたってもいられずに
このメールを書いています!
何から書けばいいのかわかりませんが、
とりあえず、ありがとうございます!!
新作が出るなんて本当に嬉しいです!!
そしておかえりなさい!! 
きっとみんなMOTHERを待ってましたよ!!
妹に、糸井さんに何かメッセージない?と聞いたら
「とりあえず、『愛してる!!』って言っといて」
と言われました(笑)
私も言います。「愛してる!!」
私も妹も立派なMOTHER世代です(笑)
(aya&fujiyo)

2003-04-20-SUN

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