ポケットに『MOTHER』。
〜『MOTHER1+2』プレイ日記〜

7月29日 山間の小さな村


トンネル内の温度と湿気を利用して
我が身を苗床にキノコを栽培し、
それをほうぼうへ売りさばいては
生計を立てていた僕だったが、
残念ながら『MOTHER2』は
キノコ栽培をモチーフにするゲームではない。

おまえはいったい何をやっているのだと
天空の雲より厳かな声がして、
菌類の繁殖をうながしていた僕はハッと我に返った。
こんなことをしている場合ではない。
いくら貯蓄高が5000ドルを超えても
ゲームの進行にはまったく関係がないのである。

そういったわけで僕は、
偉大なる死の谷を抜けて幸せの村を訪れた。
おかしな新興宗教がはびこる山間の小さな村だ。

村でのイベントをこなすうちに、
僕はどんどんゲームに引き込まれていった。
印象的な出来事がいくつもあった。
それで僕はひとつ、痛感したことがある。

ゲームの細部を覚えていることは難しいということだ。
たとえ大好きなゲームであっても、
何年ものあいだその詳細を覚えていることは
困難であるということだ。

山間の小さな村のイベントをこなしながら、
僕はいろんなことに驚いた。
そして、自分がそれを
覚えていなかったということにまた驚いた。

僕の記憶のなかでこの村は、
たんなる新興宗教の村だった。
誤解を恐れずにいえば
ほとんど印象に残らない村だった。

けれど、この気持ちの悪さはどうだ。
気持ちの悪さのなかにあるおかしさはどうだ。
新たな出会いの素敵さはどうだ。
なんだって僕はこれをとどめていなかったのだろう。

ロールプレイングゲームは、
ふつうにプレイすればクリアーまでに
何十時間かを要する。僕のように
くり返しゲームをプレイしない人はとくにそうだけれど、
何度もプレイする人だって
そのすべてを覚えていることは難しいのだろう。

書きたいことはいくつもあるけれど、
例によってすべてを書くわけにはいかないので
ひとつだけ、書く。

ちょっとネタバレを含むので注意してください。
物語の大きな部分には関係しません。

村の広場に、無人の店がある。
品物が置かれていて、傍らの看板を読むと、
「あなたを信用していますので
 ご自由に買い物してください」
というようなことが書いてある。

僕は、なんだか仕掛けがあるような気がして
気持ちが悪かったので、買い物せずにそこを素通りした。

しばらく村のなかをうろうろしていると、
なにやら物陰に隠れている男を見つけた。
話しかけると男は、
「金を払わないやつがいるかどうか見張ってるんだ」
などと言う。

なんとも『MOTHER』らしい話だなあと思ったので
僕はわざわざ買い物をしてみることにした。
ここでお金を払わなければ、
あの男に怒られるに決まっている。
僕は愉快なイベントとしてそれを想像した。

バナナを1本買い、お金を払わなかった。

その足で、物陰に潜む男のところへ行く。
案の定、男はつぎのようなことを言った。
「オレは見たぞ! おまえは金を払っていない!」
予想外だったことは、そこで男が襲いかかってきて、
戦闘画面へ切り替わったことだ。

そういうことか、と思いながら、
僕はやむなく男と戦うことになった。
あまり苦労せず男を倒したが、
僕はなんだか後味の悪い感じがした。

戦闘が終わってふと見ると、
意外なことに、男はまだもとの位置に立っていた。
おっかなびっくり話しかけてみると、
男はつぎのように言うのだ。

「おまえの良心は痛むだろうな」

ゾッとした。
そんなつもりじゃなかったのだ。
慌てて僕はもう一度話しかけた。

「おまえの良心は痛むだろうな」

同じ言葉が返ってくる。ひょっとしてもう、
この男の心を変えることはできないのか。
僕は、かんべんしてくれよと思いながら、
何度も話しかけてみた。

「おまえの良心は痛むだろうな」
「おまえの良心は痛むだろうな」
「おまえの良心は痛むだろうな」
「おまえの良心は痛むだろうな」

電車のなかで、思わず僕は電源を切った。
つまり、リセットしたのだ。
それまでのいくらかの冒険を無駄にして、
行為をなかったことにしたのだ。
ゲームを始めてからそんなふうに
電源を切ったのは初めてのことだ。
基本的に僕はリセットという行為を好まない。
ミスも全滅も、すべて受け入れながら僕はプレイする。

けれど、それは衝動的な行為だった。
自分のポリシーを鑑みる余裕なく、
僕は右手の人差し指でパチンと電源を切った。
それほど後味が悪かったのだ。
それほど追いつめられていたのだ。

おそらく、9年前の僕も今回と同じように、
お金を払わないことを試してみたのだと思う。
長く変わらない自分のプレイスタイルを考えるなら、
それをしなかったわけがないと思う。
つまり、僕は男のセリフを聞いたはずである。

けれど、僕はそれをまるで覚えていなかったのだ。
僕は『MOTHER2』が好きだと断言できるが、
たぶん、覚えていることよりも
覚えていないことのほうがずっと多い。

いろんな驚きを感じながら、
僕はこの山間の村のイベントを一気にクリアーした。
幸いにして多くを忘れている僕にとって
この村はとても刺激的だった。

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2003-07-30-WED


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