KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

【アディオス!モリエンテス】


とうとう、レアル・マドリーで8年プレーしてきた
FWモリエンテスの退団と
リバプールへの入団が正式発表された。
「あぁ!やっぱりこうなっちゃうのね!」
ニュースを見て、
私は額を押さえて天を仰ぐ、ようなきもちになった。

モリエンテスはインタビューで、
ここまで自分を育て、また望みどおりの移籍を
認めてくれたレアル・マドリーへの感謝を述べつつ、
「だから僕は納得してチームを去る、
 ただやっぱりそれは悲しいけれど」
と話していた。
たぶん、悲しいのは、ファンも同じだ。
(もちろん、モーロちゃん(愛称)がいちばん
 悲しいのだとは思うけど)
少なくとも私は、すごく、悲しかった。


私がスペインに来た1999年、
モーロちゃんはラウルと2枚看板のFWとして
とても輝いていた。
翳りがさしたのは、思えばロナウド加入から、
だったような気がする。

2000年、フィーゴ獲得を公約として選挙に勝った
ペレスが、新会長に就任した。
フィーゴの所属クラブF.C.バルセロナのファンをはじめ
あまりみんなが本気にしていなかったこの公約を、
ペレスは、鮮やかな手際で実現させ、
一挙に、「敏腕プレシデンテ」という印象を与えた。
そして翌年には、
98年ワールドカップとEURO2000で優勝を飾ったばかりの
フランス代表チームの立役者、
「欧州の至宝」と呼ばれるジダンまで獲得。

実はどちらも、レアル・マドリー・ファンは当初
「うーん、いらねえんじゃねえの?」という
わりとさめた雰囲気だったのだけど、
フィーゴとジダンは実に良いプレーを続け、
さらにはその言動の端々から
レアル・マドリーやスペイン社会へのレスペクトも
強く感じられたこともあって(やっぱり重要だよね)、
誰もが納得する選手となった、
と言っていいと思う。


そしてその翌年、ペレスは「調子に乗って」
(としか感じられなかったほどの金を使って、
さほど必要ではないと思われるポジションFWの)
ロナウドを獲得する。

バルサ黄金時代のロナウドの輝きは、
たしかに多くのファンが鮮明に覚えていた。
そしてその後のセリエAでの不振、故障、
女関係のスキャンダル……も。
案の定、レアル・マドリーの白いユニフォームを着て
現れたロナウドは、ただのデブにしか見えなかった。
どうも、足も遅いし。
「いらねぇ!」
巷はブーイングに溢れた。ブーブーブー。
それには、もうひとつの理由があったのだ。

選手がひとり加入するということは、
すなわち誰かが放出されることを意味する。

それまでのFWの固定メンバーのうち、
スペインの顔でありマドリーの象徴でもある
ラウルの地位は当然安泰だから、
はじき出されるのは……モリエンテスだ!


ちなみに、当時はグティもFWだったのだけど、
グティはまだムラっ気が多く、言動も幼稚で、
「近所の金持ちんちのわがままな放蕩息子」的な
存在だった。
それに対して、モリエンテスのイメージは
「近所の貧乏な(あるいはふつうの)家の、
 まじめではにかみやな頑張りやさん」。
だから、やっぱりファンにしてみると、
気になるし応援したいのはモーロちゃんなのだ。
そして、みんなが心配したってのは、
あのころ調子悪かったんだよねぇ。

「モリエンテス放出説」を裏付けるかと思われた
事実は、もうひとつある。
モリエンテスが、ロナウドのブラジル代表での番号
9番をつけていたからだ。
ロナウドがその番号を欲しがっている、
フロントは当然、VIP扱いのロナウドを優先させる、
でもモリエンテスに番号を譲らせるのは
あまりにもあからさまだ、
だからモーロちゃんはそっと放出されるのだ――。
そんなことまで、執拗に囁かれ続けた。

このころは試合でモーロちゃんの名前が呼ばれると、
スタンディング・オベイションに近いような
力強い拍手がスタジアムに湧き起こった。
それが、レアル・マドリー・ファンの
意思表示だったんだと思う。
「モーロちゃんを、出すなよ!」という。
結局、ロナウドは11番をつけることになった。
安心したのも束の間、
みんなの疑惑の目がすこし薄らいだころ
(ってわけでもないのだろうけど)、
モーロちゃんはレンタルでモナコへ出されてしまった。
そして9番は、ロナウドのもとへ――。
やっぱりか!


このシーズン、モーロちゃんはモナコで大活躍する。
欧州チャンピオンズ・リーグで
モナコがレアル・マドリーと対戦したときも、
モーロちゃんは自らゴールを決めるなどして、
モナコの準優勝に大いに貢献をした。

この試合、結局このモーロちゃんのゴールで
レアル・マドリーが敗退した結果になったことをうけ、
日本のメディアでは
「モリエンテス、レアルにリベンジ!」と
おもしろおかしく伝えていたようだ。

でも、こちらでの雰囲気はぜんぜん違った。
このレアル・マドリーのホームでの試合の前、
モーロちゃんは記者会見で、
「あまり戦いたくはない」という複雑な気分を
(たぶん)正直に吐露していたのだ。
それをわかっているかように、試合の当日、
モーロちゃんのゴールが決まった瞬間、
観客席からは大きな、そしてあたたかい拍手が起こり、
とても長く、長く続いた。
それは、レアル・マドリーから冷遇された
モーロちゃんが新天地で活躍しているのを、
心から祝福する拍手だった、と思う。

あぁそうだ、モーロちゃんって、
「けなげ」ってことばが似合うんだよねぇ。


そして今季、モーロちゃんは
レアル・マドリーに帰ってきた。
背番号は8番、そして出番は、相変わらず少ない。
ロナウドは、やはりそれでも、
核となる選手となってしまったし。
さらに、ペレスは、
やっぱり「調子に乗って」としか考えられないかんじで
ベッカム、サムエル、オーウェン、と
どんどん選手を獲得しつづけていた。
グティは中盤にシフトして
とりあえずポジションを得ていたのけれど……。
モーロちゃんは、相変わらず出番がなくて……。
いかん、余る!

そして、ついに今週、
リバプールへの移籍発表となったのだった。
モーロちゃんによると、半年、苦しみながら
悩みぬいた末の決断だったらしい。

そして入れ替わりに、
やはりパイ争いのあおりをくって(かどうか)
フィオレンティーナにレンタルで出されていた
(ってことは、中田選手と一緒に試合してた?)
伸び盛りの若きFW、ポルティージョが
戻ってきた。
ポルティージョのレンタル期限が
ギリギリだったことを考えると、
フロントはポルティージョとモーロちゃんを比較して、
ポルティージョを選んだのかもしれない。

たぶん、それは間違いじゃない。
ポルティージョはいい選手だ。
小型肉食恐竜のようなヘアスタイルもかっこいいし、
数年前までアランフエスというマドリード郊外の
「離宮とイチゴとグリーンアスパラガス」で有名な町の
実家から、ママの運転する車で、
毎日練習場まで通っていたという噂だし。
(関係ないか)

でも、それでも、やっぱり悲しい。
「やっぱり捨てられちゃったのね、モーロちゃん」


けなげで頑張りやさんのモーロちゃん。
でもそんな美しいこころは、
暴力的なまでの資本主義によって踏みにじられる……。
ここの「資本主義」を「愛」と言い換えるなら、
それは「捨てられる糟糠の妻」とか
「彼氏が悪い女に騙されて、ほかされた元彼女」
とかというイメージになる。
なんというか、
わたし(たち)が失いたくない
「良心」を象徴するかのような。

だから、モーロちゃんの退団は、
いち選手の去就ということだけにとどまらず、
「すでにレアル・マドリーには良心の居場所がない」と
はっきり宣言されたようなものにまで感じられて、
私のこころもまたシクシク痛んでしまうのだろう。

……っていっても、
誰もが認めるように
こんなにビジネス化したフットボール界の、
その権化のようなレアル・マドリーに、
もともと良心の居場所などなかったのかもしれない。
それならば失ったのは、良心そのものではなく、
「良心へのファンタジー」になるのかもしれない。
……でもそれもまた、
あるいはそれだからこそ、
やっぱり痛いもんす。シクシク。


アディオス!モリエンテス。

「アディオス」はもともと
「神のご加護のあらんことを!」の省略形だという。
だから、アディオス!

新天地リバプールでのモーロちゃんに、
神のご加護のあらんことを!


カナ




『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



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2005-01-18-TUE

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