KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

『ベッカム・ハズ・カム(3)』


 シーズン最終戦、
 首位と1点差の2位だったレアル・マドリーは快勝。
 首位のチームが敗れたため、
 見事、スペイン・リーグの優勝を決めた。

 優勝決定の後はふつう、
 スタジアムで簡単なセレモニーがある。
 このときいつもラウルが闘牛士の真似をし、
 スタジアム全体が「オーレィ!」と叫ぶ。
 優勝したんだぁ、と実感する恒例行事になっている。
 それから、
 市内中心部までのパレードとなる。
 最終地点となるシベーレス広場のロータリーは
 かなり交通の要衝なのだけど、
 完全に通行止めにされてしまう。
 この日も試合中から続々と、
 千とか万のファンが詰めかけて騒いでいた。

 試合の終わった夜11時、
 私はテレビをつけっぱなしにして待っていた。
 近所で立て続けに上がる花火の音を聞きながら
(マドリーのホームスタジアムまで車で10分)、
 ワクワクしていた。
 大好きなチームが優勝して、うれしいったらない。
 日本プロ野球で某チームを応援していた10年間は
 知らなかったよろこびだ。


 でもこの日は、いつもと様子が違った。

 まず、ラウルの闘牛士パフォーマンスがなかった。
 次に、ぜんぜんパレードがはじまらない。
 零時過ぎにやっと選手の乗ったバスが姿を見せ、
 ゆっくりとシベーレスの噴水へ向かった。
 噴水の水は抜いてあった。
 事故防止なのだろうか、最近はいつもそうだ。
 でも今年はさらに、噴水が柵で囲ってあった。
 噴水の中の女神像に選手のみんなが登るのは、
 優勝したときのお決まりになっているのに。
 これは選手にとっても意外だったらしく、
 警備員と、ラウルや、キャプテンのイエロが
 激しく口論している様子が映し出された。
 結局噴水には入れないまま、
 選手は諦めがたそうな表情で再びバスに乗り込んだ。
 ファンには笑顔を見せていたけど、
 どこかとげとげしい雰囲気が残っているように
 感じられた。

 午前1時、
 なんだか私も屈託が残ったまま、テレビを消した。
 いつもなら、たとえば
 欧州チャンピオンズ・リーグに優勝したときなんて、
 午前3時くらいまで車がクラクションを鳴らし、
 あたりが賑やかな雰囲気に包まれているのに、
 この夜は拍子抜けするほど静かだった。
 欧州チャンピオンズ・リーグよりも
 国内リーグ優勝の方を重視するひとが多いのに、
 である。
 みんなもなんか盛り上がれなかったんだなぁ、と
 私は寂しくロベルト・カルロスのTシャツを脱いだ。


 後に報道されたのだが、実はこの夜、
 噂されていたデル・ボスケ監督の去就などついて
 イエロやラウル、ジダンなどが
 フロント側に激しく詰め寄ったのだという。
 そんなこともあって、
 あんなギスギスした雰囲気だったのかな、と
 振り返って思った。


 そして優勝翌日、それはもう突然に、
 デル・ボスケ監督の解任と、
 DFイエロの放出が発表されたのだった。

 イエロはこれまでマドリーで13年プレーしてきて、
 ファンもとても多い。
 でもまぁ、年齢的に仕方ないのかもしれない。
 しかし、もとマドリー下部チームの監督で
 本来は「つなぎ」として急に起用されたものの
 その人柄で多くの選手に慕われ、
 スペイン・リーグ、欧州チャンピオンズ・リーグ、
 そしてトヨタ・カップまで制した名監督については
 なんで解任なんだ、
 それも優勝翌日に? と、大騒ぎになった。

 ペレス会長は、「構想にあわなくなった」と
 淡々と理由を述べた。
 構想とはベッカム加入による新体制……、
 などとケンケンガクガクの騒ぎのなか、
 後任はあっさり決まった。

 ケイロス氏、マンチェスター・ユナイテッドの
 コーチをしていたひとである。
 彼を強く推したのがベッカムだった、とか、
 いやベッカムの移籍には彼の監督就任も
 はじめからセットで決まっていたのだ、とか
 さまざまに憶測された。

 デル・ボスケ前監督を好きだったファンには、
「ベッカムのせいで」と思うひともいただろう。
 デル・ボスケを慕って留任を強く求めていた
 ジダンは、他の選手は、どうだっただろうか。


 チームを優勝に導くという、
 最高の結果を残した翌日の解任劇というのは、
 本当に衝撃的だった。
 ペレス会長に対しては
「チームを私物化するな!」
 という抗議の声があちらこちらで聞かれたが、
 クラブチームの会長というのは
 実はそれだけの権限を持っていたりして、
 というのが私にはよくわからないので、
 抗議が的を得ているかどうかはわからない。

 わかるのは、
 ファンのフロントへの鬱憤が
 ベッカムにぶつけられたとしたら、
 そいつはちょっと可哀想だなぁということだ。
 彼は、望まれてやってきたのだから。
「レアル・マドリーと契約するなよ!」
 なんてことは、誰も言えないはずだもの。


 ところで監督の交替劇については、私もまた、
 ベッカム人事なんだろうな、と思っている。
 なぜかというと、
 長くなったので次号にて。

  カナ






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



ほぼ日ブックスでも
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2003-08-25-MON

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