KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

【カナ式・スペイン式・戦争はんたーい】


 バレンタイン・デーの次の日の土曜日、
 ヨーロッパ各都市で一斉デモ行進があると
 ニュースが告げていた。
 スペインでも35都市、200団体が参加予定とか。
 まれに見る、大規模デモ行進になりそうだ。

 このデモのスローガンは"No a la guerra"、
 あるいは"Paremos la guerra"。
 後者の方は動詞が一人称複数命令形なので
 他人事じゃない「戦争反対」のメッセージとなる。
 戦争なんてやめさせようぜ、というかんじかな。

 この告知を見ていて、ムズムズしてきた。
 なんか、参加したい、と思った。


 これまで、デモに参加したことはない。

 大学時代は自治会が学校を閉鎖するたびに
 試験が遅れて正直迷惑に思っていた。
 授業を中断して自治会委員を決めろと
 やってきたひとたちに対して、
 革マルとか民青とかよく知らないまま
「集会をしない自由も私たちにはあります」
 と抗議して、かえってもらったこともあった。

 地元の長崎には米軍基地があって、
 村上龍さんはエンタープライズ闘争をしていた。
 私がものごころついたのはもう少しあとだったけど
 やっぱりアメリカの軍艦が来るたびに闘争はあって、
 それをニュースで見るたびに
「どうせなんも変わらんとにさぁ」
 と思っていた。

 原爆が投下された日や外国で核実験があるたびに
 行われる抗議集会や被爆者の決議文、
 そういうのも、あきらめの気持ちで、見てきた。
 ものすごく地元の諫早湾干拓だって、同じだ。

 でも、今回のデモには参加してみたくなった。
 ここスペインでは私は選挙権がないから
 これくらいしか意思表示のしようがないし、
 いやそんな取ってつけたような理由じゃなくて、
 とにかくなんか参加したいなぁと思ったのだ。


 デモ行進は、夕方からはじまった。
 友人と待ち合わせ、そのまた友人たちと落ち合う。
 楽器を手にしたミュージシャンの彼らは、
 わざと、イスラム風の格好をしている。
 それで思い出したけどスペインは
 地理的にも、歴史的にも、
 イスラムとの関係が深いんだよね。

 周囲はごくふつうのカップルや家族連れが多く、
 反戦ステッカーを服に貼っていなかったら
 今日は「市民健康ウォークラリー」かと
 勘違いしてしまいそうなくらい
 のんびりとした雰囲気が漂っている。

 あたりには有名人が、ばんばんいる、らしい。
 私も知っていたひとでは、
 トム・クルーズの映画『バニラ・スカイ』の
 原作『オープン・ユア・アイズ』や、
 ニコール・キッドマン主演『アザーズ』の監督をした
 アレハンドロ・アメナバル。
 彼もまた、ふつうに、隣に、立っていた。

 ルートはアトーチャ駅からプラド美術館、ソル広場。
 ちょうど東京駅から銀座を歩くようなかんじになる。
 一帯はすでに、ひと、ひと、ひとの洪水。
「東京の地下鉄を思い出すわー」
 と言って同行の友人(の友人はもうアミーゴさ)に
 驚かれたが、本当にそれほどすごい人混みで、
 まっすぐ前に歩くことすら難しい。
 でも気温が2度から4度くらいなので、
 人混みの中にいる方があたたかい。
 寒いついでにぴょんぴょん飛び跳ねながら、
「戦争はんたーい」と声を合わせて叫んだ。


プラド美術館前のベラスケス像も
プラカードを持たされていた


「ブッシュよ、石油が欲しいんなら
 ガリシア(1月1922日掲載分を参照)へ行けよー。
 好きなだけ重油塊を拾ってってくれー」
「アスナル(スペイン首相)よ、
 あんたの勇敢さはよーくわかった。
 だからひとりで戦争行ってこーい」
「政府関係者よ、
『デモに集まったのは5、6人でした』って
 どうせ発表する気でいるんだろう、
 そうさせないようにみんなで騒ぐぞー」
 歌うような唱和が続く。

「こんなへっぽこな政府には
 ケツを見せるくらいで充分だぜー」
 誰かがそう叫ぶと、
 みんなが順繰りに後ろ向きに行進しだした。
 私も、笑いながら後ろを向いた。
 ちょうど上り坂の途中だったので、
 人間のカーペットみたいになって後に続くひとたちが
 どんどん後ろ向きになっていくのが見えた。
 サッカーの観客席でウェーブに参加するような
 楽しさだった。


 そう、楽しかった!
「戦争反対」って大声で叫んでみたら、
 本当に楽しくてびっくりした。

 デモに参加したくらいじゃ、
 世界は動かないかもしれない。
 戦争反対の主張だって、
 必ずしも正しいわけではないかもしれない。
 世の中にはいろんなひとがいて考えがあるから、
 みんなに賛成してもらうことはもちろんできない。
 とすると、ある意見を言うことで、
 黙っていれば作らずにすむ「敵」を
 作ってしまうかもしれない。

 でも、私は、
 黙っているより、叫ぶ方が、楽しかった。
 私の声は
 べつに誰からも必要とされてないかもしれないけど、
 私自身が、声を出すことを必要としていたようだ。
 これを書いている時点で、
 私は戦争反対、です。


 マドリードでこの日このデモ行進に参加したのは
 100万人〜200万人(政府発表で66万人)という。
 他にバルセロナで150万人、バレンシアで50万人など、
 人口がだいたい4000万人のスペインのあちこちで
 この土曜日に300万〜400万のひとびとが
 デモ行進を行ったと報道されている。

 それにしても、
 デモ行進のために開放された道路には屋台が出ていて、
 おやつの定番であるヒマワリの種や
 ボカディージョ(フランスパンサンドイッチ)、
 果てはアメリカのシンボル、
 コカ・コーラまで売られていた。
 私もマクドナルドもメジャーリーグも好きだもんなぁ。

 戦争に、反対した、300〜400万人のスペイン人。
 私はそんな誤差の前に吹き飛んでしまいそうな、
 でもささやかながら声を出すことにした、
 そのうちのひとりでした。

 戦争、はんたーい。

カナ






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



ほぼ日ブックスでも
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2003-02-23-SUN

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