KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【怒った】


唐突ですが、
怒るひと、というのがすっごく苦手なんであります。

学生時代、センセがホームルームで誰かに怒ると
身体がピリピリするくらいこわばった。
たいがい、怒られた本人はケロッとしていたのに。
会社時代、違う部署の上司が部下を怒る声に
いつも泣きたいような気持ちになった。

ちょっとおかしいくらいかもと思うのだけど、
でも本当に、怒るひとがものっすごく苦手だ。


だもんで、自分が怒るのも、得意ではない。
いや、昔は「なんでなんで」ってプンプンしてたけど
なんかみんなたいへんなんだなぁと思いはじめてから
できるかぎり、ホケーッとしてきた。

騙すくらいなら、騙されてたい。
得するくらいなら、損してたい。
怒って責めるくらいなら、忘れちゃいたい。

これらはたぶん
私の資質とはだいぶ逆方向の思考なのだけど、
でも、できるだけそうしてきた。


んでも、このあいだ、怒った。
ちゃんと怒りを表現せねばと思って、怒ったでしたよ。


ふつうの、スーパーだった。
山小屋帰りの私は大きな荷物を背負っていたので、
レジのお兄さんに両替を頼んだ。
というのも、スペインでは万引き防止のため、
大きなバッグ類は入口のコインロッカーへ
入れておかないといけないのだ。
そのとき、もんのすごく冷たい対応をされた。
結局20分ほど、無人のデスクで待たされた。
100円玉を50円玉2枚にする、
だいたいそれだけのことだったのに。

カゴに買い物を入れて戻ったとき、
その彼のレジの隣の列に並んだ。
そうしたら彼のところが空いたので、
そちらに移動しようとした。
「あ、ここはおしまい。いま閉まったから」
そう言われたので、元の列に戻った。

やがて自分の番になり、会計をしているとき、
ふと見ると彼のレジはふつうに客の対応をしている。
ひょっとしたら知人なんかで特別かなとも思って
しばらく観察したけど、そうではないようだった。

それ以前の対応もぜんぶひっくるめて、
東洋人への差別、を、ヒシヒシ感じた。
スペインに3年間いて、
そのあたりはわりと敏感にわかるようになっている。

こんなあからさまな差別は、本当に珍しい。
カーッとなった。


議論しないこと、怒らないこと、
それはよく「日本的」だと言われる。
ときに批判的に言われることもあるけど、
そういう傾向がある自分を、私は嫌いではない。

「スペインでは、
自分の意見をちゃんと主張しないで黙っていたら
ただのバカだと思われるよ!」
ともよく言われる。
欧米諸国で、たぶん共通して言われることだ。
私も、そう友人に言ったことがある。
黙っていて、何度も不利を受けてきたから。
いくら得を狙うより損したいと思っていたって、
ナメ切られていることにまで寛容にはなれない。


で、その日、私は頑張って怒った。
想定東洋人蔑視の彼のレジへ行き、名前を聞いて、
今日あなたがしたことをクレームとして出します、
そう伝えた。

たったこれだけだけど、
私には久々の「他人への怒りの表現」だった。
とくに爽快だとか、してやっただとか、
そんな気持ちにはならなかったけど、
「あなたのした態度っていうのは
私にとってそれくらい
マイナスの価値があることなんすよ」
と、ちゃんと伝えられたことはうれしかった。


ここまで書いていて気づいたのだけど、
これって、言葉が通じたときのうれしさと同じだ!
コミュニケーションできた、喜び。
ちゃんと怒らないというのは、
相手をバカにしていたのかもしれないなぁ。
しょっちゅう怒ってばかりいるスペイン人は、
人間に対して、本当に真剣に向かい合っているもの。

これからは、怒ろうっと。
やっぱり得意じゃないから、たまに、ね。



カナ http://www.kanasol.jp






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



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2002-10-13-SUN

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