KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【スペインで車を運転しない理由】

 スペインは、車があると楽しい国だ。

 郊外では走行車線でも時速120km、
 追い越し車線なら160kmくらいで飛ばしているから
 スピード・マニヤにはまったくたまらない。

 しかもスペインは、車がないと不便な国だ。

 マドリーやバルセロナの2大都市以外は
 地下鉄など市内交通があまり発達していない。
 あるいはマドリーにしたって、
 深夜1時過ぎまでどんどん走る地下鉄も
 夜じゅう運行される公営ナイト・バスもあるけれど、
 やっぱり移動は車の方がだんぜん便利だ。

 それでも私は、
 スペインで車は運転いたしませぬ。


 免許は問題ない。
 5年ほど前にマニュアルで免許を取って、
 長崎では1年半ほど毎日運転していた。
 雲仙の峠道だって走ってたし
 隠れキリシタンの里を磯伝いに走ってた。

 そんでもって、いま日本とスペインは
 なんとか協定のもとに免許書き換えが可能なので
 スペインの免許も取得済み。
 10年有効で、なぜか小さなトラックも運転できる。

 それでも私は、
 車は運転いたしませぬのだ。


 だって、
 あっぶないんだもの。


 スペインへ発つ前、
 久々にマニュアル車を運転するダンナさんの練習に
「息子よ、おる(俺)に任しときない」と
 しこたま焼酎かっくらったあとの顔で乗り込んだ
 親父の口癖は、『運転は命がけ』だった。
 近所を一周して帰ってきたダンナさんは、
「ほんまにお父さんの言う通りやわ」と言うなり
 赤い顔してひっくり帰ってしまった。
 どうも親父の吐息だけで酔ったらしい。
 親父よ、あんたが命がけの運転をさせてどうする。

 ただ、スペインでは、飲酒運転はわりと当たり前。
 ワイン何杯かまでだったら、別に違反にもならない。
 うちらもこちらの飲食習慣にさすがに慣れたので、
 ビールやワインはある程度飲んでも
 そう酔わない、ような気になっている。

 ただ、スペインではお勘定を頼んだ後に
 よくサービスでチュピートというやつが出てくる。
 キンキンに冷えた、とっても口当たりの良い、
 もんのすごーくアルコール度数の高いお酒。
 リンゴ味にメロン味、
 アニス(ういきょう)やコケモモ入り。
 甘い誘惑にはご用心、
 ということで、これで酔っ払う輩、多し。

 それにしても、コーヒーで落ち着いた胃袋に
 なんでわざわざ再び酒を流し込むのか?
 アル中は淋しがりやだと聞いたことがあるから
 ラテン人はだいたい淋しがりなのかもしれない。
 まぁ可愛くないことはないけど、
 だからといって巻き添えで死ぬのはイヤーッ。


 そもそもシラフでいたって
 スペインの道路ときたら
 尋常な神経で走れるようなところではない。

 車線のいちばん歩道側は
 だいたい路駐の車でふさがっていて、
 ときには二重、三重に停まっていたりする。
 そこから犬や人が飛び出してくる。
 サッカーのボールも飛び出してくる。
 じいさんがスローモーションで出てくる。
 ケンカ中のおかみさんが寝巻き姿のままで
「このチ○ポコ野郎!
 あんたなんてとっととくたばっちまいな!
 あぁ神様、私はなんて不幸なんだろう!」
 なんて
 ぎゃあぎゃあわめきながら飛び出してくる。
 こりゃもう、なまなかな注意力では対応できない。


 車と車の間も気をつけなければならない。
 スペインでは98%がマニュアル車だから、
 坂道発進の場面になると
 みんなしていったん後ろに下がってくる。
 エンストする車もよくあるので、これも注意。

 変わりそうな信号を通過するときが、
 また存分に気をつけなければならない。
 黄色は突っ込む。
 赤になってすぐも突っ込む。
 赤になってややしばらくまで、突っ込む。
 ここでうっかりブレーキでも踏もうものなら
「このマ○コ野郎(矛盾した表現だけど)!
 いったいどこ見て運転してやがるんだ!!」
 と、すんごい剣幕で怒鳴られる。
 この場合、
「こちとらちゃんと信号見て運転してんだよ」
 という返しは、明らかに正しいのだけれど、厳禁。
 こう言った瞬間、
 運転席からポウポウにいきりたった男が降りてきて
 ボッコボコに殴られることになる。
 スペイン人の怒りはだいたい一過性なんだけど、
 その"一過"がすこぶる過激なので要注意。

 こんなだから、
 スペインの街をふつうに走っていると、
 後続車や他の車のドライバーから
 あまりいわれのない罵詈雑言
(しかもラテン的超誇大ジェスチャーつき)を
 全身にビシバシ受け、
 さらには割り込んできたタクシーに
 クラクション鳴らされまくり、
 挙句の果てには
 猛スピードでカーブを曲がりそこなったバスに
 車体の半分くらいを持っていかれる、
 という阿鼻叫喚な出来事がふつうに起こる。

 しかも他の車はというと、
 サイドミラーが取れてても
「どうせ見ないから」
 と修理もせずに平気で走っているくらい
 周囲のことをまったく気にしていないもんだから、
 今日もあちこちで事故が起きている。


 危なくてしょうがない。
 だから私、スペインでは車に乗りませぬ。


 たまにどうしても必要なときには
 タクシーに乗ることにしている。
「車はもってないのか?」
 とよく訊かれるから
 かくかくしかじかと話すと、
 たいがいは深く同意してくれる。

 ……同意してくれるのはいいんだけどさぁ、
 話聞いてる間も
 私の顔じゃなくて前を見て運転してくれよーっ!



 結論。
 地下鉄だけだな、安心できるのは。

2002-04-03-WED

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