KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【冷凍寿司の一部始終】

 びっくりした。
 お昼ごはん、手抜きして冷凍ピザを買おうとして
 すごいの見つけてしもうた。



 冷凍寿司
 サーモンのにぎり3つ、エビのにぎり2つ、
 サーモン巻き2つにかっぱ巻き1つ、
 カリフォルニア・ロールが2つ、
 ガリにワサビに醤油に割り箸で、
 5ユーロ(約580円)。
 作っているのは、フランスの会社らしい。

 レンジで1分30秒、
 ミステリアスな魅力あふれるあの東洋のSUSHIが
 今日、あなたの食卓へ!

 ついつい買ってしもうた。
 食べて、しもうた。
 ……あたらなかっただけ
 よしとすることにした。


 5ユーロといえば、なかなかの金額である。
 日本の600円と、スペインの5ユーロは、
 為替っていうよくわからんシステムを通してこそ
「だいたいこれくらいと同じっす」なんて言えるけど、
 実際には
 懐にかかってくる重みがじぇんじぇん違う。

 たとえば月額の最低給料で比較すると。
 日本では週40時間労働で14万円前後(県で異なる)。
 そして、同じユーロ圏内のフランスでは
 1.083ユーロ(約12万5千円)。
 そんでもってスペインでは、
 たったの506ユーロ(約5万9千円)なのだ。

 物価が安いからと言うなかれ。
 たとえばマドリーの家賃は東京並みだし、
 電話代や光熱費は日本と同じかそれ以上かかる。
 初任給だけの話でしょ、と言うなかれ。
 良化したとはいえまだ失業率が10%以上あるいま、
 多くのひとがこの最低月給くらいで働いているのだ。

 家を見ればわかる。
 20代の9割以上が親と同居を続けている。
 ひとり暮らしへの憧れは強いけど、
 最低給料とほぼ同額の家賃を払えるひとは少ない。
 若夫婦を見ればわかる。
 周囲の30、40代の夫婦の大多数が共働きをしている。
 いきおい日中家にいることが多い私には
「どうして仕事してないの? ちゃんと探してる?」
 とたびたび質問が集中するので困ってしまう。

 とにかく
 スペインでの5ユーロは、
「ま、いっか」と
 笑って済ませられる金額では決してないのである。

 それなのに、
 あぁ、それなのに。
 じぇーったいに美味しくないはずだと
 わかりきりまくっている冷凍寿司なんぞに
 使ってしまった!
 最低月給の、1/100を、冷凍寿司なんかに!!


 かたくてボソボソのシャリに
 端っこが温かく真ん中が冷たいネタがのったにぎり、
 それに消しゴムみたいな巻き寿司を口に入れながら、
 泣きたくなった。

 なんで買っちゃったんだろう。
 だいたい私のやることって、いつもこうだ。
 軽挙妄動、暴挙獰猛、ムチムチ蒙昧。
 もうやるまい、とあれほど誓ったものを。
 あぁもう、最悪ー。
 おがーぢゃーん!
 にっぼんに、がえりだぐなっだばーい!

 スペインなんぞに来ていなければ
 こうして冷凍寿司で情けない思いをすることも
 なかったろうものを。オイオイオイィィィ。


 でもでもでも、
 ありがたいことに、
 スペインにはひとつのことばがあってくれる。
"Menos mal"(メノス・マル)。
 "menos"は「より少ない」で"mal"は「悪い」だから、
 直訳すると「悪いことが少ない」となる。

 日本の表現の「不幸中の幸い」よりは軽くて、
「まぁ、よかったじゃん」
 くらいの意味になるだろうか。

 腹、壊さなくてよかったじゃん。
 ちょっと話のタネになったからよかったじゃん。
 まっとうな寿司のありがたみがわかったから、
 5ユーロのありがたみがわかったから、
 あまりの情けなさにだけどゲラゲラ笑えたから、
 ま、よかったじゃん!

 まるで、
 とことん不幸な境遇のなかでも
 笑顔を忘れず「良かった探し」を日課としていた
 愛少女ポリアンナみたいな考え方ではあるけれど
(『世界名作劇場』のアニメの主人公)、
 それでもこうやって自分を責めないであげるだけで
 すうっと楽になっちゃったりするんだよなぁ、
 気持ち。
 そりゃもう、恥ずかしいくらいにあっさりと。


 ありがたい。うれしい。助けられてます。
 この"Menos mal"の一言だけで
 スペインに生きることを肯定してしまいそうだ。

 そりゃまぁ、
 600円の失敗でどっぷり落ち込む生活なんて、
 ときにはつくづくいやーんなっちゃうのだけどもさ。

2002-03-24-SUN

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