KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【引っ越しました。】

 オラ!
 この1ヶ月くらいここを更新できずに
 なにをしていたかというと。引っ越しでした。

 スペインに来てはじめて住んだオンボロピソには
 ピンクガウンの歯抜けフリアばあちゃん一家がいて、
 ペピータが掃除当番守りなさいよと怒ってて、
 マテオがカツオをウロコ付きのままトマトで煮てて、
 イバンが「キョウモ、ビジンネー」とあいさつして、
 なにか困ったことがあったら
 地階からフェリスと親父のペドロが
 ドタドタと階段を上がってきてくれていた。

 窓の取り付けは悪くて隙間風が吹き込むし、
 ガス湯沸かし器もガタがきてて
 日本からやってきたダンナさんの両親にまで
 水シャワーを浴びてもらう羽目になったし、
 気を抜くとどこからかアリの大群がやってくるし、
 それに会えば下ネタばかり言うエロ爺いペドロは
 私が冷蔵庫に保管してたセコイヤチョコレートを
 イチゴ味のまで勝手に食べちゃったけど、
 ずっとここでこうして
 ちょっと壊れたものとひとに囲まれて
 不便できもちいい生活をしてもいいかな、と
 思っていた。


 でも、契約を更新する時期がやってきた。
 家賃は、毎年上がる。

 1年半ほど前にぎっくり腰をした私は
 4階(日本の5階)に住むなら
 やっぱりエレベーターが欲しいと
 思うようになっていた。
(いまは法律で、3階以上あるピソには
 エレベーターの設置が義務付けられているそう)
 2時間ある昼休みに車で帰宅するダンナさんは
 いま往復に70分かかってしまうから
 もう少し会社の近くだといいなと
 思うようになっていた。
 他にも、ちょっと事情ができた。


 スペインのピソ探しで一般的なのは、
 新聞などの三行広告から探す方法だ。
 載せているのはほとんど個人だから、
 大家と直接交渉することになる。
 スペインでは仕事も家も車も中古品も(友達も)
 これで探すひとが多く、日刊の専門紙もある。

 私はものすごーく緊張しながら
 三行広告に掲載されている番号に電話をかけては
 ふがいなくもまだたどたどしいスペイン語で、
「あの、私はひとつの部屋を探しているんですけども。
 場所はどのくらいの広さありますか?
 エレベーターは持っていますか?
 もっとも近い地下鉄の駅はなんでありましょうか?」
 なんて訊ねてまわった。
 おかげで「フローリング」などの語彙は増えたけど、
 まだ不得手な外国語での電話交渉に
 げっそり痩せ、る、思いだけはたっぷりした。

 そうやって何十件も電話をしたうち、
 外国人だから、東洋人だからって理由で
 断られたことは一度もなかった。
 そこはスペイン、かなり、かっこいい。


 数ヵ月後、ひとつのピソをみつけた。

 4階建ての4階、エレベーターあり。
 会社との往復時間も2割ほど短縮される。
 部屋は西向きで、
 40℃を超す夏を想像するとぞっとするけれど、
 部屋から沈む夕陽を見ることができる。
 築30年だし、
 開かない窓や閉まらない窓があるし、
 壁には握りこぶしくらいの穴も開いているけど、
 ふたりでいっぺんに気に入ってしまった。
 そして在西歴の長い知人の助けをうけて、
 なんとか契約をすることができた。


 引っ越しが決まって、
 部屋の電気や電子レンジやパソコンが
 一気に壊れだした。
 電話回線までつながらなくなった。
 奴らにもなにか伝わるのだろうか?

 引っ越しが決まったことを
 大家のフェリスとペドロに告げると、
「なんてこった! 残念だよ!」
 と、オーバーなほど嘆いてくれた。
 本当に彼らが大家さんでよかったね、
 どれだけ助けられたかわからないね、と、
 その夜はダンナさんとしみじみ話した。
 スペインのはじまりが
 このおんぼろピソで、本当によかった。


 半月後、フェリスに別れを告げる日。
 近くのバルで、敷金の交渉。
 1時間くらいにわたって激しくやりあった。

 微笑んでいるだけじゃ、生活できないもの。
 とくにここ、スペインでは。
 通り過ぎるだけのお客さんじゃなくて
 ここに住むおばちゃんのひとりになりたいから、
 友人としてふつうに接してほしいから、
 心で(こんなん苦手なんよ)と泣きながらも
 譲らずにケンカしなきゃならんときもある。
 と、思うから。
 ものすごーく、しんどいのだけれどさ。

 やがて喉がカラカラになって交渉終了。
 フェリスに「甘党のペドロに渡してね」と
 チョコレートの大きな箱をあげて、
 右と左の頬にチュウ。
 フェリス、口論の余韻か赤い顔で
「本当に悲しいよ、君たちが出て行くのは。
 君たちがとっても良いひとたちで
 俺も親父も本当にうれしかったんだ」
 そう言ってくれた。

 ピソの前まで戻って、お別れ。
 じゃあまた、と再びチュウをしたところで
 デジカメを持っていたことを思い出した。
 ほぼ日に載せたいから写真撮らせて、と
 お願いすると
「えーっ!? 
 日本のひとたちに俺の顔が見られちゃうの?
 マジで?
 いいけど、アハッ、オーケー、いいよ。
 そうだな、闘牛士の真似でもすればいいか?」
 再び顔が赤くなってきた。

 そんなフェリスの汗ばんだ照れ笑い顔を撮ったのに、
 翌週、画像を入れたパソコンが完全に壊れた。
 どうしても、電源すら入ってくれない。
 だから代わりに、似顔絵を載せます。
 
 - Felix, perdona!
Mi ordenador se ha roto completamente,
  por eso no puedo sacar la foto.
Si, eres mas guapo que este dibujo!
 (フェリス、ごめんよ。
  パソコンが壊れて、写真が出せないんだ。
  わかってるってば、
  この絵よりも男前だってことは!)


 バイバイ、ありがとう。

 いや、引っ越したっても車で5分くらいの距離だから
 きっとまたすぐにどっかで会うだろうな。
 だからもう一度チュウをしたあとの
 別れの言葉はこれだった。

 "Hasta luego!"(アスタ・ルエゴ)、
「またねーっ!」

2002-03-03-SUN

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