KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【ご注意あれ。鰻と梅干し、ラテンと医者】


オラ、アミーゴ!
今日も元気に、顔をテカらせてるかい?


今回はまず、
そんな顔のテカリが一気にスリーランクアップしそうな
鰻の話からさせてくだされ。
あぁ鰻よ、ウナギよ、なかんずく蒲焼きさまよ!
海外在住邦人が夢にまで見るあの懐かしい日本の味よ。

実はスペイン、
ラッキーなことに鰻を食べる習慣がある。
ならばちょいと買ってきて自分でさばいて蒲焼きに
できそうなものなんだけど、それができない。
なぜか。
スペインでは鰻を稚魚のときに食べちゃうのだ。
うぅ、アンラッキー!
だからレストランでどえらく高い鰻料理を頼んでも、
どぜうよりもっともっと小さくて細っこい魚が
うんじゃらげーと盛られたのが出てくることになる。

もしも、この一匹一匹を大きく育てて
あぶらのたんとのった蒲焼きにできるのならば、
あたしゃたとえ梅干しとだってスイカとだって
一緒にバクバク食べるのに。


でも、そんな"食い合わせなんでもござれ"の私にも、
どうしても受け付けられない組合せがひとつ、ある。
それが、"ラテンと医者"。
これ、腹をこわすどころの騒ぎじゃないのだよ。


昨年冬、
ヨーロッパでインフルエンザが大流行した。
流行に敏感な浮かれポンチの私は
案の定、すっかり感染してしまった。
スペインに来て4ヶ月め、
その一年の無病息災を願った正月の翌週のことだった。

熱は生まれてはじめて40度を超えてしまっていた。
ダンナに連れられ、慌てて公的保険用救急病院へ。

まず受け付けをすませ、大待合室へ。
感冒流行中につき、病院は押すな押すなの大盛況。
運良く空いた席を見つけたけれど、
こちとら40度の熱ボウボウ、座ってるのすらしんどい。
それなのに、順番はちっともまわってきやしない。

「お前んとこは救急病院ちゃうんか、
少なくとも俺はけっこう急患やで!」
とでもインチキ関西弁で怒鳴りたいところだけど、
斜め前の席の顔から血を流し続けているひとが
文句も言わずにずっと待ってるもんだから、
40度の熱くらいじゃ弱音を吐けない雰囲気。
(とはいえ、待つ間に死ぬひとも実際にいるのだ)

小一時間待って、ようやく診察室へ。
やれやれこれで終わりかと思いきや、
短い問診の後、再び待合室へ戻される。
今度はなにを待つのかというと、注射。
分業が徹底的に進んだスペインでは
薬を薬局で買わなければならないのはもちろん、
注射だって"注射専門医"へ行かなければならないのだ。

再び待つこと30分。もう私、限界。
見かねたダンナが通りすがりの医者をつかまえては
「いつ?」と訊くのだが、
みんな「今すぐ」と言っては笑顔で消え去る。
そして私の名前はちっとも呼ばれない。
あぁ、なんてラテンなの!


さらに十数分経ったところで、ようやく注射室へ。
椅子に座って腕を出すと、
担当医は首を振って「部屋の中央に立て」と言う。
なんにもないところにぽけらんと立つと、次の指示が。
「はい、パンタロンおろして」

おっと誤解しないでおくれよ、
あたしゃ決して
裾広がりの"パンタロン"をはいてたわけじゃないのよ。
スペイン語ではいわゆる"パンツ"や"ズボン"のことを
"パンタロン"というのだ。
なんか、どうしても慣れなくて笑っちゃう。
街ゆけば、あの娘もこの娘も、パンタロン。(字余り)

ウフ。
昔懐かし"パンタロン"の響きに酔いしれながら、
もぞもぞとはいてるものをおろす。
するといきなり腰と尻の中間くらいにズブリ、
ぶっとい注射針を差し込まれた。
これが、とーっても、痛い。
そしてそれを受ける私の体勢、ザ・両手ぶらり作戦。
体を支えるものはなく、手で握れるところもない。
おまけに腰に注射される心構えもありゃしない。
永遠ほどに長い注射の間(医師は助手との話に夢中)、
どうせよというのか冬のツバメよ。(字、余りすぎ)

さぁここで想像してください。
40度の熱を出したままフラリといなせに立って、
腰にじわりと太い注射針を差し込まれることを。
あなたは耐えられますか、奥さん!
私は、ダメらったよ。
急に目の前が白くなった。
「いかん、ここで倒れたら注射針が体内に残るかも」
可能性は低いはずだけど
どうもラテンじゃ0ではなさそうなことを想像しつつ、
あえなくダウン。
(実際に、この日から3ヶ月ほど
注射された箇所を中心に痺れが残っていた。
いったいなにがあったんだーっ)

酸素マスクをあてがわれて
注射室から担ぎ出された私の姿を見て、ダンナが一言。
「おまえ……、ズボン下がったままやで」
笑うてけつかる。
温厚な顔を睨みながら、ベッドに横になること3時間。
午後2時すぎに入った病院を出たのは、
日もとっぷり暮れた午後7時すぎだった。

もういやだ、ラテンな医者。


しかし、神様は平等であった。
翌週、私の呪いがかかったのだろうか、
今度はダンナがインフルエンザにかかってしまった。
もちろん、ことさらに注射を所望。
パンタロン下ろしたまま友人に肩を抱かれて
注射室から出て来たダンナ、
「すまん、たしかに痛いわ、これ」
と涙目で謝った。
思い知ったか、ケケケ。

それにしても、注射担当医に
「日本では注射は腕にするんだよ」と説明したところ
「ウソでしょ!
そんなの、聞いたことないわよ。
へえぇ、おかしな国ねぇ、
そんな国があるなんて信じらんないわ」
と心底驚かれた。
これぞ、かの有名なラテン・スタンダード思考。


もちろん、"ラテンな歯医者"っていうのも
かなりタチが悪い。

あれは、
ダンナが親知らずを抜いたときのことじゃった。

だいたいその歯医者、
よそで「こりゃ外科の領分だわ」と断られた抜歯を
躊躇することなくやってくれようという、
かなりきっぷのいい奴だった。

治療室に入ると、奴は開口一番、ダンナに
「じゃ、何本抜こうか」と訊いたげな。
初日は問診だけと思ったダンナが
「えっと、2本ほど」と気軽に答えると、
ガリボリパリペキと一気に抜き出したらしい。

はじめに右側の歯を抜く。
やがて左側の歯を抜いているとき、事件はおこった。
抜いていた左の歯がぽーんと飛んで、
ちょうど右の抜歯後の穴にスポッと入ったのだ。

奴はひとしきり大笑いした後、
泣き顔のダンナにこう言ったげな。
「君、ゴルフは好きかい?」

ホールイン・ワン、だ!

……ラテンの医者には、くれぐれもご注意あれ。

2001-05-15-TUE

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