KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
貧しきものに愛の手よりも合いの手を


日出ずる国のアミーゴの奥さんっ、
昨日スーパーに並んでた特売品の本マグロ、
あれ、スペイン産の最高級黒マグロなんだよ。
んで、おとうさんっ、
そうそう居酒屋で頼んでたアン肝、
あれも、スペイン発なんだよねー。
っでまた、おにいさんっ、
ほらこのあいだ食べてたタコ焼きの大タコ、
あれだってスペインから届けられてたのさ!

気づかなかったかもしれないけど、
実はもうあなたのカラダの血液中には、
ラ・マンチャの夕陽色したラテン系血色素
(ヘモグラテン)が、流れているの。

スペイン産のマグロ、アン肝、タコなどから
摂取されたヘモグラテンが
血液中に増えるとどうなるか。
たとえば
「最近ビールがずんと美味しい」
「ダメなとこも含めて人間が大好き」
「生きているのが楽しくてしかたない!」
というような諸症状が顕著にあらわれる。

およろこび、くださる?
くだされよ、アミーゴ!



なーんて毎度バカバカしいラテン噺を
スペインから送らせていただいているカナにも、
潔癖な青春時代が、ありましたでした。

とくに私がおおきくなった80年代っていうのは、
世の中の雰囲気が、病的なまでに潔癖だったし。
ほら、"ジャニーズ"に"スネ毛"はタブーだったころ。
あと「遅れてるーっ」とか
「いまどき、いないよー」とか
「だっせー」とかが
一撃必殺のキメゼリフだったころ。

時は過ぎ、
"個性の時代"だなんて言うらしいけど、
今は、どんな雰囲気なの?
「それ、やばくない?」とかが、
まだハバをきかせてる?


たとえば、"グローバル・スタンダード"って言葉。
"肯定しなきゃダメ"みたいな心の神棚にある、あの。

「グロ・スタっしょ、やっぱ」
日本にいた2年前は、
私、そう、思ってたです。
日本は遅れてるって劣等感と、
だから頑張んなきゃって義務感と、
アメリカへの無意識の傾倒から、かな。


ところが奥さん、
ちょっとあーた、
スペインじゃそんな風、
ソヨとも吹いてやしないのよ。

って、今さら驚くこともないか。
なんせ、のんびりシエスタを続ける国だもんね。
昼寝だよ! この御時世に。
午後2時になると、どこもシャッター降ろすんだよ。
そんでもって日曜祝日は、
デパートもレストランも、
近所の"不夜城"という名の中華飯店までもが、お休み。

ぜんぜん世界標準じゃない。
どうやらスペイン人の辞書には
"グローバル・スタンダード"なんて、
書いちゃねえんだよな。


そうそう、こんなことがあった。
少しだけ通った語学学校で、
スペイン人の先生から、
「"グローバル・スタンダード"をどう思う?」
という質問を投げかけられたんだ。

マドリー近郊の村に生まれ、
幼少期をフランコ時代に過ごし、
大晦日は親戚一同30人あまりが集合するという
ごく典型的なマドリー市民のモンセ先生は、
うちら生徒が答えようとする前に、
上の質問にこう続けたの。

「世界中にいろんな文化があって、
いろんな考えのひとがいるわよね。
さらに貧富の差は、歴然とあるでしょ。
貧富の差をよしとするわけじゃないけど、
そんなのがなくなってみんな平等なんて、
ありうると思う?
私はヤだわ、そんな人間的じゃない世界。
きもちわるくって。
人間は生まれた環境によって
不平等だってことは、
受け容れるしかないんじゃないかしら。
そこから個々人が、
自分ができることを考えればいいと思うな」

んだ。
生徒Kもさ、
スペイン語を上手にあやつれたら、
そういうことをスペイン語で答えたかったと思うんだ。
たぶん。

そういえば。
スペインは、まぁ正直、貧しい国だ。
ものを乞うひとも、道端にいっぱいいる。
地下鉄では、ギターと歌でお金を乞うひとに、
なんども遭遇する。
車が信号で止まると、
子どもが窓を拭きに駆け寄ってくる。
一日中スーパーのドアを開けつづけて、
チップを待つひともいる。

彼らに対し、
スペイン人は、けっこうな頻度で喜捨している。
たいていは、小額だけどね。
でもタバコをねだられると、
きれいな格好したおねえちゃんでも、
1本あげて、火までつけてあげたりしている。

その姿には
「貧しいものに愛の手を! 人類皆平等!!」
なんて声高に叫ばれる崇高な思想なんてない。
ただごく当たり前の相互扶助、
言い換えれば長屋的精神、
"まぁみんなおんなじ人間じゃねえか"、
そんな気楽な雰囲気を感じるだけ。
「貧しいもの同士、合いの手を!」ってな。

モンセが口にした言葉と、
そういう光景と実感、
"グローバル・スタンダード"なんて
よくわかんないことばよりも、
ずっとこころに染みてしまった。


スペインからそんな人間の豊かさと、
楽しいシエスタを奪い取るんなら、
"グローバル・スタンダード"なんぞ
わしゃいらんわい!


と、
私の血中ヘモグラテンたちが
わいのわいの元気に叫びよるのです。
なんせヘモグラテンは、
ビールと太陽とシエスタで活性化するけんね。

2001-02-06-MON

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