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矢沢永吉、50代の走り方。

第13回 不安な時こそ、正直な言葉が響く。








「世の中はみんな盗人だ」と思って、いつも
ピリピリしてたんじゃ、いい音楽はつくれない。

オレはだまされた自分のことがいやじゃない。
この純粋バカさ加減の矢沢がきらいじゃない。
すぐそばにいるヤツがオレを陥れようと
計画しているなんて夢にも思わなかった。

そういうオレは甘ちゃんかもしれない。
でもオレはそれでいいと思っている。

サギに気づかなかったオレのほうがまともだ。
そういう人間を陥れるヤツのほうが、
さびしい人間だと思う。
これは負け惜しみじゃなくて、そう思う。

人間はいつか死ぬ。
だんだん年をとって、
体もいうことをきかなくなってきて、
ふと若いころを振り返ったとき、
信頼してくれている人間を
陥れたことがあるなんて思い出したら、
それは気持ちいいもんじゃないよね。



      『アー・ユー・ハッピー?』(日経BP社)より







【※今日からは、矢沢永吉さんの
 『成りあがり』につぐ自伝である
 『アー・ユー・ハッピー?』(※販売はこちらです)
 の編集者、日経BP社の柳瀬博一さんにお話を伺います】



ほぼ日 2001年の2月に刊行された、
『アー・ユー・ハッピー?』(日経BP社)は、
矢沢永吉さんの、20年ぶりの単行本でした。
矢沢さんが、51歳の頃に出した自伝です。

この本を編集した柳瀬博一さん(日経BP社)は
本の制作中は矢沢さんとたっぷりやりとりをして、
さらに刊行後は、本に関するさまざまな反響を
ダイレクトに受けている人なのです。

「ほぼ日刊イトイ新聞」は、その人に、矢沢さんの
年齢の重ねかたについて、うかがいたく思いました。

柳瀬 ぼくはふだん、ビジネス書を主に作っています。
ビジネス書というのは、
都会でしか売れないんですね。
売れ行きを見ると、お客さんの6〜7割が首都圏で、
2割が大阪……そんな感じです。

でも、この本はそうじゃなかった。
それがすごくうれしかった。
感想のハガキが、毎日
それこそ日本各地からいっぱい届くんです。

あ、今、持ってきますね!……これです。

ちょっと1枚ずつ、
ここ数日届いたハガキの住所を
読みあげてみましょう。
たとえば、山形、神戸、静岡、広島、鹿児島、
岡山、青森、山梨、秋田、新潟、茨城、徳島、
愛知、福岡、千葉……みたいな感じ、です。
年齢層も、
下は12歳の女の子から、上は60代、70代まで。
ふだんは本を買わないだろうなぁという人たちが、
じっくり読んでくださっているのが、うれしい。

ほぼ日 へぇ……。
ビジネス書的ではない範囲の人たちに、
読まれた本なんですね。

柳瀬 ええ。
本が山を越え谷を越えている様子を
目にするのは、ほんとうにうれしいんです。

ほぼ日 矢沢さんの年齢の話の前に、
すこしだけ、出版前後に感じたことなどを、
うかがってもいいでしょうか。

柳瀬 2000年にロサンゼルスで
はじめてお会いした時から、出版後の
さまざまな雑誌からのインタビューの立ち会いまで、
矢沢さんのいる場に同席させていただきましたが、
まずプロ意識というか、
サービス精神を強く感じました。

矢沢さんは、どんな取材相手を前にしても、
何度おなじ質問がきても、
ぜんぜんかっこつけない。
驚くほど率直に話す。
相手が次の質問を考えている間に、
その人をどう楽しませるか、常に先取っていました。
ひとつの話を、いつもディティールまで、
豊かにふくらませてくれますし。

目の前の相手に、まずは
自分のチカラをぜんぶ出し切る。
しかもそれが自然にできる。
手抜きはいっさいなし。
そう、まさにコンサートのときとおんなじです。

『アー・ユー・ハッピー?』
の編集でも、最後の直しまで
ご本人が実に丁寧にやってくれまして。
刊行する1月前、会社にいたら、
ロサンゼルスの矢沢さんから会社に
直接国際電話がかかってきたぐらいです。

「あ、どうも矢沢です。
 最後の直しは口頭でやったほうが
 いいと思うので、ちょっと、いいですか?」

この「ちょっと」が1時間以上。
電話で、一文一文確認しながら、
じっくりやりとりしました。
感激しましたね。
本の文章のリズムだとか、言葉づかいだとか、
まるで曲をいじるような丁寧な手直しなんです。
真剣勝負なんだなぁ、と思いました。

けっして、相手を緊張させるような
ピリピリした感じは矢沢さんにはないです。
少なくともぼくはそう感じました。
でも、真剣なんですよね。
持っているモノをぜんぶ出してぶつけてくる。
だから、いい意味で気が抜けない。
やる気が出ますね、こちらとしても。

そうやってできあがった
『アー・ユー・ハッピー?』は、
ほんとうに飾りのない
「正直な本」になった、と思います。
広島で、戦争で空っぽになった家庭に育ち、
貧乏で、そこから上京、成功という
『成りあがり』から20年経ちました。
そして今度は、
ひとりの大人がどう「成熟」して、
「ハッピー」をつかむのか……。
まさに、戦後の日本を一人で体現している、
そして行き先を失いつつある
いまの日本の指針になる、そんな自伝になっている。
そう思います。

挫折、渡米、転機、新たな挑戦、
裏切り、家庭の再生、ふたたびのピーク……。

『成りあがり』の頃の矢沢さんに
ぬぐいがたく存在していた
ツッパリというイメージゆえに、
当時は敬遠していた人が、
今回、女の人も含めて
たくさん読んでくださったのがうれしかった。
それは、おもしろいはずだし、
感じるところがあるはずです。
不安な時代には、正直な言葉こそ響く。
ツッパリでもなく、マッチョでもなく、
ものすごく率直で丁寧で、骨太な人の言葉ですから。

「おばあちゃんは、たとえ掘っ建て小屋みたいな
 小さな家でも、草を刈って日当もらって、
 それで自分で酒を飲んでる方がいいと思ってた。
 自立していれば、堂々としていられる。
 身をもってそれを、オレに教えてくれたんだ」

こんなような言葉が、
矢沢さんのクチから出てくることに、
感激した女性ライターの方の書評も拝見しました。

ほぼ日 柳瀬さんは、
ヤマト運輸の経営を描いた
『小倉昌男 経営学』をはじめ
『社長失格』
『アマゾン・ドット・コム』
『百貨店が復活する日』など
経営に関わる本の編集を多く手がけています。
そこで、『アー・ユー・ハッピー?』の著者である
矢沢永吉さんを、「経営者」としてみたら、
どうでしょうか?

柳瀬 おっしゃる通り。
『アー・ユー・ハッピー?』は
「矢沢永吉」の経営の書でもある、
とぼくは個人的に思っています。
トライ&エラーを繰り返し、
成功をつかむ矢沢さんの生き方は
まさに「経営」そのものです。

そんな矢沢さんの話を聞いて
はっとさせられたのは、例えば、
まず自分について、
「臆病だ」と言い切るところでしょうか。
あの天下のエーちゃんが、言うんです。
ぼくは臆病だ、と。

「臆病というのは、
 いつも自分にクエスチョンしてるヤツだ。
 臆病さは、人間として素直な部分だと思う。
 自分が臆病だというのもわかっている。
 世の中で大成した人ほど、臆病だと思う。
 とことんいける人は、ただの無神経な人だ。
 無神経な人は、抑揚がなくて、つまんない」

矢沢さん、常に自分を見ていますよね。冷静に。
矢沢さんは、「ぼくが」「オレは」と言いますが、
ときどき「ヤザワは……」と言うんですよ。
外から見た客観的な自分を把握したいとき、
そう表現するのかな……、と感じました。

そこで「臆病」です。
臆病で、常に
「これでいいのか?」
「オレのやってること、正しいのか?」
と自問自答を繰り返す。
ということは、裏返すと、
「自分の責任を持てることに関しては、
 徹底的に責任を取る姿勢があるから」
と思っているわけで。

だから、自分のやることに関しては、
絶えずシミュレーションをしているし……。

「臆病と無神経は違う」なんて、
あれだけ大きな人が、自分のよわさに
素直に向きあおうとする
その姿勢が、ほんとうにすごい。

矢沢さんは、常に自分自身に疑問をぶつける。
これでいいのか、これでいいのか、と。

つまり矢沢さんは、
まず、自分自身を疑うところからはじめる。
そして、いい意味で
過去の自分にこだわらないところがある。
突然テレビドラマで冴えない教師役をやったり、
コーヒーのコマーシャルで、
疲れたサラリーマンをやる。
中途半端に自分のイメージを守ろうとしたら
ぜったいにやらないような、そんな「試み」を
むしろ面白がってやってみる。
それで、ちゃんと成功して、「矢沢永吉」の幅を
量の面でも質の面でも広げている。
まさに一流のベンチャー経営者のように、
新しい分野を果敢に開拓している。
そんなアーティスト、他にいないとぼくは思います。

ほぼ日 なるほど、
矢沢永吉さんを
自分のアーティスト活動の「経営者」としてみると
面白いですね。
仕事柄、さまざまな経営者と
お付き合いのある柳瀬さんからすると、
経営者としての矢沢さんをどうごらんになりますか。

柳瀬 あ、
ちょっと勘違いされちゃうかもしれないですね、
これまでの言い方だと。
たしかに矢沢さんは
きわめて非凡な経営センスの持ち主だと思います。
でも、そのうえであえて言うと、
矢沢さんは本質的には「経営者」ではない。
圧倒的にアーティストであり、
ミュージシャンなんです。

ほぼ日 どういうことですか?
柳瀬 矢沢さんって、
ご自分に対しては非常に厳しい方です。
でもね、一方で他人に対しては、
非常にやさしい。疑わない。ポジティブに考える。
人を信用しているし、相手を善意に解釈する。
『成りあがり』にしても
『アー・ユー・ハッピー?』にしても、
そんな矢沢さんの姿勢が
読み取れると思う。

シニカルじゃないんですね。
自分に関しては、
たとえば音楽についても、
「あ、コレはもっとちゃんとやらなきゃな」
と、失敗した時もすごく丁寧にフィードバックして、
その後の結果に生かす、厳しい意識があるのに、ね。
「自分はちゃんとやったか?」
と常に考えているんですよ。
で、矢沢さんは
他人も、自分と同じくらい
「ポジティブ」で「自身に厳しい」と
思ってしまうところがあるのかもしれない。

マネージャーにだまされてしまった時にも
「これからは、自分で管理しよう」
キャラクタービジネスでサギをされたら、
「これからは、自分の事務所で手がけよう」
すべて自分でやるという方法で責任を取る。
これが、矢沢さんの経営者としての性質ですよね。

つまり、矢沢さんは、
本質的に、ひとが大好きで疑わない……。
善意の相手には善意で接したいと考えている。
ここが、アーティストだと思うんですよ。


でも、
「経営者」が専業の方というのは、
ここが違うんです。
いろいろな経営者に
会わせていただく機会があるのですが、
ぼくの知っている限り、
一流と目される経営者は、概して性悪説です。

ほぼ日 性悪説、ですか。
ということは、ひとのことを信じてない、と……。

柳瀬 信じてない、というと言いすぎですかね。
あえて言うならば、
「信用」するけど、「信頼」しない。
ま、逆でもいいんですが、
とにかく、
相手の能力は見て、その能力には信じるけど、
相手のぜんぶを信じることはない、
ということなんです。


「宅急便」の発明者である
ヤマト運輸の元会長、小倉昌男さんは
「経営者は、孤独です」とおっしゃいました。
たしかに、そうでしょう。
ある意味で、ひとを信じたらいけないのですから。
それよりなにより、まず最初に
自分自身を疑わなきゃいけないのですから。
「こいつだって、間違うかもしれない」
常に組織内外の人間にクエスチョンをぶつけて、
トライ&エラーを繰り返しながら
社内の仕組みを作っていく……
そうじゃないと、優れた組織はできない。
そして、多数の人間を束ねながら、
最終的な決断は、すべて自分自身でやる。
これが経営者の宿命だと思います。
だから、トップはいつも孤独なんです。


矢沢さんは、そういう意味では経営者ではないです。
アーティストは、
ある意味で、
自分とお客さんを信じることが大切です。
そこから新しいものが生まれるし、
表現が大きなものになる。
そんなアーティストの矢沢永吉が、
一方で、疑うのが仕事の経営者を同時にやっている。
となれば、当然、
矛盾やアンバランスさがでてくるのは
当然だという気がします。
でも、そのアンバランスさが、
たまらない魅力のひとつじゃないか、
と思います。

ほぼ日 経営者って、そんな孤独なんですか?
柳瀬 ええ。
「ほぼ日」経営者のイトイさんだって、
「ほんと、孤独だよ」
とおっしゃるんじゃないですか?(笑)
結局、最後に頼るのは自分しかいないですから。
決断は、ひとりでしないといけないんですから。

サラリーマン化が進んだ日本企業の場合、
合議制で決断することが結構あるから、
「孤独じゃない」サラリーマン経営者が
増えてるかもしれません。
でも、一本どっこでやってきた経営者は、
やっぱり、自分ひとりで決断をする。
間違ってようが、正しかろうが。

矢沢さんも、そういう意味では
まさしくインディペンデントな経営者です。
すべてご自分で決断を下して、
53歳までトップアーティストの座を
堅持してきたのですから。

でも、
矢沢さんとしては、
経営のトップであることは
歌をうたうための手段だと思う。
まずはつくりたい曲作りがあって、
聴かせたい歌があって、
「コレ聴いてくれよ?どう?気持ちいいでしょう?」
そっちが、やっぱり先なんですよ。
そこにあるのは、
他人への疑いよりも、信頼でしょう。

相手を疑っていたりしたら、曲は作れないし、
自分の作品を、お客さんに向かって
100%のチカラでは投げられないじゃないですか。


単行本を作る過程で、
実際にL.A.で矢沢さんにお会いしたときも
つくづく感じました。
「目の前の人を楽しませたい」
という方なんです、矢沢さんは。

繰り返しになりますが、
たしかに矢沢さんは
矢沢永吉という名前のビジネスの中心にいるし、
ビジネスの素養もあり、わかっているからできる。
ただ、ビジネスマンとしての欠落したところを、
もしも敢えて申しあげるとしたら、
「あまりにもアーティストで、あまりにも人が好き」
というところだと思うんです。

でも、矢沢さんのすごいところは
そんな自分のある意味で欠けた部分を
ちゃんと知っている。知っているうえで、
「でも、俺はひとを信じるよ。
 そのほうがきもちいいじゃないか」

と言い切れることです。
自分は自分のビジネスの経営をしてるけど、
本質は経営者じゃない、
アーティストなんだ、ミュージシャンなんだ。
そんな明確な自覚がある。

どんなトラブルをも乗り越え、
トップを走り続けてこられたのは、
この強烈なアーティスト魂が
あったからでしょう。



(つづきます。感想は postman@1101.com にどうぞ!)

2002-07-31-WED


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