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矢沢永吉、50代の走り方。

第11回 オトナになる、ということ。








帰り道のほうが、なんだか力を出せる。
帰り道のほうが、愛おしい。
一個一個を、ちゃんとしておきたいと思う。

人生のなかの残された時間を考えると、
ひょっとしたらオレも
折り返し点をすぎたのかもしれない。

でも、その方がいい。
シブいステージに立てる。なかなかいいもんだよ。



      『アー・ユー・ハッピー?』(日経BP社)より





(※作家の重松清さんへのインタビューです)


ほぼ日 さきほど、重松さんが、
「歳を取っていくということは、
 変わっていくということだと思う。
 変わらないうちは歳を取ったことにならない」
とおっしゃいました。

それにものすごく興味があります。
詳しく、うかがえますでしょうか?

重松 年齢を重ねれば重ねるほど、
変わることに臆病になる人が、いると思うんです。

特に、永ちゃんのように、
若い時に一回ピークが来てしまった人なら
なおさらそうですよね。

だけど……変わらなきゃいけないと思うし、
変わらずに行こうとするのは、
みっともないと思うんですね。

変わっていく時に、
たとえば永ちゃんなら、
「さえなさ」をどう魅力に変えていくか、
取りこんでいくかがテーマになってくる。
だからこそ、リーゼントをおろしたり
Tシャツを着ていたりする永ちゃんを、
とても魅力的だと感じました。

永ちゃんの本のタイトルにもなってるけど、
「アー・ユー・ハッピー?」
……あなたは、ハッピーですか?
これは、すごくいいメッセージなんですよ。
『成りあがり』のころの
「How to be BIG」とは、
ずいぶん違った言葉なわけじゃないですか。

ほぼ日 成りあがりのサブタイトルの
「How to be BIG」ですね。

重松 そう。
若い頃の永ちゃんは、
この「ビッグ」という言葉で
上昇志向や拡大志向をあらわにしていたけれど、
「ハッピー」というものには、
質が問われるじゃない?

「どう? ビッグになってる?」
そう聞かれつづけていたのが、
永ちゃんよりも10歳ぐらい若いぼくたちでした。
そのぼくらが、
こうして30代のおわりになったら、
「それであなたは、ハッピーですか?」
今度は、そう聞かれるようになったわけだ。

「アー・ユー・ハッピー?」という言葉は、
ぼくらにとって、救いでもあります。
だって、ほとんどの人が、
ビッグになっていないんだもの。
「ビッグになってはいないかもしれないけれど、
 ハッピーはつかんだかもしれない」
そんな風に思う人も、いるかもしれないです。

ただ、でも……やっぱり実は、
ハッピーがいちばん難しいかもしれない。
いちばん救いになる、って今言ったけど、
実はいちばん残酷な問いかもしれないですね。
「どう? 幸せ?」
真正面から考えると、怖い問いです。

ほぼ日 去年出版された
『アー・ユー・ハッピー?』
を読んで、どう思いましたか?

重松 ぼくはまず、『成りあがり』を読んで、
「わしもやったるぞ、ビッグになったる」
と、高校時代の時には思っていました。

そして去年、
『アー・ユー・ハッピー?』
というタイトルを見た瞬間、
当時38歳でしたが、
「自分は、ハッピーかどうか、わからないわ」
読む前から、考えこんじゃったものね。

読んでみたら、離婚の話も含めて
永ちゃんは、自分をさらしている。
ビジネスで勝っても、パートナーに裏切られていた。
いっぱい、いろんな人に、だまされていた。
矢沢ファミリーは、作れていなかったわけです。

永ちゃん、ほんとにキツかっただろうけど、
キツかったいろいろなことを封印しないで、
向きあうことを、選んだなぁとも思いました。
「封印するものなんて、なくていいじゃん」
永ちゃんはそう考えたんでしょう。

ツッパリって、いろんなものを封印しながら
とにかく前に進んでいくことだとも思うけど、
もう、それじゃいかない時期が出てくる。

オトナになると、
守らなければいけないことが出てきて、
けっこう、攻めていけないんです。
ぼくなんかも、けっこう思い通りにいってない。
若い時の「思い通りのいかなさ」は、
人のせいにしたり時代のせいにしたり
社会のせいにしたり……いくらでも処理できる。

でも、おとなになってからの
思い通りにいかないことって、
言い訳が、きかないでしょう?

永ちゃんも、永ちゃんでさえも、
思い通りにいってないじゃん。でも頑張ってる。
……『アー・ユー・ハッピー?』を読んで、
ぼくは、だから、うれしかったですね。

ほぼ日 矢沢さんが、うまくいっていないのが、
うれしかったのですか?

重松 いや。
30代後半の自分の読むものが、
もしも、更に成功成功、拡大拡大の
How to be BIGのセカンドバージョンだったら、
それは、すごくさみしかっただろうなぁ、
ということです。
「永ちゃんは永ちゃんだもんな」
読んでも、そう感じるだけだと思う。

でも、ハッピーなら目指せるから。
永ちゃんには永ちゃんのハッピーがあるし、
自分には自分のハッピーがあるから。
「俺も自分のハッピーを探さなきゃな」
と思いながら、
去年の永ちゃんの本を読んでました。

もう、永ちゃんはぼくたちに、教えてくれない。
「矢沢はこうしてハッピーになりました。
 あなたは、どうですか?」
そう来るじゃないですか。
よく考えたら、『成りあがり』の時も、
永ちゃんは、自分のようになれとは言っていない。
でも当時は、
「わしも永ちゃんのようになる!」
「永ちゃんみたいにがんばるぜ」
と強く思ったし、それで済んでいた。

でも、今はそうはいかない。
「オレはオレで、自分のハッピーを行く」
この、オレはオレで行くという感じが、たぶん、
「オトナになるということ」だと思うんです。

ほぼ日 さっきから、重松さん、
『成りあがり』の中の言葉が、自然に、
まるですべて暗記しているぐらいに出ますね。

重松 そりゃ、ものすごい影響受けたもの。
よく考えてみたら、ぼくにとって
28歳というのはすごく大きな歳だったんです。
なぜかというと、それも
『成りあがり』から来ているんです。

『成りあがり』の最後のほうで、
「オレは、いま28で。体力には自信がある」
そう書いてあった。
あ、永ちゃんは28歳でコレ書いたんだな、
って思って、それがずっと頭の中にありました。

ぼくは、28歳の時に親になり、
28歳の時に、小説家としてデビューしています。
その時も、永ちゃんのことを思わざるをえなかった。
自分にとって、28歳って、大きかった。

だけど28歳で人生はおわりじゃない。
永ちゃんも当時の自分の夢を語っていました。

「オレは、うしろ向かない。
 あの言葉、嘘じゃないよ。
 50歳になっても、白髪頭で再び
 5万人ぐらいのコンサートやる。
 家族全部つれてね、倅も大きくなってるだろう。
 その時、オレ何やるかな……?
 『アイラブユーOK!』
 『みんな、この曲憶えてるか』」

いま、永ちゃんは
50歳をとっくに越えて、新曲出してるよ。
アイラブユーOKも、
同じステージの流れで歌えてるよ。
それは、たいしたものだし、ありだよなぁと思う。

ほぼ日 『成りあがり』の時の
矢沢さんの50歳のイメージは、
もっと、とても高齢な感じですね。

重松 考えてみれば、ぼくは高校1年だったし、
永ちゃんは28歳で、ジョン・レノンは38歳だった。
ロックをやる人がどう歳を取るかのお手本は、
その時代には、ぜんぜんなかったわけです。

でも、ロックのパイオニアたちは、
そのつど、自分に問うていたと思う。

「いつまでコンサートやるの?」
「いつまでレコーディングやるの?」
「歌のキーは、どうするの?」

もっと言ってしまえば、
永ちゃんだけじゃなくて、誰しもが、
「いつが、自分のピークなんだろう?」
という話題を、見ざるをえないのではないでしょうか。

ほぼ日 いま出た「いつがピークか?」というお話は、
とてもスリリングなので、詳しく伺いたいです。



(※次回につづきます。どうぞお楽しみに!
  感想をpostman@1101.comにいただけると嬉しいです)

2002-07-26-FRI


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