53
矢沢永吉、50代の走り方。

第9回 笑いながら、走る姿。








五万人の観客を相手にしたら、
十万の目が一点を見つめてる。
オレだけを怖いくらいの目で射ているんだ。

何も考えてない。
歌ってるだけ。
オレには、見えないんだよ、その会場が、ね。

逆光線になってる。
ピン・スポットの強烈なやつが、
十本あたってるから……。
むこう側は、まるで、まっ暗闇なんだ。


           『成りあがり』(角川書店)より





こうして、このコーナー<53>がつづいている間も、
矢沢永吉さんは、50代なりの走り方で、駆けています。

たとえば、
昨日の21日には、山形県の天童市民文化会館で。
そして20日の土曜日には、仙台サンプラザホールで。
明日の23日の火曜日には、大宮ソニックシティにて。

矢沢永吉さんのアコースティックツアー
『VOICE』は、いま、開演されつづけています。

昨日までの18日間のうち、11日間がコンサート。

矢沢さんの、こうした
「1週間に3本から4本のコンサート」
というペースは、8月に入っても、変わりません。

アコースティックライブ終了後しばらく以外は、
年末12月16日の日本武道館まで、ほぼ、
ノンストップでのライブ日程と言えることでしょう。

53歳を迎える人の、そんな、
一見めちゃくちゃとも言える走り方を追うのが、
この、<53>、というコーナーのやりたいことなので、
「ほぼ日刊イトイ新聞」は、先週18日の新潟に、
矢沢永吉さんの走る姿を、実際に見にいってきました。
新潟市民芸術文化会館での、『VOICE』コンサート。

楽しかった!!!

リハーサルから見せてもらったのですが、
52歳の矢沢永吉さんは、
バンドのメンバーとの意思疎通が、丁寧で紳士的でした。
全身を使ってコミュニケーションをして、
「こうやって最高にしたいの!」
とでも言いたいぐらい、とても楽しそうでした。

ライブ本番。
はじめてのアコースティックライブで、
お客さんが座って静かに見つめるという
珍しいスタートに、不安な空気が満ちていました。

緊張感と、その緊張感からの
解放のされかたが、ものすごかったんです。

ライブを楽しみにしている人がいるから、
あまり詳しくは書きませんが、ほんと、よかったですよ。

帰り道の、お客さんたちのあからさまな笑顔が、
とっても、気持ちよかった。
ラスト近く、ステージでぴょんぴょん跳ねながら、
うれしそうにしていた矢沢さんの笑顔も、印象的でした。

ともすると、
30年も音楽活動をつづけてきたことに対して、
そんなに長く仕事をしつづけていない人間は、
「求道者的なイメージ」を持ってしまいがちです。
……たとえば、このコーナーを見ていても、
矢沢さんがいかに一生懸命に努力をしてきたか、
確かに、ほんとうに、よくわかると思います。

でも、ライブを実際に見て、いちばん強く感じたのは、
「うわぁ! 楽しいなぁ!」ということでした。

30年つづけてきた、ということは、
30年サバイバルをしてきた過程であると同時に、
「音楽という仕事が、やめたくないぐらい楽しい」
ということのあらわれなのだなぁ、と思いました。

1週間に4回、現場にさらされて、
ものすごく緊張して、ものすごく楽しみながら、
いままでやったことのないドアをたたいている。

笑いながら、走っているかのような、52歳を見て、
「悪くないなぁ。仕事、楽しくがんばろう」
そう思った、「ほぼ日刊イトイ新聞」スタッフでした。

今日は最後に、この「53」を、
とっても真剣に見つめてくださっている
みなさんからのメールを、紹介したいと思います。

ちょっと長めの紹介になりますが、
どれもこれも素晴らしいので、
ぜひ、まとめてお読みくださいね!







・いま二十歳の大学生です。
 「ほぼ日」はふと思いついたときに
 すきなところだけまとめて読んでいるのですが、
 「53」は1番目か2番目に好きなコーナーです。
 年齢が積み重なっていくことの意味に興味はあっても
 まだ10年を2回しか経験していなくて、最初の10年は
 時間や年齢のことなんて考えず生きてきて、わたしは
 大人の人たちの言う年齢の話はいまいちピンと来ません。

 いつ死ぬかわからないということも、
 自分がこのまま生きてったら
 50代になるかもしれないことも
 なんとなくわかっていても
 ちゃんとわからない気がします。
 でもこの「53」っていう
 コーナーを読んでいると、なんだか
 年齢を重ねていくことがリアルに感じられます。


 となりを見たらしあわせのレールがあった。
 自分はそのレールに乗っていなかった。っていう言葉や、
 それから糸井さんの、未来はたくさんの道があって、
 まだどの道を選ぶか決まっていないから遠く、
 時間がかかるみたいに感じるっていう話も、
 すとんとまっすぐわかる感じがして気持ちがいいです。

 わたしは20代に入ったばかりで、
 はじめて年齢のことを考えました。
 ただ傍観していたり、なんだか入りづらいというよりは、
 このコーナーはこれから年齢を重ねてくわたしには
 すごく興味深くわかりやすいです。

 矢沢さんが言うように、
 はたちからの10年で
 ぱこんとひとがふたつに分かれるなら、
 わたしはぼーっと観ていないで、
 ちゃんと走るひとになろうと思います。

 このコーナーとても好きです。
 これからもがんばってください。
 (エリ)



・私は現在大学4年生です。
 敷かれたレールはここまでだということを
 就職活動を通じて強く強く感じました。
 それと同時に自分がこれから
 どんなレールを敷いていけるのか?
 「この先どうなるのか?」ではなく、
 「どうするのか?」

 可能性とプレッシャー。
 
 ほぼ日「53」を読んで、
 この対照的な2つを抱えながら生きる、
 それが大人になることなのかなと思いました。

 その両方を持ちながら、
 ちょっとだけ可能性のほうを強く持っている
 それが矢沢さんなのかなと思いました。
 それが「新しい方法で歩む決断をする」
 ということなのかもしれない・・・。
 (匿名希望)



・はじめまして。21歳、大学生です。
 この53を読んで、こんな大人がいるなら
 自分も間違ってはいないと自信を深めました。
 情熱を持って生きてるのは馬鹿なのか、
 とぐったりすることがいっぱいありました。
 周りは、
 「もうわかっちゃいました人生」
 みたいな顔をしている中で
 自分を信じているのがしんどい時もあった。

 高校の時、両親が離婚して
 大学にいってから自分で学費を払いきりました。
 今年就職活動の真っ最中に親父が自殺して、
 就職活動、ストップしたし、後の処理をお袋
 (もう関係ないのに僕の為に手伝ってくれて泣けた)
 と一緒にしました。
 残された借金もあってどうなるかとも思いました。
 そんな中で自分を信じるよりなかったし、
 全力でぶつかるよりなかった。
 自信にもなったけど
 ハッキリ言って怖いほうが多かった。
 どうなるかわかんないなかで
 挫けても立ち上がるのはきつかった。

 僕は永ちゃんのようにこれがしたい!
 というものはないけど自分を信じて
 人生一生懸命なのは一緒だと思う。

 僕が永ちゃんから貰ったことは
 自分の道を行くのが幸せだよってことだと思う。
 見栄えの良い生き方じゃなくても
 もういいやって思った。
 (匿名希望)



・以前矢沢さんのファンの方に
 親切にしていただいてから、
 矢沢さんに興味を持つようになりました。
 残念ながらコンサートに行った事はまだないのですが。
 このコーナーを読んでいると、
 今まで胸の中でモヤモヤと思っていたことが、
 ちゃんと言葉にされていて、
 スッキリとした気持ちになります。
 そしてとても勇気づけられます。
 私は今33歳で、独身で、無職(今はバイト)で、
 つきあってる人もなく、親と住み……情けない状況です。
 将来についてとても希望が持てなかったのですが、
 なんというか、もっと気持ちに正直に、
 強く生きたいと思うようになりました。

 このコーナーを楽しみにしています。
 これからもがんばってください!
 私も、何とか突破の糸口を見つけたいと思います。
 (友子)



・僕は17の大学受験生です。
 糸井さんの言った、年齢と経験のこととか、
 僕にはまだよくわからない。
 というか、今は自分のことすらも
 はっきりとは分かりません。
 大事な夏休みが始まったというのに、
 ぼんやりしてばかりいます。

 でもとりあえず、
 人と接することの素晴らしさや
 難しさは少しわかってきました。
 なるべくそのままの自分を
 素直にぶつけてるつもりです。
 ただ、出来る限りで誠意を持って
 人と接しようと思っても、
 うまくいかないことの方が多いです。
 よくない事が起こっては、そのたびにへこんでます。
 でも、そんな自分をまっすぐに
 受け止めてくれた人も中にはいます。
 それはとても嬉しいことです。
 とにかく、今はまだ色んなことを
 悩みながら生きていきたいと思ってます。
 (匿名希望)



・「40歳ぐらいになると、
  このまま何も手を打たないでいれば、
  妙に退屈で、特に危険でもないレールが、
  目の前に一本、はっきり見えてくると思います」
 
 ……私はもう40代も半ばですが、
 「53」のこの言葉で、私自身の置かれた状況が、
 はっきりと理解できたように思います。
 しかしその反面、退屈ではなさそうだけど
 危険も多そうな、隣のレールも認識できたわけです。


 私は父と同じ職業(建築設計業)に就いたのですが、
 父はどちらかと言えば
 「妙に退屈で、特に危険でもないレール」を
 選択したように、息子の私からは見えます。
 ただ、惰性で走っているうちにずるずると
 そうなってしまったのではなく、
 父はその道を積極的に選択したと思えるフシもあります。

 私がこれからどのようなレールを選ぶのか、
 どこかでレールを切り替えるのか、
 まだ予想もつきませんが、
 「おいおい俺ってこっちの道選んじゃったよ〜」
 と、自分で自分に驚けたら人生本望だと。
 今回の「53」を読ませていただいて、
 そんなようなことを考えました。
 妻にとってはいい迷惑かも知れませんけど。
 (ROKU)



・私は39才になります。
 演劇関係のプロデュースの仕事をしていました。
 自分の好きなことを仕事にしてしまったので、
 ほかに趣味もなく、夜中の12時前には
 帰ったことがないというワーカホリックでした。
 30代半ばになって、ただ上司の言うことを素直に聞く
 事務の女の子から脱皮して、
 自分で仕事を立ち上げられるようになりたい、
 と思っていました。
 演劇界で制作という仕事にかかわっているのは
 女性が多いのですが、結局プロデューサーとして
 名前が出ていくのは男性ばかりで、女性は影で
 お母さんのように支えるという構図になっています。
 各劇場の制作課長などのポストは男性で占められて、
 30代後半から40代以降の女性には
 なかなかポストが回ってきません。
 そんな中で、私はとても焦っていたのかもしれません。


 矢沢さんのことは、
 特にファンという訳ではなかったけど、
 成功者というイメージが強かったんです。
 でも、「53」を読むと失敗もいっぱい繰り返してきて、
 今の境地にたどり着いているんだと言うことが分かって、
 それは新たな発見でした。
 それに、daringの
 「40代半ばまでは、こどもだった」
 と言う言葉とか、これからの人生に
 希望が持てるような気がしてきました。
 今はつらいけど、でも、ここを通り抜けたら、
 50代には、別の境地があるんだと思いました。
 今はとても不安定な状態ですが・・・
 でも、今後の「53」は、私にとって
 とても大事なことを教えてくれそうな気がしています。
 (クララ)






(※次回は、直木賞作家の重松清さんが登場予定です。
  水曜日を、どうぞ、楽しみに待っててくださいませ)

2002-07-22-MON


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