7月1日
古いタバコ屋

松本に六九商店街という、
かってはたいへん賑わった通りがあります。
その一番外れにあたる場所には、
今は使われていない古いタバコ屋さんがあり、
その壁には大きく「山屋 YAMAYA」と、
タイル作りのモザイク文字が書かれています。
そして壁の一番上にはまんまるの白い電灯がついていて、
前を通る度に、僕は「いい感じだな」と、
愛着をもって見ていました。

松本は戦災がなかったせいで、
古い建物が比較的残っているところです。
その中でもこのあたりは特に多いところで、
再開発された町や、
土蔵風に改装された店が並ぶ場所よりも、
ずっと普通で、ちょっと懐かしく、
僕は好きなところです。
反面シャッターの下りた店も目につく、
少し寂しい通りでもあるのですが、
でも昨年ぐらいから若い人が
古い家を改造してお店を始めたり、
新しい動きも出始めているところです。
僕はこのタバコ屋さんもが誰かが借りて、
お店でもすれば面白いのに、とずっと思っていて、
何度か何かしたいと思っている若い人に、
「あそこのタバコ屋いいよ」
(もちろん勝手に)勧めたりしていたのです。

このタバコ屋さんには、
実は僕も何度か持ち主の方に
コンタクトを取ったことがありました。
ご存じの方も多いと思いますが、
毎年5月、松本ではクラフトフェアを開催しています。
その関連企画で、市内でも
「工芸の五月」というかたちで、
さまざまな展覧会が催されるのですが、
その期間中、古い建物をお借りできないかと、
いろいろ回っていた頃です。
始めて伺った時は、まだ建物の中には
荷物が一杯入っていましたので、
持ち主の方もそれを整理するのが大変だから、
と断られました。それでも諦めないで、
その翌年もお訪ねしましたが、やはり断られました。

ところがある日(最初にコンタクトを取ってから
かれこれ5年経った、今年です)
「貸してもいいよ」、と嬉しい返事を頂いたのでした。
「ずっとこうしてあったから
 気がつかなかったけれど、
 言われてみれば町でもあまり見かけない
 建物かも知れないね。
 使ってもらえるなら、お貸ししてもいいですよ」
と、大家さんもこの建物の良さを
随分見直していたんだ、と思いました。

僕はもう、後先考えずその場で
「お借りしたいです」と返事をしてしまいました。

ピーターラビットの作者ベアトリックス・ポターは、
美しい湖水地方の土地を
私財で少しずつ買い足しながら守りましたが、
自分が好きなモノは、公的保存を待つばかりでなく、
個人レベルでできることもある思います。
町のタバコ屋さんですから、
歴史的建造物として保存されることはありません。
でも、生活者にとっては
身近で好きな建物が無くなることは、
とても残念な気持ちになるものです。
再開発であったり、大家さんの都合であったり、
町が変わっていくことは仕方のないことですが、
何でも壊して新しく、というのは、
もったいないことだと思ってしまいます。

そして実際、今回大家さんも
この建物を全部取り壊すことを考えていたようなのです。
「更地にして駐車場に」と。
それで隣接した建物は壊して、
辛くも小さなタバコ屋の建物だけは
残ることになったのです。
「伝灯」というのか、
リレーのように灯の消えていた建物に、
もう一度灯をともすことができるといいな、と思います。

そして本日、めでたく大家さんと
賃貸契約をすることができました。
街のタバコ屋は壊されることなく、
これからも使われることになりました。
松本でもここ数年、いいなと思っていた建物が
どんどんなくなっていましたから、
とにかく「よかった」、と思っています。


▲こんな外観です。写真は昔風に撮ってありますが、
 今現在の様子です。

2010-09-24-FRI

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