ありか

【在り処】


例文 「言え! 足立!
 マイクロフィルムのありかはどこだ!」
「さぁて、どこだったかなぁ」
「あれがあればアジアの麻薬ルートを
 一気につぶせるんだ。言え!」
「だったら、なおさら言えねぇなぁ」
「おまえが隠したことはわかってるんだぞ!」
「ああ、そのとおりさ。
 だけどその隠し場所をど忘れしちまってさ。
 どこだったかなぁ‥‥。
 もうちょっとで思い出せそうなのになぁ‥‥。
 なあ、刑事さん」
「なんだ」
「なんか食ったら思い出すかもしんないなぁ」
「‥‥パンでも買ってきてやる」
「おいおい、よしてくれよ、刑事さん。
 取り調べっていやぁ、カツ丼だろ?」
「ちっ、調子のいいやつだな。
 まあいい。オレも腹が減ってきたところだ。
 近所に美味いカツ丼屋がある」
「いいねぇ」
「神田で30年続いてるカツ丼屋があってな。
 そこからのれん分けした店なんだが
 本家を超えたと評判だ」
「いいねぇ、いいねぇ」
「ちょっと待ってろ、電話する。
 ♪ピ・ポ・パ・ポ・パ‥‥
 ‥‥‥‥‥‥出ないな。定休日か」
「おいおい、頼むぜ!」
「残念だな。黒豚のいい肉を使ってるんだが。
 衣はサクッとしていて中は柔らかい」
「刑事さん、意外にグルメだな」
「卵は地鶏のぷるぷるしたやつでな。
 それを出汁にさっとといて、
 絶妙の加減で火を通す。
 タマネギもシャキシャキしてて、
 カツと相性が最高なんだ」
「食えねぇカツの話を長々とするんじゃねぇよ。
 なんか、なんかほかに店はないのか。
 何か食わないとオレはしゃべんないぜ!」
「ウナ重はどうだ?」
「ウナ重? いいじゃねぇか。それにしよう」
「雑誌にゃ絶対取りあげられない店でな。
 もちろんウナギは天然だ。
 70を超えたオヤジがひとりでやってる。
 甘すぎないタレが絶品だ」
「いいねぇ、いいねぇ」
「ちょっと時間がかかるが、いいか?」
「かまわねぇよ。
 美味いものを待つのは嫌いじゃない」
「♪ピ・ポ・パ・ポ・パ‥‥
 ‥‥‥‥‥‥なんてこった、ここも出ない」
「かァ〜、マジかよ!」
「カレーはどうだ?」
「カレー?」
「パリで三つ星を取ったシェフがいて‥‥」
「なんでもいいよ! 美味いんだろ!
 さっさと電話してくれよ!」
「♪ピ・ポ・パ・ポ・パ‥‥
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥おいおい、まさか?」
「足立、よっぽど今日はついてないようだな」
「刑事さんよぉ!
 あんたわざとやってるんじゃねぇだろうな!」
「うるさい、腹が減ってるのはオレも同じだ!
 ‥‥しょうがない。
 とっておきの切り札を出すか」
「な、なんだよ、切り札って」
「天丼だ」
「天丼?」
「食通のあいだじゃ幻の天丼と言われてる。
 築地の最高級のネタを毎朝仕入れて‥‥」
「もういいよ、説明は!」
「いいから聞け!
 器からはみ出すほどのエビが2尾入ってる。
 それをいい油で揚げる。
 サクサクだ。カラッとしている。
 つまり、サクサクでカラッとしている。
 カラッしているうえにサクサクだ。
 そこに甘辛のタレがかかる。
 このタレが筆舌に尽くしがたい。
 明治から続いている秘伝だそうだ。
 ほかの天ぷらも絶品だ。
 旬のものを使うからその日によって変わるが
 いまならカボチャかな。レンコンも最高だ」
「刑事さん‥‥」
「黙って聞け。米がまたいい。魚沼だ。
 それをかまどで炊いてる。
 タレに負けない張りのある米だ。
 エビのサクサクとした歯ごたえと
 もちもちした米のバランスがたまらない」
「‥‥刑事さん。そこまで期待させておいて、
 また定休日だったら、ただじゃおかないぜ?」
「いや、ここは大丈夫だ。
 もし定休日だとしても、オレが電話すれば、
 すぐにアツアツの天丼が届く」
「どういうことだい?」
「じつは、ここ店のオヤジが
 帳簿をごまかしてたことがあってな。
 検査が入って発覚したんだが、
 どうにかしてくれと個人的に泣きつかれて、な。
 ‥‥‥‥もみ消してやった。
 それ以来、オレは幻の天丼が食い放題だ」
「お、汚職じゃねぇか!」
「ああ、そうさ。
 だが、あの天丼を食ったら、足立。
 おまえにもわかるよ。
 それだけの価値のある天丼だ」
「もぅ、なんでもいいよ。電話しろ。
 その天丼をオレに食わせろ」
「♪ピ・ポ・パ・ポ‥‥
 ‥‥‥‥‥‥ん? 困ったな‥‥」
「ど、どうした!」
「‥‥電話番号の最後のひと桁が‥‥
 どういうわけだか思い出せない」
「ふざけるな! なにを言ってる!」
「‥‥思い出すかもしれないなぁ」
「なに?」
「マイクロフィルムのことを教えてくれたら
 電話番号を思い出すかもしれねぇなぁ」
「て、てめぇ! きたねぇぞ!
 そんなわけにいくかバカヤロウ!」
「足立。仲間に加えてやるぞ?」
「なんのだよ!」
「オレが店のオヤジに口をきけば、
 幻の天丼が食い放題だぞ」
「ふ、ふざけるな!」
「二階には座敷もある。
 天丼だけじゃなく天ぷらが食い放題だ」
「‥‥座敷」
「好きなだけ天ぷらを食え。
 好きなだけ友だちを呼べ。
 大好きな友だちと、十分にくつろげ」
「‥‥友だちと‥‥天ぷら‥‥」
「言え! 足立!
 マイクロフィルムのありかはどこだ!」
「し、新宿南口の‥‥コインロッカー!」
「♪ピ・ポ・パ・ポ・パ‥‥
 ‥‥‥‥ああ、オヤジさん、オレだ。
 うん。天丼の特上を大盛りでふたつ」

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