YOKOO LIFE ヨコオライフ
第13回 大生活。
糸井
横尾さんは、お子さんが小さいときは、
どんなふうに関わっていらっしゃったんですか?
横尾
ほとんど関わらないよ。
糸井
そうなんですか?
それで通せたのがすごいですね。
横尾
まぁ、子どもは子どもなりに、
親にどういう対応をすればいいのか、
いろいろ考えるでしょ。
それはつまり、
それなりに教育しているということじゃないのかな。
ぼくが手を加えないで、
向こうが「こうなんだろうな」と思うことによってさ。
糸井
子どもが歩み寄ることで。
横尾
ま、歩みは寄らない。
ある種の距離はずっととってたね。
糸井
猫も、そんな感じでしたか?
横尾
きっといまじゃもう、
猫とのつきあいのほうが濃密ね。
糸井
横尾さんにとって、猫は生活ですか?
横尾
猫は、大生活。生活必需品。
糸井
猫はやっぱり、
ものすごく大事なものなんですね。
横尾
子どもはひとりの人間だから、
分身って感じがしない。
けれども猫は、自分の分身という感じがします。
子どもを産んだのはうちのかみさんだから、
かみさんはきっと
子どもを分身だと思ってるでしょうけども。
糸井
だけど横尾さんは
猫を産んだわけじゃないですよ。
横尾
まぁ、そうだけどさ。
いま世の中は猫ブームだけど、
猫の絵はアートになりにくいよね。
ぼくは、死んだ猫の肖像画を何枚も描いてるけど、
あれは作品にしようと思って
描いてるわけじゃないんだよ。
糸井
あれは遺影なんですか?
横尾
まぁ、レクイエムですね。
糸井
けれども、ほかの人は
あの絵を横尾さんの作品として見ますよね。
横尾
作品として見たとしても、
なんだか写実的な絵でしょう? 
なんの工夫もないし。
糸井
横尾さんは、
ほかにそんな絵を描かないですもんね。
横尾
うん。
様式も写実だし、工夫もない。
おもしろくもおかしくもない。
糸井
だけど横尾さんはいま、
猫を描きたいんですよね。
横尾
そうね。
十和田市(現代美術館)で、
40点ぐらい並べたんです。
あの展覧会には、ほかにもたくさん
絵が飾ってあったのに、
その部屋がいちばん人気があるって言うんだよ。
糸井
ありゃあ。
誤算ですね。
横尾
ぼくは別に計算してないけれども、
学芸員はきっと「あたった」と思ってただろうね。
しかし、猫の絵はアートではない。
絵画としての主張は何もない。
現代美術の学芸員なんかが見ると、
あまりにも「芸術をやってない」という
ことになるんだよ。
でも、芸術をやってないことに、
妙な芸術性を感じる、ということらしいの。
なんだかわかんないけど。
糸井
ああ、それは、ありえますね。
横尾
そうなんだろうね。
世の中ぜんぶが芸術芸術したものばかりだし、
そこにまったく芸術していないものを、
芸術の殿堂みたいな美術館に並べたら、
意味が出てくるのかもわかんない。
糸井
横尾さんは、写実的にしか猫を描いてないんですね? 
ほかの方法で、猫は描いてないんですね?
横尾
描いてない。
オノ・ヨーコさんがアトリエに来たときに
「横尾さん、この猫の絵、どうするの?」
って訊いてきたわけ。
「これは猫のレクイエムのつもりで描いているだけで、
べつに作品のつもりでやってない」
って答えた。
そしたら、あの人、まじめだからこう言うの。
「何言ってるんですか。
これこそ立派な作品じゃないですか」
「え、なんで?」
糸井
おおお。
横尾
猫に対するレクイエムを、
愛情のつもりでぼくは描いてる。
そりゃそうだ、
オノ・ヨーコさんに言わせたら、
「芸術とは愛」ですから
「これこそ芸術です」
ということになるんです。
なんていったって「ラブ&ピース」の人だからね。
糸井
説得力ありますねぇ。
横尾
ぼくが「芸術じゃない」と言えば言うほど、
ますます、真剣になってくるんだよ。
糸井
つまりその絵は、
率直に出る言葉と同じですものね。
横尾
そうね。
糸井
「アイラブユー」ですよ。
横尾
だから、誰がそういうふうに、
猫の絵は芸術ではないと言い出したんだか、
ちょっとわかんないけども。
糸井
自分ですよ。
横尾
ん?
糸井
横尾さんだけですよ、
「芸術じゃない」って言ってるのは。
一同
(笑)
横尾
だけど、一般の人も、関係者も、
それが芸術だと思って見てないよ。
新しい様式でもないし、主題ったって猫だしさ。
でも、あの猫の絵を見て泣く人がいるらしいんですよ。
糸井
その猫の絵は見に行きたくなりますねぇ。
いちばん人気なのもよくわかる。
(木曜につづきます)
2017-10-02-MON