第1回ハンヌ

新聞で呼びかけてくれたのは市役所に勤めるハンヌだった。
それだけではない
下宿先の手配から地元の人とのミニ交流会
お直し服を着てもらってのポートレイト撮影の段取りまで
ハンヌはイヤな顔ひとつせず面倒をみてくれた。

フィンランド人はシャイでマイペースだ
という話はよく聞くし
テキパキ働いている人をカルストゥラでは
ほとんど見かけなかった。
(そもそもあまり人に会っていない
 ということもあるのだけれど。)
しかし わたしのもつ
浅く勝手なフィンランド人のイメージに
当てはまることのないハンヌは 機敏によく働き 
フィンランド語どころか
英語すらろくにしゃべれぬわたしを気にかけ
見つければいつだって笑顔で声を掛けてくれた。
小柄な彼はサンダーバードに出てきそうな顔をしていた。

わたしは1日に3度ほど 町で唯一Wi-Fiのとんでいる
市役所に足を運び 外のベンチに座って
フィンランド語を調べたり メールを受信したり
あらかじめ打っておいたメールを送信したりした。
“またきてるよ あの日本人” そう思われるのがイヤで
朝はなるべく誰にも会わぬよう
職員の出勤時間前に去ることを心がけていた。

土曜日の朝。
市役所は休み。人目を気にすることはない。
あいにくの小雨をさけるように 屋根のある階段に座り 
お尻の冷たさに耐えながら 唯一の心の支えである朝ドラを
携帯の小さな画面に食い入るようにみていると 
駐車場の方から 誰かがやってくる気配。
まさかこんなところに潜んでいるとは思わないはず。
驚かれては困る。
見つからないように完全に身を隠すか 自ら声をかけるか
悩みながら 相手が誰なのかを窺っていると
薄霧の向こうに姿を現したのはハンヌだった。
わたしは声をかける方を選択し 身をひょこっと乗り出して
『Hei』となるべく大きな声をだす。
少し驚いた様子のハンヌは 右手を胸にあてながら
『oh~』と言った後 すぐにいつもの笑顔にかわって
『good morning』と言ってくれた。
そして 「早起きだね なかに入るかい?」と聞かれたけれど
「ううん 大丈夫 ここで」 といってバイバイした。
休みの日の早朝に人知れず職場に来るだなんて 
やはり彼はカルストゥラNo.1の働き者だ。

ハンヌの家の庭にはリンゴの木がたくさんあるらしく 
いつでもその木で穫れたご自慢のリンゴを
バケツいっぱい持ち歩き ことあるごとに
「食べる?」と口角を上げながら勧めてくれた。
下宿先の庭にも リンゴの木は4本あって 
朝昼晩と庭に出るたび お腹いっぱい食べていたけれど 
それでもハンヌに勧められると“じゃあ少しだけ…”と
手を伸ばし 気がつけば3つ4つと食べてしまうのだった。

50歳の記念に走ったマラソン大会で着たというTシャツ。
袖の縫い目がほつれ パックリと穴があいていた。
ここはやはり リンゴモチーフでお直しがしたい。
でもカルストゥラ愛も表現したい。
編んだリンゴの中にカルストゥラの紋章を刺繍する。
走れば楽しげに揺れるリンゴを
穴にしまってしまえば 月桂樹の冠が姿をあらわす。

2014-12-11-TUE

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