第47回 《 せっかちちゃん 》

『初産ってちょっと遅れるっていうよねー』
ついつい出てしまった言葉を
途中で飲み込むことができなかった。
“この話するの３回目だなぁ” 。
９ヶ月に入ったばかりの
大きなお腹を抱えたタタンの
“うーむ… はたしてそうかなぁ ” というような
腑に落ちない表情を見るのも３回目。

駅ビルで 簡単な夕飯を一緒に食べた
２日後の朝 予期せぬメールがやってきた。

《まさかの破水で入院。 で 産まれるかもー》
《とりあえずがんばるー》

１ヶ月も早いじゃない！
あなたまだ骨盤ベルトも注文してないし
高級食パンもたべてないし
パソコンの設定も変えれてないし
あれもこれもまだやってないじゃないの！
髪の毛は切ったの？
産む前にしておきたいこと つい2日前に
あんなに語って計画たててたのにね…
あ、きのうお裾分けした
地鶏のタマゴの賞味期限
けっこう早いから気をつけて！

送りたい言葉はどんどん浮かんでくるけれど
きっとそんな状況ではないだろうと
ぐっとこらえて エールと念を 簡潔に送った。

《とりあえずがんばれーーー！》

　　　　　　　　　＊

せっかちちゃんに会いに行く。
ずっとお母さんが食べたがっていた
レモンのタルトを持って。
せっかちちゃんはまだ 直接はたべれないけれど
〈 お母さんがおいしいものを食べると
　 おいしいおっぱいになって 赤ちゃんも食べれるのよ 〉
こないだ観た “ポニョ” のなかのセリフに
なるほど と みょうに感心したこと思い出しながら
病院への道の途中 苺大福とくずもちも 衝動買い。

『はじめまして よこおかおるです。
　あなたのことは うまれるまえから しってるよ。
　ながいつきあいに なりそうですね。
　これからどうぞよろしく。』

お母さんが にこにことうれしそうに
レモンタルトを頬張っているとなりで
小さな小さな手が
ぎゅっとあたしの人差し指をにぎりしめた。

＊タタンの店。
　印象的だったのは 大量のタマゴが
　カゴの中 鎮座し 出番を待っている姿。
　おなかのなか こどもを育てていた
　タタンの水玉ブラウスのシミ隠し
　これしかない！とタマゴの刺繍を施した。