HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 第38回 《 タン・タ・タタン 》

彼女はtatinというお菓子屋さんをやっていた。
ほんとうは わたべまなみ という名前らしいが
“タタン”というリズムが本人にぴったりなので
ニックネームのようにあたしはタタンと呼んでいる。

『ちょっといまからお茶しない?』 
気軽に誘える いわゆる “地元のともだち” が
ずっといなかったあたしに
30歳を過ぎて初めてできた 地元のともだち。
あたしはtatinにしょっちゅう立ち寄っては
『おいしょおいしょ』という
言葉とあべこべの 気の抜けたかけ声をきき
愛想の良すぎない接客や 手際のよい仕込み作業を
同い年のがんばる姿を 頬杖をついて眺め
『あーあたしもがんばらなくちゃ』と
やる気をちょっとだけもらい 作業に戻るのだった。

tatinは去年12月に閉店した。
建物の取り壊しが決まってしまい やむをえずの閉店だった。
最後の2週間 ほぼ食わず寝ずで仕込みをしていたため
どんどん痩せ細るタタンをどうにか手伝いたいが
お菓子作りを手伝うことは到底出来ない。
あたしに 唯一できるのは 夜なべの伴走と思い
深夜の現状報告や おいしいもの情報をメールで送りあったり
ときには 甘い物を持参して 一緒におのおのの仕事を夜通しした。

いまタタンは知り合いの店にお菓子を卸したり
ときどき通信販売をしながらお菓子作りを続けている。
開かずとも前に立てば 甘く香ばしい匂いが漂ってきたあの扉。
もうすぐあの扉が別の場所 違う形で開かれるかもしれない。


*『チョコレートのシミがとれないのー』
 お菓子屋さんならではのシミを隠すため
 tatinのロゴマークを編み 縫い付けた。

 
 
2012-07-09-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男