HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 第34回《 あっちゃん・けんくん・かおるちゃん 》
 

なにかに似ているんだけど なんだっけ…
わかった、おじいちゃんの寝室の壁紙だ。
遠い国からやってきたタンクトップ。
ワインだろうか?
なにか大きなシミが じわっとついている。

おじいちゃんの寝室で あっちゃん けんくんと
よく “お母さんごっこ” をした。
あっちゃんがお母さんで けんくんがお父さん
あたしは 赤ちゃんという 王道の配役。
ねぼすけのあたしは 大きなふかふかの
ベッドで ごろごろしてるだけ。
けんくんは電車の運転手という役柄をいいことに
ひとり 別の部屋で電車のおもちゃで遊んでいた。
いちばんはりきっている あっちゃんは
『お父さん きょうもおそいわねー』ため息まじりに
あたしの背中を ポンポンたたき あやしていた。

あっちゃんとあたしは5才 はなれていて
あっちゃんとけんくんは年子。
横尾家は“お姉ちゃん”“お兄ちゃん”と
呼ぶことはなく それぞれを愛称で呼んでいた。
あっちゃんはお姉さんぶりたかったのだろう
『おねえちゃん』と自らを呼んでいた時期があるが
だれもそれに続くことはなく あきらめたのか
大人になったのか いつしか
『私』というようになっていた。

おじいちゃんの家は古かったから
廊下や階段 そして和室も砂壁だった。
ちょっとでもふれると その中に混じった
金の砂がくっついてきて 手を洗ったくらいでは
なかなか離れてはくれない。
薄暗い帰りの車中 左右で眠るふたりを横目に
街灯に手をかざし きらきらひかる
手のひらの宇宙にみとれながら 眠りについた。

シミの濃い部分は太いラメ糸で柄をなぞり
薄めのシミの上は細い金糸で
地模様のように線を這わせる。
その後 “犬猿の仲”期が来ることを知らない
かわいかった三人を思い出しながら
ところどころに あの砂壁の粒のような
金のビーズを留めつけた。

 
 
2012-06-11-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男