HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 第15回 《 E.C 》

藍染めの キシッとしたエプロンスカート。
脇が裂けていた。それも両脇ともに。

お直しの依頼者は
アンティークショップの店主。
話によると1920年頃の
フランスのエプロンらしい。
その頃の食肉解体場の写真をみたことがあるが
男の人たちが みんな揃って藍染めの
エプロンスカートを身にまとっていた。

なんでエプロンの両脇が こんなに
きれいにスパッと裂けているのだろうか。
なにかがあたってすり切れたのであれば
もっと周りにもダメージがあるだろうに…
…きっと わざと切り込みを入れたんだ。
じゃあ なんでそんなことを?

想像してみた結果 たぶん下に履いている
ズボンのポッケに手を突っ込みたかったのだろう。
このエプロンにはポッケがなかったのだ。
それならばこれ自体に
ポッケをつけてあげようと思った。

エプロンにはクロスステッチで
《 E.C 》とイニシャルが入っていた。
ステッチ文字がかわいらしく見えるから
女の子を想像してしまうが 男の人のもののはずだ。
でっぷり太ったおじさんのエプロンだったかもしれない。

ステッチの糸に似た麻糸で
ネット編みのポッケを編む。
編みながら 魚とりの網を想像したが
漁港ではなく 食肉解体場だった。
いや 漁港のおじさんも履いていたかも。
編んだポッケを裂け目に留めつける時
イニシャルの刺繍と同じように
クロスステッチで留めつけてみる。

穴をみると キズをみると
無性にポッケをつけたくなる。
あたしはポッケが大好きだ。
冬はもちろんのこと 夏だって
ポッケに手を突っ込んで歩きたい。
“モテない服”といわれる グレーのパーカーだって
手を突っ込むのに最高のポッケ位置を考えたら
モテよりも 泣く泣くポッケを選んでしまう。

この文章を書くため
アンティークショップの店主に
エプロンのことをもう一度確認してみると
『当時 牛を買いにいく時や さばく時に
 汚れ隠しのために もっとしっかりした
 エプロンやスモッグを羽織ったりはしているけど
 このエプロンは一般女性が日々料理する際に
 同じく肉魚などの散血、汚れを
 目立たなくするために使っていたのでしょう。』
というメールが届く。

え…そうですか…そうなんだ…
でっぷりおじさんの
おなかを包んでいたんじゃないのか…
そう思ったら イニシャルの
かわいいステッチさえも
“ふーん” なんて 夢から覚めたように
つまらなく思ってしまう自分がいた。

それにしても ポッケがないから
切り込みを入れてしまう だなんて
“ムッシュはおもいきりがいいなー”
と感心していたが
まさかマダムの仕業だったとは。
その大胆さ 羨ましい。

 
 
2012-01-30-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男