HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 
 
 第2回 《 ナポリ 》


学校が休みの毎週土曜日
その後 入社することになるアトリエを
手伝わせてもらえることになった。

初めての日は 緊張しすぎて
一時間以上早くつき 扉の前で待ちぼうけ。
足は疲れてきたが 不意に出社して来た人に
“この子 階段なんかに座ってるわ”
なんて思われたら 第一印象が悪すぎる。
がまんして背筋を伸ばし 一時間近く立っていた。
もうそろそろ誰か来てもいいのでは…?
そう思った頃 頭にスカーフを巻いた
お洒落な人が 足取り重くやってきた。
“かわいい…けど…そっけない…”
それがモリさんの第一印象だった。

朝が苦手なモリさんが
ケタケタ笑い始めるのは お昼ちょっと前くらい。
話したいネタがあるときは
ケタケタが聞こえてくるのを待って
声をかけることにしていた。

モリさんの生活の中心はナポリだった 。
「ナポリが待っているから」と
誰よりも素早く仕事を片付け家路を急ぐ。
泊りがけの旅行話などほとんど聞いたことはなく
なにより 片道2時間近くかけて
少し奥まったところから通勤していたのも
長年住み慣れた家から環境を変えてしまっては
「ナポリに負担がかかる」という理由からだった。

 
 
 

『実は ナポリ って名前の男の人だったりして』
モリさんなしでは生きてはゆけぬ
ダメ男の姿を思い浮かべ
そんな話で盛り上がったこともある。
実際 ナポリはモリさんにとって
恋人であり 家族だったのだ。

モリさんの ネコ好きは ナポリに限ったことではなかった。
会社の机には ネココーナーがあり そこには
小さなネコのぬいぐるみや ガラスで出来た子ネコが鎮座し
ペルシャネコが描かれたブローチは絵画のように立掛けられ
トルコ土産のネコ柄キャンディの包み紙は
きちんとシワを伸ばされピンでとめられていた。

ここまでネコ好きを あらわにされると
なにかしたくなるのが あたしの性分で
ネココーナー入り目指し
クッキーの余り生地で2センチほどのネコを焼いたり
小指の爪サイズの ネズミを編んだりしては
朝の掃除の時間に 置き逃げし
遠くからその反応をうかがっていた。

去年の冬
モリさんは14年振りに引っ越した。
ナポリの四十九日を待って
その翌日に引っ越した。
ひさしぶりに会うモリさんは
少しさみしそうではあったけれど
どこかすっきりしたようにも見えた。

巨大オフィス街からの帰り道
『きをつけてね〜』 近所の野良猫たちに
手を振り にやにや声をかけながら
モリさんは今 うんと 都会で暮らしている。

*ネコ好きが高じて
 モリさんのコートの裂け目からは
 ネコが生えてきた。

 
 
2011-10-31-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男