横尾さんのインターネット。
横尾忠則さんが相談があるって?

第6回 やっぱり「いさぎよさ」ですよ。



糸井 「だいたい、1枚の絵で
 2、3回は失敗に出会うけれども、
 最初のイメージに執着を持たないで
 スタンスをうまく変えられると、
 絵を描くのが、すごく楽しくなる」
という、いまの横尾さんのお話、すごいなあ。
横尾 そういう作品のほうが、おもしろいの。
糸井 「どの絵ですか?」って聞きたいぐらいです。
それを知ったうえで、
「この絵ってこんなにいいのに、
 8割のところまでは失敗だったんだ」
って、わかると。
横尾 「この絵が」の「この絵」っていうのが、
もう、消えてなくなってしまうわけだから。
糸井 でも、その消えるところまでの
思いがあるんだ、とわかって見ると、
「へえー」って感じて、
気持ちいいですよね。
横尾 たぶん、気持ちよく思うのは、
絵のなかにいさぎよさを感じるんだと思う。

緻密に、書き上げたものっていうのは、
まあそれもひとつの努力だと
見る人は見てくれると思いますけれども、
やっぱり、それより「いさぎよさ」ですよ。
糸井 うんうん。
横尾 どうも、そうみたいです。
糸井 それはきっと、
経営でもそうですし、
恋愛でもそうでしょうね。
横尾 かと言って、最初から
いさぎよく絵を描くことは、できないですよ。
糸井 (笑)
横尾 (笑)ふふふ。
なんかねぇ、袋小路に入ってしまって、
「ああ、もうダメかもしれない」
と思った時にはじめて、
この時間をとりもどそうと思うわけですよ。
糸井 (笑)
横尾 そこでその絵を失敗作にしてしまうと、
それまで関わっていた時間はないも同然だし、
「自分の人生から考えて、その時間は何?」
っていうことになっちゃうから。

そこで、瞬間的に、
1時間ぐらいの時間でもいいけど
その失敗を、ひっくりかえしちゃう。
その時は、快感だね。
生きてるって、こういうことかと思う。
糸井 種類が違うけど、
自分の仕事でも感じますよ。
あきらめちゃう、っていうのも失敗で、
その絵をほんとに描くのをやめちゃう、
っていう決断もあると思うんですね。
だけども、もう一回変化できた時には、
俺って、えらいかもしれないと思いますよね。
横尾 例えば、コピーを書くとするじゃない?
コピーをいっぱい書いて、
20も50も書いて、で、
「50も書いたんだから、この中から選んで」
っていう風に提出する場合もあるだろうけど、
いっそのこと、ぜんぶ捨てて
最後の1つだけを出すっていうのもあるでしょ?
糸井 ぼくは、だいたい
いくつも書かないんですよ。
横尾 あ、そっか。
じゃあ、最初からいさぎいいんだ?
糸井 最初にいっこ書いて、
ダメかどうかだけ見るんですよ。
横尾 それも、直感ですよね。
糸井 はい。
ダメだったら、そこで捨てて、
また次に書くんですよ。
横尾 1本だけっていうのは直感で、
もうひとつふたつ書いても、
勝てないですよね。
糸井 はい。
横尾 直感から逃れてないもんね。その時は。
別の直感で書けばいいんだけれども、
最初の直感にとらわれていて、
別のバージョンを作ってしまうわけだから。
糸井 はい。
そういうのは、だいたいダメですね。
横尾 判断は、理性が判断するじゃないですか。
直感を理性が判断して、
理性が「よし!」と言った場合は、
そりゃ、最高だと思います。
糸井 ええ。
だから、さっきの場合だと、
「はらまき」と言った時に、
もう、はらまきって決めてますよね。
はらまき欲しい人は1000人はいるだろう、
ってなったら、失敗しても、
たかがしれてる失敗の範囲なので、
やれ、ってなったりします。
横尾 ぼくははらまきって聞いたとたんに
もう、おもしろいわ、見なくてもおもしろい、
って、そういうふうになったのよ。
糸井 そんな判断の連続ですよね。
横尾 はらまきは、ヒット商品になるよ。
ヒットにならなければ、
未来で生きてるよと思うより
しかたがないよね。
糸井 そうですね。
横尾 「自分は未来人なんだ」と思ってあきらめて。


(つづきます)

2001-10-01-MON


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