矢沢永吉の開けた新しいドア。
「ほぼ日」特別インタビュー2003。
「ほぼ日」は、かつて「53」というタイトルで、
青年期を終えた人々の走り方を考えようと、
矢沢永吉の生き方をとりあげました。

そのときは、「走り方」と表現していたのですが、
激しく走るだけでない矢沢永吉の魅力が、
このごろ、彼の新しい世界として
見えてきているように思うのです。
「歩く速度の矢沢永吉」を、
矢沢自身が発見したようなのです。
その新しい世界のドアは、
昨年の東京フォーラムなどでの
「アコースティック・ライブ」から開かれました。

そして、今年、新しい世界を獲得した矢沢永吉は、
激しくロックするE.YAZAWAと共存しながら、
いままでの倍の大きさを生きていくことになりそうです。

そういうエーちゃんの、今年は、こんな初動です。
ディズニー映画『ピノキオ』のDVD化に伴い、
主題歌『星に願いを』のボーカルを担当。
(6月5日夜、ディズニーシーで一曲だけの特別ライブも)
大反響だった2002年のアコースティックライブは、
6月27日に『YAZAWA CLASSIC』として発売されます。

矢沢永吉さんのさまざまな動きは、
公式ホームページ「YAZAWA'S DOOR」でどうぞ!
こちら、毎日に近いほど、頻繁に更新していますよ。


第1回 「アメリカは、そんなんばっかりよ」

※ 矢沢永吉さんが、
 ディズニー『ピノキオ』DVDに収録の
 主題歌『星に願いを』ボーカリストとして英語で歌う?
 本日、6月6日まで、歌手を内緒にしていたため、
 「外国人のアーティストが歌ってると思ってた!」
 と話題沸騰……このディズニーとYAZAWAの結合には、
 「ほぼ日」糸井重里も、直に関わっていたわけでして。
 言いたくてたまらなかった情報解禁日当日に、いきなり、
 『星に願いを』レコーディングの話を、おとどけします!


矢沢 『星に願いを』は、
関係者で聴いた人間、
みんな、イイって言うね。

関係者に聞いたら、
「最初は、気づかない」って言うの。
糸井 でしょう? 永ちゃんだとは気づかない。

曲の最後のところで、
ヤザワ味を、バーンって放り込んでるじゃない?
あそこのところで、
「あれ?……でもなぁ」みたいな。
英語がちゃんとしてるから、外人だと思うらしいの。
オレには、英語のことは、わかんないんだけど。
矢沢 レコーディングの時、外人から
「プロナウンス、めっちゃくちゃイイ」
って言われたもん。
「言わなかったら、日本人が歌ってると思わない」
っていうふうに……。
糸井 そうなんだよ。
ふつうに聴いていると、
「日本人が歌ってる」って思いつかないから、
永ちゃんって、わからない。
矢沢 自分で言うのもおかしいけど、
発音、けっこうよかったと思うよ。
かなり意識して、発音したから。
糸井 やっぱり、歌用の発音の練習とかって、あるの?
矢沢 うん、あるね。

まぁ、ちょっと生意気なこと言うと、
オレ、鍛えられたもん、昔、やっぱり。

いちばん最初に、アメリカで
『YAZAWA』ってアルバムを作った時に。
糸井 泣かされたって話はあるよねぇ。
矢沢 うん、英語バージョンのアルバム、
今からそれこそ、約20年ぐらい前だっけ。
あれをやった時には、もう……
糸井 「泣きたくなった」って言ってたよね。
矢沢 なんでRとLの発音が
こんなにむずかしいんだって思ったし。

プロデューサーが
「LITTLE GIRL♪」ってやるから、
「LITTLE GIRL♪」ってオレも歌うと、
「ノー、ヤザワ。LITTLE GIRL!」
「どこが違うの?」って。

3回ぐらいやらせて、
「そう、それ、その発音!」って言う時も、
オレ、違いがわかんないんだよ。
「さっきと今と、どこが違うの?」
それ、ずーっとやってて。

そういう時代が、
20年ぐらい前にあったでしょう?
そういうところから、
アメリカ人とはもう長くつきあっているし、
イングリッシュ・バージョンの歌入れも、
もう、何度かやっているから。
糸井 あぁ……。
矢沢 そういうのを、
経て経て経て、来てるからね。

だんだんだんだん…
まあ、しごかれてきたわけよ。

しごかれてしごかれて来ているから、
今回の『星に願いを』の録音は、
そんなに、やり直し、なしよ。

イントネーションの弱いところを
ちょっといじるくらいで、
スリーテイク歌ったら、余裕でおしまいだもん。
糸井 『星に願いを』って、
実はむずかしい歌だよね、あれ。
矢沢 むずかしいよ。

情感を入れつつ、
プロナウンスをちゃんとやりつつ、それで、
どっかの部分で、ヤザワ節を入れたいじゃない?

矢沢のハートを、ちょっと、どっかに入れたい。

「やっぱり、ヤザワ節だよな」
とか、どこかでは、言われたいじゃない?
糸井 うん。
曲の最後は、ダーッと、
「あ、これ、永ちゃんのびのびとやってるなぁ」
って感じに聞こえていたね。
矢沢 レコーディング行った時に、もう、
俺は知ってるやつばっかりだったわけよ、
一緒にやるミュージシャンたちも。

ギターは、マイケル・トンプソン。
パーカッションは、ルイス・コンテ。

ルイス・コンテって言ったら、去年の
アコースティックツアーで一緒にやったヤツよ。
グラミー、取ってる人だもんね。スゴ腕。

今回のプロデューサーからは、
「なんか、ヤザワって、
 L.A.、みんな知ってるのね」
みたいに言われたから、
「そうか。ビビることはないんだ」みたいに。
糸井 え? じゃあ、多少は、緊張感が?
矢沢 そりゃ、緊張するよ。

英語バージョンの歌を入れる時は、
やっぱり、ビビるよね。

発音を意識すればノリが悪くなる。
ノリばっかりで行けば、
ちょっと、発音がダメになる。


だから、その両方を成立して、
それで、ヤザワの味もちょっと出したい。
だから常にこう、何度も歌って準備して……。
糸井 へぇー。そういう風に、見えないけど。
矢沢 だから、それぐらいの
カタい気持ちで行ったんだけど、
意外と歌入れはすんなりいっちゃったのよ。
「ポンッ!」って入っちゃったの。
「あ、おぉ、ラッキー!」みたいな感じで。
糸井 キーをちょっとずつ上げたんですよね。
矢沢 上げた、上げた。
糸井 そういうところも、相当やりこんでる。
矢沢 キーをとにかく意識した。
オレはどっちかっていうと、キーが高いんです。

ところが、
「低いところのタッチが、すごくイイんだよな」
と教えてくれたのが、
ナラダ(・マイケル・ウォルデン)なの。

『Tonight I remember』を歌ったとき、
矢沢のイイ吐息感が、すごく出てて、
「あ、低いの、アリなんだ?」とは思っていた。
(※2000年にナラダ・マイケル・ウォルデンが
  プロデュースしたクリスマスアルバム
  『music of love』にスティービー・ワンダー、
  スティング等と共に、唯一日本人アーチストとして
  参加したのが、矢沢さんなんです)

だから『星に願いを』も、最初は低く入ったわけ。
だけど、今度は低く入り過ぎちゃったから、
「なんかおかしいな?」ってことで、
ちょっとずつ、キーが上がっていったのよ。
糸井 それは、自分で歌いこんで……?
矢沢 うん。

歌いこんで、あ、これは低すぎる、
もうハーフ・ステップ、もうハーフ・ステップ、
ってやってたら、結局2音ぐらい上がっちゃって。

プロデューサーに電話を、ワーッてして。
「ちょっと待て! もう1日ちょうだい」
って言って、結局、デモテープを録る前に、
4回ぐらい、キーを変えたからね。

それも、本番前の話だから、
「もうこれでいこう!」ってなった時に
ミュージシャンが集まって、
新しいキーで、みんな、ダッて録るから、
基本的には、みなさんに迷惑はかけちゃいないわけ。
糸井 今回のスタッフも、腕のいい人ばっかりだし。
プロデューサーも、向こうじゃすごいらしいね。
(※『星に願いを』のプロデュースは、
  映画『ターザン』でフィル・コリンズを起用、
  映画『ラマになった王様』でスティングを起用の
  大物プロデューサー、グスタボ・ボーナーが担当)
矢沢 うん、あの人、
スティングから何から、
みんなプロデュースをやってる。

ところがイトイ、
アメリカにいると、そんなんばっかりよ。

誰のプロデュースやっただ、
彼をやっただ、そんなんばっかり……。
まぁ、そういう意味じゃ、幸せだよね。

20何年前から向こうに行って、
いろんな歴史を作ってきたじゃない?
あのギターを入れたって言ったら、
「誰々とやってる」と、もう世界的なヤツら。
そういうのが、いつのまにか、
仲間になったり、仕事を一緒にやったり。

刺激を受けるじゃない?

そういうことがあるから、
今日の矢沢にも繋がっているところは、
あると思うし。
糸井 今回の刺激は、また、あったですか?
矢沢 ありましたね。
あと、やっぱり何と言っても、
ディズニーワールドの仕事と矢沢が、
どう結びくのかというところのおもしろさ?

また、矢沢って、すぐ食らいつくんだよね。
「おぉ、やろやろ!」
「そりゃおもしろい。やろう!」って。
糸井 永ちゃん、
断ってもおかしくない仕事だけど、
「やったらおもしろいよね」というか……。
矢沢 もう、話聞いてすぐわかったもん。
「ディズニーのピノキオの
 『星に願いを』、矢沢さん、歌わない?」
って、イトイらしいなぁと思ったし、
矢沢は、すぐ飛びこむから。
糸井 決断、早かったねぇ(笑)。
矢沢 やっぱり、
「なんで矢沢が『ピノキオ』の歌をうたうの?」
っていう発想のおもしろさが、あった。

だけど、やる限りは、
「これ、だれ歌ってんの?」って言われたいし。
糸井 言わしたいよね。
矢沢 そりゃ、言わしたいよ。
糸井 だからこそ、
「永ちゃんが歌ってる」
って知らせる解禁日までは、
「誰だっけ?わかんねぇな?」
とか、そういう風に聴かれた方が
おもしろいなぁ、と思って……
矢沢 知ってるミュージシャンに聴かせたら、
「……誰が歌ってるかと思ったよ!」
「あれ、ものすごいよかったです!」
みんな、そう言うんですよ。うれしいよね。
糸井 うれしいねぇ。

レコード会社での発表の時も、
「まず、歌を聴いてください」
ってやったら、反応、最高だった。

レコード業界全体に、なんかこう、
ダルな雰囲気が流れてるじゃないですか。
「いろいろ考えれば、
 いろんなことができるんだな」
っていう、いい刺激になったと思う。
矢沢 うん。
企画ものと言えば
企画ものかもしれないけど、やる限りは、
「うわぁ、これはこれでステキじゃない?」
と言われるようなものには、上げたいよね。
糸井 それ、実現できたよねぇ!

(つづきます!)


第2回 見切り発車から生まれた宝箱


糸井 もともと、
『ピノキオ』企画が出たのも、
去年の夏のアコースティックツアー、
あれが、とてつもなく大きかったからで。
矢沢 あれを観にきた人は、
それなりに感じたものが、
けっこうあったんじゃないかなぁ。
糸井 アコースティックは、永ちゃん、
あんな宝箱だとは、思わなかったよね。
矢沢 「宝箱」って、いい言葉だね。
糸井 永ちゃん本人も、
「ドアを開けた気がする」
みたいには、言っていたんだけど、
「ほんとに、本人は
 アコースティックライブのすごさを、
 やるまで、わからなかったんだろうか?」
というところから、今日の話を、
はじめようと思うんですけど……。

つまり、シンガーとしての永ちゃんと、
もうひとり、
プロデューサーとしての永ちゃんが、
いるじゃないですか。
矢沢 うん。
糸井 その人が、後ろで、
「行けよ、行けよ」って、
言っているような気がするんです。

永ちゃんは頑固だから、
決めたらやるし、決めなかったら絶対にやらない。
はじめての試みのアコースティックライブにしても
「やる」と言った以上は、もうひとりの矢沢が、
シンガーの矢沢のケツを叩いていたんじゃないか?
そのへんを、改めて訊きたいなぁと思ったんですよ。
矢沢 今言ったことも、
あるかもしれないけど、
現実問題として、とりあえず、
ツアーがスタートを切っちゃった、と。
切っちゃったらもう、行くしかないもんね。
糸井 最初のキーワードっていうのは、
「アコースティック」っていうだけだったの?
矢沢 もう、最初は……そう、
「アコースティック」だとか、
「アンプラグド」だとかだった。
それで、
「アコースティックって何なんだろう?」
というところから、はじまって。
糸井 最初は「5人ぐらいでいいや」と?(笑)
矢沢 うん。

3人かなんかで、
アコースティック・ギターを持ってからに、
ジャンジャカジャンジャカ歌おうかと。
それで、当然、クラプトンだとか、
いろんなアーティストのシーンを見る。
糸井 うん。
矢沢 見ながら、いろいろなことを思うわけ。
オレは、3本だけの楽器でいいのかな?
やっぱベースは入れようか、
いやいやいや、ピアノも要るな、みたいに……。
そういうふうに増えていった。

そもそも、
オレの中で、もともとあったのは、
「絶対に他のアーティストが
 やっていないようなことをやりたい」
ということだったんです。
やっぱり、矢沢永吉のアコースティックには、
ひとつのオリジナルなものとしての色がある、
というところに到達しないと意味がない
なぁと、
ほんとに試行錯誤で、すごく悩んだよね。
糸井 それは、リハまでの間?
……つまり、キャスティングを、
決定しなきゃいけないわけだよね。
矢沢 メンバーのトータル・イメージ、
何人で、どういう編成で、
音楽はどんなことやって、
どんな目的でどういうコンセプトでどうやるか……。
具体的なところに入っていけばいくほど、
だんだんだんだん、やっぱり怖くなってきたし。
糸井 そのへんは、まだ歌っていないわけだから、
プロデューサー矢沢の仕事だよね。
矢沢 うん。
去年のアコースティック・コンサートの
おもしろさっていうのは、
同時進行だった、みたいなところがあるよね。
見切り発車で、発車しながら作りあげていく。

それは、わざとそうしたんじゃなくて、
「そうなっちゃった」んです。
だから、別の言い方をしたら、すごく本人、
ナメくさってツアーに入ったところがあるよね。

もう、入っちゃった。
抜けられない。止めるわけいかない。
「ツアー切るか……。
 いや、どうしようか?
 このメンバーじゃ、
 とんでもないことが起きるぞ。
 メンバー取り換えなきゃいかん!」
そのくりかえしで、
バーッとツアーに入っていった。

入って、手探り手探りしながら、
着実に自分のものにしていくっていうか。

ぼく自身も、
ツアーに入って、10本、15本していくうちに、
色っていうものがはっきりわかってきたのよ。
「矢沢永吉の
 アコースティック・コンサートは、
 こうなきゃいけないんだ!」
っていうのが、ツアーに入った時は、
わかってないんだよね。
入って、何本か消化して、わかってきてる。
糸井 じゃあ、
「わかるまでは組み立てらんないな」
と思って、先のばしにしていたら、
一生、できなかったかもしれないね。
矢沢 そうね。
だからこそシリアスだったし、
ほんとだったんだよ。
糸井 ずーっと、心配もあったわけ?
矢沢 もう、ありまくりよ。
カタチが見えてないんだもん……。
「見なきゃ見なきゃ」と、必死で。

あれがもしね、やる前からわかってて、
「はい、えー、段取りはこうで、
 こういう色で、このコンセプトで、
 こんだけのメンツを揃えて、
 こういう感じで、こうやりましょう!」
とわかっていて、メンバー押さえにかかろうか、
っていうんじゃないんだよね。

「こうでいけるだろ? ああでいけるだろ?」
といううちに、だんだん日にちが迫ってくるわけだ。
タッタカタッタ、と。

もう、日にちがない。
その中で、決定的なイメージを発見した。

(つづきます!)


第3回 矢沢ひとりじゃ、足りなかった

糸井 メンバーを押さえながら、
ツアーに入っていく時って、
買いものをしすぎになっちゃったら
舞台の上が混沌としちゃうし……。

キャスティングの時、要らない人まで、
声をかけちゃったら、ダメじゃないですか。
そのへんも、すっごい微妙だよね。
矢沢 微妙、微妙。
だから、パニックが起きたんですよ。
メンバーも、
取り換えなきゃいけないことが起きたり。
糸井 そうか!
それもあったね。
矢沢 メンバーを押さえながら、
「冒頭の演出には、子どもたちが欲しい。
 キャスティング、子ども押さえよう」
すべて同時進行。

だいたいはモヤーッと見えるけど、
もう、リハーサルまで、日にちがない。
「子どもを押さえたらどうするんだ?
 衣装は、えーっと……ハダシで、
 ピーターパンのような、
 風に揺られている世界が欲しい」
みたいな、スタイリストの人にお願いするのね。

イメージしか言わないんだけど、
「こんな感じですか?」
って、あの人も、がんばってくれたよね。

あの時のオレっていうのは、
矢沢ひとりじゃ、足りなかった。
3人くらい、必要だったよね。

プロデューサーで歌手でディレクターで……。
指示を出さなきゃならないものは、ぜんぶやる。

オレはオレで、
「アー」って、発声練習もやってるしさ。
糸井 あのコンサートは、声の問題も大きいよね。
矢沢 キーも出てたよね。
糸井 オレ、おととい、ビデオで観たんですよ。
やっぱり、あん時に「すげぇな」と思ったのは、
ほんとに音が出てたからなんだなと、わかった。
矢沢 途中の『青空』って曲が、
ものすごい高いキーだったんだよね。
原音で、原音のまま、キーをいじってない。
原音のレコードと同じキーで歌ってんだもん。
糸井 そっか。
そんなこと、ぜんぜん感じさせなかったよ。
矢沢 歌手であるから、当然発声もある、
心の準備もある、詞を憶えなきゃいけない。
それで同時に、
子どもたちの衣装まで指定してんだもん。

それで、オレの着るものは何かったら、
これが、ハッキリしていて。

みんな、アコースティックって言ったら、
エリック・クラプトンをはじめ、
ジーンズに革ジャンで、みたいな。
どこのチャンネルを見てもそんな感じ。

「よし、オレはスーツだ」
スーツでバチッと決めようと考えまして。
それをひとつ、オレにはっきり教えてくれたの、
フランク・シナトラだったんだよ。
糸井 へぇー。
矢沢 エリック・クラプトンの
アコースティックライブ
『アンプラグド』はもちろん見たけど、
同時に、フランク・シナトラを見たの。

それで、確信した。

大昔から、
エルビス・プレスリーがいて、
フランク・シナトラがいて、とあるけど、
「もうそれはわかってる。
 エルビスわかった、シナトラわかった。
 それからロックが来て、何が来て……」
今、ロックやってる連中は、
ちょっと、そう考えちゃうところがある。

じゃあそいつらが何を見るか、って言うと、
エリック・クラプトン。

妙にインテリジェンスな感じで、
オレたちがいちばん憧れる位置にいる。

だけど、近年、
アンプラグドっていうのは、もうみんな、
似たり寄ったりのことをやってるわけだ。
「エリック・クラプトン、よろしく」みたいな。

オレは、オリジナリティーを感じたいんだよね。
今のムードを打破するオリジナリティーは何か?

そう思って、ひとつ前の歴史を見たんだよ。
無性に、フランク・シナトラを
見たくて、しょうがなくなったわけ。
糸井 気になったんだ。
矢沢 それで、フランク・シナトラのDVDを
パッと見た時に、もう、ゾクゾク来たわけ。

みんながマネをしすぎた
エリック・クラプトンの
アコースティックライブには
何も感じなかったのに、ウワーッて来た。

「おし、グッチのスーツを用意しろ!」
見た瞬間、絶対、グッチ着てやろうと思ったの。
糸井 クラシックみたいなところはあるけど、
シナトラの、あの軽さっていうのを、
永ちゃん、受け継いだよね。
いつも以上に軽く出てきてるよね。
矢沢 うん。
それと、あのツアーをやる中で、
つくづく、時代って動いてるんだなぁと感じたね。

わかります?

われわれ、目の前のものを取りあげて、
ロック、ロック、シーン、シーンって言うけど、
「もう、わかったよ。
 もう、何もかも、わかった」って時が来てる。

そしたら、今の時代の答えなんて、
もう、ずっと遥か向こうにある、
今まで「古い」と
されていたものかもしれない。

今の時代の人が食べて砕いて出したら、
ぜんぜん、誰も見たことのない
新しいものかも、わからないんだよ。

(つづきます!)


第4回 80歳以下の人間を信じるな?


糸井 永ちゃんがシナトラに感心したように、
実はオレも、老人の取材とかばっかりしてるの。
矢沢 へぇー。
糸井 今度9月にたぶん講演をやるんだけど、
老人ばかりを5人集めて、
「ドント・トラスト・アンダー・エイティ」
っていうのを、やろうと思ってるの。
「80歳以下の人間は信じるな」と。
矢沢 (笑)オレ、そういう考え方は、
これから、モノを言ってくると思うよ……。

ちょっと、話は逸れるかもしれないけど、
よく、思うことがあるんだ。

なんで、日本の中年のおじさんって
かっこわるい?

なんか、かっこわるいんだよ。

ある人に聞いたら、
日本人の男も女も「若い子は好きだ」と。
これはカルチャーなのか、国民性なのか、
とにかく、なんか、そういうのが、あってさ。
糸井 「初モノ好き」とかね。
矢沢 若い女の子とセックスしたいとか、
つきあいたいとか……そりゃ、わかるけど。
糸井 うん、動物としてはね。
矢沢 うん。
動物的な部分は、それはそれでいいじゃん。

……だけど、
動物的な部分にプラスして、
われわれは、考えたり、感情があったり、
メモリーがあったりするわけだ。

そしたら、
「どうしても、もう離れられないモノ」
「切なすぎて、たまんねぇよってモノ」
とか、そういうのが、絶対にあるよね。
その魅力が、なぜ、日本にはないのか。

テレビ番組を見ても、
雑誌の記事見ても、何見ても、
「もう、若さは、いいんじゃないか?」と。

若い子は、若い子で、やりゃあいいじゃない。

ビジネスになって儲かるから、
あんなもん、雑誌なんて作るんだろうし、
テレビも、若さについての番組を、
ボンボンボンボン垂れ流していくかもしれない。

でも、それは、まあ、いいのよ。
それは勝手に、そっちの方でやってよ。

だけど、その一方で、どこかのところで、
今の「80歳以下は信じるな」じゃないけど、

「言いたいことを、はっきり言いきるよ」

「ちょっとオレは、格好つけきるよ」

「最後まで走りきるよ」

そういうヤツらが、
何人か、ジワジワと出てくるわけ。


ロンドンのティー・サロンなんか行くと、
会員制で、子どもなんか、入れない。

おじさんたちがワイワイ集まって、
昼間っから、ティーを飲んでるわけよ。
ふつうの人は入ってこれない。

日本の「会員制」って言うと、
またちょっと、違うじゃない?
糸井 違うね。
日本の会員制は、
成金度に合わせてるから。
矢沢 そういう
成金度に合わせてじゃなくて、
ほんとに、そんな金も高くなくって、
そういうところの……気持ちの部分でさ、
「キミたち、大きくなったら来て。
 おじさん、ちゃんと抱いてあげるから」
っていうような……わかるかなぁ?
糸井 (笑)わかる。
矢沢 「もうちょっと
 格好いいプライドが身についたら、
 おじさんのところに来て。
 ちゃんとやってあげるから」
ということを、ふつうに言うおじさんが
バンバン出てくるとか。

そういうのが、
ちょっとずつ出て来てもいいんじゃないの?
糸井 いや、出てくると思うんだよ。
矢沢 いっぺんで全員がそこに行けなくても、
ちょっとそういうことを
言い切っちゃう、やり切っちゃう。
そういうおじさん、アリかもしれないよ。
糸井 永ちゃんがシナトラのように、
「あれはもう古いよ」って言われたものを聴いて、
あれは実は古くなかったと気づくだとか、
オレも年寄りだとかに興味を持っていたりとか……。

いつも、永ちゃんとたまに会うと、
別の道で、おんなじようなことを考えてるじゃない?
そういうことが、気になって気になって。
矢沢 もう実は、はじまってる。
他に、出しつくしちゃった後に何ができるか。

ファッションなんか見てよ。
裾が広がっているズボンは、昔は、
「ラッパ」「パンタロン」って言ったもんよ。
あれ、オレが中学校のころから、
少なくとも、4回はその時代が来たと思う。
でも、そのたびに名前がぜんぶ違うんだよ。
デザインは一緒なの。

だったら、おもしろさが
出て、出て、出尽くした時に、
「古い」とされている、
その「古い」って何なんだ?
糸井 そう。
古いか、新しいかの、問題じゃないんだよ。
矢沢 うん。
たまたま、
時間は通り過ぎていくもので、
既にあったものを、
後ろに行かせなきゃいけない。
だから、便宜上、
「古い」って言ってるだけで。

どっちがいいとか、そんなはずはない。

「古い」「新しい」というのは、
誰が決めたんだよ、っていう話だよね。

(つづきます!)


第5回 会社にリーダーがいなくなった


矢沢 古いか、新しいか、ってのは、
便宜上、そう言われただけのことだと思う。

古い? 新しい? 関係ない。

彫刻とかオモチャとか民芸品とか、
何でも、そうじゃないの?
「職人」とか「名人芸」だとか、
今、改めて言われているからね。

「古い」「新しい」が関係ないなら、
言いきるヤツ、やりきるヤツ、
貫ききるヤツが、ほんとうは、
どれだけ豊かなことか……。

今の世の中の価値観でも、
もう、そういうことが、既に、
はじまっているのかもしれないよ。
糸井 うん、はじまってるね。
特に、景気の悪い時代っていうのは、
かならず、長老の知恵が必要になるんですよね。
乗りきんなきゃならないから。
矢沢 うん。
糸井 乗りきる時、
若いヤツに船長をやらせとくと、
「行くだけ行ってみよう!」
って言って、嵐にあって沈没するんだよ。
矢沢 (笑)ハハハ。絶対そうだよ。

こないだテレビで、面白いことやってた。

リストラ、リストラ、リストラでね、
どこの企業もさ、もう年寄りはいらねえって。

賃金が高いし、年取ってきたし、
どこでぶっ倒れるかわかんないし……
っていうことで、何か知らないけど、
年寄りをやめさせることが、モードになりすぎて。

考えもしないで、計算もリサーチもしないで、
「年寄りは切れ!」ってやる。

で、若いヤツを、
バンバンバンバン、入れるんだよ。
それで、今、何が起きているか。
ある意味、仕事の空洞化が起きてるんだって。

ずーっと見ててね、
「そりゃ、そうだ!」って思ったわけ。
オレたちも、新人入れるでしょ?
仕事、できねえんだよ。
できるわけ、ないじゃん。

ところが、前からいる50何歳の人。
もう今じゃ、リストラの対象になってるじゃん。
でも、ダテに50何歳、来たわけじゃないよね?
糸井 うん。
矢沢 そりゃ、
仕事のことよく知ってるわ、
会社のことよく知ってるわ。

なのに、そいつら、
使いこみをしたわけでもないのに、
会社に反旗を翻したわけでもない、
裏切ったわけでもないのに、
「なんか知らんけど、
 世の中がそうだから、もう年寄りはいいよ」
ってところに、
今、ぜんぜん行ってないとは
言い切れないじゃない?
糸井 そうだね。
矢沢 行ってるだろ?

で、そいつらの会社が
新人入れるから、大卒の何とか入れるから、
とやる時、ほんとに計算してやってんのか。

盗っ人をやったから、
こいつら金を会社の金をちょろまかしたから
首切ったのかっていうならいい。

だけど、
ちゃんとした調べもなしに、やめさせる。

若いみなぎったエネルギーを入れる?
それも、計算をしないでやり過ぎて、
いま、会社に大問題が起きてるんだって。

あのね、
会社をコントロールする、
リーダーを取れる、
班長を取れるヤツがいなくなった
んだって。
糸井 あぁ。
リーダーシップってのは、
カンタンには学べないからね。
うーん……。
矢沢 そうなのよ。
若人を入れるって、聞こえはいいけど、
運転できないヤツばっかり育っちゃったのよ。
糸井 「あそこに駐車場があるんですよ」って、
知らない人ばかりが、道路を走ってるんだ。
矢沢 みんな走ってんの。危ないよね。

だから、今のいろんな会社、危ないんだって。
管理職のいないこの感じ、わかる?

果たして、若いヤツばかりにしたところで、
会社が、若返っていってるのかってのには、
ちょっと、疑問なんだよ。
糸井 リーダーシップを取れる人がいない。

オレ、興味あるのは、
定年の後のおじいさんたちのほうなんです。
そっちのほうが、やる気あるじゃない?
仕事、したいんだもん。
矢沢 だから、これから会社の経営って……。
ちょっと今日、話が違うところ行くけどさ。
糸井 いや、すごくおもしろいよ。
どこか、永ちゃんが矢沢永吉を
プロデュースすることにも、つながってるし。
矢沢 うん。

経営の話だろうと、
音楽の話だろうと、趣味の話だろうと、
おじさんの「貫き度具合い」の話であろうと、
やっぱり、よく言ったもので、ちゃんと調べて、
自分自身が納得してるかどうかで進まないとね。
糸井 リサーチの時に重要なのは、価値観ですよね。
矢沢 そう。
糸井 ある価値観でリサーチをしないと、
「今すぐ稼ぐかどうか?」って考えだけだと、
体力のあるやつのところにいっちゃうから。

(つづきます!)


第6回 「これから、もっと失敗するよ」


矢沢 ますますこれから、
メディアがどうのとか、何がどうのって、
惑わされちゃいけないと思う。

自分の足で立って、よく見て、
それでどう会社を進めるかを決める。

会社じゃなくてもいい。
自分はどう生きていくか、どう年を取っていくか、
そういうことは、これから絶対問われるよね。

まわりは、関係ないですよ。
糸井 永ちゃん自身が、
そういう会社のことを
強く意識するようになったのって、
何か、きっかけとかあるの?
……アメリカとか?
矢沢 オーストラリア。
糸井 あぁ、大きいね。
矢沢 (笑)オレも、正直だけど。

やっぱり、オレにとって、
オーストラリアっていうのは、
人生の大ターニング・ポイントだから。
糸井 金額では言えないものだけど、
永ちゃん、モトを取ろうとしてるよね。
矢沢 うん、気持ちでね(笑)。
ま、それはジョークだけど。

まあ、自分も熟して、
だんだんやってる時に、
自分もいろいろ、世の中を感じるでしょ?

そんな時に、リーダーシップを
取れる人がいなくなっちゃった。
それをしたのは、他ならぬ会社自体なのよ。

それで、そのテレビを見てた時、
「あ、なるほどな。
 これは一見、カンタンに言ってるけど、
 今の日本の社会全体のことを言ってるな」

って思った。

だから、根拠もないのに若い人がいいって、
そんなバカなこと言うなっていうの。

さっきイトイが言った、
「80歳以下は信じるな」
ってことも、ひとつの話としてね、
それ的な価値観は、
もう、はじまってるかもわかんないって、
ぼくは思うよ。
糸井 うん、いい感じで、
「そんな些細なことは気にしないで」
って見えるようになっちゃった人の発言って、
若いヤツより過激だからね。

たとえば、高校生の時だったら、
振られたばっかりのともだちがいても、
一緒になって、同情しちゃうじゃないですか。

だけど、30歳や40歳になってから、
好きだった人に振られたって話を聞くと、

「そうか。
 これから、何回も振られるよ。
 あと、100回ぐらい、振られるよ」


そう言えるじゃない。
その「目」が要るんだよね。
矢沢 うん。
その目がなくして、なぜあなた、
集まってる集団の会社を、食わしていける?
食わしていけるわけがない。
糸井 「これからも、もっとまだ
 でっかい失敗をしていくよ」

そう言ってくれる人が、いるかいないかで、
その場所の、何かが、変わるよね。
矢沢 うん。
糸井 酸いも甘いも噛み分けたみたいな……。
さっきの話、
永ちゃんの中で、シナトラが生きたんだ。
矢沢 ぼくは、実はフランク・シナトラの
エイジじゃないんだよね。
糸井 ぜんぜん、違うよね。
矢沢 エルビス・プレスリーでもなきゃ、
シナトラでもない。
ぼくはもう、れっきとしたビートルズなんです。
糸井 ビートルズだね、うん。
矢沢 シナトラたち、知らなかったの。

知らないから、ビートルズにハマって、
その後はクラプトンだなんだっていって。

わかりやすく言うと、
クラプトンの『アンプラグド』を見て、
語って、感じて、だから俺たちロックなんだよ、
みたいになってしまう。

そうすると、オレとしてはイヤで……。
糸井 それじゃ、生徒だよね。
矢沢 そう。
「なんか、新しいもんないか?」なんですよ。

「なんでこいつら、ロックと言ってるヤツは、
 寄ってたかって、ジーンズはいてから、
 みんなで同じようなことばかりやってんだ?」

それで探して、古いとされているものを見たい。
そういうのだったんだけど。
糸井 みんなが川で水を汲んでる時に、
泉まで行ってみたくなったって感じだよね。
矢沢 そう。
フランク・シナトラ、
ぼくはファンでも何でもないから、余計、
「かっちょいい!このおじさん!」と思ったよ。
糸井 クールに見られるわけだ。
矢沢 やっぱり、ニューヨークのショーをやってたのよ。
タキシードを、カーッと着てさ。
糸井 小っちゃい男なんだよね。
矢沢 うん。
それで、タバコをパカーッて吹かして。

格好いいの。

「なによこれ!」と思った。
エリック・クラプトン、もう問題にならない。

(つづきます!)


第7回 「80歳も、けっこうハジけてるよ」

矢沢 古いとされているものには、
捉え方ひとつで、感じ方ひとつで、
カネが埋まってんのよ。


これ、音楽の話をしてるようだけど、
ノー、ノー、すべてに言えると思う。

ファッションだって、なんだってそうよ。
だから、イトイが老人の話をした時、
「その価値観、はじまってるかもわかんないよ」
って、ぼくは言ったんです。
糸井 そうだね。
矢沢 イトイが今言ったみたいなモノの見方をして、
どの世代でも、みんな、
言いきっちゃうようなワガママさが出てきたら、
ほんとの意味でのおもしろい時代、
日本の新しい時代が来るかもわかんないよ。
糸井 みんなで、横を見ながら
どれが正しいかを、選びあってるうちに
時間が過ぎてくって感じがあるじゃない?

その時に、
「いや、いろいろ選んでも、
 どれでも、大丈夫なんだよ」
っていうような歩き方というか。
矢沢 うん。
まず、10代や20代がいて、
もう、チヤホヤされて、ちょっとやっぱり、
「自分たちは価値があるのかもしれない」
って錯覚をする。それはそれでオーケー。
糸井 オレたちも、小っちゃい時、思ってたよね。
矢沢 うん、思ってた。
糸井 「若さっていいな」(笑)って。
矢沢 うん。

だけど、その流れのどこかで、
「おまえらもイイね、最高!
 ……だけど、しょんべん臭いぞ」
そう言いきるヤツらが、
すこしずつ、出てきはじめて。

その若くないヤツらはそいつらで
「オレたちもけっこう、ハジけてるよ」
みたいなのが出てくる、って言うか。

40歳のヤツも自分たちでやる、
50歳のヤツもそうなる、その上に、
80歳ぐらいの、こんなになったジジイが、
「おまえらには、まだ、わかるまい」
って、けっこうバッチリ
そっちの世界を持てるようになったら、
すごくいいじゃん。理想かもしれないけど。
糸井 おもしろいなぁ、と思うのは、
おじいさんと孫って、仲がいいですよね。
いちばん若いヤツとおじいさんっていうのが、
オレは、くっつくと思ってるんです。

要するに、
「赤ちゃん性」を持ってるっていうか。

世間の、ちょっとした
つまらない知恵みたいなのを、
いっぱい知ってるかどうかなんか、
実は、どうだっていいじゃないですか。

ほんとうに
だいじなことを知ってるっていうのは、
ぜんぶやってきて、飽きちゃった人と、
これからで、何にも知らない人。


そこが、くっつくと思うんです。
だから、若いヤツとじいさん、
つまり、養老院と幼稚園は、
一緒にやるべきだと思うんだよね。
矢沢 それ、おもしろいね。
糸井 また、養老院と幼稚園のヤツらから
学んだ、まんなかあたりの年齢の人が、
「そうか!」と勇気を持って
実業をやればいいと思うんだよね。

だから、永ちゃんのお客さんの中でも、
「何?知らなかった!」
っていうくらい若いヤツが、
おじいさんを呼んでくるんじゃないかなぁ。
矢沢 なるほどね。
今日、なんか、ちょっと、
予想したのと違う話になったね。
糸井 うん。ぜんぜん違う。
『YAZAWA CLASSIC』DVD発売について
いろいろ、取材されている時期なのにねぇ。
矢沢 いや、でも、いい感じよ。
糸井 そう? よかった。
矢沢 うん、いい感じよ、おもしろい。
糸井 「ほぼ日」は、
今日は、プロデューサー矢沢と
話をするっていう日に決めていたからね。
どうしても、こういう話になる。
矢沢 (笑)ハハハ。
糸井 もう、歌手としては
いっぱいしゃべってるからね。
実はその、めんどくさい男じゃないですか、
歌手の矢沢は。
矢沢 (笑)
糸井 それをさ、
「おまえな」って言いくるめてるヤツが、
もうひとり、自分の中にいるわけじゃない?
矢沢 (笑)もうひとり。抑えてるヤツが。
糸井 うん。
抑えたり、もっとやれって言ったり。
プロデューサーのほうが
過激になる時、あるからね。

さっきの、
積み残したトラックでも走る、みたいな、
アコースティックライブの展開は、明らかに、
プロデューサー矢沢の方が、乱暴だよね……。

歌手の方は、
「オレ、イヤだよ!」
って言ったかもしれないよ?
矢沢 ほんとだね。
糸井 そういう話を、今日は
どんどん聞いていきます。

(つづきます!)


第8回 完璧な絵は求められない

糸井 永ちゃんがアメリカに行ってから、
アメリカの速度というものを学んだでしょう?
ゆっくりな時は、ゆっくりだけど、
踏みこむ時は猛スピード、みたいな。

アメリカ人って、
「積み残してもいいから、
 ほとんどの荷物を運べよ!」

みたいな発想が、あるじゃないですか。

多少、荷物を落っことしてもいいから、
ほとんどの荷物を運べよな、というか。

そういう気質が、
プロデューサー矢沢には、
もしかしたら、影響をしてるのかも、
と思っているんだけど。
矢沢 ふーん。
イトイから見ると、やっぱりこの
アコースティック・コンサートは、
まあ、「大変だったろうな」と思うわけだ。
糸井 ものすごく思う。
矢沢 「よくあそこに到達させたな」と思う?
糸井 思う。
矢沢 あぁ……やっぱり、そう映ってるんだ。
糸井 うん。
最後の日しか観てないのに言うのは、
ほんとはおかしいんだけど、
最初から、ああなるはずがないよね。
矢沢 よく来たよ、あそこに。
もう何度も同じこと言ってるけど、
あの最後の日、いちばん、
オレが嬉しかったんじゃないですか?
糸井 自分の中の、
ブライアン・エプスタイン
(ビートルズのプロデューサー)が
よろこんだ、っていう(笑)。
矢沢 いやぁ、でも、うれしかったね。
やっぱ、イトイにもそう映った?
糸井 あのね、ひとつ感じたことがあるんです。

アマゾン・ドット・コムって、
アメリカの会社で、あるじゃないですか。
ずっと赤字なのに株価を上げていった会社で、
去年はじめて黒字になって……。

あの会社の日本の支社ができた時に、
もう、今はいない社長なんだけど、
ものすごい速度でがんばっていた人がいて。
その人と、会って話した時のことを思い出した。

「昔は、組織がピラミッド型でしたよね。
 社長がいて、専務がいて……。
 でも、今の仕事をするには
 ピラミッド型では、とてもできない。
 組織論も変わっていると思うんですけど、
 どういう組織論を持っているんですか?」

そうやって訊いたんですよ。
そしたら、正直なところ、
組織論を語れるヒマがないんだ、って言うんです。
毎日どんどん変わっていってしまうので、
「こういう組織なんですよ」と絵が描けない。
でも、走らなきゃならないから……。
矢沢 うん。
行きあたりばったり的なことも、
必然的に起きてくるってことだよね。
糸井 そうです、そうです。
だから、何かをやろうと思った時に、
「組織がぜんぶ絵に描けてからやる」
っていったら、ライバルには、
とっくに追い抜かれちゃってる
わけで。
矢沢 それ、わかるなぁ……!
糸井 俺は、永ちゃんは、
そういうアメリカ時代を経た人だから、
あのクラシックなコンサートでも、
見切り発車ができたんじゃないかと思うんです。
だから、やる勇気が持てた。

最初は、
やりたいって意志だけはあった、
という状態でしょう。
矢沢 うん。
糸井 つまり、あの、建築模型でもそうだけど、
「街の中にその建物がある姿」が、あるじゃない?

あれは設計図でもないし、夢ですよね。
まわりに平気で緑を描いたり、
「こういう夢があるんですよ」
と、設計図をあとまわしにしてでも、
その「夢」のほうを、作っていくと言うか。
矢沢 実際、あたらしい扉を開けたり、
あたらしいことやることの実情ってのは、
そうかも知れないね。
糸井 そうだと思う。
矢沢 意外と、絵を完璧にサーッと描けて、
こっちから斜めに見て、
「お、抜けがないな。完璧だ。
 じゃ、みなさん行きましょう」
ってところまで来たら、
もう、日が暮れてんだよな。
糸井 (笑)
矢沢 完璧な絵を求めたら日が暮れてるし、
そんなもの、描けるわけないんだよね。
糸井 うん。

完璧な絵を書けるまで待ってると、
人間を集めたぶんだけ、
ずっと給料が出ていくんですよ。

だから、
3年前からキャスティングしてたら、
それって、「迷惑」ですよね。

黒澤明さんの時代にはできたんです。
役者さんは、1年、黒澤さんの映画にかかると、
ぜんぶ、収入がガーンと落ちるけど、平気だった。

今は、その時代ではないじゃないですか。

いちばんスピード感のあるヤツを、
バーンと集めて、ものすごく短い期間で、
自分たちのやりたいことを
徹底的に見えるようにしていって……。

それで、実現していったライブでしょう?
矢沢 そうだね。

(つづきます!)


第9回 ライブハウスの匂い

矢沢 すごい短い時間で
アコースティックライブを実現させたのは、
結局、矢沢自身が歌手であるし、
そのライブのど真ん中にいるから、
実現できたのよ。
糸井 しっかり、やっていたからね。
矢沢 これが、机の前でモノを言って、
ああでもないこうでもないってやってたら、
たぶん、実現できなかったと思う。
糸井 「シナトラがこう言って……」
そういう会議をいっくら開いたってダメで。
矢沢 ダメだね。
会議、開かなかった。開く必要がない。
オレが「よし、コレだ!」と思ったことを
パパパパッと振って、もう、
その気になって入ってるわけじゃない?
糸井 その方針も、
「あ、違った、違った」
っての、あるわけでしょ?
矢沢 もちろん。
だからやりながら、
最初の10本15本のライブは、
「どこへ行っちゃうんだろう?」
っていうのがあったけど、
その都度、手を打ってるよね。

パーカッションがもうダメだってわかったら、
ルイス・コンテに電話を入れて……。
ツアーもやりながら、アメリカに電話して、
直接、ルイスのギャラを決めてるんだもん。
「これでどうだ?」
「それなら、今行く」
それで、あいつがバーッと飛行機に乗ってくる。
糸井 聴いてて、ワクワクするよね。
コワイけど(笑)。
そのスピードは、
永ちゃんがアメリカでやってる時に
身につけた、新しいやりかたなんじゃないかな。
矢沢 よく考えたら、そうかもね。
ぼくら、ローリング・ストーンズみたいに、
何十年も同じメンツでやってはいないじゃない?

毎年メンツ変わるから、
ギャラの交渉だってする。
「どう?やる?乗る?」
そういう感じも、あるわけで。
糸井 舞台裏では、
ものすごい先端の突っ走り方をしてて、
お客さんに見える部分では、
「ゆっくりしていってください」
そういうライブだったんだよね。
矢沢 そうだよ。
一生懸命、呼吸してね、
グーッと息を飲んで、MCで喋ってるわけ。
「ぼくも、このコンサートは、
 2〜3年前から、
 やりたいなという夢はあったんだけど、
 そんな中で、今日を迎えました」
クーッと抑えてしゃべってるの。
糸井 それ、感じたわ。
お客を落ち着かせてね。
矢沢 それで、自分も落ち着けと(笑)。
糸井 積み残しのトラックで走ってるけど、
舞台裏であったミスはぜんぶ手を打っておく。
そのやり方ができたら、
2度でも3度でも、また違うことをやれるよね。
矢沢 そうか。
イトイは、そういうふうに感じてたんだ。
糸井 うん。
アメリカのライブハウスで
ツアーをやっていたでしょう?
きっと、あの経験が下敷きになっているな、と。
矢沢 あるかもわかんない。
糸井 言わば、素っ裸じゃないですか。
味方の信用できる部隊を
ぜんぶ連れていったっていうのも、
それほど、怖かったからでしょう。

あれ、経費、めちゃくちゃかかってるよね?
矢沢 最初のアメリカ・ツアーが終わった時に、
ぜんぶお客が満タンに入っていても、
4000万ぐらいの赤字だった。
糸井 あそこで、素っ裸での戦いを
もう1回、覚えさせられて……。
そこで、新しいドアを開いたじゃないですか。
プロデューサー矢沢は、苦労するよね。
矢沢 でも、アメリカツアーっていうのは、
ほんとに、おもしろいねぇ。
糸井 あれ、苦労したと思うなぁ。
オレは、たぶんテレビで見たと思うんだけど、
アメリカのライブハウスの、
楽屋とも言えないような場所で、
永ちゃんが、スタンバイしている。

あれは、シビれたなぁ。
20代のやることだよね?
矢沢 うん。
楽屋の匂いって、おんなじ匂いがするの。

横浜に出た時のライブハウスの楽屋も、
ロンドンで撮影等々で行った時の楽屋の匂いも、
アメリカ・ツアーをやった楽屋の匂いも。

こないだ日本で、
音楽専門誌に出た時に、
下北か渋谷の小さなライブで撮影した時も、
やっぱり、楽屋の匂いは、おんなじなのよ。

甘酸っぱい匂いがするのね。
アメリカでコンサートに行って、
またその甘酸っぱい匂いが
フッとした時には……。
糸井 あの年だよね。
1999年だから、50歳近く。
矢沢 うん。
その年になってアメリカ・ツアーをやって、
入った楽屋がやっぱり甘酸っぱかった……。

最初に、横浜でオレが
「絶対、上に行きたい」
と思った甘酸っぱさと一緒なんだよね。

あの楽屋の甘酸っぱさって、やっぱり、
「上に行きたい、上に行きたい」
そういう匂いなんだよね。


あれ、不思議と共通した匂いがするの。

楽屋の匂いっていうのは、
甘酸っぱくて、不潔で、汗っぽくてね……。

その匂いを、矢沢永吉って名前が、
日本でハッキリあるという時に、またかいだから。
ロサンゼルスの楽屋、おんなじ匂いがするんだもん。

あれは、よかった。

(つづきます!)


第10回 重荷を抱えこむこと

糸井 年齢、イッたほうが
ラジカルになるっていうのは、
永ちゃんを見てても、そうだよね。

50歳で、一回、
素っ裸になって、アメリカ・ツアー。
30代の永ちゃんだったら、
ああいうこと、できなかったんじゃないかなぁ。
矢沢 ああ、そうかもしれない。
糸井 「オレをそんなナメるな」
みたいになっちゃったんじゃないかね。
矢沢 そうだね。
「オレをナメるなよ」
っていう、質が変わってきたね。


30代の頃の矢沢は、
もっとすごくわかりやすい、直接的な
「オレをナメるなよ」で。
糸井 (笑)
矢沢 それで、今なんか、
悔しくないかっていったら、
いや、悔しさは一緒さ。

でも、
「オレをナメるな」
っていう中に、もっと秘めてるものがあるから、
「オレをナメていいよ。
 でも、オレは必ず打ち負かす」

……今なら、そういう気持ちだよね。

「オレをナメるなよ」
と同じことを言っていても、昔と違う。
糸井 永ちゃんって、変化すること、平気だね。
矢沢 ケンカ?
糸井 (笑)変化。
矢沢 (笑)おぉ、変化、変化。
糸井 すっごい保守的な面もあるはずなのに。
矢沢 ぼくはこうやって実際に
アメリカ移ったからわかるけど、
やっぱり、そんな簡単にはできないですよ。

仕事の撮影だとか何かで
ロスアンゼルスで2週間くらい過ごすなら、
そんなこと、カンタン。仕事だもん。

でも、実際に、生活したからね。
アメリカに生活拠点を置くとか、
子どもがいたら学校に行かせてとか、
話が、ぜんぜん変わってくる。

アメリカを見る気がするよ。
アメリカの中に入っていくわけだから。
糸井 いいところ、悪いところ、見ただろうね。
矢沢 中に入ったら、国民性の違いで、
どれだけアタマに来ることがあるか。

でもそれは、
アタマに来てもしょうがないことで。
われわれ、アメリカでは外人なんだから、
向こうに入っていかないといけない。


悔しい思い?
当たり前ですよ、
カルチャーが、違うんだもん。

でも、違う、違うって言ってはおれないから、
中に入っていく、ということとか……。
それは、ハンパなことじゃないですよ。
だから、この経験はめちゃくちゃものを言うと思う。
糸井 なるほどなぁ。
永ちゃん、家の中で、
お父さん役も、ずいぶんしてるじゃない。
家族とは、真剣に接するでしょう?
矢沢 「子どもがいなければ」
とは、正直、何度も思ったよ。

なぜかと言うと……
こういう仕事をしていると、
人に見られるだなんだ、わずらわしい、
滑った転んだ、っていうことが、あるじゃない。
子どもさえいなければ、どこだって暮らせる。

子どもがいると、アメリカでも、
学校の設備がちゃんと整ったエリアに
行かなければならない。
そしたら当然、矢沢永吉も何も、ないわけよ。
やっぱり、日本人エリアに行かなきゃいけない。
そうしないと、いい学校がないから。

そうなると、
「何のためにL.A.来たんだろう?」
っていうことも、あったりする。
子どもがいたら、人質に取られたようなもんよ。
だから、わずらわしさから何から、
もうぜんぶ、抱えこまなきゃいけないわけ。

でも、抱えこまないオレがいたら、
たぶんオレの人生は
絶対後悔するものになったと思うの。

だから、抱えこんで抱えこんで、
わずらわしさも、PTAも抱えこんで、
オヤジを張らなきゃいけないことも抱えこむ。
これは、あとでモノを言ってくるね。


わかります?
糸井 うん。
矢沢 だから、
「いなかったらどれだけラクか」
と思った時期もあるし、やっぱりその後で、
「抱えこまなきゃいけなかったっていうことは、
 どれだけまた、よかったことなんだろう」
ってことは思ったりするんです。

そういうことも経てきてるわけ。
糸井 なるほどね……自信が出てるね(笑)。
矢沢 うん。
オレ、朝に
子どもを学校に送ったりするのが、
とっても好きなんだよ。

……うちのせがれ、イトイが作った
ゲーム・ソフト(『MOTHER』)をやって、
もう、糸井を尊敬しちゃってんだけどね。
「イトイさん、スゴイ!」みたいになってるけど。
糸井 (笑)ありがたいよなぁ。
矢沢 その子どもたちを、
ガーッてクルマで送ってる時、
「あ、絶対、オレのほうが勝ってる」
と思うことがあるんだよね。

「こうやって学校に
 バチッと子ども送ってるオレのほうが、
 絶対にかっこいい。
 ……おまえらには負けねえぞ!」

っていうのが、絶対、あった。

「おまえら」っていうのが
誰かというと、わかんないんだけど(笑)。
糸井 「オレに何もやらせないでくれ、
 歌だけ歌わせてくれ」
ってやってたら、
きっと、歌えないんだろうねぇ……。
矢沢 うん。
オレは何度も思った。

「なんでオレのまわりは、
 こんなに事件が起きるんだ?」

「なんでオレはぜんぶを
 抱えることになってるんだろう?」

だから、どこかいいところのプロダクションに
抱えてもらって、高給をもらって
歌だけ書いてたら、どんなにラクかと思ったけど、
そしたら、ハッキリ言われたことがあるよ。

「それをしたらしたで、
 あなたは絶対ムリだから」

きっと、そうだよね。オレもそう思う。

(つづきます!)


第11回 自前じゃないとダメなんだ

矢沢 イトイなんかも、
ちょうど5年前くらいか、
自分でイトイ新聞を作って、
「メディアが欲しい」
と言ってたじゃない?

それを実際に作って、
今日のここまで迎えるまでには、
タイヘンだったと思うのよ。

でも、あの時は、とにかく、
見切り発車でも何でもいいから、
走らなければいけなくて、そっちに
飛びこまなきゃいけなかったじゃない?
糸井 うん。
ひとりでも、やらなきゃいけなかった。
矢沢 世間は何とでも言うさ。
でも、やらにゃいかん。

イトイ新聞って、
1日のアクセス数、どれくらい?
糸井 今、50万ぐらい。
矢沢 毎日、50万アクセスって言ったら、
まわり、急に態度、変わっちゃってさ。
「イトイさん、今度お茶でも飲みに行きません?」
なんて、なったりしてね。
糸井 (笑)最初は、600アクセスですからね。
矢沢 600だったら、
「小僧が、なんか、チョコチョコしてるわ」
で終わるけど、1日50万アクセスっていったら、
そりゃ、みんな、態度変わりますよ。
糸井 永ちゃんが、ランニング・シャツ一枚で、
シャベル持って、新しいところを掘った時みたいに、
その500だ600だのアクセスを
「ありがたい」って思う気持ちは、忘れないよね。
矢沢 同じ時期、オレは、何が何でも、
アメリカに行かなきゃいけなかった。
イトイは、イトイ新聞立ち上げなきゃいけなかった。
糸井 おんなじ時期だったんだね。
永ちゃんがアメリカに家族ごと移住したときと。
偶然だよね。おたがい、
あたらしい場所に行かないとダメだ、って時。
矢沢 あの時、イトイに電話入れたっけ?
糸井 入れた。
「永ちゃんもそんなこと思ってたの?
 実は、オレもだよ」って。
矢沢 オレが、アメリカ行く前?
糸井 うん。
で、今、笑い話なんだけど、
永ちゃんから電話がかかってきて、
1時間ぐらい、ずっとしゃべってたんだよ。
矢沢 はいはいはい。
糸井 で、その後、
「イトイ、ワルいな、長くなっちゃって。
 あの……悪いけど、切るわ!」って言って。
矢沢 (笑)ハハハハ。
糸井 「おまえが、かけてきたんじゃないか!」
っていう……(笑)。

オレもちょうど、
撮影現場からタクシーに乗ってる時で、
戻んなきゃなんない間、ずっとタクシーの中で、
ずーっと、ぶっつづけで、しゃべってたもん。
矢沢 うん、やっぱり、オレもその時は、
おセンチな部分も、あったんじゃない?
糸井 うん、日本から1回、別れたんだもん。
矢沢 「これから、日本を出るから」
というのが、あったから。

今日も、
渋谷陽一さん(ロッキング・オン代表)と
取材で話した時に思ったんだけど、
渋谷さんも、『BRIDGE』とか、もう、
いろんな雑誌を作っているわけじゃない?
あの人も、すごいよね。
糸井 すごい。
矢沢 メディアを持ったハシリだもんね。

インタビューをしたとかしないとか、
そういう世界の中で、
「自分でメディアを持つ」
という発想は、当時、ハシリだったでしょう。
糸井 うん。
ほんとに、たいしたもんですよ。
矢沢 そうそう。
渋谷さんもそうだし、糸井重里もそうだよ?。

ふつうだったら、取材して、
いろいろな写真を撮って……で終わる。

インタビュアーとしてうまくて、
話のツボを知っていて……っていうと、
だいたい、いくらでもいるじゃん、
そういうの。
糸井 そうなんだよね。
いちばんよくても、
「最高の芸者さん」になっちゃうんだよね。
矢沢 うん。
糸井 芸者よりは、置屋になんないとね。
矢沢 そうだね。
やっぱり、自分で
そういうところの、発信源を作らないと‥‥。
糸井 うん。
なんかやっぱり、
自分でメディアを持たないと、
やっていることに関して、
「上下」「あの人よりうまいか」
みたいな価値観が、ついちゃうんですよ。

(つづきます!)


第12回 よく消されなかったよね

矢沢 イトイ新聞がうまくいくようになってきて、
だんだん、あんまりこう、
イヤな思いをさせるやつがいなくなってきた?
糸井 いなくなってきた。
矢沢 ずるいよなぁ……!
そんなもんよ。
糸井 そうだよねぇ。
矢沢 業界のなんとかかんとかが、
アヤつけただ、つけないだって、
よくあるけど……。

そいつらは、こっちにチカラがつくと、
もう、一斉に引くよね。

そりゃ引くよ。
反撃される可能性があるもん。
人は、だから……。
糸井 いやらしいよね。
矢沢 いやらしいよ。
糸井 いやらしいよねぇ。
矢沢 だから、逆に俺は言うよ。
イトイ新聞がここまできたら、余計、
引っかけて来いっていうんだよ。
ところが、みんなは、そこまで度胸がない。

「自分がやられる」
と思ったら、誰もアヤをつけてこないんですよ。

オレも、出る杭は打たれるで、
この業界には、どれだけ、アンチ矢沢がいたか。
今、いないもんね。
糸井 芸能界じゃないところに
芸能エンターテイメントを立てるって、
昔は、ありえなかったから……。

でも、日本の芸能界が壊せないと思ったら、
もう1個、「矢沢芸能界」を作ったっていうのは、
永ちゃんの、これは「発明」に近いよね。
矢沢 (笑)矢沢芸能界。
それは、いい表現するなぁ。
たしかに、自分で作ったけど。

イトイもそうじゃん。
イトイ新聞の50万アクセスはスゴイ。
糸井 いや、タダでやってることだからさ(笑)。
矢沢 いや、それがスゴイと思うんだよ。
前、イトイに訊いたじゃん。
「なんでそれ、アクセス料、取らないの?」
そしたら、
「いや、永ちゃん、取っちゃいけないんだよ」
そう言ったときに、なるほど、そこに
イトイの「ホンモノさ」を見たね、ぼくは。


やっぱり、取っちゃいけないんだ。
糸井 (笑)
矢沢 今、振りかえると、
オレもイトイも、よく消されなかったよね。
糸井 消そうとしてたのに気づかないで、
何かモノを拾ったら、
急にピストルの弾が上通ったみたいな……。
そういうの、あったんだと思うよ。
矢沢 うん、かなりあったと思う。
オレ、噂、聞くもん。
糸井 本人、知らなかっただけ、
っていうことなんじゃないかなぁ。
矢沢 オレのことを消したかったヤツ、
いっぱいいたと思うよ。
あの頃、ラジオ出ちゃ、テレビ出ちゃ、
時のナベプロとかなんとか、
ボロカス言ってたんだもん。
よく、うしろから刺されなかったと思うよね。
糸井 言われた方も、
「ちょっとお行儀悪いヤツですねぇー」
ぐらいのことは、もう絶対、思ってたよね。
矢沢 思われまくってたんじゃない?
糸井 「邪魔かもしれないですよねー」
とも、言いますよね、当然。
矢沢 だから、よく消されなかったよね。
ひとつオレが思い当たる節としては、
矢沢に、手を出せなかったんじゃないかなぁ。

なぜかって言ったら、
矢沢のタチの悪いファンが、
イメージ的には守ったかもしれないよね。
糸井 それも、あるね。
矢沢 あるよ。
前、とんねるずの貴明が冗談で、
パロディーを、ちょっとやり過ぎたのね。
冗談なんだ。貴明って矢沢の大ファンだから。

でも、フジテレビに、電話殺到だもんね。
脅しの電話。
「番組ごとツブしてやるぞ、オマエ」
っていう電話が、全国から、ブワーッよ。
糸井 永ちゃんは、当てにしてないのに。
矢沢 当てにするはずないよ。
言われてはじめて知るぐらいだもん。
糸井 うん、そこが、やっぱり‥‥。
矢沢 今から15〜6年前なんて、もう、
特攻隊みたいなやつばっかだからさ。
糸井 そうだね。
矢沢 だから、今思えば、
消したくても消せなかったヤツがいるんだよね。
糸井 いろんなことが掛け算になって、
セーフみたいに。
矢沢 ギリギリのところでセーフになっていった。

(つづきます!)


第13回 矢沢は、ぜんぶ食わない

矢沢 あとで気づくんだけど、よく、
「なんで、あれをやったんだろう?」
っていうことを、やったりするんですよ。

それをやったことで、
その後が保たれるようなことを、
その時々に、無性にやりたくなったりする。
糸井 動物みたいなもんなんですかねぇ。
矢沢 わからないけど、
今までぜんぶ、そうだもん。
必ず、やるのよ。
で、やったことによって、世界が広がるの。

たとえば、後楽園球場、
あそこのコンサートが終わった後に……。
あれは、矢沢の当時のピークだったよね?
糸井 そう。
矢沢 もう、それこそピークでしたよ。
ピークの時なのに、
つまんなくてつまんなくてつまんなくて、
不安で不安で不安でしょうがない矢沢が、
まちがいなく、そこにいるんだもん。

だって、5万人が総立ちして、ピークよ。
それで、なんで、オレが、
こんなに寂しい思いをするんだろう?
なんでこんなに切ないんだろう?
つまんないんだろう?
糸井 うん。
矢沢 それで、
20年前、アメリカに行くじゃない?
(※単身渡米。音楽活動の場をアメリカに移した)

で、どう考えても
あの時、ぼくがアメリカに行かなかったら、
今の自分は、絶対いないわけで。
糸井 ふつう、当時はじめての
あんな大規模なコンサートの成功だから、
維持しようとしちゃうだろうね、もっとね。
矢沢 したと思う。
でも、維持したあとに、絶対終わってる。
糸井 維持しようとしたら終わるんだよね。
矢沢 終わる。
その時、矢沢っておもしろい。
バーンと捨てちゃう。
捨てて、もう向こうに行っちゃうんだ。

とにかく、日本を離れたい、
ってことで、ボンと行っちゃうわけだから。
ぜんぶ、そういうことのくりかえしだもんね。

自分の過去をふりかえって、
おもしろいなぁ、って思うのは、
矢沢は、絶対に「ぜんぶ食べない」の。
糸井 おぉー!
矢沢 たとえば、
『時間よ止まれ』が、大ヒットしたよね。

バーンとヒットした時には、
テレビの出演依頼から何からって、
もう、ウワーッて来るわけ……。
でも、その時には、テレビ出ないじゃない?

今まで、
どのアーティストを見ても、
どの歌手を見ても、
ピークっていうのは、最大限使うわけ。

でもオレは、
本能が作用するのかなんか知らないけど、
バーンといってる時には、やらないの。
もう、引いちゃう自分がいる。

テレビだろうが、取材だろうが、
もうブレーキをかけて。

誰かに言われたわけじゃないんだけど、
「それ以上行っちゃいけない」
って感じる自分が、なんか、そこにいるのよ。
糸井 インディアンが狩りをする時に、
「取りつくしちゃいけない」
って言うじゃない?
矢沢 そうそうそうそう。
網でごっそり取っちゃうと、
魚がいなくなってしまうというか。
糸井 「全部食わない」か……。
矢沢 うん。

人に聞いたわけでも何でもないのに、
なんかすごく本能的に、やるんだよね。

「ボカーン!」って評価されたら、
「あ、ぼく、もういいです、ぼく、もういいです」
ブワーッとブレーキかけてるの、いつも。
糸井 それは、経営哲学じゃなくて、
もう、カンだよね。
矢沢 でも、それは過去、全部そうしてきたよ。
振りかえると、みんなそうなのよ。必ず止めてる。
だからおもしろいなぁ。
常にこう……何て言うの?
ドーンとは、しないのね。
もういいよ、もうこのぐらいで、って。
糸井 気持ちは、旅行カバン持ってるね。
矢沢 そう。
ずっと、「このぐらいにしとこう」で。
コンサートで、去年ガーッとやったら、
「よし、今年は、20ちょっとでいい」って……。

(つづきます!)


第14回 ヤセガマンのススメ

糸井 永ちゃんって、電卓は持ってるの?
矢沢 電卓?
なんで?
そんなん、持ってるに決まってるじゃない。
糸井 そうか……。
オレね、電卓を、
「すっごいもんだ」って最近思ってんのよ。
あれ、電卓1個あるだけで、
世の中違って見える瞬間があるんだよね。
矢沢 どういう意味で?
糸井 あのね、例えば、
「これをこうしたら損しちゃいますよね」
って、みんなが常識的に思ってることが、
あるじゃない?
矢沢 うんうん。
糸井 それを、ちゃんと電卓で、
「だとしたら、こうして……。
 みんなが喜んで損しない方法が、
 あるじゃない?」

とか、そういうヤツが。
矢沢 はいはい、わかるわかる。
糸井 今は損なんだけど、大したことないから、
いけるじゃない、とか……。
気前よくなるんだよ、電卓があったほうが。
矢沢 計算ってのは、おもしろいやつでさ。
糸井 おもしろいねぇ。
矢沢 うん。
たとえば利益っていう話を
ひとつとってみても複雑でね。
目の前に見える利益と……。
糸井 そうそう!
矢沢 ふつうの利益と、含み利益と、
今はなくても先の方で返ってくる利益と。

利益でも、3つあるんだよなぁ。
そういうふうにものを見るとさ、
人生って深いなぁ、と思ったりするよね。
糸井 うん、深い。
矢沢 だから昔の人は、いいこと言ったもんで、
「損して得取れ」、よく言ったもんだよね。
糸井 電卓を、得するために使う人は
いっぱいいるんだけど、
ソンを平気にするために使うっていう
電卓があるのは、大人になってからわかった。
矢沢 ひょっとしたら、
日本の社会は、昔の人が残してくれた
「損して得取れ」って言葉が、
おろそかになってきているところがある。

だから、みんなギトギトしてるでしょ。
わかる?
ギトギトしてるから、直接的になるでしょ。
全部が直接、直接、直接だから、
情緒が、なくなってくるのよ。
糸井 つまんないの。
ヤセガマンもないしさ。
矢沢 ない。
ヤセガマンも……ヤセガマンって、いいよね。
糸井 うん、いいよ(笑)。
矢沢 やっぱり、ヤセガマンって、ステキだよ。
ヤセガマンって、かわいいし、情緒だと思う。
糸井 ああ。
だから、ふくらみを感じると思うんで。
矢沢 ヤセガマンには、色も感じる。
糸井 そういうふくらみどうしで、
つきあうようになるわけですよ、お互いに。
矢沢 そうなってくると、
ひとくちに利益と言っても、
ここにもあれば、そこにもある、
含みもあるし、ヤセガマンにもあるんだ、

っていうことをやると、人間ってもっとこう、
ふくよかになってくる感じがするよねぇ……。
糸井 うん。
矢沢 だから、それが今、だんだんだんだん、
全部が、具体的に直接的に、ポンポンってきてるから。
糸井 デジタルだよね。
ヤセガマンのすすめだね。
矢沢 こういう話、糸井とさせるとやばいよね。
ヤセガマンのスズメ?
糸井 いや、ススメ(笑)。

(つづきます!)


第15回 この話を聴いた後に見ると……

矢沢 去年は、アコースティックライブが終わって、
間髪入れずに、次の東京スタジアムの
リハーサルに入ってるわけじゃない?

アコースティックが終わって
2日休んで、そしたら、
もう、それまでやったものをぜんぶ捨てて、
ロック、やるわけで。
糸井 あの、ふだんの永ちゃんのライブがあったのも、
また、対照的でおもしろかった。
矢沢 うん、おもしろかったし、
さっき言ったことなんだけど、今度は、
「オレをナメるなよ」
という言葉の、違う部分で攻めるみたいな。
糸井 アコースティックの次の
東京スタジアムの青空の下でやった方は、
「何も考えないでも、
 できることをぜんぶやると、
 これくらい、スゴイ」
っていうヤツだと思うんですよ。
「放っておいてもこのくらいスゴイ」
それが、ふだんのツアーの方で。

で、それは、
プロデューサー矢沢としては、
「もう経験上、知ってるから、
 2日間休みがあれば、大丈夫!」
みたいな。
「それくらい、やらさないと!」
「あ、ウチの矢沢、もう、
 シツケはできてますから」
みたいな。
矢沢 (笑)ハハハハハ!

あとで、大問題だったよ。

「だから言ったじゃないか、
 3週間は要るって!」
糸井 (笑)自分で決めたくせに。
矢沢 (笑)そうそう。
自分の中でモメてんの。
糸井 あれ、プロデューサー矢沢が
乱暴したんだと思うんですよね。
矢沢 ちょっと、乱暴したね。
糸井 「ウチの矢沢だったら大丈夫です」(笑)
……でも結局、オッケーだったんだよね。
矢沢 オッケーだったねぇ。
オッケーだったけど、
アンコールで頭下げながら、
「くそー、ここじゃねえんだ、この曲はーっ!」
と思いながら……でもさ、
そういうことをイトイと一緒に話した放送、
NHKで、やったじゃない?
糸井 やった。
矢沢 あれ、反響、スゴかったよ。
糸井 あの対談、
ロスでやったのもよかったね。
矢沢 場所、よかった。
糸井 「ふたりとも、のびのびしてる」
って、みんな言ってた。
矢沢 言われたもん。
「矢沢さん、あのへんに住んでんですか?」
「いいとこですね」
糸井 オレまで訊かれたもん。
「あれ、永ちゃんの家ですか?」って。
「ちがう」とか答えて。
矢沢 (笑)オレの家の近所のゴルフ場だ。
糸井 ……いま話しているようなことを
のんびり読んだ後に、
DVDで『YAZAWA CLASSIC』を見ると、
おもしろいだろうねぇ。

つまり、演じる永ちゃんと、
それをプロデュースする永ちゃんと、
両方の気持ちで見られるじゃない?


現場では、うっとりしてれば
いいと思うんだけど、
DVDは、何回も見られるっていう
おもしろさがあるからねぇ。

だったら、プロデューサー側の目を
感じながら見たら、おもしろいハズよ。
矢沢 そうだね。
特に今回、音はスゴイから。
糸井 あれは、相当うるさくやったんでしょう?
矢沢 今回の音は、ステレオでは
聴かないでもらいたいって思うね。
糸井 もったいない?
矢沢 もったいない。
絶対、サラウンド・システムの
5.1で聴いてもらいたい。
糸井 あれ、安く買おうと思えば、
2〜3万で買えるんだよね。
矢沢 そうなのよ!
たぶんこのDVD買った人、
かなり、サラウンドを買うんじゃないの?

あれ、2〜3万で揃うもんね。
最低では。
糸井 そうなのよ。
ただ、かみさんに
片づけられちゃうんだよね。
線が長くのびてるから。
矢沢 (笑)部屋作りゃあいいじゃん、そういう部屋。
糸井 それはね、やっぱり、
オレ、成りあがってなかったもんで。
矢沢 (笑)そうかなぁ?
糸井 無線になったら最高だと思うんだけど。
うしろのスピーカーは、
絶対に、無線でやるべきだよ。
ま、掃除機かける人からしたら、
「なんのために?」って思うじゃないですか。
矢沢 でも、使う時だけ、線つなげりゃいいじゃない。
糸井 だから今は、前に全部揃ってて、
オレが夜中にこうやって置いて、
「このへんかなぁ?」って。
それで聴く……バカらしいよ(笑)。
矢沢 録音の良く入ってるDVDを、
サラウンドで聴くと、
めっちゃくちゃいいんだよ。
ドワーッと来るもんね。
糸井 そうなんだよ。
オレ、サラウンドを
最初に勧められたのは、永ちゃんだから。
矢沢 あ、そう?
糸井 うん。
永ちゃん、今、なんか、
サラウンド普及委員会会長だね。
矢沢 そうだよ、もう。
イトイが小判を探すのと一緒(笑)。

東京フォーラムのDVD、
ぜひ、サラウンドで観てください。
最近、おかしなもので、
もう映画の中身よりも、
サラウンドがすごい効果のあるDVDを
集めようとするんだよね……。
糸井 (笑)

(つづきます!)


第16回 コンサートの後の時間

糸井 永ちゃん、今でも
「墓は日本」って気持ちがある?
矢沢 オレはもう、絶対そうだね。

いつかは、こっちに帰ってくるから。
もうすこし区切りが見えたら。

もうL.A.の家も、来年6年目でしょう?
6年いて、ちょうど、行った時のキッカケも、
ご存知のように、オーストラリアの事件があって、
向こうに行っちゃおうってことで行っていたから。

オレは犯罪者でも何でもない。
被害者なのに、
有名人だってことだけで、周りが騒ぐ。
日本にはいたくなかったのね。
いても、よかったんだけど、胸クソ悪いから。

こないだ、嫁さんと話してた。

「そろそろ子どもの区切りもつくし、
 あと何年かかるかわからないけど、
 ここ数年で、日本に帰ろうか」

そう話しあっているころ、
ちょうど、あの事件が解決した。
犯人、ぜんぶ、ムショに入ったじゃない?

あの事件が起きて、
われわれがアメリカに来て、
今はあいつらは刑務所に入って、
あの事件は解決した。

不思議なもんだねぇ、って話してね。

アメリカでは、
いいこともいっぱいあったし。
こないだ、オレ、はじめてキャンプしたの。
糸井 前の撮影のやつと違って?
矢沢 違う。
今度は、家族でほんとに行こうと思って、
キャンピングカーを借りて……。
めちゃくちゃ、たのしかった。
糸井 へぇ、永ちゃんがそう言うと、
ほんとうに、たのしそうだなぁ、キャンプ。
矢沢 うん。
アメリカだと、
だいたい、4泊5日、10万円ぐらいで
大型キャンピング・カーを貸してくれるの。
シャワールームからベッドから
ぜんぶあるやつ。

それ借りて、
ヨセミテとか、ああいうとこ行って。

オレが延々、運転したんだ。
糸井 いいねー。
矢沢 行って、キャンプやろうってことで、もう、
とにかく本読んでさ、
「キャンプとはナニゴトだ」って出てるんで。
やろうやろう、って言いながら、
今まで、やっていなかったんだよ。

で、こないだ、
「やろうよ」
「よし、やっちゃおう」
って行って、メッタメタおもしろかった。
糸井 何日間ぐらい?
矢沢 3泊4日ぐらい。

実際もう、火を焚いてさ、バーベキュー食って、
シャワー浴びて……メッチャメチャよかった。

それから、もっとおもしろいこともあったよ。
オレ、今まで、カタリナって、
行こう行こうと言いながらも、行ってなかったの。
糸井 カタリナって何?
矢沢 カタリナ諸島だよ。
糸井 あ、そっか。
永ちゃんが持ってるクルーザーで、
カタリナ諸島まで、出かけたんだ。
矢沢 クルーザーの免許は取ったけど、
今まで、そのへんにチョロチョロって
いうくらいしか、行ってなかったから。
ほとんど時間がなくて、
まともに、とことん航海するってのは、
やったことがなかったの。

で、「よし、今回やろう!」って
何人か連れて、カタリナ行ってきたのよ。

メッタメタ、よかった。

イルカは出てくるし、
ウミガメは出てくるし、
波は、荒れまくっているからね。

海がボコーッて盛りあがるの。
イルカ50頭くらい出てくるもん。
船がくると、おもしろがって、
追っかけてくるんだよね。
糸井 へぇー。
矢沢 もう、イルカがブワーッて、
波は、こんなんだよ。
ウミガメは出てくるし、すごい。

現地のヤツに言われたの。

「永ちゃん、カタリナに行かないで、
 それでもし将来、
 日本に引きあげたら、笑われるよ?」

それで、
「よし、来週の火曜、カタリナ行こう」
って言ったからね(笑)。
糸井 どのくらいの距離なの?
矢沢 いや、そんな遠くないよ。
ぜんぶ行って、6時間ぐらい
ノン・ストップで航海というくらいか。、
7時間ぐらいずーっと航海してくの。
海、1周してね。
糸井 あー……それ、やってよかったね。
矢沢 もう、これでオレ、一人前よ(笑)。
そういうことをやったり……。
糸井 ちょうど、コンサート後は、
いい季節がずっと続いてるんだ。
矢沢 うん。

(つづきます!)


第17回 がんばるだけじゃ、ダメなんだ

糸井 永ちゃん、話を聞いてると、
そんなに時間が経っていない中で、
また、いい意味で、変化したね。
矢沢 あの時、アメリカにパッと行ったじゃない。

向こうで家を買わなきゃいかん、とか、
いろんなことで、お金をもぎとられてたけど、
意地でも、このことで、かみさんに
「生活が苦しい」と思わせたらいけない。

絶対に生活は変えねえ、とか。

だから、張ってるんだよね。
見栄かもわかんないけど……。
糸井 もし生活を変えていたら、
ズルズルと、なんか、弱くなりそうだね。
矢沢 そう。だから絶対ダメだと思った。
それで次、なにしたか?

自分の金で、借金なしに、
女房にすぐにメルセデス買ってやった。
これ、意地よ。
金は、そんなになかったんだよ。
糸井 今更、その話を聞くと、
「やっぱり、ものすごい事件だったんだなぁ」
って、つくづく思うよね。
矢沢 思うよ。
あっという間に5年前だよね。
糸井 そう。
で、永ちゃん、
あっという間に片付けたよね。

昔から、
「オレひとりで何とかする」
っていうとこから、
必ずスタートしているよね……。

小っちゃい時から、
ずーっとそうなんだろうね。
きっと、ギターも
アウトドアをバーンとやっちゃう、
みたいにして、覚えただろうし。
矢沢 うん、したいわけじゃないんだけど、
そうせざるをえなかった。
糸井 なんか、飛びこんでる気がするな(笑)。

オレ、だって今でも憶えてるけど、
一緒に釣りに行った時に、
「糸、結んどいてあげるよ」っていうのは、
釣りの先輩としては、ラクなことなのよ。

「やっといてあげるよ」
そしたら、
「いや、ちょっと待って。
 おんなじように横に並べて、
 オレ、自分でやる」って。

はじめて釣りに来た日に、
あんなこと言うヤツはいないんだよ。

みんなは、ありがとうでおしまいなんだけど、
永ちゃんは、
「ン? ここに糸を通して?」
「オレ、やりたいからさー」って言って。

だから、やっぱり自分で、
作っていったんだろうなぁと思った。
運転もしたがるし、エレキ踏みたがるしさ。

こないだ、
永ちゃんが出てきた時のことを
文章に書いたんだけど……。

(以下、YAZAWA'S DOORに掲載された文章)

「何を言おうが変わることなんかない。
 そういう気分が時代をおおっていた。
 夢中になって夢を語るやつだとか、
 失敗の可能性があるのに
 前に進もうとする人間に対して、
 冷笑しているのが
 クレバーな若者の生き方だったと思う。

 傷つかない方法だけを、
 若者たちが憶えていって、
 さらにそれに習熟していく。
 そんな社会がかたちづくられていった背景には、
 60年代後半から70年代にかけての
 世界的な学生反乱と、
 その挫折があったのは確かだ。

 矢沢永吉が『キャロル』という名前の
 ある意味では古くさいロックンロールバンドで
 登場したとき、挫折感に浸っていた人たちには、
 『こいつら、あの負けの歴史を
  知らないんじゃないか?』
 という不思議な集団に見えていたはずだ。

 ロックが音楽であるだけでは足りず、
 思想と共にしか語られなくなったような
 ねじれ方と無関係に、
 名づけようもない何かを表現するために
 汗びっしょりになって叫んでいるバンドが
 奇妙なものに映ったのは、
 当然といえば当然のことだったろう。
 しかし、いまになって考えたら簡単なことだった。
 『キャロル』は学生なんかじゃなかったのだった。
 頭でっかちに、世界のすべては
 変わるかもしれないと考えていた学生たちが
 戦ったり敗れたりしている間、
 学生でない若者たちは
 目の前の仕事をしていたのだ。

 世界の平和でもなく、人類の悲しみでもなく、
 自分自身のよりよく生きたいという
 欲望を語ることが、
 こんなに爽快なことだと、誰も衝撃を受けた。
 しらけた社会とうまくつきあっているつもりの
 若者たちも、おとなも、
 自分には言えないけれど
 なんという気持ちいいセリフなんだと、
 苦笑しつつも心のなかで拍手した。

 しらけてないやつらが、同じ社会のなかに
 『いる!』ということを知っただけで、
 学生気分のまま挫折感と戯れていた人々の
 顔つきが変わったのだった」
糸井 みんなが疲れを感じていた時代に、
キャロルは、疲れてなかった。
学校に行ってなかったヤツは、
学生運動やってないんだから、元気なんですよ。
矢沢 ねぇ。
糸井 あの永ちゃんの登場は、
みんなビックリしたんだよね。
それも、運じゃないですか。
「ボク頑張ります」って
わざわざ無理に学校へなんか行ってたら、
キャロルはデビューしなかった。
矢沢 ぼくは思うけど、
何でもそうだけど、
がんばっただけじゃできないんだ。
糸井 そうだね。
矢沢 がんばっただけじゃ無理。

つくづく思うけどね、
歌手として歌がうまいのは、そんなの当たり前。
歌がうまいのは、まず、当たり前よ。

それで一生懸命、目立ちたい。
そんなもんも、当たり前よ。

だから、やっぱり、
何かの偶然が重なっていったんだと思う。
糸井 偶然を呼び込むでかいお皿とか、
呼吸する力みたいなものが、
運を呼びこんだのかもしれないね。
矢沢 矢沢永吉は、
オレが作ったんじゃないのよ。
自然の何かが、作っていったの。
糸井 偶然ってのは、おっきいよなぁ。
矢沢 ほんとだったら、どっかで、
おかしいことになってたんだろうけど、
矢沢は、消えずにいったんだね。
ジワジワジワジワ、行ったのよ。

(おわり)


第1回 「アメリカは、そんなんばっかりよ」
第2回 見切り発車から生まれた宝箱
第3回 矢沢ひとりじゃ、足りなかった
第4回 80歳以下の人間を信じるな?
第5回 会社にリーダーがいなくなった
第6回 「これから、もっと失敗するよ」
第7回 「80歳も、けっこうハジけてるよ」
第8回 完璧な絵は求められない
第9回 ライブハウスの匂い
第10回 重荷を抱えこむこと
第11回 自前じゃないとダメなんだ
第12回 よく消されなかったよね
第13回 矢沢は、ぜんぶ食わない
第14回 ヤセガマンのススメ
第15回 この話を聴いた後に見ると……
第16回 コンサートの後の時間