矢野×糸井
第3回 ニューヨークの匂い。
矢野 くるりの岸田さんがね、
ちょうど1年くらい前かな、
ニューヨークに来た時に
うちの近くで、ちょっとお散歩しよ?
つってて。一緒に曲作ったんだけれど、
すぐ飽きちゃうから。わたしがね。
糸井 うん(笑)。
矢野 ブリーカーストリートのところに、
もう70年代からある匂い屋さんがあるの。
そこに一緒に行ったのね。
わたしけっこう匂いフェチで。
糸井 おお。
矢野 ちっちゃい棚が無数にあって、
そこを開けると色んな匂いがする。
いろんなものが入ってるんですけどね。
食べものから、食べられないものまで。
糸井 うん、うん。
矢野 で、人々はハーブを買いに来るわけね。
ジャスミンとかローズマリーとか、
もちろんそういうのも売ってんだけど、
全然よくわかんない海藻とか、
わかんない石とかも入ってて、
それを片っ端から嗅いでいくんだけど、
岸田くんもすっごい匂いフェチなんで、
も、犬のように、クンクンって状態で
嗅いでるうちに、奥の方に入ってって(笑)。
とんでもない匂いもあるわけですよ。
糸井 うん。
矢野 その中でもとくにとんでもない引出しがあって、
海綿みたいなのが入ってるんですけど、
その匂いが明らかに変なの!
「これってさ、違うよね?」って(笑)。
要するに‥‥、
糸井 売ってるものじゃなかった?
矢野 うん。そこの店に、30年くらい生きてるような
猫がいて、そこにおしっこしてたの(笑)。
糸井 (笑)!
矢野 もろ、わたしが嗅いで、
「うっ! これって!」って(笑)。
「これは売りもんちゃいますよ!」って。
でも、それがそうであっても、
全然オッケーみたいなお店なの。
糸井 博物学的に言えば、それも含めた世界だよね。
矢野 そうそう。それもオッケーなんだろうな。
糸井 アッコちゃん匂い好きだったんだー。
矢野 だいっ好き。だから、鼻がつまって
何がつまんないって、匂いの嗅げないこと。
も、どんなおいしいもの食べてもつまんないわけ。
とにかく。喜びがない。
糸井 ああ。ふくらみがないよね。
匂いっていうのはさ、
空気を媒介にして伝わるものだから、
そこのところに空間が出てくるんだろうね。
矢野 うん。
糸井 あ、時間も出てくるか。
消えていったり、出てきたりするから。
時間と空間をふくらませるんだ。
かっこいいじゃん、匂いって。
矢野 ね? すごいよ。
糸井 世界中で色んな匂いを作ってる会社って
一つ、ニューヨークの近くにあって、
ほとんどがその研究所で作ってるんだよ。
天才的な香りを作る人がいて、ブランドは違え、
あれとあれとあれは誰々さん、
みたいになってるらしいんだよ。
嗅覚っていう感性は、
ある種帝国主義的なんですよ。
矢野 ほんとー? へえー。
そうかー、知らなかったー。
糸井 すごいことだよね。逆に言うと、
人類が喜びそうなことって、
ある一つの会社で処理できるくらいの
単純なものなんだね。
矢野 単純なものなのかな。
人をこれほど支配しちゃうものって
ないと思わない?
糸井 うん。
矢野 匂いって、家庭でさ、作れるものに
限界があるじゃない。
料理だったらね、味は探究できるよ。個人的にも。
でも、匂いっていうのは、
もっと違う能力が必要でしょう。
糸井 そうだね。作ることはできないね。
矢野 で、同じような匂いじゃんて思うけど、
実はその奥の深さたるや、
迷宮のような世界だなと思う。
糸井 背後に悪いもの隠しとくみたいな、なんかこう、
隠れてる部分に怪しさがありますよね。
家でね、それに一番近い仕事してんのがね、
カレーだ。
矢野 ふうーん!
糸井 あの、スパイスを混ぜてくと、
いわゆるカレーの匂いって、
個々にはないんですよ。ひとつも。
どのスパイスの中にも。
だけど、これとこれとこれで、
え? いつからカレーになったんだろう?
っていう匂いになるんだよ。
あれは、家でやる唯一の香りの遊びだね。
あとは、やる人はハーブティかなあ。
矢野 目はつぶればいい。耳はふさげばいい。
でも匂いってね、入ってくるでしょ。
それね、9.11の時に思ったんです。
うちけっこう近くだったんで、
ものすごい埃がずっと来てたんだけれど、
何日たっても3ヶ月たっても、
一番悩んだのが匂いだったの。
糸井 何の匂い?
矢野 それが不思議。
日によって、違う匂いがしてくる。
時たまね、ほんとにアイスクリームみたいな
あまーい匂いがしたり、あるいは、
ほんとに人が焼ける匂いがしてきたりとか。
ま、主に、ベーシックにあるのは、
火事場の匂いですよね。
糸井 こげくさい匂い。
矢野 焼けたような。
で、瓦礫を掘るでしょう?
掘ると空気が入るから、
下でくすぶってる火がまた登るわけ。
そうすると、またばーっと煙と匂いが来るわけね。
糸井 ああー。
矢野 煙がだいたい来なくなってからも、
匂いだけはずーっとあって。
そう。それで、まあ、
その煙があまりにひどいんで、
業務用の空気清浄機を2台買ったんですけど、
匂いの強さっていうのは、拷問だよね。これって。
糸井 ああ。塞げないんだよね。
それは音も同じなんだけどね。
発生してる限りはね。
その、薔薇の香りを枕に1滴っていうのも、
眠って無意識の間もずーっとその刺激と
交感してるから、
ちょっとだから過剰になっちゃうんですよね。
一番理想は、通り過ぎた誰かさんの匂い、が
一番いいんだよね、きっと。
矢野 で、匂いっていうのは必ず風景とか、
経験とかと直結してるでしょう?
糸井 してるしてるしてる。
矢野 音も、絵もあるけど、
匂いが最も想像力を
掻き立てられるような気がする。
糸井 生き物として原始的なものに持ってった時に、
匂いは最後まで残ってる、
大事な感覚でしょう。たぶん。
食べ物の嗅ぎ分けとか、あるいは、
今発情してるかどうかとか、
それも全部匂いでしょう。サインは。
矢野 そうだよねー。そうだよねー。
糸井 うん。そういう意味では
音楽家と匂いの人が
コラボレーションするといいね。
矢野 最強かもしれない。
糸井 最強かもね。連れてかれちゃうよね(笑)。
矢野 うん。
糸井 微量でいいってとこがまたおもしろいんだよね。
だって、今だってほんのちょっとじゃない。
── まだ匂っています。
糸井 ああー。すごいなあ。
そんなこと人と話したこと、
今まで一回もなかった。
矢野 ほんと(笑)?
これだけ色々やってるのに。
  2006-11-28-TUE

(明日に、つづきます!)
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