やっぱり正直者で行こう! 山岸俊男先生のおもしろ社会心理学講義。

第2回 武士道品格で国は治まらず
糸井 ここ数年、「倫理」とか「モラル」で
しばろうとする動きがあるじゃないですか。
山岸 ええ。
糸井 そういう風潮に対して、
「オレ、言っとかないとなぁ」というのは‥‥。
山岸 ありましたね。
糸井 ありましたか。
山岸 なんかね、キライなんです、そういうの。

‥‥まぁ、単にキライなだけだったら
別に、なんにも言わないんでしょうけど。
糸井 じゃあ、好き嫌い以上の問題であると。
山岸 そういう思想で社会をつくっていけると
みんな思っちゃったら、マズイんですよ。
糸井 ほう。
山岸 だって、倫理やモラルでしばりつけて
うまくいった社会なんて、
人類の歴史上、ひとつもないんですから。
糸井 そうなんですよね。
山岸 むしろ、そんなことしようとすると、
たいがい失敗して
タイヘンなことになっちゃうんです。
糸井 うん、うん。
山岸 まぁ、その倫理が
キリスト教のプロテスタント的倫理だったら
まだマシなほうで。
糸井 あれは、商売人の倫理ですからね。
山岸 うん。そうじゃなくて、
「統治者の倫理」を押しつけられたら、
これはもう‥‥たまらない。
糸井 そのあたりの山岸先生の感性とかセンスが
「倫理」や「モラル」に対して
ちょっと違うだろうと言わせてるんですね。
山岸 だって倫理やモラルを説教されるのなんて
イヤじゃないですか。
糸井 イヤです。
山岸 それに加えて、もうひとつ。

日本という国は、これからいろいろと
変わっていかなきゃならないとき。
糸井 ええ。
山岸 そういうときに、変化のエネルギーを削ぐような
考えかただと思うんです。

倫理やモラルを
大きな声で押し付ける思想というのは。
糸井 研究生活をされているなかで、
「あ、これはマズイな」と感じはじめたのって
いつごろのことでしたか?
山岸 やっぱり、きっかけになったのは、
『美しい国へ』あたりでしょう。
糸井 安倍(晋三・元首相)さんの。
山岸 ええ。
糸井 あの前後に、何冊か続きましたよね。
「ルールでしばれ」型の本が。
山岸 そうですね。
糸井 そういうタイミングで出版されたのが
今回の『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』
山岸 はい。
糸井 読んで非常に感銘を受けたものですから、
内容についてはあまり触れないようにして
「ほぼ日」で紹介してみたんです。
山岸 ありがとうございます。
糸井 つまり‥‥どう言ったらいいんだろう、
「国家の品格」だとか、
「女性の品格」だとかいう言論に対して、
「それはちがうよ!」って大きな声を出しても、
逆効果にしかならない気がして。
山岸 そうでしょうね。
糸井 そこで、
「この本、ちょっと読んでもらえたら
 いいんだけどな」って感じで紹介したら、
あっという間に
アマゾンの順位が動き出しまして‥‥。
山岸 おかげさまで、ありがとうございました。
糸井 いやいや、ぼくもびっくりしたんですよ。

今までいろんな本を紹介してきましたけど
今回は「渇望されていたんだな」って手応えが
なんか、実感としてあったんです。
山岸 そうですか。
糸井 何を言うわけでもないんだけれど、
漠然と「イヤだなぁ」と思っていた人たちが
たくさん、いたんじゃないかって。

倫理とかモラルでしばれの風潮に対してね。
山岸 なによりもまず、
倫理やモラルって、ケチつけるのが難しいんです。
糸井 ええ、いつも正しい顔をしてますからね。
山岸 武士道を身につけた人がいたとしたら、
それは、やっぱり
たいへん立派な人だと思うんですよ。
糸井 はい。「品格」を備えてる人なんかも。
山岸 そのこと自体が「悪いこと」だとは
言えないじゃないですか。
糸井 言えないですね。
山岸 でも、
「それで国を治めていくのはムリだ」
とは、言える。
糸井 ‥‥し、言わなきゃならない。
山岸 全員、武士道に従え、
品格を身につけろ‥‥というのはムリだし、
何より強制するのは、間違ってます。
糸井 かつて、似たような論争がありましたよね。
山岸 そうでしたか。
糸井 あの、中野孝次さんという作家が、
『清貧の思想』という本を書いたときに。
山岸 ああ、はい。
糸井 まぁ、ようするに政治的な指導者や
知識人たるもの、
「清貧」を旨とすべきだという論。

この思想を、バブル時代の物欲にまみれて、
モラルの崩壊した国民を憂う
大新聞などのマスメディアがあおりたてて、
一般大衆のレベルにまで
「清貧」の思想を押し付けようとしたときに
「冗談じゃねぇ!」って怒鳴った人がいて。
山岸 ええ。
糸井 吉本隆明という人ですけど。
山岸 はい。
糸井 そんな考えかたを大衆に押しつけるのは、
ふとどき千万だと、噛みついたんです。
山岸 そうでしたね。
糸井 そのときぼくは「よかったなぁ」と思ったんです。
そういうふうに、怒鳴ってくれる人がいて。
山岸 うん。
糸井 だから、そういう本だとも、感じたんです。
『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』は。

<つづきます>
2009-01-13-TUE




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