焼き肉が好きだ!
知れば知るほど、焼き肉が好きになるわ。

ほぼにちわ。通天閣あかりです。
突然ですが、みなさん、お肉はお好きですか?
わたしは、好きです。

わたしは、10代のころ、雑誌の人に街頭取材されまして。
「好きな食べ物はなんですか?」という質問に、
「肉です」と即答しました。
女学生でした。
ポケベルの呼びだし番号は「29」(にく)でした。
親しいと友人からの餞別が、
「肉の写真アルバム」
そのくらいお肉が好きなんです。

好きの力は、すごいものです。
なぜか周りには焼き肉屋関係の友人が集まりました。

そのうちの1人(30歳・女性・既婚)が
45年続いた、実家が経営している
焼き肉屋の手伝いをすることになり、
店をものすごくリニューアルするところだと言います。

よーし、これを機会に、食べたり取材したり、
食べたり食べたり、書いたり、取材したり食べたりして、
ほぼ日を読んでいる焼肉好きのみなさんと、
焼肉の快楽を共有しようというプランを出しました。
みんなが、「あ、読みたいかも。食べたいし」と、
妙に賛成してくれまして、このページになりました。




わたしのともだち「ヤキコちゃん(仮名)」の店は、
京都にあります。
4月6日に、リニューアルオープンした
『南大門 春夏秋冬というお店です。
いつ行っても、めちゃくちゃ美味しくて、
45年の歴史と信頼があって、
京都の繁華街、四条河原町の真ん中にあって、
流行らないとおかしいくらい
条件のそろった焼き肉屋でした。
そして実際、とてもよく流行っていました。

それでも、あの事件以来、
客がぱったりと来なくなるのです。
そう、全国の、いや、全世界の肉屋を震え上がらせた
「狂牛病」騒動です。
ヤキコちゃんのお父さんが経営していた『南大門』は、
つぶれはしませんでしたから、
ましな方だったとも言えます。
この事件で、たくさんの焼き肉屋さんが倒れたし、
焼肉のテーブルをつくっているメーカーとかも、
たいへんな状況になったという話も聞きました。

そういう焼き肉屋の危機に、
こうしてはいられへん、と立ち上がったのが、
ヤキコちゃん(仮名)だったのです。
焼き肉屋版の細腕繁盛期みたいな話が、
きっとあるやろと思って、わたし、京都に行きました。
話聞いたり食べたり、食べたり、聞いたり食べたり。
さ、テレコを回します。

おいしいだけでは人は来ない。

ほぼ日 では、焼き肉の基礎知識から聞かせてください。
ヤキコ まず・・・うちの肉は村沢牛を使っています。
村沢牛は、長野で育ちます。
血統を三代先までさかのぼって調べ、
但馬系(※註1)など極上の雌だけが、
厳しく吟味されて買い求められます。
2年くらいの時間をかけて
一頭一頭に、きめ細やかな飼育が施されることで
有名な牛なんです。

普通はステーキとして使われる肉ですが、
この肉を、焼き肉屋で出しているのは、
京都ではうちだけなんです。

【註1:但馬系】
あの有名な松阪牛も兵庫県の但馬地方から生まれ、
その他にも但馬地方には中土井系、熊波系など
(総じて但馬系・兵庫系)の優秀な系統があります。
但馬系の特徴は脂身(霜降り)の
おいしさと言われています。
ほぼ日 あ、それはおいしいわ。
ヤキコ まだ、早いって!
メニューには「極上」(A4)(※註2)という
ランクで載っていて、
サシ(※註3)がきれいに入っていて、
30代の私は、
2枚も食べれば大満足してしまうような、
そんな味わいの肉です。
そのほかの肉にしても、
よその店で、「上」として扱われている肉を
うちでは「並」で出しています。


焼き肉屋なんだから、当り前かもしれませんが
うちではそんな風に「肉」には
徹底的にこだわってきました。

【註2:A4】
肉のランクはABCまであります。
その中でも1〜5まで分かれていて
A5が一番良いランクなのですが、
その中でもまた1〜10まで分かれています。
このランク付けは人間の目が頼りです。

【註3:サシ】
いわゆる霜降りの白い部分のことを、
業界ではこう言います。
ほぼ日 そんなこと知らずに食べてました。
すみません。
ヤキコ いえいえ、知らなくても、おいしいと思って
通ってくださるのがなによりありがたいですから。
コチュジャンも手作り(河原町店のみ)、キムチも
おばちゃんとは言いがたいくらい美しい、
キムチづくり専門のおばちゃんを2人雇っています。
文字通り、1年中、
キムチを作るのが仕事の人たちです。

チシャ菜ひとつにもこだわり、
山形から無農薬のサンチュを取り寄せています。
ほかの素材にも、力をぬいたことはありません。
ほぼ日 無敵ですね。
そういえば、キムチ、ほぼ日のみんなも
前にわたしがもらったのを食べて、
とても評判がよかったですよー。
ヤキコ それ、早く言ってくれたら、
また送ったのにぃ。
でも、
おいしいだけでは店は成り立たない、

それがわかったこの1年でした。
ほぼ日 しっかりしてきたんやねぇ。
キリッとしてた、いまの言い方。
ヤキコ 必死ですから、ね。
じゃ、まず、店の歴史から話さないとね。
聞いて。
ほぼ日 知りたい!
ヤキコ 「南大門」は京都で45年続いている焼き肉屋で、
私は、30年前、その店の三女に生まれました。
はじめに父親がパチンコの事業をおこし、
それが波に乗ってきたころ、
「南大門」をオープンさせたのです。


旧南大門

店は、8階建てビルの1、2階が店になっていて、
席数は232席あります。
ほぼ日 はい。
大きい店ですよね。
ヤキコ 創業当時の昭和30年頃は
まだ焼き肉という食文化が定着していなくて
珍しいものだったと聞いています。
父は、食に対してすごくうるさい人でしたから
「南大門」の創業当時も、
腕のいい料理人を他の店から引き抜いてきて、
自分も一緒に厨房に入り
試行錯誤しながらおいしいメニューを
作り上げて来ました。


旧南大門の当時のメニュー(河原町店以外では、
現在もこのメニューをお出ししています)


当時から素材には、こだわってきたので、
段々と評判が広まり、そのうちに
たくさんのお客さんが来てくださるようになり、
そのころはまだ京都の撮影所にも活気があって、
多くの役者さん達にも来てもらっていたそうです。

一日何百人
ひっきりなしにお客さんが来られ、
土日の予約もほぼ取れなかったようです。
「南大門」はずっとそんな調子で、
今では、4店舗にまで増えました。
ほぼ日 そこまで、じゅんぷうまんぱんですね。
ヤキコ そうかもしれません。
時代が流れるとともに、
肉にもみこむタレや、
洗いダレ(※註4)の味付けなどが
その時々の調理長によっても、
微妙に変化していきました。
でも、「肉」自体へのこだわりは一貫して
今日まで変わらないスタイルで、
45年間営業し続けています。

父が病気で亡くなったのは、7年前。
これは、やっぱり、とても大きな事件です。
それまでは専業主婦でずっと家にいて
のんびりと暮らしていた母が、
突然、社長として、会社を継ぐことになりました。
そして、右も左もわからない母を手伝うために
同じく右も左もわからない私も、
一緒に会社で働くことになりました。

【註4:洗いダレ】
焼き上がった肉をつけて食べるタレのことです。
このタレで、その焼き肉屋の好き嫌いが決まることもある
重要な味の決め手。
洗いダレをあえて出さない店もありますね。
ちなみに今の主流は、「甘め」だそうです。
ほぼ日 家にいた人が、経営に入っていくというのは、
大転換だったでしょうねぇ。
ヤキコ で、働くといっても、食べに行く以外は、
店に出ることはほとんどありませんでした。
当時は、机の上でする仕事が、
自分の仕事のすべてだと思っていました。

でも働き始めてしばらくすると、
自分の父が、
どういうことを目指して進んできたのか、
ちょっとずつですが、わかり始めてきました。
うちの会社では、
パチンコ、焼き肉屋、サウナ、
様々なサービス業を手がけているのですが、
最終的に父は、亡くなる前に
釜山にホテルを建てました。
完成間近に亡くなって、
自分の目でその姿を見ることは
できなかったのですが、
がんばってがんばって、大きなホテルを遺しました。

父の故郷は韓国の貧しい村なのですが、
そこに錦を飾りたい、と考えていた
父の想いについてはまた改めて言うとして、
父は、究極のサービス業をやりぬくことを
強くのぞんでいたんだと思います。
ほぼ日 そっかー・・・。
ヤキコ 日々仕事をしながら父のことを考えていると、
だんだん自分がこの会社で、
どんな仕事がしたいのか、
どんな仕事をするべきなのかもわかってきました。

おそらく将来は、
家の仕事を手伝うんだろうと思いながらも、
なんとか自分の夢を探そうとして、
ネイルアートの学校に行ってみたりした時期も
ありました。

でも、父の会社に入ってみて、
自分の夢が、父の夢と重なるようになりました。

究極のサービス業をやりぬくこと。
父がこだわりぬいて、
私も子供のころからよく通っていた
愛すべき「南大門」を、守ること。
それが自分の仕事だと思いました。

ただ、古くから店を知っている
社員の人たちに混じって、
こんなに何も知らない自分が、
店の何に、どう口が出せるのだろうと思って、
じっと考えていました。
ほぼ日 そうか。
いくら娘だといっても、
素人が口を出すという感じに
とらえられてはいけないものね。
ヤキコ その頃、世の中の不況にともなって、
「高級焼肉レストラン」のイメージのある
うちの店は、確実に売り上げが
落ち始めていました。

焼肉屋ってどうあるべきなのか。
よその店と、うちはどこが一番違うのか。
どこが良くて、どこが悪いのか。
なんで、こんなにおいしい肉を出しているのに
ほかの店よりお客さんが入らないんだろう?

他の店や、最近増えてきた韓国家庭料理の店や、
オオバコ(※註5)の居酒屋などを
何軒も食べ歩きながら、考えました。
そうしているうちに、どうやら、店が流行るには、
おいしいだけでは、だめなんだ
ってことがわかり始めていました。

【註5:オオバコ】
比較的席数が多く、スペースの広い店のこと。
ほぼ日 もう経営者的な目ができてきた・・・。
ヤキコ 冷静な目で自分の店のことを
見られるようになってきた。
父の愛したお店はどんどん古くなり、
みるみる売り上げが落ちていきました。
もうその頃の「南大門」には、父の意志など、
跡形も残っていない有り様でした。

そこに追い討ちをかけるように
狂牛病のニュースが流れ、
客足が、文字通り「ぱったり」と途絶え、
売り上げは一気に落ちていきました。
それはもう、こわいくらいの勢いでした。
ほぼ日 すごかった。
ほんとに、どこの焼き肉屋さんでも、
お客さん、いなかったものねぇ。
ヤキコ 生肉は出せないので、「刺し身こんにゃく」を
替わりにメニューに加えましたが
もちろん何の足しにもなりませんでした。

それまでの店は、
活気がなくなりつつあったとは言え、
土曜日や日曜日は、20分や30分待ちをしてくださる
ウエイティングのお客さんがいたのに、
そんなお客さんもまったくいなくなり、
「お店を閉めた方がいいのではないか?」
という声が
会社の幹部から出てくるようになっていきました。
ほぼ日 わぁ。
ヤキコ でも、どうしても私は「南大門」を
なくしたくありませんでした。

父が必死でつくり、
守ってきた店を絶対に失いたくない。
このまま店を潰してしまったら、
父に対して申し訳ない。

店がどうしようもなくなってきたとき、
役員の人達の反対を押しきって、
「リニューアルしよか」
母が言いました。
ほぼ日 おかあさんがですか。
ヤキコ そう。母が。
義兄の力添えもあったのですが、
多大な予算を投じて、
父が築いてきた今までの南大門を
大幅にリニューアルをすることを
ものすごく悩んだ末、母が決断しました。

きっと母も私と同じ気持ちだったんだろうと思います。
(つづきます)



焼肉屋の娘に聞く、
「南大門」でおいしく肉を焼くコツ


1.片面を中火で45秒焼きます。
2.裏返してさらに15秒焼きます。
3.すぐにタレにつけてお召し上がり下さい。


ホルモンなどは別ですが、
ロースやカルビなどについては、
このタイミングがベストです。
なぜなら、焼いて油が炭に落ちると、煙になって
肉についてしまい、せっかくの風味が落ちてしまいます。
これくらいの焼き加減でパクッといっていただくのが
脂分と水分のバランスがちょうどよくておいしいのです。



『南大門 春夏秋冬

京都府京都市下京区河原町四条下ル稲荷町326
tel.(075)351-0351
(阪急河原町駅より徒歩1分/
 京阪四条河原町駅より徒歩5分)

URL:http://nandaimon.jp/

☆5月31日(土)までに、南大門河原町店にて
 「ほぼ日を見ました」と言ってくださったかたには 
 本文中にある激うまキムチ(間違いなく京都一)の
 盛り合わせをプレゼントしてもらえますよ!
 

2003-05-02-FRI

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