その3 雑貨のような漆。
伊藤
漆を始められきっかけは、どんなことだったんでしょう。
山本
まず、木工の仕上げというのは、
たとえばオイル(*)がありますよね。

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(*)オイル仕上げ、オイルフィニッシュ。
木肌に油(植物油)を塗って仕上げる手法で、
内部に塗膜をつくるので、表面は木材本来の個性を
いかすことができる。
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伊藤
はい。
山本
けれども、オイルって、手入れが必要なんです。
もちろん手入れができる人もいらっしゃるけれど、
あんまりしない人っていうのも、やっぱり。
伊藤
そうですよね。
山本
ならば、手入れをあまりしない人には、
漆のほうが気を遣わずに使えるなぁ、と思ったんですよ。
「手入れがそんなに難しくない漆」ならば。
漆が今の日本の暮らしから、
どんどんなくなっていった一番の原因は、
やっぱり今の人たちの忙しさですよね。
時間に追われる中で、ゆっくり、きれいに磨いて、
片付けて、また出してきて、丁寧に扱って‥‥、っていう、
その扱いが、やっぱり今のスピードに合っていない。
だからだんだんと使われなくなったんじゃないかって
いう気がしているんです。
伊藤
漆は食洗機にはかけられないですしね。
洗ったらすぐ拭いて、乾かして。
山本
そうなんですよね。そこまで丁寧に扱わなくてもいい、
ざっくりした漆のものがあってもいいんじゃないか、
そう考えたんです。
もう少し、気軽に、気楽に、
日常的に使えるような漆。
雑貨のような漆。
伊藤
漆は独学ですか?
山本
独学です。全然習ったことなくて。
一番最初に使った刷毛は、
子どもが小学校の時、
学校の教材として使っていたものでした。
今でも、僕はいい刷毛とか持っていないんです。
王道を行ってる人たちが使う刷毛とは違います。
専門的になれば、たとえば人毛ですね、
そういういい刷毛で塗りたいと考えるんでしょうが、
僕はむしろ「人毛って、ちょっとこわい感じがする」
という最初にいだいた感覚を持ったままです。
その感覚を忘れることなく、漆をやりたいなぁ。
それで最初にやったのは「拭き漆」(*)でした。

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(*)拭き漆(ふきうるし)は、漆の技法のひとつ。
木地に、漆を塗っては拭きとって乾かし、
それを繰り返すことで、徐々に艶を出していく技法。
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伊藤
その拭き漆の作品は、お椀?
山本
お椀ですね。椀、うつわ系。
ところが拭き漆って、やっぱり薄いから、
どうしても剥がれやすい。
そんななかで「白漆」をやってみようと思ったんですね。
伊藤
黒や朱の漆だと、
どうしても和のテイストになってしまうところを、
山本さんの白漆は、そうではありませんよね。
山本
そうですね。僕は朱の漆もやるんですが、
どうしても「ハレ」の印象になりますよね。
朱といっても、オレンジのような色なんですけど、
上から白をやっぱり塗ってしまったり。
伊藤
根来(*)のような。

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(*)根来(ねごろ)。根来塗とも。
黒漆を下に、朱漆を上に重ねて塗り、
経年変化による色の変化を楽しんでいく。
下が朱で上が黒のものは「逆根来」。
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山本
そうなんです。朱のままだと、
毎日が「ハレの日」の装いなので、
使ううちに少し朱が出てくるくらいが
いいかなあと思い、重ねて白を塗ってみるという
試作をしています。
伊藤
そもそも、漆の白の原料って──?
山本
顔料ですね。
漆は、黒漆だけは鉄の酸化作用で色を出しますが、
色漆は、半透明の「透き漆」に顔料を混ぜます。
もともと白い漆というのは
そんなに歴史はないんですよ(*)。

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(*)白漆は、大正時代に開発されたもの。
現在は、チタンなどのミネラルが白粉の原料となっている。
ベースの「透き漆」じたいが半透明で、
ややアメ色がかっているため、
白を混ぜても真っ白にはならず、
すこしくすんだマットな色味になる。
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朱なら弁柄(べんがら=酸化鉄)とか、
そういった色粉になるものがあって、
黒と朱が、いわゆる漆の色でした。
今はいろんな顔料があるので、
緑でも青でも何色でも、表現ができるんです。
その中の、白なんですね。
(つづきます)

 

2015-03-25-WED




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写真:有賀傑