かみ添さんと白い紙
 その2

第3回  淡い光で表情を変える「白」。

伊藤 嘉戸さん、お仕事場を拝見しても?
嘉戸 なんにもないですけど、
それでよければどうぞ。
こちらです。2階なんですよ。
伊藤 (2階に上がる)
わあ、ここでつくっていらっしゃるんですね。
道具を説明していただいてもよいですか。
これは‥‥
嘉戸 こちらは版木の上に絵具を置くための道具です。
伊藤 こういう道具類は御自分で?
嘉戸 木工の作家さんに言って作ってもらうんですよ。
あとは自分の手に馴染ませていくように削ったりします。
ただ、ぼくの悩みは、新しい道具って、
色気がないってことなんですよ。
職人さんの道具ってすごい色気があるじゃないですか。
伊藤 ああ!
嘉戸 唐紙の工房では特に自分用の道具が
決まってる訳ではないんです。
普通、たいがい職人さんて、これ、自分の刷毛とか、
決まってると思うんですよ。
だからその人の手に合った
道具になってるはずなんですけど、
唐紙の場合は特別自分専用の道具がない。
だから自分で始めようと思うと全部新調するんです。
ぼくの場合、まだ使い込まれてないから、
ますます色気がない。
こうして工房をお見せするのに、
みなさんの期待はずれになっちゃうんで恥ずかしい(笑)。
それにこの広さだと、襖でいえば一気にできるのが、
4枚分ぐらいなんです。
広い工房があればもっと沢山一気に作れるのですが‥‥。
伊藤 いえいえ、こんなふうに、こぢんまりした、
ここさえあればできるっていう場所も素敵ですよ!
嘉戸さん、版木はどのように?
嘉戸 基本的には、柄をぼくが考えて、
それを彫り師さんに託します。
けれども最近はいろんな作家さんと
一緒につくることも多くて。
これは彫刻家の須田悦弘さんとつくりました。
嘉戸 留柄(とめがら)と呼ぶものもあるんです。
伊藤 留柄?
嘉戸 個人の所有の版木で、
そのお施主さん用に起こした版木のことです。
うちの見本には入らないんですよ。
これは個人的な意見ですけど
本来、全部そうやったと思うんです。
お施主さんがお金払って版木を作ってるはずなんで、
本当の所有権というのはお施主さんのはずなんですね。
あくまでも個人的な意見です。
伊藤 そっか、うんうんうん。
嘉戸 そのへんがちょっと曖昧になってきてるんで、
ぼくはそっちの方に、
つまり昔こうやって仕事してはったんちゃうかな、
っていうふうに戻していってるんです。
伊藤 版木はかならずこのサイズなんですか?
嘉戸 そうです。決まりではないんですけど、
ぼくがいちばん好きなサイズです。
京間の襖って、3尺6尺で、
900×1800って大きさなんですよ。
それをちょうど12等分した大きさで、
一尺五寸の一尺、つまり45センチの30センチ。
伊藤 この、繰り返しのパターンを
つなげていくのは‥‥。
嘉戸 紙に、縦の寸法なら30センチずつ、
見当を付けるんですね。
で、作業台には版木の横幅の見当を付けるんです。
したら1回、絵具をここにのせて、1枚刷る。
そして、版木を45センチずらして、また刷る。
1列刷ったら、こんどは紙を30センチずらして、
2列目を刷る。そういうふうにやっていきます。
つまり、手動のインクジェットプリンタのようなものです。
よく、このちっちゃい版木で
どうやってあんなおっきいの作るのって
言われるんですけど、
そういうふうにつくっているんですよ。
伊藤 その、「絵具を置く」というのがわからなくて。
嘉戸 刷毛に絵具をつけて、
まず、こちらの木の道具の
全面に塗るんですね。
それを、版木に移すんです。
伊藤 なるほど!
ありがとうございました。
嘉戸 降りるとき気をつけてくださいね。
階段が急ですから‥‥。
伊藤 (階段を降りて壁紙を見る)
あ‥‥、見え方がちがう!
夕方になって斜めに日が入って。
すっごくきれいですね。
嘉戸 ありがとうございます。
伊藤 嘉戸さんはほんとうに白を使うのが上手ですね。
嘉戸 紙のベースが白ですしね。
伊藤 でも、紙の色も顔料も、色を使おうと思えば‥‥。
嘉戸 ぼくが単純に白が好きっていうのもありますし、
胡粉地にきら(雲母)ってのが
基本のものとしてあるというのも理由です。
白地がね、いちばん難しいんです。
伊藤 白地がいちばん難しい。
嘉戸 もともと、何で白に染めてるかといったら、
デザインでも何でもなくて、
単純に紙を補強するためと聞いた事があります。
伊藤 へぇー!
嘉戸 紙の強度を上げるため。
要は和紙をそのままべっと張るのと、
胡粉で1回染めた和紙を張るのとでは
もちが全然違います。
日焼け具合とか、
そして防虫作用があるんで、虫に食われにくい。
伊藤 ただ単に柄をつけるとか、色をつけるとかじゃなくて!
嘉戸 個人的な解釈ですが、唐紙の歴史で
最初によく使った顔料が
たぶんこれやと思うんですよ。
胡粉ときら。
胡粉は貝殻で、きらは雲母、花崗岩ですね。
この2つは、どんな色作りでも絶対使う絵具です。
伊藤 なるほど。
嘉戸さん、まず「単純に白が好き」って
おっしゃったじゃないですか。
実用面、歴史的なこと、いろいろおありでしょうが、
嘉戸さんが白が好きというところを
もうすこし聞かせていただけますか。
なぜ惹かれるんでしょうね。
いろんな表情とかがあるからかな。
嘉戸 うーん。こういうことは妻のほうが
よくわかっているかもしれないです。
美佐江さん はい(笑)。
和紙って皆さん、真っ白いものを
イメージされると思うんです。
昔からお金を包むものとしても白。
やっぱり浄化されるものですし、
白いものって、
憧れの気持ちがすごくあったと思うんですよ。
結婚式の姿にしてもそうですしね。
伊藤 そうですね。白無垢で。
美佐江さん そういう力ってあると思うんです。
わたしたちにも最初はお色があるものを求められる方も
多かったんですけど、
「白」で行きたかった。
やっぱり「好き」なんだと思うんです。
だんだんと、白いものが増えていき、
気付いたら真っ白になりました。
やっぱりひとつひとつの素材を触って、よく見ると、
白いものの中でも違いがすごくわかってくると思うんです。
白いものになればなるほど、その光り具合、
触った質感とか、薄さとか、すごく敏感になっていく。
全然和紙を知らない方でも
わかっていただける素材なんですね。
それを色でおおいかぶせるのは
すごくもったいない気がするんです。
伊藤 なるほど‥‥。
こうしてやわらかな光のなかで
唐紙を見せていただくと、
その表情のゆたかさって
とってもよくわかる気がしますね。
薄暗いからこそ、みたいな。
嘉戸 昔って、電気がない生活ですものね。
朝は太陽が上がって、昼間はてっぺんに太陽があって、
夕方、日が沈む。で、お月さんが出る。ろうそく点ける。
唐紙のベースできら刷りがあるのは、
きらの表情が、光でものすごく
変わるからなんだと思います。
テレビもない時代、居間は、
本読んだり、誰かと話して
お茶飲んだりする空間ですよね。
そんななかに、時間で表情が変わるものがあるって
すごい贅沢なことやったと思うんですよね。
だから、きら刷りの襖って広がったと思うんですよ。
伊藤 こんな素敵な唐紙が張ってあったら
お家にずっといたくなっちゃうかも。
嘉戸 たぶんまさに、もともと、そのために
きら刷りってあったんちゃうんかなぁっていう。
美佐江さん 昔の家の中って暗いもんですよね。
今、ちょうど夕方で、このくらいの状態が
たぶん昔の光り具合だと思うんです。
ですから今いちばん表情出してると思いますよ。
蛍光灯で青い光を当てると
ただの白い紙にしか見えないんです。
日が当たる位置だとか、そういったもので
家の中で時間の経過がわかるというか、
朝なら、壁の表情を見て、
あ、もうそろそろ起きなきゃ、
みたいな感じだったんじゃないかしら(笑)。
嘉戸 昔の人の知恵でしょうね。
空間をいかに楽しむか。

2012-11-15-THU
 

 

 

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