『ぼくは見ておこう』
松原耕二の、
ライフ・ライブラリー。

<ほぼ日読者の皆様へ>
ほぼにちは。
今回もニューヨークで見たこと、
感じたことです。


ニューヨークからの手紙2

アメリカからとんぼ返りで戻ってきました。
月曜と火曜の早朝(NY時間)に放送を出して
そのままJFK国際空港に向かい、
13時間50分のフライトをへて
成田に着いたのが水曜日の午後2時30分。
赤坂の放送センターに戻って打ち合わせをして
夕方のニュースに出演しました。
タイトなスケジュールではありますが、
飛行機の中が何よりもありがたい時間でした。
食事をしてワインを飲み、映画を観て
眠たくなったら寝る。
久しぶりに落ち着いた時間でした。
ですが目をつぶっても思い起すのは
ニューヨークでの出来事ばかりでした。

最も印象的だったのは
アメリカ3大ネットワークのひとつ
CBSのニューススタジオに入った時に見たものでした。
午後7時。
イブニングニュースが終わったばかりのダン・ラザー氏に
スタジオでインタビューをしました。
アメリカを代表するキャスターのひとりである彼は
連日の報道にやや疲れ気味ながら
穏やかな笑顔で答えてくれました。
今回のテロをきっかけに高まっている
アメリカ人の愛国心について訊いたのですが、
何よりの答は、スタジオに掲げられている国旗でした。
星条旗がニューススタジオに
大きく掲げられていたのです。
日本ではニューススタジオに国旗を掲げるなど
考えられないことです。
国旗に対して国民が抱いている思い、
そして歴史的背景が異なるとはいえ、
僕にとっては象徴的な風景でした。
スタジオの外でも同じ意味合いの光景がありました。
取材に出かける車にも
小さな星条旗が幾つもはためいているではないですか。
星条旗をつけた取材車がニューヨークの街を走るのです。
これも日本の報道機関に携わるものとしては
驚き以外の何物でもありませんでした。

有事の際に星条旗のもとに結集しようという
動きはアメリカの人々を高揚させています。
もともとアメリカは様々な人種が集まる移民国家で、
彼らを繋ぎとめているものがまさに星条旗、
でなければバラバラになってしまうという面も
あるかもしれません。
そんなアメリカの中でもニューヨークはまさに人種の坩堝、
ニューヨークッ子の結束は相当なものです。
そして同時にそれは、
彼らが間近で受けたテロに対する強い恐怖の
裏返しでもあるように思えます。

ただ星条旗のもとに結集しようという空気は
自然に出来たという側面だけではなく、
政治家の呼びかけ、さらにはメディアが積極的に
作り出しているように感じます。
意図しているかはともかく、結果的には
メディアの強いメッセージは
市民の気持ちに影響を与えているように見えます。
テロに関する特別番組だけでなく
一日の情報・報道番組すべてに
タイトルを出しっ放しにしています。
それは単に『同時多発テロ事件』といった
事件の意味合いを示すものというよりは
よりメッセージ性の強いものです。
たとえば国旗がスタジオに掲げられていた
CBSは事件発生直後は『アメリカへの攻撃』
というようなタイトルでしたが、
僕がインタビューしたころは
『立ち上がるアメリカ』というタイトルでした。
帰る前に空港で見たCNNは『新しい戦争』という
文字が画面の隅にずっと出ていました。
3大ネットワークのひとつNBCにいたっては
『我々は勝つ』という内容を出していたと聞きます。

新聞の見出しのようなタイトルを
ニュースの項目ごとに画面に出すのは
日本のニュース番組でも
最近、はやりのようになっているのですが、
メッセージ性の強い文字を画面に出し続けるというのは
日本のメディアではちょっと考えにくいことです。
冷静な報道をと、日ごろは説くアメリカのメディアも
こと今回の報道を見る限り
まさに国民の情緒に訴えるやり方ばかりが目に付きます。
新聞もワシントンポストとニューヨークタイムズが
一面いっぱい使って星条旗を印刷した広告を載せたり、
社説で軍事報復は当然といった論調が多く見られました。

思い起こしてみると
今回のテロはすべてがカメラの前で起きました。
もしかしたらテロリストは
そこまで計算していたかもしれません。
最初が旅客機が貿易センタービルに衝突してから
もう一機がぶつかるまで20分の時間があります。
もちろん飛行機の運行上のそうなったのかもしれませんが、
一機がぶつかったあと
当然テレビ局はすぐに中継を始めるわけです。
ニューヨークには3大ネットワークの本社があり、
さらに街自体は狭いので
中継をすぐに立ち上げることができます。
さらに貿易センタービルの高さがあれば
遠くからカメラを向けるだけで
すぐに中継映像を家庭に流すことができるのです。
まさに国民が見ている目の前で
旅客機がビルに激突しました。
僕が一報を聞いて赤坂の仕事場に駆けつけたときには
2機目はすでにぶつかっていましたが、
すぐに戻ることができた同僚はまさに生中継の映像で
2機目の衝突を見ていました。
そこで初めてみな、事故ではなくテロだと気づいたのです。
もちろん日本のお茶の間でも
生中継の映像で見た方も多いでしょう。
つまり世界中の人が
今回のテロが起きた瞬間を目撃したとも言えるわけです。

その心理的なショックはすさまじいものがあります。
テロリスト側から見ると
多くの犠牲者を出したのみならず
映像で見せつけることによって
より高い成果をあげたことになるのでしょう。
テレビを最大限に利用したテロとも言えるのです。

湾岸戦争では
アメリカ軍は空爆の様子の映像を公開しました。
今回アメリカが首謀者と見なしている
ビンラディン氏に報復を与えるためには
空爆など通常の戦争のやり方では効果がないのではと
語る軍事の専門家もいます。
山岳地帯でのゲリラ戦になるだろうと
みられているからです。
それでもブッシュ政権としては
映像にするための戦闘を行うかもしれません。
まさに国民の目の前で起きたテロに対しては
やはり報復を映像で見せることで国民の胸のつかえをとり
世界に対してはアメリカが屈しないことを
見せつけようとするのではという気がしています。
情報戦という言葉がありますが、
今回はある意味で『映像戦』と
いう側面もあるように思えます。

アメリカの政権内でも
報復により積極派のチェイニー副大統領と
慎重派のパウエル国務長官が
路線対立していると報道されています。
パウエルさんは湾岸戦争を戦った当時の英雄ですが、
時間をかけて国際世論を見方につけ
説明のつくやり方をとることを主張しているようです。
さらに軍の責任者だった経験から
ゲリラ戦の難しさもよく理解しているのかもしれません。

振り返ると、ベトナム戦争に突入していくプロセスで
まさにアメリカの頭脳、
ベスト・アンドブライテストたちが
過ちを犯していきました。
自由を守る戦いだとか、正義だとか
多くの人たちに心地いい大義名分を掲げたとき
アメリカが必ずしも正しい選択をしてきたかというと
必ずしもそうとは言えない面があるのです。

今回のテロで被害に遭われた方、
そして家族の方の無念は当然ですが、
同時にいま、ふたつのことを思います。
報復でアフガニスタンの普通の市民たちが
巻き添えにならないようにできないものかということ。
そしてイスラム文明VSアメリカを始めとする西側先進諸国
という構図、
まさに『文明の衝突』にならないだろうかという懸念です。
アメリカの標的はあくまでテロ集団であって
決してイスラム社会ではないはずです。
21世紀がどんな世紀になるのか。
今回のテロ事件をどう解決するかが
大きな影響を与えるように思えます。






『勝者もなく、敗者もなく』
著者:松原耕二
幻冬舎 2000年9月出版
本体価格:1500円


「言い残したことがあるような気がして
 口を開こうとした瞬間、
 エレベーターがゆっくりと閉まった」

「勝ち続けている時は、自分の隣を
 神様が一緒に歩いてくれてる、と感じるんです。
 ・・・たいていそういう頂点で負け始めるんです」


余韻を大切にした、9つの人間ノンフィクションですっ。
(ほぼ日編集部より)

2001-09-25-TUE

TANUKI
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