テレビと落とし穴と未来と。 ーー価値・無価値・反価値のはなしーー  吉本隆明+糸井重里

07 高村光太郎のペンギン。
糸井
ぼくらもそのあたりは、本当に
気をつけていかなきゃいけないと思います。
だからこそ、事業にしたいんですよ。
だけど‥‥吉本さんのお話は、
例えがうまくないんですが、
野良猫にマイクを向けたら
こういうことを言うんじゃないか、
みたいなところがあって(笑)。
つまり、猫のようにひとりである、ということが
とにかく吉本さんの基準になってるんですね。
吉本
そうです。
自分がどう考えた、とか
自分がどう振る舞うか、ということに対しては、
誰にもなにもすることはできないんだよ、
ということです。
国家といえども、
ぼくがどうするということについて
文句を言うことはできないんです。
糸井
考えてもいけないという発想が、
世の中にはありますから、
それはそうとうまずいですね。
考える道筋というのがあったわけで。
しかも、本人のせいじゃなく、あったわけで。
吉本
そうそう。だからもう、
まして文化事業は高級だという‥‥いや、
本当に高級なんですよ。
本当は、高級なんだけど、
高級だということを主張したら、もう、
必ず文化的じゃないところに
追い込まれていくということになります。
糸井
それは本当に、難しいところです。
価値を出さないと、
人はお金を出さないということも
ありますから。
いいことも悪いことも含めて
ずるをするんです。
吉本
そうなんですよね。
ずるといえば、ぼくはいちど、
骨董屋さんで、ごまかされたんです。
糸井
あ、ご経験があるんですか。
吉本
上野の骨董屋さんで、
高村光太郎のペンギンの木彫があったんです。
箱書きを見ると「海潮音」とある。
その字がもう、どう見ても
高村光太郎の字なんですよ。
あら、これどうして、もしかすると、
本当かもしれないなんて思いまして。
糸井
欲が(笑)。
吉本
欲も絡んで(笑)。
そしてそれは、二十万円足らずの値段が
付けてありました。

「おかしいな、これは」というふうに思って、
高村光太郎の専門家で、全集を作った友人の
北川太一さんに電話をかけて、
「こういうのがあったけど、これは本当かな」
と訊いてみました。そしたら彼は
「いや、そんなはずはない。
 高村光太郎の木彫があったとしたら、
 いまは数千万だよ」
って言ってね。
でも彼は「そんなはずがない」と言いながら、
「ちょっと俺が行くまで待っててくれ」って
言うんです。
糸井
ははははは。
吉本
彼はさらに
「吉本さん、高村光太郎の木彫なら、
 こんな小さな蝉を彫ったやつでも、
 それが誰の手にあって
 どこに売り飛ばしたか
 わかるようになってるんだよ」
とか言ってましたけどね。
そしてふたりで
「もしも本物だったら、数千万というのを
 山分けしようじゃないか」
と、店に入っていって、
その主人に
「この彫刻、買うか買わないかは
 あとで考えるとして、
 箱ごと1日貸してくれませんか」
と頼んでみたんです。
断ると思ったら、そこの主人は
「いいですよ、いいですよ。どうぞ、どうぞ」
って。
糸井
預かっちゃったんですか?
吉本
貸してくれたんです。それでぼくらは、
「おい、もしかすると大儲けするぞ」
と言いながら、高村光太郎の弟さんに
そのペンギンを持って行きました。
その人は鋳金家で、高村豊周という著名な人です。
そしたら、とても専門的に、
「兄は、この首のところを彫るときには、
 ノミの使い方はこういうふうには
 使わないんですよ。
 だからこれは偽物ですよ」
って、すぐに言いました。
糸井
すごいですね。
吉本
ええ、すごいですね。
専門なんだなぁと思いました。
それで「ちょっと待っててください」と言って、
高村光太郎の書の、詩集を持ってきてね、
「海という字はここから取ったんです」
「潮という字はここから取ったんです」
と、いちいち箱書きの字の出所を示すんです。
糸井
貼り付けだったんですね。
吉本
いまの印刷術だと、こうすればうまく
できるわけですよ、と説明してくれて。
とたんにふたりともガックリしました。
糸井
やっぱり欲はかくもんじゃない(笑)。
吉本
でも、弟さんは、そういうことで
ぼくらにいろいろ説明してくれました。
木彫とか、金彫とかいろいろありますけど、
そういう作品を突き詰めていくと、
結局何も彫らないのがいちばんいい、
ということになる、とおっしゃるんです。
糸井
ああ。また「沈黙」ですね。
吉本
ええ。ぼくらは「はぁ」とびっくりして、
金属彫刻の大家というのは、
やっぱりすごいんだなと感じました。
それで‥‥骨董屋さんに、返しに行きまして。
糸井
え? あ、そうだった、返しに(笑)。
吉本
そうそう。そこの主人に
「どうもありがとうございました」と言ったら、
「いやいや、いやいや」と言いながら、
文句も言わずに、金も取ろうなんてせずに、
受け取ってくれました。
「これは偽物です」というのは、
一度も言わないですよ。
そんなこと、相手はひと言も言わないんだけど、
ただ黙って品物を一晩貸して、それが帰ってきた、
という、それだけのことでしかないんです。
糸井
登場人物の中で
いちばん大人っぽいのは、その親父ですね。
吉本
そうなんです。
それでぼくはまた「へぇ」と思いました。
専門というのはちがうものだなと思ってね。
一日貸したから、いくらくれとか、
そういうふうに言ったら、
ただの中小企業ですよね。
糸井
そうですね。
吉本
見事なもんだと思いました。
糸井
価値と無価値と反価値。
すべてが入っているとも言えますね。
吉本
ははははは。
糸井
では、今回はこのへんで。
今年は、ほんとうにいろいろと
お騒がせしたと思います。
どうぞ懲りずに、来年も
よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
(おしまい)

2008-12-31-WED

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