俳優の言葉。 002 山崎努篇

ほぼ日刊イトイ新聞

俳優の言葉は編集しにくい。扱いづらい。
きれいに整えられてしまうのを、
拒むようなところがある。語尾でさえも。
こちらの思惑どおりにならないし、
力ずくで曲げれば、
顔が、たちどころに、消え失せる。
ごつごつしていて、赤く熱を帯びている。
それが矛盾をおそれず、誤解もおそれず、
失速もせずに、心にとどいてくる。
声や、目や、身振りや、沈黙を使って、
小説家とは違う方法で、
物語を紡いできたプロフェッショナル。
そんな俳優たちの「言葉」を、
少しずつ、お届けしていこうと思います。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

> 山﨑努さんのプロフィール

山﨑努(やまざき・つとむ)

1936年、千葉県出身。80歳。
1959年、文学座に入団。
1960年に『大学の山賊たち』(岡本喜八監督)で
映画デビュー。
『天国と地獄』(63)『赤ひげ』(65)『影武者』(80)
といった黒澤明監督作品、
『お葬式』(84)『マルサの女』(87)などの
伊丹十三監督作品に出演し、日本を代表する演技派俳優に。
2000年、紫綬褒章を受章、
2007年、旭日小綬章を受章。
『刑務所の中』(02、崔洋一監督)、
『世界の中心で、愛をさけぶ』(04、行定勲監督)、
『おくりびと』(08、滝田洋二郎監督)、
『キツツキと雨』(12、沖田修一監督)、
『藁の盾』(13、三池崇史監督)など、話題作に出演。
最新作は『駆込み女と駆出し男』
『日本のいちばん長い日』(15)『俳優亀岡拓次』(16)
『無限の住人』(17)。
著書に『柔らかな犀の角』『俳優のノート』など。

第3回 リアは、難しい芝居だった。

──
舞台の『リア王』を演じるにあたり、
役の「解釈」というんでしょうか、
こういうリアはどうだろう、
ああいうリアはどうだろうって、
山﨑さん、
2年半くらい準備されたあとに、
本番の公演に臨んでいましたよね。
山﨑
うん。
──
そうやって演じた『リア王』の舞台は、
いま思い返すと、
どういうお芝居だったと思われますか。
山﨑
難しい芝居なんですよ、あれは。
──
難しい。
山﨑
つまり、どういうふうにも演れるんです。
そういう意味で、難しかった。

何かの正解があるわけでもないし、
解釈だっていくらでもできる、
シェイクスピアの戯曲って、
まあ、そういうお話が多いんですけどね。
──
そうなんですか。
山﨑
どんなふうにもとれる、
懐の深さというか、いい加減さというか、
おおらかさというか、
そういう‥‥
何だか、わけのわからない芝居が多くて。

とくに、『リア王』のあの物語って、
読めば読むほど、
辻褄のあってないところもあるし、
書き飛ばしてるような感じもするし、
そのぶん、
自由で奔放なんだとも言えますしね。
──
なるほど。
山﨑
だから、なんでもありなんだと思った。
演ずるにあたってはね。
──
2年半もの準備期間、試行錯誤の末に、
「なんでもありでいこう」って。
山﨑
うん、それこそ「日記」のように‥‥
自分がいま考えていること、
自分がいま感じていること、
つまり「自分のいま」を
「日記」のようにぶつければいいと思って、
向かっていったんですね。

それで、そのときにつけていた日記が、
『俳優のノート』って本になって。
──
はい。
山﨑
もちろん、「リア」より前にも、
芝居の稽古のときには
大雑把な日記をつけていたんですけど、
「リア」のときに意識して、
ちょっと詳しく、つけてみたんですよ。

そしたら拾ってくれるところがあって。
ああして、本にしてくれた。
──
たぶん、俳優さんたちのあいだでは、
「山﨑さんのあれ読んだ?」
というような本のひとつ、ですよね。
山﨑
そうですかね。
──
香川照之さんと、小泉今日子さんと、
本木雅弘さんの3人が、
まさしく
「山﨑さんのあの本、読んだ?」って、
どこかで話したのを見ました。
山﨑
ああ、そうですか。
──
俳優さんがバイブルのように読むのは、
よく、わかるんです。

なので、俳優ではない自分が読んでも、
おもしろいのかなあと思って読んだら、
なんのなんの、
「人の日記っておもしろいんだなあ!」
という、大きな発見がありました。
山﨑
ああ、そうだね。日記っておもしろいよ。

小説家の福永武彦さんの日記を、
息子の池澤(夏樹)さんが見つけ出して、
少しまえに出版したでしょ。
──
ああ、そうですか。不勉強で。
山﨑
そのなかで福永さんが言ってるけど、
残念ながら、
自分のどの小説よりも、
自分の日記のほうが優れているって。

つまり「日記」というものには、
ある1日を
自分がどういうふうに受け止めたか、
そこのところが鮮明に残っていると。
──
へぇ‥‥。
山﨑
だからね、
作為的にこしらえた小説なんかより、
よっぽどリアリティがあって、
よっぽど説得力があるんだ‥‥って。

まぁ、半分冗談でしょうけどね。
──
でも、何となく、わかります。
山﨑
たしかにね、そういう力は、
日記ってものにはあるかもしれない。

昔から日記文学というのもあるけど。
永井荷風のようにさ。
──
ええ、ええ。
山﨑
おもしろい理由は、
たぶん、嘘を書かないことなんです。
──
なるほど! たしかに
日記に嘘なんか書く必要はないです。
山﨑
そして、飾る必要もないでしょう。

だから、ぼくの日記にも、
まったくの事実しか書かれていないわけ。
──
稽古のとき癇癪を起こして反省したとか、
今日も誰かに腹を立てちゃった、
みたいなことまで、
書かかれていました。淡々とした筆致で。
山﨑
そう、だから、文藝春秋の人が帯に、
キャッチコピーで
「何ひとつ嘘はない」ってやったの。

そしたらね、作家の山田太一さんが、
「それはちがいます」だって(笑)。
──
えっと、どういう意味ですか?
山﨑
「何ひとつ嘘はない‥‥って、
 それはちがいます。
 だって、山﨑さん、
 書かなかったこともあるでしょ」
って、感想文をくれたの(笑)。
──
はー、なるほど。
山﨑
書かなかったことがあるとすれば、
そこにすでに「選択」があるわけで、
つまりは「創作」なわけですよ。

で、書かなかったことは、あるんだ。
──
はい。
山﨑
だから、なるほどなあと思いました。

たしかに嘘はついていないし、
そのままのとおり書いてるんだけど。
山田さんらしいよね(笑)。
──
今日も多摩川まで散歩してみただとか、
今日は自由が丘まで
1時間かけて往復しただとか、
事実と事実のあいまに、
山﨑さんの「気持ち」が挟まっていて、
そこが、おもしろいというか、
もっと読みたくなる理由なんですよね。
山﨑
それで、コツは「食いもん」だね。
──
あ、そう思います!(笑)
山﨑
ねえ? 日記に食いもんが出てくると、
読んでても、たちまちに、
ああ、おもしろいなって思いますよね。

なんか、妙なリアリティがあるんだな。
──
書いた人の‥‥つまり山﨑さんの、
自分と変わらない人間の生活の部分が、
ちらっと見えるからですかね。

何ていうんでしょう、暮らしというか。
山﨑
不思議だよね。

<つづきます>

2018-05-20-SUN

写真:田附勝

画家に、俳優が、溶けていました。
山﨑努さんが、
画家の熊谷守一さんを演じました。

画家の熊谷守一さんを、
俳優の山﨑努さんが演じています。
読書日記『柔らかな犀の角』の一冊目に
熊谷さんについての本を挙げたほど、
山﨑さんにとって、「モリカズさん」は
「アイドル」だったそうです。
映画では、「モリカズさん」のなかに、
ときどき、
山﨑さんが顔を出すように感じました。
画家に、俳優が、溶けていました。
悲劇のリア王、死にゆく元カメラマン、
子どもをさらった貧しい研修医、
長距離トラックドライバー、念仏の鉄。
さまざまな役を演じてきた山﨑さんの、
最新の演技を、観ていただきたいです。
「モリカズさん」が、
庭のアリをじーーーっと見つめるように、
モリカズさん演じる山﨑さんを
ずーーーっと観ていたい、
そんなふうに思える映画だと思いました。
妻役の樹木希林さんとは、初共演!

© 2017「モリのいる場所」製作委員会

5月19日(土)シネスイッチ銀座、ユーロスペース、
シネ・リーブル池袋、イオンシネマほか全国ロードショー

監督/脚本:
沖田修一 
出演:
山﨑努 樹木希林
加瀬亮 吉村界人 光石研 青木崇高 吹越満 池谷のぶえ
きたろう 林与一 三上博史
2018年/日本/99分/ビスタサイズ/5.1ch/カラー
配給:
日活
製作:
日活 バンダイビジュアル イオンエンターテイメント
ベンチャーバンク 朝日新聞社 ダブ

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俳優の言葉。