糸井重里が語る。 土屋耕一、 「さわることば」の秘密。
コピーライターの土屋耕一さんは、 いかにして「ことばの名人」になりえたのか。 5月発売の、土屋さんのあたらしい2冊組の本 『土屋耕一のことばの遊び場。』の1冊を編んだ 糸井重里にたずねます。 土屋さんの、ことばの秘密を教えてください。
いて、よかった。
 
01 いて、よかった。
── 今日は、糸井さんに、
土屋耕一さんのことばについて、
教えていただきたいと思います。

糸井 はい。わかることだけですが、
よろしくお願いいたします。
── 土屋耕一さんは、糸井さんが
コピーライターとして尊敬するいちばんの方、
とうかがったことがあるのですが。

糸井 そうですね、コピーライターというのは──、
ま、職業というものはみんなそうなんですが、
「人が道具として機能する」
ということなわけです。
── はい。
糸井 消防士であれば、火を消す。
障子が破れていれば、セロテープでくっつける。
その「くっつける人」は機能しています。
しかしそこで、破れた障子を
梅の花の形に切ったきれいな和紙で
くっつけた人がいたとしましょう。
それは、機能ではあるんですが、
「梅の花にした」というところに‥‥何かがある。
── はい、何かがある。
糸井 なおかつ、それがきれいだったら、
言うことないですよね?
土屋さんの書くものや作るものには、
道具として機能するだけじゃない
何かがあるんです。
つまり、梅の花を貼りつけたことによって
「その人がいた」ということが、
作った本人にも、
見てる人にも、よろこべるんです。
── お互いの存在を「よろこべる」んですね。
糸井 そうです。
土屋さんが書いたもののなかに、
その「よろこべるもの」が入ってるんです。
── ‥‥それは、わたしたちがときどき、
糸井さんの書かれたものについて
そう感じることがあるのと、似ています。

糸井 もしそうだとすると、ぼくはまず、
土屋さんのことばの中にそれを見ています。
いまのぼくが使ってる、
点の打ち方とか、改行のしかた、
それから「冗語(じょうご)」といわれるものを
文の中に混ぜるのは、
伊丹十三さん、竹中労さん、
そして、土屋耕一さんの影響が
強いと思います。

それはつまり、その人がいた「気配」を
文章の中に入れていこうという書き方です。
「聞き書き」の文に近いものだと思いますが、
それを、土屋さんはコピーに使いました。
まったく、発明だと思います。

たとえば、土屋さんの書いた伊勢丹のコピーで、
「あ、風がかわったみたい」
というものがあります。


1978年 伊勢丹 春のキャンペーン
写真:細谷秀樹


その「あ、」とは何でしょうか?
「風が変わったようです」と書けば
同じことが言えるし、
機能としては、そっちのほうが
いいかもしれません。
しかし、コピーライターは、
機能を超えたところで
機能以上の機能を発揮するように、
書きたいものなのです。
土屋さんは、その「あ、」というのを
広告のコピーで、最初にやりはじめました。
── 「風がかわったみたい」では、
だめなのでしょうか。

糸井 ええ、だめです。
からだで「風がかわった」と感じるのが先で、
意識するのは後なんですよ。
それを「あ、」で土屋さんは
ディレイさせてるんですね。

それから、ぼくがあきらかに、
これはありがたいと思って真似してるのが、
「ま、」ってやつです。
「ま、」も、土屋さんが
最初だったんじゃないかな。
── 「ま、」って‥‥いまではみんなが
普通の文のなかで
しょっちゅう使ってる、アレですよね。

糸井 そう。
「◯さん(目の前にいる「ほぼ日」乗組員の名)と
 京都に行くということは、
 なかなかたのしいものです。
 ま、そういっても、
 たまにでないと、困るのですがね。」
と書いたときには、その「ま、」は
接続詞として存在する。
でも、「しかし」などとは役割はちがいます。
「ま、」で間を置いて、
もうひとつの心を言うのです。
── そうですね。
糸井 その「ま、」が使えるか使えないかで、
書く文章はずいぶんちがってきます。
「で、」などもそうですね。
ぼくは、土屋さんの書いたものでそれを見つけて
けっこう使ってる。いまじゃみんなも使ってる。
そういった、土屋さんや伊丹さんの
「話体」といわれる文章を
若い時分に読んでなかったら、いまのぼくは、
ぜんぜん違うんじゃないでしょうか。
── 話しことばをコピーの中に入れたのが、
土屋さんなんですね。

糸井 そうですね。
コピーというのはつまり‥‥
「代弁」の形を取ります。
── はい。
糸井 アナウンサーのようになるべく正確に、
「機能としてしっかりしていて、嫌みがない」
というところに持っていきたいのです。
しかしそうすると、
ほんとうの「代弁」になっちゃって、
「人あたりのいい機能」というだけになります。
それはね、信用されないんですよ。
── 機能だけでは信用されないんですか。
糸井 むしろ「私の咀嚼」「私のフィルター」を通して、
語るほうがよいのです。
土屋さんを代表とする
すぐれたコピーにあるメッセージは
「商業的な意味を持つかもしれないけど、
 少なくとも私は、
 こう書けるところまでは考えたんだ」
というようなことを意味します。
── 話しことばをコピーに入れることで、
コピーライターの役割はずいぶん
違ってくるのですね。

(つづきます)
 2013-04-22-MON
 
 
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土屋耕一さんの本、出ます。 『土屋耕一のことばの遊び場。』  土屋耕一さんは、資生堂や伊勢丹、 東レや明治製菓など、 さまざまな企業の広告で活躍した 日本の名コピーライターです。 また、「軽い機敏な仔猫何匹いるか」のような 回文やことば遊びの名手でもありました。 土屋さんをよく知り、敬愛する 和田誠さんと糸井重里が 土屋さんの「ことばの遊び」「ことばの仕事」から 選びぬき、編みなおした、決定版の2冊組です。 ことばの仕事をするみなさまに。ぜひ。
『土屋耕一のことばの遊び場。』
土屋耕一 著
和田誠/糸井重里 編
ほぼ日ストア発売日:2013年5月8日
(初回売り1000冊限定で
 オマケ「土屋さんのちいさな原稿用紙」つき)
全国書店発売日:2013年5月11日
協力:土屋郁子 編集:松家仁之
価格:3,150円
発行:東京糸井重里事務所
四六判288ページ+244ページ 並製本ケース入り


 土屋耕一さんの、 そのほかの「ほぼ日」のコンテンツは こちらからごらんください。ほぼ日の土屋耕一特集 土屋耕一のことばの遊び場。

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