TBS徳川埋蔵金ライブに向けて。
ヘルメットをかぶった
経済番組をご一緒に。

第1回 徳川埋蔵金番組企画書


すいません。あわてものだけれど、
動物占いは「こじか」の木村ともうします。
自分の興味は、読者の興味。
そう割り切っていいという方針がでたので、
さっそくこの企画を進めさせてもらいます。

年越し徳川埋蔵金番組を巡るあれやこれやを
楽しんじゃおう!というコーナーがスタートしました。
これから年末まで、
貴重な資料・映像に加え「ほぼ日」独自の取材などを
どんどん更新していきますので、お楽しみに。
徳川埋蔵金ファンの方にはもちろん、
はじめて見られる方にも面白いものになってます。


第一回としては、まずは
番組スタッフの方々から頂いた企画書を、
以下にそのまま転載してみます。

この企画書で、今年のぼくの年末が決まっちゃったんだ。
そう思うと感無量です。




 38時間テレビ 埋蔵金発掘企画

 埋蔵金発掘現場完全生中継

    20世紀最大の黄金スペクタクル
    徳川埋蔵金大発掘「炎のリベンジ」
  「紅白の裏で考えるドロだらけの経済番組
     徳川埋蔵金は日本を二度救う!」



[屈辱の敗北宣言] 
糸井重里氏をリーダーとする
「徳川埋蔵金プロジェクト」が産声をあげたのは、
1990年6月の事でした。その目的は、
江戸幕末、赤城山に密かに埋められたと言われる
徳川幕府の御用金360万両を探し当てることでした。
すでに赤城山で3代100年以上に渡って、
埋蔵金を探し続けていた水野家の敷地内にある
源次郎の井戸跡から始まった発掘は、足かけ6年に及び、
掘った穴は直径100メートル、
深さ60メートルにまで達しました
そこには、地下を縦横無尽に走る迷路のような穴や、
何かを隠すために積まれたとしか考えられない石垣などが
発見されました。
しかし結局、
肝心の埋蔵金を探し当てることは出来ませんでした。
「赤城山埋蔵金発掘プロジェクト」は、
「この穴は、御用金を隠すためにいくつか掘られた
 ダミーの一つではなかったのか」
という結論を導き出すと共に、発掘終結宣言をし、
赤城山から撤退しました。
それは、真相を突き止められなかった悔恨を残す
事実上の敗北でもありました。 

[再起動への道]
しかし、その後も
「徳川埋蔵金プロジェクト」のメンバーは
調査を続けてきました。
新たな有力情報もいくつか得ました。
中でも特に注目すべきものが、赤城山の麓にある
長井小川田という地域の埋蔵金伝説でした。
水戸徳川に伝わる埋蔵金に関する古文書の中に、
小川田原という地名が記されている事が
判明したことによって、
それはにわかに信憑性を帯びてきました。
利根川の支流の川べりにある長井小川田。
船で御用金を運搬したとすれば、
地理的にも絶好の位置にあるのです。
「徳川埋蔵金プロジェクト」は、
この情報に色めき立ちました。
2000年を迎える前に、この謎だけは決着をつけておきたい。
もし、見つかれば今世紀最大の発見ともなります。
前回、埋蔵金大発掘を見守ってくれた
多くの視聴者も同じ思いに違いありません。
1999年夏、「徳川埋蔵金プロジェクト」は、
再び動き始めました。
5年間、埋蔵金に関しては沈黙を守ってきた糸井重里氏も、
もう一度、新たな視点で、埋蔵金をとらえ直したいと
参加を表明しています。
 
[埋蔵金の真の意味を探るドロだらけの経済番組]
物証を得るという目的のもとに行われる発掘、
つまり大規模な土木工事を番組の柱とすれば、
もう一つの柱は、徳川埋蔵金に秘められた
真の意味を究明することです。
特に、当時の社会状況をふまえながら、
経済的な見地で埋蔵金をとらえ直すことによって
意外な事実が浮かび上がってくるのです。
江戸末期、清国で起きたアヘン戦争と浦賀への黒船来航は、
日本に大きな衝撃を与えました。
日本も列強によって植民地支配されるのではないかという恐怖。 
外圧によって、開国はしたものの、
国内には譲夷論が渦巻き、徳川幕府は揺れました。
すでに逼迫していた幕府の財政は、防御を固めるための
お台場建設、不平等条約による金の大量輸出などによって
更に窮乏、追いつめられて行きます。
まさに日本存亡の危機に際し、
幕府は、イギリスと手を組んだ薩長に対抗すべく、
フランスに600万ドル(当時の日本円にしておよそ400万兆)
の借款を申し込みます。
横須賀に製鉄所と造船所を造り、
武器弾薬を大量に手に入れるための借款。
しかし、破綻寸前の幕府に、フランスがおいそれと
そのような大金を貸すわけもありません。 
当時、フランスが何よりも日本に求めていたのは生糸でした。
借款の見返りに、生糸の独占を狙っていたのです。
開国後、生糸は前橋から大量に出荷されていたために、
西洋では生糸のことを「マエバシ」とさえ呼んでいました。
前橋と赤城山。
借款に絡む生糸と埋蔵金が同じ群馬だというのは
単なる偶然なのでしょうか?

江戸城の御金蔵から、密かに御用金を持ち出したと言われる、
時の勘定奉行小栗上野介は、欧米視察から帰国後、
幕末の混乱を乗り切るために
新しい経済基盤の確率を目論んでいました。
その小栗が、御用金を守らなければならなかった意味とは
何だったのでしょうか?
こうして海外との関係、経済的な見地から
埋蔵金をマクロな視点でとらえ直してみると、
埋蔵金こそ日本存亡の危機を救う最後の手段だったと
考えられるのです。
それを究明することは、外圧に苦しみながら、
未曾有の経済不況に陥り、
破綻の危機に瀕している現代日本を救う
ヒントにもつながります。
番組では、幕末の経済上強を丹念に掘り起こすと同時に、
グローバルな視点、マクロな視点で経済をとらえる事の出来る、
日本を代表するリーダーや頭脳にも意見を求めます。
そして、彼等と共に、まもなく2000年を迎える日本が、
経済的に復活し、生き残る術を探ります。

[最終最大の発掘]
埋蔵金という物証を手に入れるための大発掘。
最後に何としても結果を出すために、
今回は、前回のスケールを上回る緻密な調査と
パワーショベルやトラックを総動員した大規模な発掘で、
埋蔵金発見に挑みます。
情報の収集によって、
今回有力候補となっている発掘ポイントは
三ケ所あります。

一つ目は、
水野家に伝わる文献や古寺の床下から発見された
銅板などを再検証した結果、浮かび上がったポイント。
ゴルフ場開発の際、
そこだけ手つかずで残った場所であると同時に、
その周囲の地勢から推測するに不自然な巨石が
なぜか一つだけ置かれているという不可解な場所です。

二つ目は、
古くから埋蔵金の噂が絶えない場所であると同時に、
今回、水戸家の古文書にその地名が発見された長井小川田。
中でも、地元の古老たちが、叩くと
「ポコンポコン」と音がする民家の庭先を掘ります。

三つ目は、
同じく長井小川田の中でも、
航空機によるレーダー探査や
3D地底探査機による最新ハイテクを駆使して導き出した、
もっとも埋蔵金発見の可能性の高いポイントになります。

[埋蔵金へのカウントダウン]
2000年目前、紅白の裏で徳川埋蔵金大発掘は
どんな形で決着するのでしょうか?
めくるめく歴史の謎解きと
マクロな視点で捉えた経済的アプローチ。
埋蔵金に秘められた驚くべき意味と
不況にあえぐ現代日本を救うヒント。
発掘ポイントから次々と出てくる新たな手がかり。
そして……。
1999年から2000年への年越しカウントダウン。それは、
今世紀最大の発見へのカウントダウンでもあります。

 
 
……と、ここまでが企画書でした。
ちょっと、この企画書の内容について、
すぐ近所にいたdarling隊長に聞いてみました。
どうでしょう、この企画書は?

「ちょっと、<ありそう感>をあおりすぎかもなぁ。
ぼくとしては、<ない>理由を推理して、
それなりに自分を納得させていたんで、
こうやって刺激されると、つらいんだよねぇ。
だって、あれって、おもしろすぎるんだもん。
泥だらけの経済番組として構成しようって、
俺が言いだしたんだけどさ、出ちゃったら、
そんな企画ぶっ飛んじゃうでしょ?って、
スタッフが当てつけてるような気がするよ。
なんか、噂では、出そうになったら
朝まで時間延長してライブ中継する準備しているって、
いうじゃない。
そういう、有無を言わさぬ迫力には、
全部負けちゃうんだよねー。
でも、出たらそのほうがうれしいのは、
ぼくも同じだからなぁ・・・困る。
このセンセーショナルな企画書は、挑発的で困る」

なるほど。複雑な心境なんですね。
でも、ぼくは知っています。
darlingは、押入れから、昔使っていたヘルメットを、
うれしそうに取り出して、セイヒローに自慢してました。
    
次回からは「なぜ、今、徳川埋蔵金か?」
といったことなどに関して
番組制作者のお話を伺います。


(つづく)

1999-12-02-THU

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