ほぼ日刊イトイ新聞

「ヘンタイよいこ」新井紀子は明日への希望を忘れない。

新井紀子x早野龍五x糸井重里

数学の危機

2018-05-13-SUN

「はじめまして」の座談会。
少しずつ数学の本質に迫ります。

ラッセルのパラドックス

早野
アメリカで大学院まで行かれて、
そこで学んだ数学基礎論がどういうものか、
簡単に説明していただくことはできますか?
新井
数学って、たとえば物理と相性のいい「解析」とか、
いろんな分野にマッチした数学があるんですけど、
そのいろんな数学をたばねる
「全体の数学」を「数学する」ところなんです、
数学基礎論って。
早野
ええ。
新井
数学基礎論がどうして生まれたかというと、
数学が、19世紀のおわりに一度
深刻な危機に陥ったからなんです。
糸井
ほぉ。
新井
数学はギリシャ時代からずっと整備されてきて、
科学の言葉として使われてきました。
近代科学や現代科学は
ぜんぶ数学の上に成り立っています。
早野
うん。
新井
それなのに、20世紀にはいってすぐ、
バートランド・ラッセルという人が
明確な形で問題を提起したんです。
数学の基盤を揺るがす
変なパラドックスを見つけちゃった。
これが「ラッセルのパラドックス」です。
糸井
すごくおもしろそうに語られるから、
知りたくなっちゃうんですけど、
説明はそう簡単ではないんでしょ。
早野
黒板ありますよ。
新井
はい。書きますね。
糸井
説明されて大丈夫なものなんでしょうか。
おれ、わかるのかな?
新井
大丈夫です。わかります。
早野
大丈夫でしょう。
新井
まず、Xという集合がある。
糸井
集合、ものの集まりですね。
新井
はい。
ある性質を持つものの集まりを「集合」といいます。
糸井
はい。
新井
女の子ばっかりの集合とか、
女の子の中で今年海に行った人の集合とか、
そういう感じですね。
そこで、「自分自身に入ってないもの」を
ぜんぶ集めてきて集合をつくるとします。
糸井
それは実際にはできないけれども、
概念としてそう考える、
そういうことですね。
新井
そうです。概念として集めてきて
集合をつくります。
糸井
ちょっと難しくなってきたなぁ。
新井
ちょっと待ってくださいね。
わかるような説明を考えますから。
糸井
はい。僕らはお茶飲んだりお菓子を食べたりしてます。
お土産のフルーツケーキもいただきます。
新井
はい、どうぞ。
あ、こっちの説明でいこう。
自分自身が入っていないような集合をつくる。
ここから先、すごく変な言い方になります。
ここが数学の怖いところで、
リアルにイメージできないものも含めて、
言葉として書けちゃったら、
「書けた」ことにするわけです。
糸井
なるほど。
新井
たぶん早野先生は、惑星とか
本当に存在してるものだけを
議論されてると思うんです。
早野
ええ。
新井
でも数学は「言葉」なので、たとえば
「六つ角があって目が100個あって、
しっぽが40ある緑色の水玉がついている猫」
みたいに言おうと思えば言えてしまう。
糸井
それが、現実になくても構わない、
ということですね。
新井
そう。そんな猫いなくたっていい。
とりあえず言うことはできる。
だから言っちゃうんです。
「自分自身に入っていないものぜんぶを
持ってきてXという名前の集合をつくった」。
その上で、こう聞くんです。
「Xは、X(自分自身)の中に入ってますか?」。
糸井
入っていません。
新井
はい。入ってないってことになりますよね。
定義からして「自分自身に入ってないもの」を
Xにしてるんだから、XはXに入っていない。
糸井
はい。
新井
「じゃ入ってないんですか?」っていうと、
入ってないなら、定義からすると、
「入ってない」ものはXになる。
つまり、入ってることになっちゃう。
どっちも間違ってる。
早野
なるほど。
糸井
たしかに、そう思いますね。
新井
これが発見されたパラドックスで、
いったい何がいけないんだか分からない。
そこで、わかったのは、
どうやら言葉を自由に使っちゃ
いけないらしいってことだったんです。
でも、それまで約2千年もコツコツ数学してきて、
早野さんがやってる物理にも散々寄与してきて、
世の中のことわりを数学の言葉で説明してきたのに、
こんな当たり前のところで‥‥
糸井
つまずいちゃった。
新井
そう。変なつまずきが生まれた。
そこで、
天才たちが「どうしよっか」っていうことになり、
どうやら数学の言葉って、「使っていいところ」と
「使っちゃいけないところ」があるらしいんだけれど、
どういうところで使ってよくて、
使っていけないのかに、
すごく困ってしまった。
それが19世紀末から20世紀のはじめにかけて
起こった数学の危機です。
糸井
へぇ。
新井
どうすればこの、数学というか近代科学の危機を
回避できるのかっていうことで、
数学の言葉を調べ直すという数学がはじまった。
それが数学基礎論です。
そのときに、機械にわかるようなレベルで
精査していっちゃった。
それをつきつめていくと、
機械っぽくなっていくんですね。
そういう中で、アラン・チューリングが
コンピュータの原理に自然にたどり着いちゃった。

(ここで、お土産のフルーツケーキをいただきました)
早野
いただきます。
新井
はい、どうぞ。
糸井
おいしいです!
新井
よかった!
糸井
(洋酒で)ちょっと酔っぱらいそうですけど(笑)。

(つづきます)

2018-05-13-SUN