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第847回
ほぼ日編集部様
7月2日のニュースから
またすみません!
朝になってしまった。
しかもこの時間。編集部に迷惑かけますねえ。
申し訳ない。
毎日新聞の7面に共同通信の配信した次のような記事が
2段見出しで掲載されている。
「『日本発展させて後悔』
周恩来首相と71年会談でキッシンジャー氏」
71年の頃の話だからもう今更どうでもいいじゃないの、
という反応もあるんでしょうが、
やはり歴史の検証は必要ですたいね。
当時は表面に隠れてでなかったものが31年後、
「実は・・・・・」という形で出てくる。
31年後でも修正できるところは修正していく、
それが人間が形作る歴史だろうと思いますね。
71年というにはどういう年だったのか。
72年にアメリカはニクソン大統領が
突如(と世界中には見えた)中国を訪問、
やがてそれがカーター政権下での
米中国交回復(79年)になり、
日本も田中内閣の時に遅れじとばかりに
日中国交正常化にに踏み切り(72年)、
78年に「日中平和友好条約」を締結。
こうした流れが中国の国連加盟などを加速し、
中国が世界の仲間入りしたことになる。
そういう意味では71年は、
中国を巡る歴史が大きく変わる節目の直前だった。
つまりこの記事に出てくるキッシンジャー氏は
当時ニクソン大統領の補佐官として密かに中国入りして、
翌年のニクソン訪中の下準備を行っていた時期なのだ。
正確には71年10月、
当時の周恩来首相とキッシンジャー氏が行った
会談の記録をアメリカのシンクタンク
「国家安全保障公文書館」
が入手、この程公表したんだそうだ。
「国家安全保障公文書館」
って何だ?
という疑問も湧くが、ここではその疑問はさて置いて、
その会談記録の一番のさわりだけを記事にしている。
記事によると、会談は10月22日(71年)
北京の人民大会堂で4時間にわたって行なわれ、
その内の4分の1が日本についての話だったそうだ。
会談の記録によると、周恩来首相は
「日本は第二次大戦の賠償も払わず
戦争から利益を得た」
と批判した上に更にこう言ったそうだ。
「経済の拡大は軍事拡大につながる」
まあ、ここまではこれまで
中国が言っていることと大して変わらない。
対中賠償の放棄は中国政府の了解で行なわれたことで、
一方的に日本が放棄した訳ではない。
だから、周恩来首相も日本に対しては
こう言う言い方はしていなかったはずだ。
その意味ではキッシンジャー氏との会談では
彼らの本音が出たのかもしれないと思うと
これはかなり面白いですばい。
しかし、これはそれだけの話ですたいね。
そういうもんか、でいい。
問題は周恩来首相に対する
キッシンジャー氏の答えですたいね。
こう言うちょりますばい。
「日本を経済的に発展させたことを後悔している」
「日本は部族的な視野しかない」
おいおい、キッシンジャーさんよ!
日本に来て言うことと
ずいぶん言い方が違うんじゃないの!?
日本はアメリカの奴隷かよ?!
私でもこう言う発言を見るとそう言いたくなりますよ。
もちろんテクスト全文を読まないと
文脈というのがあるので、片言隻句だけでは
全体の趣旨を見誤る可能性もあるとは思いますがね・・・
しかし、まあ、これが当時アメリカ人の政府などにあった
日本への警戒感かもしれませんね。
最後にキッシンジャー氏に対し、
周恩来首相はこう答えたという。
「(日本人は)ものの見方が狭くて
とても変わっている」
この日本観では両者は一致したと記事には書いてある。
30年たったこそ見えて来るもののようだ。
歴史を掘ってみるというのはやはり面白いものですね。
今日はもう時間がないのでここで終わりにします。
また明日・・・・・
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