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第768回
ほぼ日編集部様
4月12日のニュースから
今日は裁判所に行ったりで忙しいので
ちょっとずるをして、最近私が
出身母校の久留米大附設高校の文集に書いたものを
折角なのでここに再録して
今日の「あのくさ、こればい」に代えたい。
ご了承下さい。
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私が久留米大附設高校を卒業してもう44年が経った。
「光陰矢のごとし」
というが、人間の一生なんて
まことにあっという間に終わりを告げるものだと思う。
私は現在62歳。もう残された時間はそんなにはない。
数えられるほどと言っていいだろう。
そんな私が母校の文集に何を書いたらいいのか、
正直なところ迷ってしまう。
それぞれ自分の人生を好きなように生きて下さい、
ということに尽きるんでしょうが、
私がこの年になって後悔していることがあるので、
それを書き残しておこうと思う。
つまり、若いときには絶対に分らなかったが、
いまこの歳になってようやくそうだよなあ、と
しみじみ思うことだ。
人間の脳はコンピューターに似ていると思う。
いや、コンピューターが
限りなく人間の脳に近づこうとしているんでしょうね。
脳とコンピューターとの共通点は
どちらも内部にデータを蓄積し(インプット)、
必要に応じ取り出す(アウトプット)ことにある。
ただし、脳とコンピューターが違うのは
コンピューターは何時、いかなる時でも
インプットしようと思えば出来るのに対し、
脳の方はそうはいかないことだ。
それは人間の脳内にデータを記憶する能力の問題だ。
簡単にいうと記憶力の問題です。
私は最近では1分前のことでも覚えていない。
昨日何を食べたかも記憶がない。
現在に近いほど記憶力が薄れている。
いや完全に消えている。
それに反し、10代のころのことは
微細なディテールも明確に覚えている。
記憶力というのはそういうものなのだ。
理屈としてはそういうことは
昔から聞いていたように思うが、
自分がその年齢に達して実感しないと
本当の意味では分らないんだと思う。
いま、じっくり考えてみると、
中学、高校生から大学生のころまでに読んだ本が
自分の人生の、というか、
脳のコンピューターのソフトやデータの
基礎になっているんだと思える。
30代や40代50代、
もう数えきれないくらいの本を読んだと思うが、
それらは私の脳のコンピューターには
データとしては蓄積されてはいない。
素通りしただけのようだ。
人生を決めるデータのインプットは
何も本で得られた知識だけではない。
どんな映画を観たか?どんな恋愛をしたか?
どんな音楽を聞いたか?
どんな友人とどんな会話を交わしたか?
どんな旅行をしたか?
どんな親子関係を持っていたか?等々・・・・・・・
個人的なことになるが、私は大学を卒業する直前まで
新聞記者になるなんて思いもしなかった。
大学に7年もいたために
普通に考えられる会社への就職が不可能になった結果、
採用人数が比較的多い
(ということはチャンスがあると思われた)、
在学中の成績を採用に当たって考慮しない
(つまり採用試験一発勝負)新聞社を受験してみただけだ。
ところが、驚いたことに
毎日新聞社しか受けていないのに、そこに通ってしまった。
運がよかったんだろう。
1965年4月、毎日新聞に入社して以来、
今年で37年になるが、
ニュースに関わることが自分の一生の仕事となった。
言い換えれば天職だと思えるのだ。
私はいまでは日本語に訳すことが出来ない
「ジャーナリスト」という表現を止めて
「ニュースの職人」という肩書きを名乗っている。
日本でもアメリカでもそういう言い方はしないが、
私にはこの「ニュースの職人」という言い方が
気に入っている。
高校でも大学でも新聞記者になる気もなかった人間が、
じゃあなぜこの62歳になってもそんなことを考えたり、
ニュースの現場に行くんだろうと考える。
いろんな要素がいまの私を
ここまで連れてきたのだとは思う。
最後に残るのは私が小学生の頃から
やたら本を読んでいたという事実だ。
小学校の頃はまだ日本全体が
本を自由に買える時代ではなかった。
貧しかったのだ。
昭和21年、終戦の翌年に小学校に入学したのだから、
戦後のモノのない時代に私たちは小学校6年間を過ごした。
やたら好奇心が強く、知りたがりだった私の娯楽は
ラジオから流れる「笛吹童子」「紅孔雀」などのドラマと
町の貸本屋さんから借りてきて読みふけった
「講談本」だった。
「真田十勇士」の世界だ。「岩見重太郎」の世界だ。
夜になると必ず訪れる停電の下でも
ロウソクや灯しみなどいう昔の明かりを頼りに
熱心に本を読んでいた。その時の記憶は強烈に残っている。
中学になると学校の図書館にあった
スタンダール「赤と黒」、
バルザックの「谷間の百合」
「二都物語」「椿姫」、
ホーソンの「緋文字」(アメリカ)など
主としてフランス文学の恋愛小説を読みふけった。
反対に普通の流れとして誰もが読む日本文学には
ほとんど手を出さなかった。
私は小さいころから人一倍へそ曲がりだったからだろう。
皆と同じことをするのが嫌だっただけなのだが、
中学時代は外国の文学に
のめり込むようにして読んでいたと思う。
結局、その後新聞記者になって私を
底の底の方で支えているのは
こうした小学校、中学校時代にインプットしたデータ、
広い意味での教養・知識だと思う。
でも、正直言うともっと乱読でもいいから
本を読んでいたらよかったとなあ、といまにして思う。
あの頃は脳というコンピューターには
すべてがすいすいとインストールされていったんだと思う。
取り返そうと思ったときにはもう遅かった。
だから、いまの若い人に言いたいのは、
「まだ間に合うよ、本を読みなさい」
この一言だ。
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というわけです。また明日・・・・
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