東京の虫を見る人。 写真家・菅野絢子さんの虫写真を、昆虫学者の中瀬悠太先生と眺める。 東京特集
第3回 相変異、休眠、雌雄同体。
──
ハチのお腹に寄生して、
脳を支配して都合いいように操っている
ネジレバネだとか、
虫って、想像を絶することをしますよね。
菅野
どうやって操るんだろう‥‥脳‥‥。
中瀬
詳しいメカニズムは
まだ、わかってはいないんですけど、
ネジレバネに寄生されると、
脳で発現する遺伝子が変わるそうで、
間違いなく、
ハチの脳で何かしらのことをやって、
行動をコントロールしているんです。
──
エイリアン感すごい。
中瀬
寄生されたハチは「人が変わる」というか、
「虫が変わる」というか、
たとえば、繁殖能力を奪われたりします。

攻撃性なども喪失する代わりに、
寿命が10%から20%くらい伸びるんです。
──
え、「伸びる」んですか。
中瀬
やはり、生殖に割いてるエネルギーって、
むちゃくちゃ大きいので、
そこから解放されたら、長く生きますね。
菅野
でも、どうやって、
ネジレバネさんのメスは、ハチのお腹に?
中瀬
その点についても、
わかっていることは少ないんですけれど、
どうも、ハチのお腹に
口から何らかの消化液を出して付着させ、
皮膚をやわらかくしておいて、
穴を開けて潜り込んでいく‥‥みたいな。
──
その上、脳も乗っ取っちゃうんですよね。

何だかもう「何の恨みがあって」とさえ、
言いたくなってしまいます。
中瀬
本当に、おもしろいですよ。
生きものの生態や進化って。
──
あと、虫と関係ないかもしれないですが、
進化の話で興味あるのは、
カンブリア爆発ってあるじゃないですか。
中瀬
ええ、5億年くらい前のカンブリア紀に、
突然いろんな見た目の生き物たちが、
ワワワワーッと、一気に生まれたという。
──
それは、何がしかの理由があって。
中瀬
ええ、そうですね。
はっきりしたとはわかっていませんが。
──
少し前に、
『眼の誕生』という題名の本を買って
いま、読んでるんですけど。
中瀬
ええ、ぼくも読みました。

あの著者が主張している説によれば、
カンブリア紀に
いろんな形の生き物が出てきた理由は、
生物が「眼」を獲得したからだ、と。
──
あの本を本屋で見たときに思ったのは、
「そうか、眼というものは、
 最初なかったのか。
 誰かが、
 いつかの時点で獲得したものなんだ」
ということだったんです。
菅野
あー。
──
それまで誰も眼を持ってなかったって、
当たり前かもしれないけど、
よく考えると、
ちょっと、心がザワザワしませんか。
菅野
鼻はあったんですか。
──
鼻? いや‥‥すいません、
鼻のことは書いてなかったです(笑)。
菅野
でも、なんで眼がついたんだろう。
中瀬
おそらく、エサをとるために
獲得したものだろうと思いますけどね。

まだ眼のないうちは、
エサに触れてはじめて「見つけた」って
ガバッと食らいついてたのが、
遠くから見て、
あそこにエサがいるってわかりますから。
──
思うに、いちばんはじめに
眼を獲得した生物の情報強者ぶりたるや、
すごいことだったでしょうね。
菅野
すごい、やりたい放題。
──
失明が流行り病みたいに伝染する
ジョセフ・サラマーゴの『白の闇』って、
たしか、そういう話でしたよね。

そういえば、急に思い出しましたが、
『墨攻』というマンガに
大量発生すると色が黒く変わるバッタが
出てきたんですよ。
菅野
え、すごい。
──
たしか「飛蝗(ひこう)」とかいう。
中瀬
トノサマバッタですね。

相変異と言って、個体密度の高い状態で
世代交代を重ねると、
個体の翅(はね)が長くなって
遠距離を飛べるバッタに変異するんです。
──
ちょっとホラーな感じありますよね。
中瀬
身体の色も真っ黒になって、
何でも食うようになるんだそうです。
──
バッタの第2形態‥‥。
中瀬
無人島みたいなところで大発生して、
島ごとぜんぶ食い尽くしたり。
──
それって、性格も変わるんですかね。
狂暴化したりとか。
中瀬
どうでしょう、でも確実に、
行動パターンなどは、変わるそうですが。
──
でも、どうして色まで変わるのか‥‥。

体色が変わる「必要」とか「意味」って、
まったく不思議なことですね。
中瀬
まあ、体色が変わることの
生理的なメカニズムについては
ある程度わかっているとは
思うんですけど、
たしかに「意味」はどうなんでしょうね。
──
意味を知りたいですよね、人間としては。
菅野
え、わかんないほうが、よくないですか。
──
あ、そうですか? 意味さえわかったら、
少なくとも怖くなくなるじゃないですか。
菅野
怖いからいいんです(キッパリ)。
──
怖いものは怖いままに‥‥わかりました。

あと「雌雄同体」という進化上の戦略も、
何とも不思議ですよね。
本筋から外れる話ばかりで恐縮ですけど。
中瀬
有名なのはカタツムリやナメクジですね。

ようするに、あれは
オスとメス両方の性を持っている個体で、
精子もつくるし、卵もつくると。
──
そういうことなんですね。
中瀬
で、生殖するときは、
おたがいに精子を与え合うんですよ。

産卵はコストが高いので、
自分以外の誰かが
産んでくれたほうがありがたいから、
精子の押し付け合いになることも
多いようです。
──
じゃあ、交尾のときの力関係やら何やらで
オス役にもなるし、
メス役にもなる‥‥ということなんですか。
中瀬
ええ。
撮影:菅野絢子
──
そう思うと、人間ってどうなんでしょう。
シンプルなのか複雑なのか、生物として。
菅野
虫はヘンとか言ってるけど、
あっちにしたら、こっちがヘンかも。
中瀬
単純に、これだけ寿命が長いというだけで、
他の生きものから見たら、
だいぶヘンな動物ではあると思いますけど。
──
その長い人生に、哲学を見出したり。
中瀬
でも、何十年も休眠するような虫は
トータルではもっと長いこと、
一生が長いってこともあるんですよ。
──
休眠?
中瀬
たとえば「乾燥」など、
周囲の環境が生存に適さなくなった場合、
とにかく、
寝てやり過ごしてるような状態ですね。
──
それが、休眠。

クマムシとかもすごいって聞きますが、
なんか、虫って‥‥
聞けば聞くほど、
ものすごくハイパーな存在に思えます。
中瀬
北極に住んでいる蛾なんか、
成虫になるのに7年かかるらしいです。
──
北極に、いるんですか。蛾が。
中瀬
いるんですよ。

苔を食うようなやつがいるらしくて、
そいつらは、
夏の間ちょっとだけしか成長できず。
──
大きくなるのに7年も。
中瀬
かかる。
──
で、蛾になったら、すぐ死んじゃう?
中瀬
ええ、成虫になったとたん、
その短い夏の間に、
産卵まで、やらなきゃならないので。
──
突然、生き急ぐ人みたいに。
中瀬
そうそう。
<つづきます>
2017-08-25-FRI