ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 陸前高田 八木澤商店 篇
第3回 金融機関を動かせる会社に。
── でも、お醤油工場再建のめどがたったり、
新会社を設立したり、
傍から見ていると順調そうですが、
河野さんの危機意識は
逆に、そうとう高まっているように感じます。
河野 繰り返しになりますけど、
順調というわけでは決してないですから。

倒産を免れた仲間の会社にしたって
このままでは
資金ショートして潰れてしまう会社が
出てくるでしょう。
── お金が借りられずに。
河野 もともと余裕のある経営をしているところなんか
被災地の中小企業には、ひとつもありません。
── はい。
河野 ですから、ゼロから立ち上がってゆくには
やはり金融機関の協力が必要なんです。
── 自力でやれる部分には、限界がある、と。
河野 いま、八木澤商店には
地元金融機関の支店長代理が入ってくださって、
5カ年の経営再建計画書を
いっしょに、つくってくれてるんです。
── それは、融資を受けるために。
河野 でも、そういうケースは例外的なんです。
── そうでしょうね。
河野 たまたま、八木澤商店の場合は
情熱的な人が担当してくださっているから
本当にありがたいんですけど、
他の企業でも
そういう状況を「当たり前」にしないと。
── はい。
河野 地元の金融機関は
地元の中小企業に資金を貸し出すことで
成り立ってきたわけです。
── ええ。
河野 被災して、ぜんぶ流されて、
先行き不透明の中小企業に融資するのは
リスクがあるとしても‥‥
本来の役割を、何とか取り戻してほしい。

ただ‥‥。
── ただ?
河野 金融機関にその気になってもらうためには、
われわれ事業者も、変わっていかなければ。

経営に対する姿勢も、商品も、発想も‥‥
危機感を持って
改善していかなければならないと思います。
── 震災前と同じようになやっていたのでは、
何というか‥‥ダメだと。
河野 それが私たち経営者に課せられた使命です。

たとえば、中小企業基盤整機構の制度で
仮設店舗ができ、
ようやくお店をオープンできました‥‥といっても
もともと「シャッター通り」だったわけです。

「再建する」というのであれば
人の集まる商店街じゃないと、意味ないです。
── そうか‥‥。
河野 かろうじて「雇用を守る」ことはできました。
でも、ここからが本当の正念場です。

個々の中小企業が、どうやって倒産せず、
どうやって経営を改善し、
どうやって
ゼロから這い上がっていくことができるか。
── ええ。
河野 ひとりひとりが脳みそをフル回転させて、
みんなで知恵を絞っていく必要があるんです。
── はい。
河野 八木澤商店に入ってくれている地銀担当者は
いまはまだ、少数派だと思います。

でも、たった一人の動きだったとしても、
休日返上でやってきて
何時間も作戦会議で知恵を絞ってくれて‥‥。

そうやって、何が何でも再建させたいと
思ってくれている人が
地元の金融機関のなかに、確かにいるんです。
── その動きを、広めていきたいと。
河野 そうするためにはまず、
自分たちが「金融機関を動かせる会社」に
ならなければならない。
── ‥‥なるほど。
河野 動かない金融機関が悪い‥‥じゃなくてね。
── 積極的に動く‥‥という意味では
高田自動車学校の田村社長も
震災後、
いろんな取り組みをされているようですね。
河野 あの人‥‥取れる資格は取れるだけ取って、
何人も雇用してますよ。
── 資格?
河野 まず「氷屋」やってるの、知ってます?
── いえ、はじめて聞きました。
河野 田村さんて、もともと大船渡の人なんですけど、
行政に任せていたら
秋のサンマに「氷」が間に合わないって言って、
1億円くらいかけて
大船渡に氷工場を建てんたんです。
── はー‥‥すごい。
河野 たしか、もんのすごいスピードで工場を建てて
8月くらいにオープンさせてました。
── じゃ、秋のサンマに間に合ったんですね。
河野 他にも、自動車整備工場の免許とか、
中古車販売の免許、
あとは教育、つまりパソコン教室を開ける免許とか。

レンタカー屋もやってるなぁ。
ともかく「え、何屋さん?」てくらいな感じで。
── それらをぜんぶ、震災後に。
河野 そう、何でもできる体制にしたんです。
── すさまじいエネルギーですね。
河野 ああ‥‥そうだそうだ、
この間は
「かぼちゃのスープ」つくるとかって言ってた。
── かぼちゃのスープ?
河野 いやね、田村さんが
震災後に、ハンパない広さのかぼちゃ畑を
つくってたのは知ってたんですよ。

で、収穫できたら食いましょうとかって
話してたんですけど
みんなに配るだけ配って余ったら
かぼちゃのスープにして、売るんだって‥‥。
── へー‥‥。
河野 いま、内陸のスープ屋さんに
商品開発をお願いしているみたいです。
── 自動車整備から、かぼちゃスープまで。
河野 原価計算、間違ってたんですけどね。
── え?
河野 いや、間違ってたんですよ。

スープの原価が160円くらいだっつうから
「そりゃあ、ずいぶん安くできましたね」って
感心してたんです。

原価160円だったら、一袋300円ぐらいかな?
まあ、ちょっと高いけど、売れなかないから。
── ええ、ええ。
河野 でも、ちょっと嫌な予感がして
「それって、もちろん原価入ってますよね?」って
聞いてみたら
「え‥‥入ってないけど。ダメ?」って。
── な、なるほど(笑)。
河野 そのあと、どうしたのか知りませんけど(笑)、
ともかく、
そうやって雇用を生み出そうとしている、
実際に生み出している企業が、たくさんあるんです。
── そういう企業をなくしてはいけませんよね。
河野 そう思います。

‥‥先日、
八木澤商店も補助金が減額になったんです。
── そうでしたか。
河野 正直いって、けっこうきつかったんです。

ショックを受けて、家に帰って
かみさんに「まいったわー、大変だわ」って
愚痴をこぼしたら
横で聞いてた小学校6年になる息子が
「国の補助金に頼ってるから
 がっかりするんだよね」って言ったんです。
── ‥‥おお。
河野 「そんなの、ごはんを食べて
 お味噌汁を飲んだら忘れるよー」って。
── ‥‥すごい。
河野 それを聞いて
オレ、補助金なんか出なくたって再建してやると
言ってたことを思い出して。
── 自分の原点を。
河野 そう、思い出させてくれたんです。
息子の言葉で、一気に「前」を向きましたね。
── すごいです。
河野 いや、「恐ろしい」ですよ、子どもって。
── ほんとですね(笑)。
河野 ま、恐ろしいといえば
同じくらい、かみさんも恐ろしかったなぁ‥‥。
── ‥‥といいますと?
河野 いやね‥‥
「今日、補助金が減額されちゃって
 ショックでさぁ‥‥」
と、ダンナがガックリきてるわけですから
ふつうの奥さんだったら
愚痴を聞くような体勢をとってくれたって
いいじゃないですか。
── ええ、まぁ。
河野 それが
「あ、そう。
 私は今日、本当にうれしい日だった!」って
切り返されたんですよ。
── ‥‥何が、うれしかったんですか?
河野 かみさん、高校の補助教員なんです。
── はい。
河野 補助教員というのは、どっちかっていうと
オレみたいに
学校なんかくそっくらえだとか、
先生なんか信じるかよみたいに言ってる奴らに
寄り添う仕事なんです。
── なるほど、はい。
河野 でね、うちのかみさん、
これまで挨拶もしなかったような生徒たちに
その日、
「ありがとうね」って言われたんだって。
── はー‥‥。
河野 で、感動しちゃって
「あんたたち、こんなに成長して!」
みたいなこと言ったら
「震災を乗り越えたんだから
 運命共同体でしょう、私たちは」って。
── 生徒たちが。
河野 もう、号泣しちゃったらしいです。
── それは‥‥うれしい日ですね。
河野 教師として「最高の言葉」をもらったって
すっごく喜んでました。
── はい。
河野 だから、ヘコんでられないんですよ、私も。
<つづきます>
2011-12-29-THU
 
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN